夜の女王
俺は夜の街を走り続けた。
全力だ、時速20kmは最悪でも出していたと思いたい。
いつしか俺は、寂れたパブの前で行き倒れていた。
「なんだいあんたは、こんなとこで酔いつぶれてんじゃないよ」
朝方、目を覚ました俺に、店主の熟女は温かい言葉を投げかけてきた。
「酔ってなどいませんよ、ただ……、走り疲れただけです」
と言うと、店主の熟女は
「そうかい、まあインスタンスコーヒーくらいなら入れてやるよ」
と言って中に入れてくれた。
早朝の店の中は、なんとも言えない陰鬱な感じで覆われていて、もしかしたら逃げ出したほうがよかったのかもしれない、とすら思えた。熟女が奥でコーヒーを入れている間、俺はところどころ小さく穴の開いた革のソファーに座って待っていた。
「ほらよ」
熟女は無愛想に、受け皿の無いコーヒーカップに入れたインスタントコーヒーを差し出した。飲んでみると、深みのあるコクが口の中に広がった。
「これは、ネスカフェエクセラですね」
「違うよ、キーコーヒースペシャルブレンド」
なんて事を話した。
「飲み終わったんなら、とっとと行っちまいな!」
さっきまで、インスタントコーヒーの入れ方について熱く語っていたと思ったら、突然熟女は言い放った。
女心と秋の空か。俺は、
「釣りはいらねぇよ」
と500円玉をテーブルに置き、パブを出ようとした。
その時だ。
「そこまでだ!」
どこまでなのか分からなかったが、赤い服と青い服の2人組の男が飛び込んできた。
「もう来ちまったのかい、と熟女は言った」
赤い服の男はポケットから金縁メガネを取り出し、颯爽とはめた。
「女王様、もう勘弁してください、国に帰ってきてください」
と、赤い服の男は言った。青い服の男は、ただ頷いている。
「そんな事言ったってねぇ、あたしゃ、しがないパブの店主だよ」
熟女は、ほとほと疲れ果てたといった感じで、化粧を落とし始めた。
「今、国がどうなっているのか解っているのですか? 女王様なしでは持ちこたえられません」
青い服の男は、ただ頷いている。
なにやら、とんでもないところに出くわしてしまったようだ。外に出ようにも、出口を塞がれているし。
「だいたいあんたたち、あたしが趣味であんな飲んだくれどもの相手をしてたと思ってんのかい?」
「というと」
「探していたんだよ、ヒーローをね、そのための情報収集さ」
「本当ですか!? それで、そのヒーローとは!?」
赤い服の男は、激しくいきり立っていた。青い服の男は、ただ頷いている。
「もちろん、この人だよ」
え、俺?
「あなたが、我が国を救うヒーローなのですね!」
「あ、ああ、まぁね」
つい雰囲気に飲まれ、勢いで言ってしまった。青い服の男は、ただ頷いている。
「そうだったのですか、私勘違いしていました。女王はただ酒が飲みたかっただけで、この方はたまたま店の前で倒れていた人なのかと思っていました」
「そんなはずないだろう、ヒーローだよ、ヒーロー」
そう言いつつ、熟女はかつらを取った。完全にばれているのに不思議なものだ。もう、俺はヒーローの気分になっていた。その証拠に、熟女は東欧系の美女に変身していたのだ。今まで厚い化粧に覆われ、男性なのか女性なのかも判然としないようなモンスターめいた顔だったのに、それが。こんな事があるんだ、俺がヒーローであることに何の疑問があるだろう。
「とにかく早く来てください、この先に円盤を停めてあります、はやく」
赤い服の男は、かなり焦った表情でみんなを急かしている。青い服の男は、ただ突っ立っていた。
「こうなったらしょうがないね、早く帰らないからいけないんだよ」
と熟女改め女王は言ってきた。
「構いませんよ、俺はヒーローになるために産まれて来たのかもしれません」
と、ニヒルな笑みを浮かべて答えておいた。
円盤は、近くのコインパーキングに他の自動車に紛れて停まっていた。
「早く乗ってください、はやく、はやくってば」
赤い服の男は、時間が経つにつれて加速的に焦っている。焦りで手が震え、小銭を出すのに時間がかかってしまっていたが、どうにか支払いを終えたようだ。必要なのか? 円盤でも。ともかく俺も、女王の後を付いて円盤に乗り込んだ。次に赤い服の男、最後に青い服の男が入り口に頭をぶつけながら入ってきて、扉が閉められた。
「出発します」
赤い服の男が赤いレバーを引くと、窓の外の景色が大きく湾曲し、一瞬にして別の場所になった。
「着きましたよ、降りて、はやく、はやくって」
早すぎる、おにぎりを食べる暇もなかったよ。
外は広大な牧場のようなところで、見たことのない生命体が飼育されていた。もっとよく見てみたかったのだが、赤い服の男が、はやく、はやくっとうるさいので、急ぎ足で地下の施設へと入った。
施設の中は、モダンでありながら近代設備の整った宮殿のような様相を呈していて、俺は大きな食卓のあるゴージャスな部屋に通された。
「では、簡単に状況を説明します」
と赤い服の男が言った。
「訳の解らない奴らが突然攻めてきたんです、はやくやっつけてください、はやくっ」
あっけにとられていると女王が、
「ウェンディーズじゃ話にならないね、ガストが説明しな」
と言った。すると、青い服の男が話し始めた。
「それでは、私から説明させていただきます。今を遡ること一ヶ月ほど前、我々の元に一通の矢文が撃ち込まれました。そこには、こう書かれていました。『おまえらな、はやくな、国を出てけってんだよ。なんでかっていうとな、おれらがもらうから。いそげよ』……」
青い服の男は、様々なエピソードを事細かに描写しつつ、説明してくれた。ときおり確認を入れ、質問を受け付け、俺の理解を促してくれる、なんて説明上手なんだ、いままで一言もしゃべらなかったのに。おかげで小一時間ほどの説明で、俺は大体のことは把握できた。
要するに、訳の解らない奴らが突然攻めてきたってことだ、と。
説明が終わると、ちょっとした歓迎パーティーを催してくれた。
そばを中心とした麺類が所狭しと並べられ、バイキング形式の立食パーティーが始まった。俺はそばつゆに生姜と万能ねぎを大量に入れ、色々なそばを次々にすすっていった。
一通り食べ終わった頃、
「なかなか、通な食べっぷりですねぇ」
と、大臣のような人が声を掛けてきた。大臣のような人は、
「私はスカイラークというものですが、あなたがヒーローですか、いやぁ、逞しいですなぁ」
と言ってきた。そうだろうか、ここのところ運動らしい運動は何一つしていなかったが、強いて言えば夜の街を走り抜けたくらいのもの。でも、
「そうですか、ありがとうございます、一杯どうぞ」
と、そばを一杯よそってあげた。
「いやこれはすいませんな、ところで、必殺技はなんですかな、ネーミングも素敵なのでしょうな」
と言うので、
「ダイナマイトサンダーアタックです、内容は秘密です」
と答えておいた。
パーティーが終わると、女王が、
「明日は朝早くから戦闘だから、今日は早く寝たらどうかしら、ほれ、ベッドはそこだよ、と言ってきた」
見ると、部屋一杯のベッドがあった、5人分はゆうにあるだろう。
「おお、すごい、寝ますよ、今すぐに」
ということで、ベッドインした。
気がつくと、朝だった。
「何やってるんですか、早く来てください」
と、赤い服の男がやってきた。
俺は、いつの間にか用意されていたヒーローの衣装を身にまとい、足早に玄関先へと向かった。
食パンを咥えながら。
玄関先には、既にスタッフが勢揃いしていた。
「それでは、いってらっしゃいませ、ご武運をお祈りしています」
大臣のような人が言うと、みんないっせいに敬礼をした。
女王は、
「頼んだよ」
と一言言って、足早に施設の中へと入っていった。もう行くしかないのか、この衣装の他に何もなく。俺は、精一杯の元気を振り絞り
「みんな、待っててくれよ!」
と叫んで、早朝の牧場を後にした。
しばらく歩くと、前方には無限の荒野が広がっていた。昨日の青い服の男の話によると、敵は荒野の彼方から突如として襲い掛かってきたのだそうだ。
きっと騎馬民族だな、間違いない、と俺は思った。矢文も使っていたみたいだし。ところで、ヒーローの衣装が全身タイツなので、灼熱の炎天下ではかなり蒸れてくる。脱いでいいのだろうか、でも、もし見られたら。そう思って、何とか我慢することにした。
それにしても、何もないぞ。
そう思いながら、ヒーローアニメのテーマを口ずさんで、3時間ほど歩いた。なんだかなあ、ヒーローも楽じゃないよな、そんな気分だった。
よく見ると、遠くの方に、コンビニらしきものが見えてきた。ちょうどいいや、飲み物でも買おうと思って、なんとなく目指すことにした。
近づいてみると、かなり巨大な店舗のコンビニだった。東京ドーム1個分はありそうだ。
店内は、陳列棚の高さが30m以上あること以外は普通のコンビニだった。でも、どうやって取るんだろうか、上の方は全然見えやしない。そう思って辺りを見回してみたが、客は自分以外一人も見当たらなかった。だろうな、こんな荒野のど真ん中にあったんじゃ。
しばらくスナック菓子のコーナーを見て、チョコレートのコーナー、ドリンクのコーナーと移動した。
ちょうど、5mくらい上のところに飲みたいオレンジオーレがあったが、届くはずもないので、目の高さにあった烏龍茶を手に取った。
「とりあえず、1.5リットル買っておくか」
店の中央にあるレジに向かっていると、奥のほうの入り口から団体客がなだれ込んできた。みんなすごいジャンプ力だ、最上段の商品も楽々取っている。どうやら、彼らがメインの客らしい。みんな、黒い全身タイツに身を包んで、ニャー、を語尾につけている。
「なんか変な奴がいるニャー」
ぼーっとしていたら、レジに辿り着く前に、取り囲まれてしまった。すると、リーダーらしき仮面を付けた男が声をかけてきた。
「どこから来たんですか? あなたは?」
「ああ、俺は遠い国からきたヒーローです」
と景気よく答えると、仮面を付けた男は
「ほほう」
と言って、持っていた商品を隣の男に手渡した。
「自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は、漆黒の騎士・アンナミラーズ」
なかなか、渋めのポーズだ。黒い全身タイツの男達が作った、人間ピラミッドの頂上でばっちりと決まっている。
「それでは」
と、仮面を付けた男はさっさとレジを済ませて行ってしまった。俺も、レジを済ませ、コンビニを後にした。
オレンジオーレ、取ってもらえばよかったな。
さらに荒野を10時間ほど歩き続けた。
もうだめかもしれない、俺はこのまま、この格好で白骨化するのかもしれない、そう思えてきた。そんな気持ちを何とか、某アルプス山脈の少女の歌を歌って紛らわせていた。しかし、それも限界に達し始めた頃、遠くの方に街の明かりが見えてきた。
あれか、あれがわけのわからない奴らの住む街か。
俺は、最後の烏龍茶を飲み干し、急ぎ足で明かりの方へと向かった。もう日もとっぷり暮れて、街には人影も見当たらない。とりあえず泊まるところを探さなければ、やっつけるのは明日だ。と、歩き回っていると、宿屋らしき建物が見つかった。
「ごめんください」
奥のほうから、赤いタキシードに身を包んだ、初老の男性が出てきた。
「何か用ですかな?」
「一晩泊めていただきたいのですが、できれば3000円以内で」
と言うと、初老の男性は
「少々お待ちを」
と言って、再び奥へと入っていった。しばらくすると、今度はピンクのタキシードを着て出てきた。
「旦那様の許可が下りました、こちらへどうぞ」
とのことで、右の方の部屋へ案内された。どうやら宿屋じゃないらしいぞ、ただの家みたいだ、いやはや勘違い。部屋は6畳間2つ分くらいで、ソファーとテーブルとベッドが置いてあった。なかなか高級そうな、緑色のベッドカバーだ。ああ、でも、腹が減って眠れないぞ、どうしよう。と思っていたら、初老の男性が
「お食事をお持ちしましょうか?」
と言ってきた。ばれてないと思ったのに。
「いや~、何から何まですみません」
「いえいえ、お代は後で頂きますから」
とのことで、安心したようながっかりしたような、むしろさっぱりしたような感じだった。さっぱりついでに、お風呂にも入らせてもらった。総大理石のゴージャス風呂にゆったり浸かり、風呂上りにラム肉のステーキを食した。いやはや、極楽極楽。おなかも一杯だ。
「ではおやすみなさい」
目が覚めると、手足が動かなくなっていた。金縛りか、昨日はかなり疲れていたからな。と思ったら、縄でぐるぐる巻きにされていた。
「むふふははは、気がついたかね、きみぃ」
入り口の方を見ると、白装束の男が腕組みをして立っていた。その周りには、色とりどりのタキシードを着た、初老の男性がいた。みんな同じ顔だ。
「我々をやっつけにきたのだろう、ヒーローさんよ、むっふふ」
ああ、もうだめなのかもしれない、昨日のは人生最後の幸せだったのかもしれない。しかし、俺もヒーローの端くれ、ここで諦める訳にはいかない。
「バーミヤン様、いかがいたしましょう」
「やはりここは公開処刑じゃないかね、きみぃ」
「かしこまりました」
タキシードの初老の男性達が、ベッドの周りを取り囲んできた。
今だ!
俺は渾身の力で右手を抜き出し、青いタキシードの男性の髭を引っ張った。
「いててててて、やめんかい」
ふふふ、どんなもんだ。
しかし、人数でかなうはずもなく、いとも簡単に再び縛り上げられた。
「速く歩かんかい、馬鹿もんが」
もはやこれまで、思えばヒーローらしいことは何一つできなかったな。そんな思い出が、俺の脳内を錯綜していた。主にご馳走を食べる内容だったが。
俺は、街の広場の大きな噴水の上に縛り付けられることになった。
「もうすぐ弓矢隊が来る、それまでせいぜい反省でもするんだな」
はぁ、確かに俺は全然だめな人間だった。生まれてこの方、活躍したことなんて一度もなかった。もっとがんばればよかった、いろいろと、なのに俺は……。
その時だった。
なぜか湧き上がるパワー。
「ふおおおおお!」
俺は縄を引きちぎり、噴水を破壊し、観衆の一人を天高く放り投げた。
そしてナイスキャッチ。
「お怪我はありませんか」
と気遣った。
なんだろう、反省したのがよかったんだろうか、それはわからない。しかし、今現在俺は立派なヒーローになったのだ。もうこっちのもんだ。
「おい、女王の国を攻めるのはやめろ! やめないとやっつける」
「なにを、皆の者、ひっとらえい」
タキシードを着た初老の男性が次々と襲い掛かってきたが、指一本触れさせずにすり抜ける俺。常人の5倍の速度は出ていたんじゃないだろうか。体感では。あっという間に、白装束の男に接近した。
「ふはははは、やるじゃないか、ヒーロー、だが……ふんぬ!」
白装束の男が、両手を前に突き出すと、急に身動きがとれなくなった。
「ぐぉぉ」
なんてこった、ようやくヒーローらしくなれたと思ったのに。動きを封じられたまま、空中に浮かされる俺。
「弓矢隊も到着したようだな、ふはは、短い活躍だな」
数十人のタキシードの紳士が、俺に向けて弓を引き始めた。ああ、やっぱりだめだ、だめヒーロー確定だ。
「どうした、ダイナマイトサンダーアタックでも出すか? ふははは」
なに、なんだその技は、そんな事言ったっけか。どこかで聞いたような気もするが。
「うおおおおおお!」
俺の頭脳は突然に、ひとつの秘められた答えを導き出した。
「貴様ぁ、大臣だな! この裏切り者!」
「ぬぅ」
その瞬間、俺の体を縛り付けていた力が解けた。俺は、すぐさま白装束の男の20cm前まで接近し、
「おりゃぁぁぁぁあ!」
と華麗に白装束を剥ぎ取った。
「どうだ!」
「あああ、もうだめだ」
白装束を剥ぎ取られた男、改め大臣はその場に崩れ落ちた。ひそひそ、ひそひそ、と周囲の人々は言い合っている。タキシードの紳士達も、この事は知らなかったらしい。全員、虚ろな目で空の彼方を見つめていた。
勝った。
ここで俺は、大変な事を忘れていたのに気付いた。
勝利のポーズを決める事を。
だから、その場で思いついたポーズを決めてみた。
「この世の悪をぶった切るぜ! 正義のヒーロー!」
体勢はつらいが、なかなかのものだったと思う。
「すまなんだ、この国の国王にそそのかされただけなんだ」
大臣は言い訳をし始めた。
「いえ、解ればいいのですよ、早く国にお帰りください」
「父さん!」
「ガスト!」
「すまなんだ、こんな父を許して欲しい」
振り返ると、青い服の男と赤い服の男が立っていた。
「すみません、実は密かに監視していたのです」
と、赤い服の男は言った。今頃出てきても、と思ったが
「ああ、まあ結果オーライで」
と言っておいた。
「じゃあ、ちょっくら国王に会ってくるよ」
と言って、俺は快足を飛ばして走り去った。赤い服の男が、ぴったりとマークしてきている。なかなかやるな、これはどうだ。俺はフェイントで、家の中を駆け抜けた。しかし赤い服の男は、ちょっと離れて付いてきている。くそう、これでもか。俺はハイジャンプをかまし、高い塔をひとっ飛びした。しかし赤い服の男は、塔を回りこんで付いてきている。とかやっている間に、王宮らしき場所に来ていた。勝負はお預けだな。
「ごめんください、ヒーローですが」
と言ってみたが、特に返事は無いようなので、勝手に入り込んでいった。衛兵とかも誰もいないし、無用心なもんだ。30分ほど階段を上り下りしていたら、王座の前に出た。王座にも誰もいないようだ。と思って、王座の前に歩いていくと。
バターン!
ドアが閉まった。
周りを見回すと、いつの間にか甲冑に身を包んだ兵士達に囲まれていた。みんな、こちらに弓を構えている。
「おーっほっほっほっ」
奥のほうから、ド派手な衣装をまとった熟女が歩み出てきた。
「あんた、マクドナルドの差し金だろ」
「誰だ、それは、俺は正義のために来ただけだ」
我ながら、決まりすぎて鼻血が出そうだった。
「状況がわかってないのかねぇ、かわいそうに。あの厚化粧女のせいで、こんなことになってるっていうのに」
そうは言っても、この熟女もかなりの厚化粧だった。厚化粧対決が、この争いの原因だろうか。
「早いとこ国を明け渡してりゃ、こんなことにはならなかったんだよ。むこうの国へ帰ってこう言うんだね、国を守りたきゃ金返せって」
「なにぃ、どういうことなんだ」
「あの女が、店を出すためにあたしから借金したんだよ、日本の土地は高いからね、国を担保にしてたってわけさ」
なんてこった、あの店が原因だったなんて、インスタントコーヒーしか出してないのに。
「ちなみに、おいくらですか?」
俺は、恐縮しながら尋ねた。
「2千万円だよ、国家予算級さ」
2千万か、俺のポケットマネーじゃ到底払いきれない。しかし俺はヒーローだ、ヒーローが借金を踏み倒すわけにはいかない。わかった、俺が払ってやろうじゃないか! 体でな! とその時。
バターン!
扉が開いた。
そして、なんと女王がゆっくりと歩み出てきた。再び、パブの厚化粧姿で。
「待たせたね、ジョナサン」
「あら、ようやく返す気になったのかい」
「これを、受け取れ~!」
女王は、金色の巾着をすごい形相で熟女に投げつけた。しかし巾着は、まったく熟女まで届くことなく、俺の足元にポトリと落下した。
この緊迫の場面を盛り下げてはいけない。そう感じた俺は、すかさず巾着を拾い、熟女の元に送り届けた。
「ささ、どうぞ」
「ああ、すまないねぇ」
巾着を開けると、中は金銀宝石がたくさんつまっていた。こっそり覗き込んだから、間違いない。
「客の中には、化粧した顔と素顔のギャップがいいって言ってくれる奴もいたってわけさ」
どうやら、いらぬ心配だったらしい、俺は何しにはるばる荒野を渡ってここに来たんだ。そんな気分で、呆然と膝をついていた。
「わかったよ、これで借金はちゃらだ、あんたの国も安泰だよ」
「ふふ、当然さ。ほら、帰るよ」
女王は、さっさと表へ出て行った。慌てて外に出てみると、円盤が停まっていた。これで来れば簡単じゃないか、俺はさらにがっくりと肩を落とした。
「ほら、早く乗りな」
女王は俺の背中を突き飛ばしてきた。
「うおおお!」
俺は、その勢いで円盤の操作盤に頭から突っ込んだ。
ウィィィィン。
出発する円盤。ただ一人取り残され、立ち尽くす大臣。周りの景色が大きくゆがんだかと思うと、辺りには見慣れた景色が広がっていた。
「おいおい、先に宮殿に戻るはずだったのに、何するんだい」
と女王は言った。自分でやっといて。
「ま、いいけどね、ご苦労さん、達者でな」
俺は、言われるがまま、円盤を降りていった。
「あの、このコスチュームは」
「それはやるよ、じゃ」
「ありがとうございました、またいつか」
赤い服の男と青い服の男も、笑顔で手を振っていた。
円盤の飛び去った駐車場は、人影も見えず、数本の街灯に照らされていた。
はぁ、思えばこの夜の街を走り抜けたことで、全ては始まったんだなぁ。俺は、ゆっくりと家路につくことにした。
思えば、あのときなぜ走り続けていたか。それは、終電に乗るためだった。いまとなっては、どうでもいいことさ。ゆっくり行っているつもりでも、一瞬で着くからね。
このコスチュームさえあれば。
夜の女王