吾輩は逍遥である

吾輩は逍遥である

野良猫ミケがある日のこと無田口有三と言う風変わりな人物住んでる家に紛れ込んだ。そのままその家の主人無田口有三に「逍遥」と言う名前まで付けられて飼われる事になったのである。その逍遥の目を透してこの家の色んな出来事が面白おかしく展開して行く。無田口有三の加奈子さんとのデートでの失敗事件・・・でもやがて二人は、無田口有三の友人の大山泰三の手助けもあり再婚する。しかし、ある日の事突然逍遥に・・・・。

第1章

この家は、北関東のさほど大きくもない街にある。街の人は、この家を夢想庵と言う変な名前で呼んでいるらしい・・・。

さてこの家の住人はと言うと、どうやら無田口有三という人物であるらしい。その風貌たるやなんともユニークである。髪はほとんど白く、さほど立派でもない髭を蓄えているがこれも真っ白である。髪も長めでいつもボサボサである。まあ、どう見てもイケメンではない。歳は、60才を幾らか越えたであろうと思われる。とにかくこの辺では、あまり見かけないユニークな人物である事は間違いない。

さてさて、申し遅れましたが、この小説の主人公である吾輩ミケはこのユニークな主人と一緒に住んでいるのである・・・と言うか、野良猫だった吾輩が勝手に同居してしまったと言うのが正しいのある。

この家の住人、勝手に住みついた吾輩を追い出す訳でもなく旧知の間柄のように毎日餌をくれる。その上、吾輩に勝手に名前まで付けてしまった。「逍遥(しょうよう)」と言う変な名前なのである。さらに吾輩が居ついた日から、逍遥!逍遥!と気安く呼ぶのである。吾輩には「ミケ」と言う名前があるのだが・・・居候の身ではご主人様に文句を言う訳にもいかずおとなしく従うしかないのである。かくてその日から、吾輩の名前は逍遥となったのである。ミケと言う名前も嫌いではなかったが、こう毎日毎日「逍遥!逍遥!」と呼ばれていると何だか吾輩の名前は、昔から逍遥だったような気がするあから不思議である。

さてさて、これから吾輩がこの家のご主人様を念入りに観察しながら、のんびりと観察日記を書いていく事になるのだが・・・。別にそう取り立てて面白い日記でもないが、ご用とお急ぎでない方は、ちょっと読んでいただけると嬉しいのだが・・・。

さて、吾輩がこの家に居候を決め込んでから1ヶ月が経った。どうやらこの家のご主人様の交友関係や日常の生活も色々と見えて来た。この家のご主人様の朝起きるのは実に早い。ご主人様はうずたかく本が積まれた書斎にベットを置いて寝ている。すなわちそこが書斎兼寝室となっているのである。吾輩はと言うと、ご主人様のベットの足元の方で遠慮なく大の字になって寝ている。

「おわぁ~~~~~~~~あああ~~~」野獣のような雄叫びの欠伸である。

「おい!逍遥まだ寝てるか、朝だぞ起きんか!」でっかい声である。

「寝れるはずないじゃないか!そんなでっかい声で欠伸されたら!誰だって起きるわい・・・ニャ~ん!」

と吾輩は、心の中で叫んでしまう。

「そうだ!逍遥!これからは、私の事を先生と呼びなさい!」

といきなりご主人様は言った。

「先生!?って呼べって?何を馬鹿な事を!猫が喋れるかぁ~つうの!ニャ~~ん」と吾輩は思った。

「解ったな!逍遥!」

「ニャ~~~ん!」

吾輩は、仕方なく返事をした。そう言われた以上は、これからは先生と呼ぶしかあるまい。何しろ吾輩は居候の身である。先生は、満足したように洗面所に行って、ガラガラ!とうがいをしている。

「じゃ、逍遥!散歩に出る!」

この先生は、朝の5時に起き散歩をするのが毎日の日課であるらしい。何しろ夕べも遅くまで机で(吾輩が、見るところお酒を飲んでほとんど寝てたように見えたが・・・)仕事をしてて、そのまま寝たらしく、昨日の格好のままである。ヨレヨレのズボンにヨレヨレのシャツ、それに三つ付いてるボタンも一つしかないカーデガンをひっかけ、ちびた下駄を突っ掛けガラガラと玄関を開けて散歩に出て行った。

「ああ~~行った!行った!当分帰って来ないでよ!とにかくこれでしばしの間眠れるのだ」

吾輩は、ホットしてまたウトウトと眠りについた。

第2章

さて観察するに先生は、どうやら小説家であるらしい。小さな無田口の表札の横に大きな「夢想庵」と言う表札があるが、これは先生が付けた名前であるらしいのだ・・・。夢想庵・・・よくよく眺めて見ると中々といいネーミングである。案外この先生は風貌に似ず風流人なのでは無いかと吾輩には思えてしまう。しかしながら、庭を見てみると雑草が伸び放題である。まるで風流の欠片もない庭なのである。

まあ、それはともかくとして、小説家である先生が小説を書いてる気配は今の所は見た事は無いのである。じゃ、どうして生活してるのかと言うと雑誌に何本かのエッセイらしき物を書いて生活しているようである。時折編集部の人の電話やら訪問がある。そんな編集者の中に、香山加奈子さんと言う女性編集者がいた。一度夢想庵を訪ねて来た事がある。

この彼女は、猫の吾輩が見ても目の覚めるような美人である。40は、少し過ぎているようであるが目がパッチリとして、鼻筋がすーっとしている。口も程よい感じである。彼女が尋ねて来た時、たまたま吾輩は玄関で居眠りをしていた。

「あら!可愛い猫ちゃん!」

と吾輩の頭を撫でてくれた。

「逍遥ちゃんって、言うのね。先生らしいネーミングね~」

と私の首に付けられた名札を見て,加奈子さんは優しい声で、

「逍遥ちゃん!」

と呼んでくれた。こんな美人に撫でられたり名前を呼ばれたりした事なんて全然無かったので吾輩はついつい有頂天になり、「ミャ~ン」と思わず甘えた声を出してしまった。

後々、この加奈子さんと先生は、悲しくもあり、また面白くもある展開になって行くのだが・・・今の所はそんな気配は微塵もないのである。

話がちょっと横道にそれたがさて先生の事である。先生は、10年前に奥さんを亡くし今は一人暮らしなのである。どうやら子供は居なかったようだ。先生は男の一人暮らしで小説家である。当然の事ながら家の中は汚い、本やら色んな物が氾濫していて、まるで足の踏み場もない感じである。一体!いつ掃除をしたのかさえ皆目解らない状態なのである。

さて、さらに観察しているともう一人面白い人物が出てくる。この人物の事も紹介しなければなるまい・・・。

さて、その人物であるが大山泰三と言う名前の人である。その人物は、先生の家から三軒ほど先に住んでいる。先生とは、20数年来の友人であるらしい。その人物は、酒がめっぽう強く、ひどい訛りの東北弁で突然不意に尋ねて来ては先生と酒盛りになる。先生が仕事をしていようがいまいがお構い無しにさっさと仕事場に入って来て酒を飲み始める。先生も酒が好きで、どんなに忙しくても(もっとも忙しいほど仕事があるようには見えない)仕事はそっちのけで嬉しそうに酒盛りになる。

吾輩は、この図々しい男が嫌いである。しかし、逍遥の観察小説なので嫌とも言っておれないので観察して皆さんに話さねばならない。

大山泰三は、今日も突然夜の8時頃にやって来た。たまたま私は玄関の上がりかまちにに居たのであるが、ガラガラと玄関の戸が開いて、いきなりその人物が入って来た。良く観察して見るとこの男もまたユニークな風貌の男である。背はそんなに高くないが、ガッチリしてる。顔は四角くて坊主頭で髭面である。まるで熊のような男である。それに声は、メチャメチャ大きい!。

「有三さ!いっか?あがんど!」

大きな声の東北弁混じりで怒鳴る。玄関にいる吾輩を見て、

「なんだ!おめまだ居んのが!居候!」

と大きな声でニヤリとする・・・なんとも嫌な男である・・・。

ところが大山泰三が嫌いだと吾輩が思ったのは最初の内だけだったのである。案外この男は風貌に似ず優しいのである。人は見かけによらないということになるのだが・・・。後々は、この男が好きになって行くのだが・・・まだこの時点では、吾輩は嫌いである。

さて、大山泰三だが、彼は先生の3軒隣りに住んでいる。奥さんは、とうに亡くして娘さんと二人で住んでいたようだが今は娘さんも嫁いでしまって、その人物もまた一人暮らしであるらしい。大山泰三は、先生より1歳上である。刑事をしていたようだが今は定年退職して酒を飲み、時折散歩をしたり植木をいじったりして毎日をのんびりと過ごしている。

さてさて、これでこの物語の重要人物達は出揃ったのである。ここで復習しておくと、私が猫の逍遥、そして私の主人の無田口有三、それに女編集者の香山加奈子、さらに大山泰三である。

おっと、忘れるところだった。私のガールフレンドの花ちゃんがいるのである。彼女は駅前の喫茶店「しずか」で飼われてる雌猫である。妙に私とは相性がいい。この後、先生は加奈子さんとの仕事の打ち合わせは、この喫茶店ですることが多いので彼女に登場してもらわないといけない。そうだ、忘れるところだったが大山泰三の所に柴犬「風」もいるのだ。

さらにもう一人忘れてならない人がいた。花ちゃんの飼い主、喫茶「しずか」の静ママである。さてさて、これから人間4人と猫2匹と犬1匹が奇妙に絡みあいながらこの物語を進めて行く事になるのである。

第3章

ある日の事、大山泰三が例によって先生の書斎にずかずかと入って行く。吾輩もしかたなく後をついて行く。

「おお!仕事すてんのが?」

「おお~泰三さん!来たんですか?」

「田舎がら、酒送って来たから、有三さと一杯やっかとおもってさ!」

「そらあ~~いいなあ~~」

「つまみも持ってきたぞ!」

この男は先生の所に来る時は、必ず酒とつまみは持参して来るのである。最もつまみと言っても、さきイカと柿ピーが定番である。たまには吾輩のつまみも持って来いと言いたくなるのである。

まあ、それはさて置きこの男と先生はベットの傍の空いたスペースにどっかと座って飲み始める。もちろんテーブルなど無いから、つまみも酒も床の上に直に置いてである。

「いいのかなあ酒盛りしてて・・・先生!確か?明日は原稿の〆切で加奈子さんが取りに来るのに・・・終わったのかなあ原稿・・・ニャ~〜ん!」

と吾輩は心配になる。何しろ先生がちゃんと仕事してくれないと、私のご飯もなくなるし、またまた野良猫暮らしに戻らないとも限らない。吾輩にとっては死活問題なのである・・・。

「有三さ!もうかみさん亡くして何年になんだっぺ?」

「う~ん、10年になりますね」

「おめは、子供もいねんがらよ、そろそろ再婚したらよがっぺな・・・」

「誰が、いい人いねのが?」

「アハハ、再婚ですか・・・今更面倒ですわ!それにこんな歳ですし、私の所に来てくれる様な物好きな人もいないでしょうよ!」

「そうがぁ・・・そうだ!そうそう、あの女の編集者!なんつーたっけ?めんこいの?」

「ああ~~香山さんですか・・・」

「あれは、どだべ~確かバツイチだっぺ!一度あだって見たらよがっぺよ!」

と大山泰三が言うと、何故か先生は口に含んでいた酒を思わず吹き出してしまい。慌てた仕草を見せた。

「た!た!泰三さん、いきなりそんな事言うから酒吹き出してしまいましたよ!」

「アハハ!何もそだに、慌てる事あんめよ!たとえばの話だっぺよ!」

「もすかすて!有三さ、ほんとは彼女に気があんじゃねいがい?」

「・・・・まさか、そ!そ!そんなことないですよ・・・」

と先生は、しどろもどろになって答えた。

「まあ!いいがあ~~」

と大山泰三はニヤリとして、次の話題に移っていった。

ワイワイ・ガヤガヤと話は続く!酒もどんどん無くなる。時計は、午前2時を指している。吾輩は眠むくなってそのまま寝てしまった。

それからどの位たったのだろうか、突然!私の眠りは大山泰三の大きな声で妨げられた。

「お~~こんな時間だ!有三さ!俺は帰って寝るど!」

「ほんとだ、こんな時間だ!じゃ、泰三さん、気をつけて・・・」

「お~またな~~」

と大山泰三は、ドスン!ドスン!と大きな足音を立てて部屋から出て行った。しょうがないので吾輩は、玄関まで泰三の後を追う。玄関でいきなり泰三は、後ろを振り返って・・・。

「逍遥君!お邪魔すたな!今度来るどきは、土産持って来てやんど!」

と私の頭を撫でニヤリと笑った。おや?案外この男は顔に似あわず、優しいぞ・・・と吾輩は思わず思ってしまう。

「有三さに玄関さ!鍵かけろって言えや逍遥!もっとも鍵なんか、かけなくても取るものねえげんじょな!ガハハ」

「じゃな~逍遥!またな・・・」

と大山泰三は、勢い良く玄関の戸を閉めて帰って行った。

さて、先生はと思って部屋に戻ると、ベットの上でもう高鼾である。さてさて、明日の原稿は間に合うのか?吾輩はまたもや心配になって来た。

「今夜は、眠れそうにニャ〜いなあ・・・」

第4章

さて翌日のことである。お腹が空いているのに先生がちっとも起きて来ないので朝飯にありついてない吾輩は、しかたなく玄関の外の朝日が当たる所で日向ぼっこしながら居眠りをしてると、約束の時間らしく香山加奈子さんがやって来た。

「逍遥ちゃん!おはよう!先生いるかしら?」

と頭を撫でてくれた。私は、甘えた声で

「ミャ~~ン、いますよ寝てますが・・・」

と頷いた。

「そう~ありがとう~~」

と加奈子さんは玄関を開けて、

「おはようございます。朝日出版の香山です。約束の原稿頂きにまいりました~」

ありゃ・・・返事がない!しゃないなぁ~と吾輩は、加奈子さんの横をすり抜け先生の部屋に向かった。部屋に入ると案の定、先生は口をあけて高鼾で寝ている。こんな格好は、加奈子さんには到底見せられない。しょうがないから私は、先生の顔をベロベロと舐め始めた。

「う・・・・む・・・・なんだ!何だ!~逍遥!眠いんじゃ~~もうチョッと寝かせろ!」

先生は、片目を眩しそうに開けて吾輩を見た。その時・・・・。

「無田口先生!香山です~~~」

加奈子さんの澄んだ良く透る声が聞こえた。

「おっっ!!大変だ!!」

先生は、慌てて飛び起きると同時に脱兎のごとく玄関に走り出す。吾輩も追いかける!

「ああ~~!か、か、香山さん!すみません!」

「あら!先生~今お目覚めですか?おはようございます」

といいながら加奈子さんは、笑いをこらえているようだ。

それもその筈である。先生の格好たるやなんとも形容しがたい、少ない髪はあっちこっちに飛び跳ね!シャツのボタンはあべこべ!ついでに社会の窓まで半開き、おまけに酒の匂いもプンプンさせている。それを本人が気づいていないのが、また滑稽である。

「先生!今日は原稿を頂く日なんですが?出来てますか?」

笑いを堪えていた加奈子さんは、編集者の顔に戻って先生を見ながらたずねた。

さて!昨夜飲みつぶれていた先生は、当然原稿は出来てない筈である。吾輩は、先生がどう言い訳をするのか興味を持って見ていた。

「・・・・いや~~実はですね・・・・」

「はい」

「・・・実はですねえ・・・夕べから、俄かの腹痛で・・・薬を飲んでそのまま寝てしまいまして・・・実は、まだ出来てないんですよ!申し訳ない!申し訳ない!」

「え!そうなんですか?困りますね・・・先生!約束は守っていただかないと・・・」

「いや~ほんとに申し訳ない!今日中に必ず仕上げますから~申し訳ない!!」

と先生は、ペコリ、ペコリと頭を下げる。

「じゃ解りましたわ。明日の10時に再度取りに伺いますから間違いなく原稿お願いしますね!」

加奈子さんは、少しキツイ口調で言った。先生は、頭を掻き掻きペコリと頭を下げながら言った。

「解りました申し訳ありません。明日は、ここまで来ていただくのも何ですから駅前に私の行きつけの喫茶店「しずか」というのがありますんで、そこで明日10時に必ずお渡しします・・・です!」

「解りました!駅前の「しずか」ですね。じゃ~明日10時にきっとですよ!では、先生失礼します。」

と加奈子さんは、一礼しながら頭を上げる瞬間!私にウィンクしてニコッと笑って去って行った。

「おほ~~おお・・・やったな!逍遥!うまくいったわ!じゃ、もうひと眠りだ!」

と先生は部屋の方に戻って行った。その後姿を見送りながら・・・もしかして、この先生は馬鹿なんじゃないのかなあ・・・と吾輩は思ってしまった。加奈子さんは、先生の仮病なんか当にお見通しなのになぁ・・・ニャ~ん!。

「先生には朝飯を忘れられたし。お腹が空いた~ニャ~ん、そうだ花ちゃんのとこに行こう!」

と私は思い立ち歩き出した。待てよ!私は立ち止まる。

「ああ~花ちゃんの所に行くには、あの男、大山泰三の家の前を通らないと行けないニャ~」

大山泰三の家には、柴犬の風(ふう)が居たなあ〜〜。風は、いつも私を見かけると良く吠えるのだ。私はなるべく音を立てないように歩き出した・・・。

「ワン!ワン!わぉ~~~ン!ワン!ワン!わぉ~~~ン!」

「アチャ!やっぱり見つかった!ニャ~ん」

「何だ、煩せいな!風!だれが、来たんだっぺが?」

と言いながら、大山泰三が門の方に出てきた。

「なんだ!逍遥か・・・こんなとこで何すてんだ!」

「ワン!ワン!ワ~~ン!」

相変わらず風は、吠えている。

「風!うるせべ!だまれ!逍遥だっぺ!」

と大山泰三に一喝されて、泣き止んで恨めしそうな顔ですごすごと小屋に入ってしまった。

「おい、逍遥!有三さは、どうすた起きたっぺが?おめいのその面見れば、起きでねいなあ・・・おめい腹減ってんだっぺ!チョッとこっちさこぉ~」

と大山泰三が言うので仕方なく後ろをついて行く。途中、風の小屋を横目に通ると、風はギョロリと私を睨むが吠えない。もしかしてほんとは、風は名犬なんじゃ無いかと吾輩は思ってしまう。

大山泰三は、玄関を開けさっさと中に入っていった。吾輩は、仕方なく玄関の前で待っていると暫くしてお皿に何か山盛り入れて持って来た。

「逍遥!風の餌しかねいがら、これでも食えや!犬も猫もそう変わんねべよ~」

「もう~泰三さん!変わりますよ!ドックフードとキャットフードじゃ、成分が違いますよ~ニャ~ん!」

と吾輩は言いたい所だが、背に腹は変えられないのでありがたく頂く事にした。

「それにしても、固いなあ~これはドライタイプじゃ、ないか!カリ~コリ~~ニャーン!」

と12~3粒食べたら吾輩はもうお腹が一杯になった。

「なんだべ!もう終わりがぁ~~猫っちゃ、食わねなあ~ほら、風食っちめえ~」

と言いながら大山泰三が風に皿を持っていくと、風はあっと言う間に平らげた。吾輩は、お腹も一杯になったので大山泰三にペコリと頭を下げ、

「ニャ~~ン~~~」

とお礼を言って門の方に向かうと、大山泰三が声をかけた。

「逍遥、どごさ行だ!逢引かあ~~ガハハ!また、飯にありつかない時は、いつでもこお~」

と言った。そう言われると吾輩は、単純なのか今まで嫌いだった大山泰三がいっぺんに好きになってしまった。これからは、大山泰三でなくて、泰三さんと呼ぼうと心に決めた。

それにしても・・・さっき泰三さんが言った、逢引!って何?と吾輩は考えながら花ちゃんの所へ向かった。

第5章

今日は先生が喫茶店「しずか」で加奈子さんに原稿を渡す日である。机の上に封筒に入れて置いてあったから今度は間違いなく原稿もちゃんと出来たようである。確か会うのは10時の筈である。なんかバタバタと朝から先生が煩いので吾輩も目が覚めてしまった。

「ニャ~~~~~~オォ~~~~~~~」

吾輩は大きな欠伸を一つして時計を見るとなんと!なんと!まだ6時半であった。それなのに先生は、もう起きて何やら、ゴソゴソとやっている。吾輩は眠い目を細めに開けながら、先生を見ると、何と!?何と!?そこに知らない人が居る!?嫌、目を見開いてじっと見るとやっぱり先生だ・・・・。

いやいや吾輩の寝ぼけた眼では見間違える筈だ。そこには、いつもの先生とまったく違う先生が居たのである。薄くなった髪をオールバックにビシッと決め、ハイネックのセーターを着て、この家に来て一度も見たことの無い折り目の入ったズボンを履いてる。

「お~逍遥君・・・起きましたか!」

「ゲェ~~~逍遥君起きましたか!だって!」

この家に来てこんな風に呼ばれたことなんて一度もない。いつも逍遥!逍遥!って呼び捨てなのに・・・・。

「では、朝食にいたしますかね!逍遥君!」

と吾輩に朝食を用意してくれた。何か今日の先生は、可笑しいな!ニャ~~ん!。でもまあ、いいか・・・先ずは腹ごしらえとばかりに吾輩は、先生が用意してくれた朝食を食べ始めた。その間も先生は、新聞を読んでいたと思ったら突然立ち上がって玄関に行ったり洗面所で鏡を見たりなんとも落ち着かない様子である。

「先生!落ち着いてよ!加奈子さんと会うのは、10時ですよ。後2時間もあるんだよ!ニャ~~ん!」

と吾輩は心の中で思った。

その後も先生は、ウロウロ~ソワソワ~〜こんな落ち着かない先生を見ていると、先生は加奈子さんが「好きなんじゃないかと・・・」と吾輩は心の中で思ってしまう。あんまり、先生がソワソワしてるので見るに忍びなくなった吾輩は花ちゃんの所に遊びに行くことにした。玄関に向かうと、突然ガラガラ~と玄関が空いた。

「有三さ!いるべが!」

「あちゃ~!泰三さんだ!こりゃまずくない・・・ニャ~ん!」

と思ってるうちに泰三さんはサンダルをさっさと脱ぎ捨てて上がりこんだ。

「お~逍遥!有三さは、奥だっぺ!」

とさっさと奥に入って行く。

「まずい時に泰三さんが来たな、先生大丈夫かな・・・ニャ~ん!」

と一瞬思ったが、吾輩はかまわず花ちゃんの所に出かける事にした。

さて、ここで吾輩のガールフレンドの花ちゃんと喫茶店「しずか」のことを少し書かねばなるまい。

吾輩が先生のとこに転がり込んでから何日かたって、あちこち散策してる時に、偶然あったのが花ちゃんだった。花ちゃんは、「しずか」の入口の植木の横にちょこんと座っていた。私が寄っていってもなんの警戒も威嚇もなく優しく迎えてくれた。吾輩はすぐに花ちゃんが好きになった。

猫の世界にも、一目ぼれって言うのがあるのかどうかは知らないけれど・・・要するに人間社会で言うそれである。

花ちゃんは、ようするに喫茶「しずか」の看板猫なのである。いつもは、店の中の日当たりのいい出窓にちょこんと座ってうたたねしている。喫茶「しずか」のママは、静さんと言う名前で年の頃60歳後半だろうか素敵なおば様である。若い頃はさぞかし綺麗な人だったろうと思ってしまう。ご主人と二人でこの店をやっていたようだが、ご主人が7年前に亡くなり今は一人でやっている。この店は20年と古く、客もうちの先生や泰三さんなどほとんどが常連客である。当然花ちゃんも顔馴染みで可愛がられている。

さて本題に話を戻すことにする。今日も花ちゃんは入口の植木のとこで日向ぼっこをしていた。

「ミャ~~ン」「ニャ~~ん」

二人のおはようの挨拶である。

「今日ね!もう少ししたら、うちの先生がここに来るんだ・・・ニャ~ん!」

「あら!そうなのこんな早い時間に来るの・・・先生いつもは午後なのに?」

「うん、編集者の女性と会うんだよ、10時にね!」

「そうなの、お仕事なの?それで早いんだ!」

「お仕事なんだけど、なんとなく先生彼女が好き見たいなんだ・・・ニャ~ん!」

「え~~そうなの?ミャ~ん!」

「だって、今日ねえ~先生早起きしてお洒落してたもの・・・それで花ちゃんにお願いがあるんだ!ニャ~ん!」

「うん!なあ~~に~ミャ~ん!」

「僕は、静の中に入れないから先生の事、観察できないでしょう・・・。だから花ちゃんに、先生の事観察して僕に報告してほしいんだ!ニャ~~ん!」

「は~~い、そういう事なら任せて私得意よ!ミャ~ん!」

「あ~~先生が来た!早いなまだ9時半なのに!じゃ、僕は消えるから花ちゃんお願いね!ニャ~~ん!」

「は~~い、じゃねえ~~ミャ~ん!」

と花ちゃんは、店の中に入って行った。

吾輩は、先生に見つからないように屋根の上に登った。そこから見てると先生が段々と近づいて来た。

「あれ!?待ってよ!先生!右の靴と左の靴の色が違うよ。アチャ~~右が黒で左が茶色!もう・・・困った先生だなあ!なんか歩き方も変!これは相当緊張してるなあ・・・先生大丈夫かなあ・・・ニャ~ん!」

今からあんなに緊張してて・・・。加奈子さんの前でヘマしなきゃいいけどなあ~~っと吾輩は思ってしまう。

先生が喫茶店のドアを開け中に入って行く。

「うわ~~先生!緊張してるなあ~大丈夫かな!?頑張れ!先生!ニャ~~ン!」

と思わず応援してしまう。屋根から見てる吾輩の前を通った先生は、顔も強張りかなり緊張していた。でもこれから先、吾輩はついて行けないので花ちゃんの観察日記にお任せするしかない・・・。

「おはようございます~~」

「あら、先生今日は早いんですね!それにおめかししちゃって!」

とママがニコニコしながら言った。

「いや~10時に編集部の方と会うんでね!」

「その方って、香山さんでしょう?」

「いや~ま、まあ~~そうなんですが・・・」

「そうなんですか・・・先生何召し上がります?」

「あ!ああじゃ~~ホットコーヒーを・・・」

「ホットコーヒーですね。」

コーヒーが出てくる間も先生は、意味もなく封筒から原稿を出したり入れたり、上着のポケットをまさぐったり、吸っているタバコに何度も火を付けたり、なんとも落ち着かない。やがてママがコーヒーを運んで来た。

「おまちどうさま~~ウフ、何か今日の先生は、いつもと感じが違いますね!」

と言いながらママは、笑いを堪えながら店の奥の方に引っ込んだ。先生は、コーヒーカップを手にコーヒーを一口すする。

「アッチィィ~~~~~!」

よっぽど慌てて飲んだのか先生が叫んだ!

店の奥から慌ててママが飛び出して来た。

「先生!大丈夫ですか?慌てて飲むからですよ!やっぱり今日の先生は何か可笑しいですよ!」

とママは、笑いを懸命に堪えている。

第6章

時計は、9時45分を指している。その時、店のドアが開き加奈子さんが入って来た。

「先生、いらっしゃいましたよ!」

とママが微笑みながらウィンクして言った。すぐに加奈子さんは、ママに軽く会釈して先生のテーブルにやって来た。

「加奈子さん、コーヒーで良かったかしら?」

「はい、お願いします」

と加奈子さんの注文を聞きママは、奥に引っ込んだ。

「先生、おはようございます。お待ちになりました?」

「お、おはよう!・・・いや~~たった今!き、来た所ですよ!」

「それにしては、タバコの数が多くありません!?」

と加奈子さんは、からかうように微笑みを浮かべながら先生をじっと見る。

「え!?ああ~~~まぁ~~その~~アハハ~~」

と先生はしどろもどろで答える。額には汗が一杯である。視線も何処見ていいのか解らずキョロキョロと落ち着かない。

「逍遥ちゃんに聞いていたけど、ほんとに先生は女性に弱いわね~ミャ〜ん!」と花ちゃんは思わず笑ってしまった。

「コーヒーお待ちどうさま~~」

とママがコーヒーを運んで来た。

「ごゆっくりね!」

とママが先生の方にウィンクして微笑みながら、奥に入っていった。

「じゃ先生、先に原稿頂戴しますわ!」

「あ!は、はい!これです!」

と先生は、原稿の入った袋を加奈子さんに渡した。その時、やけに封筒が小刻みに揺れていたのを見て花ちゃんは思った。

「先生、ガチガチに緊張してるなあ~ミャ~ん!」

加奈子さんは、封筒から原稿を取り出し暫く見ていた。

「はい、これで結構です。先生ありがとうございました。」

「いや~~、こ、こっちこそご迷惑おかけしました。ヨロシクお願いします。」

先生は、額の辺りを汗一杯にしてピョコンと頭を下げた。

「あら!?先生すごい汗!暑いんですか?」

「あ、暑いです!いや~あ、暑くないです・・・・」

花ちゃんは、先生はいい年をしてなんてシャイなんだろうと思った。その時、先生は、汗を拭くべくハンカチを探しながら、椅子から立ち上がった。その瞬間!。

膝をテーブルにぶつけた!

「痛てぃ!」

「あっ!」っと花ちゃんが叫ぶ!

哀れ二つのコーヒーカップが倒れた。瞬間!白いパンツスーツの加奈子さんは、原稿を持って素早く立ち上がり難を逃れた。

ところがである、先生の方はと言うと、茶色のズボンの膝の辺りにコーヒーがバッチリとかかってしまった。

「あ!か、香山さん!すみません!だ、だ、大丈夫ですか?」

「私は、大丈夫ですわ。あらら!先生!おズボンが・・・・」

「だ、大丈夫でしたか!良かった!私のズボンは大丈夫ですよ、茶色ですし・・・アハハ」

と先生は、力なく照れ笑いをしながら慌てて自分のハンカチでテーブルを拭き出した。その時ママが奥からお絞りを慌てて持って飛んできた。

「先生、いいですよ!私が始末しますから・・・」

ママが、手際よく始末をしてくれた。テーブルは元の状態に戻った。

「新しい、コーヒーお持ちしますか?先生!」

「すみません!そうして下さい。」

とんだ、ヘマをした先生は、さっきより更にその髪の毛の薄い額の辺りに汗が噴出している。

「あらら~~先生!すごい汗ですわ!先生これ使ってください。」

と加奈子さんは、バックからハンカチを出して先生に渡した。

「す、す、すみません!お借りします!」

加奈子さんに、借りたハンカチで汗を拭いた先生は、少し落ち着いたのか煙草を1本取り出して口に持っていった。

「ありゃ!先生!煙草が反対だよ!ミャ~ん!」

と花ちゃんが叫んだが言葉が解るはずがない。そのままライターで火をつけた。案の定フィルターに火がついて、先生が吸い込んでも煙が出ない。

「先生、お煙草反対じゃありません?」

と加奈子さんは、笑いを堪えながら言った。先生は、慌てて口から煙草を取り出した。

「わぁ~~~!、反対だあ・・・・」

と慌てて灰皿に捨てた。笑いを堪えていた加奈子さんもついに笑い出してしまった。

先生もバツが悪そうに照れ笑いをしながら、また吹き出てきた額の汗をぬぐっている。なんともドジな先生!これでは、歳も歳だし女性にはモテそうもないなと花ちゃんは思ってしまった。

「じゃ、先生!私急ぎますのでこれで失礼します。」

と加奈子さんは、立ち上がった。先生も立ち上がりながら・・・。

「そ、そうですか、ご苦労さまでした・・・・。」

「じゃ、失礼します。」

と入口のレジの方に向かっていった。それを呆然と放心したように立ったまま眺める先生・・・・。

「あらら~~いいのかな~~コーヒー代?加奈子さんが先生の分も払って行ったよ!ミャ〜ん!」

と花ちゃんは思ったが・・・先生は、そんな事には皆目気がついていない。加奈子さんは、もう一度こちらを向いてニコッとしながら会釈をして出て行った。先生は、立ったままその姿を呆然と見ていた・・・・。

第7章

加奈子さんが去って、ものの2分もしないうちに今度は、泰三さんが入って来た。

「ママ!コーヒー!」

と大きな声でいいながら、さっきまで加奈子さんの座っていた椅子にドッカと座った。

「有三さ!なんで立ってんだっぺ!座れや!」

「あ!泰三さん・・・・・・」

やっと我に返った先生も慌てて椅子に座った。

「今、駅の方さ歩いていっだのが、女編集者の香山さんだっぺ!白い服着た人よ!」

「・・・・・」

「後姿すが、みながったげどよ、スタイルいいなあ~~」

「・・・・・」

「どうすた!有三さ!元気ねいなあ・・・上手くいがながったが?」

どうやら今朝、泰三さんが何やら加奈子さんの事でアドバイスをしてくれたらしいが・・・・。でも泰三さんのアドバイスじゃあんまり頼りないわねえ・・・と花ちゃんは思ってしまう。

「そ、それが・・・ですねえ・・・・」

先生は、口の中でもぐもぐと煮え切らない・・・・。

「有三さ!デートの約束はしたんだっぺな!?」

「いや~~それが・・・・ですねえ・・・・」

「なんだっぺ!しねがったのがい?あんなにおせでやったのによ!」

「それがですね・・・そこに話が行く前に帰っちゃったんですよ!」

「なんだって!帰っちゃったってか・・・?なじょしたんだっぺ・・・」

先生は、仕方なく先ほど起こった失敗談の一部始終を泰三さんに話始めた。

突然、泰三さんが大きな声で笑い出した。

「ガハハハ~~~アハハ~~~アハハ~~~~」

泰三さんの笑い声が店中に響き渡る。もっとも、今の所お客さんは、他にはいない。先生はと言うと情けない顔をして額の汗を拭いている。突然泰三さんがママを呼んだ。

「ママ~~ビールだ!こだな話は、素面では聞げねえ~~~」

「あらまあ~昼間からビールでいいんですか?」

ママが笑いながら寄って来た。

「いいべよ~!有三さも飲むべ!元気つけっぺ!生ふたっつな~」

直ぐにママがジョッキにビールを入れて持ってきた。

「お待ちどうさま~~ごゆっくりね!」

とママは、先生の肩に軽く手を触れてカウンターの中に引っ込んだ。

「さあ~飲むべ!有三さ!失敗したのは、しょうねえべ~、そだごどは、わすっち飲むべ~」

「・・・・そうですね!飲みましょう!」

「有三さの失恋にカンペー!ガハハ!」

「泰三さん、ひどいなあ、まだ失恋も何も?その話は一言も話してないんですよ、彼女には・・・」

「でも有三さ!考えてもみっせ!これから恋を告白すっぺど思った相手に、そだな失敗したら完全に駄目だんべよ!」

「やっぱり、そうですかねえ・・・・・」

「有三さは、やっぱり恋には、向いでねいんじゃねいべが・・・」

「やっぱり、そうですかねえ~~どうも彼女の前では、妙に緊張しちゃいまして・・・」

「そが~そりゃ、駄目だっぺ!恋と言うのは、リラックスしてするもんだっぺよ?」

「そうですか・・・そんなもんですか?私は女房と恋愛しただけで、他に経験がないもんで・・・あんまり久しぶりに女性を好きになったので・・・情け無い事に、皆目どうしていいか解らのんです。自分ながら情けないなあ~と思いました。」

「そうがぁ~んじゃ!すがたねえべなあ・・・有三さは、真面目だすしなあ~ガハハ!」

「まあ!いいですわ!うん、飲みましょう。自棄酒飲んで忘れますわ・・・」

と苦笑いしながら先生は、一気に生ビールのジョッキを飲み干してしまった。

「ママ~~~もう一杯お願いします・・・」

と二人は、もう酒盛り状態に突入してしまった。ただいま、時刻は午前10時45分である。酒盛りが始まって煩くなったので、花ちゃんは外で待ってる吾輩に報告すべく外へ出て屋根に上って来た。そこで待っていた吾輩に花ちゃんは、お店で起きた一部始終を話す。それを聞いて我輩は・・・。

「やっぱり!何か変な予感したんだ。加奈子さんも店から出て来るの早かったしなぁ・・・ニャ~ん!」。

第8章

その日、先生と泰三さんは9時頃に酔っ払って帰って来た。ガラガラと玄関が開いて、先生が玄関の上がり框に座ると同時に廊下の方にそのまま仰向けに倒れ込んだ。

「お~~逍遙ちゃ~~ん、ただいま!すっかり留守番すてたがな?ガハハ!」

泰三さんが機嫌よく、私に話しかけた。

「有三さ!おいどくど・・・後は頼むど。逍遙君!もっとも、放っておいでもそのうち、目さめっぺけんどな!」

と泰三さんは、酒の匂いをプンプンさせて千鳥足で下手な歌を口ずさみながら帰って行った。先生の方は、廊下に仰向けで寝ている。

「先生、大丈夫かな?・・・・ニャ~ン!」

吾輩は、心配になって先生の顔に近づいてペロペロと舐めだした。その時先生の目尻から一筋の涙がす~っと流れるのを吾輩はしっかりと見た。

「やっぱり先生はドジして悲しかったのかなぁ・・・。いや、それとも自分の不甲斐なさに悔しくて流した涙なのかなあ・・・。」

とは思ったけど吾輩には知る由もない・・・。でもそんな涙を流す先生を見てると今日の先生はそんなに酔ってはいないなと思った。ただ泰三さんに気を使い酔ったふりをしてるだけなのだと・・・・。

私は、先生は独特な風貌とキャラで随分と損をしてるなと思ってしまう。本当は、心の優しい実に思いやりのある人なのにそこの所を解る女性は中々いないだろうなあ・・・。野良猫だった吾輩の事も追い払う事もなく、逍遙っていう名前までつけてそのまま家にも置いてくれた。吾輩の大好きな先生なのに・・・吾輩は、思わず先生の顔のあたりに身体を預けた。

「先生、起きて!こんなとこに寝たら風邪ひくよ!ニャ~ン!」

「な、なんだ!重いな~~」

と言うと先生は、目を開いて吾輩を見た。やっぱりその目は酔っていなかった。

「お~~逍遙かあ~~今日は、酔ったぞ!・・・そうだ!逍遙ご飯まだろう?悪かったな!」

と言って先生は、起き上がって靴を脱いで台所の方に歩いて行った。やっぱり酔っていないなと私は確信した。何故なら足取りもしっかりとしていたからだ。

我輩も急いで台所に向かうと、もう我輩の餌入れには、私の好物の半生のキャットフードがちゃんと用意してあった。先生は、台所のとなりの書斎のテーブルに座って、暗い窓の方をぼんやりと眺めてゆっくりと煙草の煙を吐き出していた。吾輩は、先生のその時の妙に寂しげな後姿をずっと忘れる事は無かった。

第9章

「しずか」での出来事から2週間があっというまに過ぎた。

先生もあれから2、3日はちょっと元気がなかった。でも今はすっかり、いつもと変わらない先生に戻っていた。暫く休んでいた散歩も始まり、朝の5時には、起きて出かけて行く。

ヨレヨレのズボンにヨレヨレのシャツ、それに三つ付いてるボタンも一つしかないカーデガンをひっかけ、ちびた下駄を突っ掛けて散歩に行く姿は前のままである。まさに先生の散歩姿である。吾輩もいつものように先生が散歩してる1時間程の間は、のんびりと寝ていた。

やがて先生の下駄の音が聞こえて来て玄関がガラガラと開く音がする。先生のお帰りである。

「逍遥!起きてるか!」

これもいつもと同じである。先生は、散歩から帰って玄関を開けると必ず私を呼ぶ。この時間が吾輩は、とても好きなのである。

「ニャ~ん!」

と我輩が答えると、先生は満足そうに頷いて台所の方に入って行く。

「さあ、逍遙!朝飯の支度するぞ!」

と先生は、お味噌汁を作り始める。鍋に水を張り、ダシを入れてガスにかける。その間に大根をきざんでいる。案外と先生は、器用である。ご飯は夕べ炊いたのが保温してある。その内に鍋がコトコトと沸騰してきたので大根のきざんだのを入れる。

「あっち~~!ちち~~~」

鍋の蓋を取る時に先生は、叫ぶ!大体毎朝同じ事を繰り返している。どうもこのあたりは、全然学習していないなぁ・・・ニャ~ん!。

先生の朝食のメニューは、毎朝決まっている。ご飯とお味噌汁と納豆である。吾輩がこの家に来てから観察する限り先生の朝食はいつもそうである。大根が煮える間に、納豆を器に入れて念入りに掻き回している。納豆に付いてるタレは入れない、必ずネギと醤油と鰹節である。先生は辛いの苦手だから当然辛子も入れない。

やがて大根も煮えたので今度は豆腐を入れる。それで一度沸騰して火を止め味噌を入れ先生のお味噌汁の完成である。味噌汁が出来る間に、我輩の器にもちゃんとキャットフードの缶詰が入っている。

「さあ~食べるか!逍遙!」

「いただきます~~ニャ~ん!」

いつもの無田口家の、のどかな朝の風景である。先生とのんびり食べるこの朝食の時間が吾輩は実に好きなのである。しかし・・・この日は、一本の電話がこの平和な時間を・・・。

「リリーンーーーーーン!リリーンーーーーーン!」

けたたましく電話のベルが鳴り!一瞬にして、吾輩と先生のこの平和な時間を奪ってしまった。

「おや!?こんなに早く誰かな?」

先生は、台所の椅子から立ち上がると書斎の電話の所に行って、受話器を取り上げる。

「え~~無田口ですが~」

とのんびりと応答していたが、突然先生の声の調子が変わった!

「も、もし、もし・・・・ああ~~~香山さん!?」

「・・・・・・」

「・・・・こ、こんな早くどうしたんですか?」

「・・・・・・」

「ああ~~来月号の打ち合わせで、ですか!」

「・・・・・・」

「え~~~~~~!き、今日・・・で、ですか!」

「・・・・・・」

「11時頃ですか・・・・は、はい!解りました。じゃ「しずか」でよろしいですか?」

「・・・・・・」

「え~~~~~~~~~~~~~!こ、ここでですか!?」

「・・・・・・」

「い、いや~~!は、はい、かまいませんが・・・じゃここでと言う事で・・・」

「・・・・・・」

「11時で、ですね!は、はい解りました。お、待ちしています!」

「・・・・・・」

先生は、受話器を持ったまま呆然と立っている。額には、またもや汗が・・・・。どうやら、さっきの電話は加奈子さんが11時にここに来るという電話らしい事は吾輩にも解った。今、7時半だから後3時間半後である・・・。

「さあ~これは大変だぞ!先生はどうする!?ニャ~~ん!」

と吾輩が先生を見ると、いつのまにか、台所に座って残りのご飯を食べている。

「あれ!案外と先生落ち着いてる~~ニャ~~ん!良かった!」

と思ったのは甘かった。先生は,猛烈な勢いで残りのご飯を食べると立ち上がって,なにやら思案している。いきなり!吾輩の名を呼ぶ!

「逍遥!大変だ!加奈子さんが来るぞ!急いで片づけるぞ!いいな!」

「いいなって言ったって、吾輩は猫だぞ!ニャ~ん!」

先生は,吾輩にそういうとバタバタと慌ただしく動き出した。10分程たったが、先生は本を何冊か持ってあっちウロウロ,こっちウロウロしてるだけで、一向に片付いてるようには見えない。

「こりゃ!駄目だな~~先生片づけるの下手だもんなあ~~ニャ~ん。」

吾輩は,先生の役に立つべくうまい方法はないか、思案する・・・。

「そうだ!泰三さんだぁ!ニャ~ん!」

第10章

吾輩は,泰三さんなら片付け上手に違いないと思った。何故なら前に餌をもらう時,玄関からチラッと覗いたら泰三さんの家は、先生の所と違って奇麗に片付いていた。

「よ~~し!泰三さんを呼びに行こう!ニャ~~ン!」

吾輩は,全速力で泰三さんの家を目指して走る。

幸いなるかな,泰三さんは庭いじりをしていた。吾輩は,一目散に泰三さんの所へ走る!あまりの吾輩の勢いに,柴犬の風が吠えるのも忘れビックリして見ている。

「なんだっべ~逍遥!どうすたんだ!こでな、早えい時間に!?」

泰三さんは、ビックリして目を白黒させてる。

吾輩は、泰三さんの脚の辺りを前手でカリカリして門の方に走る!それを二度ばかり繰り返すと・・・・・さすが元刑事の泰三さんは、察しがいい。

「なんだ!有三さに何かあっだのが!わがった!すぐ行ぐがら~おめ先に行ってろ!」

吾輩は,再び一目散に我が家に戻ると案の定,先生はあっちウロウロ,こっちウロウロしてるだけで全然片付いてない。5分もしない内に,泰三さんが息を切らして走って来た。

「有三さ!大丈夫があ~~なんかあったがあ~~」

「あ~~~泰三さん!どうしました?」

「!?なんだ?元気じゃないが~、逍遥が偉い勢いで迎えさきだから・・・来てみだんじゃげんどな~」

「あ!すみません!逍遥は私が片付けが苦手なのを知ってて気をきかしてくれたんですね。」

先生は,泰三さんに経緯を説明している。話しを聞き終えた泰三さんがニヤリとしながら、

「よし!有三さ!片付けなら任せろ!俺は片付けが趣味みでいなもんだがらな~」

と泰三さんは,頭を腰にぶら下げていた手ぬぐいでねじり鉢巻にすると、両方のシャツをまくりあげ臨戦態勢に入った。吾輩はその泰三さんの姿を見て逞しくてますます大好きになった。

「じゃ,有三さ!書斎がらやっか!いや~~それにしても、きったねえなあ~~ガハハ」

とでっかい声で笑いながら,片付けを開始した。先生と違って実に手際がいい。30分もたつと,書斎兼寝室は見違えるように奇麗になった。奇麗になった書斎兼寝室を見て吾輩は驚いた。なんとソファーとテーブルがあるではないか?という事は,ソファーとテーブルは前からあったのだが,今まで本の山でそれが見えなかったと言う事になる。片付けが無事に終わって泰三さんが言った。

「じゃ、俺は帰えるわ!じゃ、まだ夕方になったら、来っから、有三さ!うまぐやれよ!」

「はあ・・・帰っちゃうんですか・・・」

先生は、気の抜けたような返事をして泰三さんの後ろ姿を心細げに見送った。

「泰三さん、ありがとう!ニャ~ん」

と吾輩は、心の中で思った。時計は、10時20分を指している。加奈子さんが来る時間が刻々と迫っている。先生はと?振り返ると多分着替えにでもいったのか居ない!我輩も書斎に戻る事にした。ソファーの上でノンビリと欠伸をしていると先生が戻って来た。

「おい!逍遥!どうだ格好いいだろう!」

あれ!少ない髪はオールバック、ハイネックのセーター、それに茶色のズボン!

「2週間前と同じじゃないか!」

おまけにご丁寧に膝の所には先日のコーヒーの染みまでついている。

「全然格好良くないよ先生!ニャ~ん!」

他に洋服が無いんだろうかと、吾輩は思ってしまう。でもこれが先生の精一杯のお洒落なんだと思うと・・・何だか妙に先生が可愛く思えて来るから不思議だ。

時計は、10時50分・・・その時、玄関がガラガラと開いて、加奈子さんの声がした。

「こんにちは~。香山です~先生いらっしゃいますか?」

「おい!逍遥!き、来たぞ~加奈子さんだ!」

「は、は~~い!いますです~~」

と返事をすると先生は、玄関に一目散!吾輩もそれを追いかける。途中先生のスリッパが片方脱げたがそんな事には全然気づいてない。吾輩は、先生の脱げたスリッパを咥えてそっと足元に置く。先生は、チラッと我輩を見ながら素早く履いた。

「い、いらっしゃ~~い!」

「こんにちは~先生無理言って、すみません!」

「いや~そ、そんな事ないですよ!どうぞ、書斎の方にお上がり下さい。」

「では、お邪魔します~あら、逍遥ちゃんもお出迎えありがとう!」

と私の頭を撫でてくれた。加奈子さんからは、とてもいい匂いがした。今日の加奈子さんは、いつもと違ってジーンズ姿である。それが良く似合っている。

「スタイルいいし、格好いいなあ・・・・ニャ~ん!」

思わず見とれてしまう吾輩である。

「ど、どうぞ~~」

先生が緊張しながら書斎に案内する。

「これが先生の書斎なんですか?あら!ベットもあるんですね。」

加奈子さんは、興味深げに書斎兼寝室を見ている。

「あ、あは~~寝室に行くのが面倒だし、いつでも寝れるように置いてあるんです。」

と先生は、額の汗を拭き拭き!答える。

「先生あんなに緊張して、また何か失敗しないといいがなあ~ニャ~ん!」

と吾輩は、思ってしまう。

「ずいぶんと綺麗に片付いているんですね。先生一人暮らしで、作家だからもっと汚くしてるのかと思いましたわ!」

「はあ・・・・・・」

「それとも、誰か女性の方でもお掃除にいらっしゃるのかしら?」

「と!!!!とんでも無いです!そんな人は、いません!」

「もう~先生!そんなに真剣に応えなくていいのに、ほんとに真面目なんだから・・・ニャ~ん!」

と吾輩は、思ってしまう。

「いや~~根が綺麗好きなもんで・・・・」

「え~~~何だって!ニャ~ん!ニャ~~ん!」

吾輩は、一瞬吹き出してしまった。

「そうなんですか、先生は綺麗好きなんですか?」

と言って、加奈子さんは吾輩を見てウィンクしてニコリと笑った。そんな筈ないだろう~加奈子さんだって玄関までは、何回か来てるし、綺麗好きかどうかなんて、とっくにお見通しなのに・・・・先生ったら~~~ニャ~~ん!。

「ま、まあ~お、お座り下さい・・・今、コーヒーでも入れますから・・・」

「あら、コーヒーなら教えてくだされば、私が入れますわ」

と加奈子さんは、先生と二人台所の方に行った。

「コーヒーと言っても、い、インスタントなんですが・・・お口に合うかどうか?」

「あら~私も家では、いつもインスタントですわ」

なんて会話が台所から聞こえる。なかなか、いい感じである~ニャ~ん!。

「いつもは、先生と二人きりだから、時には女性の声が聞こえるのはいいもんだなあ・・・ニャ~~ん!」

と吾輩は思ってしまう。それと加奈子さんって、最初に会った時から思っていたんだけど、なんとかと言う女優さんに似てるなあ・・・。

その何とかが思い出せないんだけど・・・・吾輩も歳かなあ~ニャ~ん。

「先生、書斎でお待ちになってください。コーヒー入れたらお持ちしますから・・・」

と言う加奈子さんの声が聞こえて来た。吾輩が台所の方を見たら、先生は汗を拭き拭き台所をウロウロしてる。

「先生!落ち着きなさいよ!ニャ~ん!」

と吾輩が思っていると先生が書斎に入って来た。ソファーに座ったと思ったら、すぐ立ち上がったり何とも落ち着かない。

「お待ちどうさま~~」

と加奈子さんがコーヒーを入れて持って来た。先生もやっと落ち着いたらしく、ソファーに座って煙草を一本取り出して火をつけた。その指先が細かく震えている。

「あらら~先生まだ緊張してるわ!ニャ~ん!」

「じゃ、先生来月号の打ち合わせをさせていただきます。」

「は、はい!お願いします。」

先生は、慌てて煙草を灰皿で揉み消した。二人は仕事の打ち合わせに入ったのでお邪魔虫の吾輩は静かに二人の元から抜け出した。

第11章

「先生!落ち着いてうまくやってよ!ニャ~ん」

と思いながら、花ちゃんの所に行くことにした。玄関をするりと抜けて通りに出た。そうだ、花ちゃんの所に行く前に泰三さんのとこに寄って行こうかな・・・。泰三さんのところの門を覗くと、泰三さんのとこの柴犬・風が吾輩を見て大きな欠伸を一つして、ムニャムニャと何か言った。でも猫である吾輩は、犬の言葉は解らない!?のだ。

「何だお前か・・・ワン、何しに来た!」

とでも言ったのだろう。でも最近は、風も私を吠えないし仲良しになれた見たいだ。

そのうち、泰三さんが家から出てきた。

「お~逍遥!加奈子さんは、来たっぺが?」

と吾輩に言うから、大きく頭を上下に振った。

「そうが!そうが!有三さ~うまぐ、やってぺがなあ~~~」

と泰三さんは、独り言のように呟いた。

「ところで、逍遥!おめは、どこさいぐだ!あは~~花のとごだっぺ!」

「ニャ~~ん!」

「おめも、デートがぁ~~いいなぁ~~」

と泰三さんは、ニヤリと笑った。吾輩は、花ちゃんに会うべく泰三家を後にした。

ひとしきり、花ちゃんと楽しい時間を過ごしていたら、あっと言う間に陽がだいぶ落ちてきた。先生が心配になって来たので急いで家に帰ることにして花ちゃんと別れた。帰り際に、泰三さんの所を覗くと風が小屋で寝ている。泰三さんは、買い物でも行ったのか居ないみたいだ。

「先生は、お昼どうしたんだろう?ニャ~~ん!」

と急に心配になった。急いで家に帰ると玄関の所に寿司桶が置いてある。

「ははぁ~~ん、先生お寿司を取ったんだ!中々やるじゃん!そういえば、吾輩もお昼食べてないわ!ニャ~~ン!」

と思ったとたん急にお腹がすいて来た。

玄関に入ると、書斎の方から二人の笑い声が聞こえてきた。先生も笑ってる!。加奈子さんも楽しそうに笑っていた。

「うふ!何か!いいじゃん!二人うまくいってるみたいだな!ニャ~ん!」

書斎のドアが開いていたので、吾輩はおそるおそる~顔を出した。すると先生が吾輩を見て言った。

「お~~逍遥!どこに行ってたんだ?お昼の時、探したけどいなかったな?」

「何処に行ったは、ないでしょう先生!気を利かしてわざわざ消えてやったのに・・・ニャ~ん!」

と吾輩は、思ったがそこは大人の逍遥はそんな事は言わない。

「あら~逍遥ちゃん、お帰り!お腹すいたんじゃない?お刺身と海老を残してあるから食べる?もちろんサビ抜きよ!」

と加奈子さんが優しく、吾輩の方を見て言った。

「ニャ~~~~ん!ニャ~ん!」

嬉しそうに私が甘えた声を出すと、加奈子さんは台所に行って私の餌入れに入れて持って来てくれた。

「どうぞ!逍遥ちゃん、召し上がれ~~」

なんだ!なんだ!逍遥ちゃん召し上がれだって・・・なんか嬉しくなるなあ・・・と吾輩は思った。まずはマグロを食べ始めた。先生と加奈子さんが吾輩の食べるのをじっと見ている。

「なんだか!二人に見られてると食べにくい~ニャ〜〜ん!」

と思ったけど吾輩は、お腹もすいていたので夢中で食べ始めた。

「ところで、加奈子さん!今日はこれから予定、何かあるんですか?」

あれ、先生!加奈子さんって呼んでる。香山さんって呼んでたのに・・・いつのまに加奈子さんになったんだろう?先生意外とやるじゃん!結構落ち着いてるし・・・と吾輩は思った。

「いいえ、今日は別にありませんわ・・・これから家に帰るだけです。」

「じゃ、ここで一緒に夕飯食べていきませんか?」

「あら~いいんですか?」

「僕の友人の大山泰三さんって言うのが近くにいるんですが彼も呼んでいいですか?」

「ええ~私は、構いませんわ!」

「確か・・・加奈子さんは、お酒強いんですよね!」

「あら、先生たら・・・強いなんて誰から聞いたんです?ほんのお付き合い程度ですわ!」

「あは~お宅のスタッフの方からだったかな・・・じゃ、三人で鍋でも突っついて飲みましょう!」

「はい、人数多い方が楽しいですものね!」

と加奈子さんは、笑顔で返事をした。

先生は、早速泰三さんに電話をかける。

「泰三さん、今日加奈子さんと三人で飲みましょう!」

「・・・・・・」

「いいんですよ、加奈子さんもいいって言ってるし!」

「・・・・・・」

「え~~スキ焼ですか!いいですよ!え~~肉を泰三さんが買って来るんですか?」

「・・・・・・・」

「いいんですか?じゃお言葉に甘えて、じゃ私はこれから加奈子さんとスキ焼の材料を買いに駅ビルまで行ってきますんで、6時半頃でどうですか?」

「・・・・・・・」

「じゃ、鍵は開けておきますから早く来たら中に入って逍遥とでも遊んでいて下さい。アハハ」

「・・・・・・・」

と笑いながら先生は受話器を置いた。

「あ~~すいません!勝手に加奈子さんも買い物に行くことにしちゃいました!」

「はい、もちろんご一緒しますわ!じゃ、先生行きましょうか・・・」

「は、は~~い」

「じゃ、逍遥!加奈子さんと買い物に行って来るから、しっかり留守番頼むぞ!」

「逍遥ちゃん、お願いね!」

「ニャ~~ん、まかせて~~」

と我輩が言うと二人は仲良く、出かけて行った。吾輩は、その二人を門まで見送ってしばらくその後姿を見ていて思った。

「先生!嬉しそうだな、これはいい感じになるかも・・・ニャ~~ん!」

と吾輩まで自分の事のように嬉しくなって来た。

第12章

先生と加奈子さんが出かけたので吾輩は、お腹も一杯になったし、書斎のソファーでうたたねを始めた。暫くして玄関のガラガラ開く音で目が覚めた。

「おや!先生帰ったのか?ニャ~ん!」

私は、欠伸しながら玄関の方に出て行くと、そこには泰三さんが肉の袋を持って立っていた。

「お~逍遙!有三さは、まだもどってねべなあ~」

「ニャ~~ん!」

と吾輩が答えると泰三さんは、勝手に上がって、肉を台所に置いてソファーに座った。

「逍遙~有三さと女編集者は、うまぐいってがあ~」

と言いながら、吾輩をくすぐったりイタズラしたりして遊んでくれる。泰三さんって顔は熊みたいで怖いけど、優しいなあ・・・っとまたもや吾輩は思ってしまう。

なにげなく時計を見ると6時である。その時、ガラガラと玄関が開いた。私は慌てて玄関に向かう。先生と加奈子さんが帰って来た。

「お~逍遙!ただいま!泰三さん来てるな!」

と先生は、さっさと書斎に向かう。

「逍遙ちゃん、ただいま!」

と加奈子さんは、吾輩を撫でてくれる。

「うふ!加奈子さんは、やっぱり優しいなあ~ニャ~ん!」

吾輩は、思わずうっとりしてしまう。

加奈子さんも書斎に向かう。

「加奈子さん!この方が大山泰三さんです・・・見た目怖そうな熊みたいな顔してるけど優しいんですよ!」

と先生は、加奈子さんに泰三さんを紹介する。

「有三さ、熊みていは、ねいべな!こだな、ええ男つかめいで~」

「あ!大山泰三です!いつも有三さ、から噂は聞いております。」

と泰三さんは、標準語ぽい言葉で言った。

「はじめまして、香山加奈子です。私も大山さんの事は、先生から伺っています。」

「アハハ、そうですが、どうせ碌な噂じゃながっぺなあ~~」

「いいえ~そんな事ないですよ!優しくてとてもいい人だって伺っています。」

と加奈子さんは、ニコニコしながら言った。

「じゃ、私はちょっとスキ焼の準備をしますね。」

と泰三さんに会釈をして、台所の方に行った。先生もすぐに台所の方に立っていって何やら色々説明している。

吾輩は、その二人を見ながら、これはもしかしたら・・・もしかするかもと・・・嬉しくなってきた。泰三さんもニコニコしながら二人の台所での様子を見て頷いていた。それから暫くして、スキ焼の準備も出来て書斎のテーブルに用意された。先生と加奈子さんは、並んでソファーに座り、泰三さんは床の上に胡坐をかいて座った。吾輩は、先生のベットから仲間入りである。

「う~~~ん、いい匂いがしてきたな・・・吾輩にもお肉まわってくるかなあ~~ニャ~ん!」

と吾輩も舌なめずりしてテーブルの方に視線を向けると。泰三さんがみんなのグラスに並々とワインを入れている。

「よぐわがんねげんじょ!年代もんのワインらすいわ!」

「え!これ泰三さんの差し入れですか?すみませんね・・・」

「それじゃ、乾杯すっぺ!お二人のために!」

「え~~~~~、お二人のためって?な、なんですか?」

と先生がどぎまぎしてる。加奈子さんはと見ると、ニコニコしながらもチョッと顔を赤らめているのが見えた。

「まあ、固いことは、よかっぺ!先ずは、乾杯!ガハハ!」

「あ~乾杯!」「乾杯!いただきます!」

と三つのグラスがいい音を立てる。スキ焼のいい匂いがする。三人はそれを突っつきながら宴会が始まった。あんまりいい匂いなんで吾輩が、泰三さんの方に近づいて行くと。

「お~~逍遥も、いだなあ~~ガハハ」

と泰三さんが、吾輩に始めて気がついたように言う。

「前から、ずっと居たわい!ニャ~~ん!」

泰三さんが、肉を2、3切れ取って私の器に入れてくれる。

「優しいな~泰三さん!ニャ~~ん!」

と吾輩は、またもや思ってしまう。

うまい肉だなあ・・・吾輩は味わって食べる。肉を食べて満足した吾輩は先生のベットに戻り大きな欠伸を一つした。それと同時に動物の習性でお腹が一杯になると眠くなって来た。そのまま、ウトウトと眠り始めた・・・。

第13章

どのくらい時間がたったのだろうか、我輩が目覚めると三人は、まだ宴たけなわである。ワインのビンや缶ビール、そして日本酒やらがあっちこっちに置いてある。だいぶ空になっている。酔いも回ってるらしくみんな舌も滑らかである。

「ところで、加奈子さんは誰がに、似でんなあ~女優さん!いだっぺ、何だっけな?」

「あら!誰かしら?そんな事言われたことないですが?」

「う~~~~ん、あれだあれ・・・・ここま出でんだが・・・名前が・・・う・・・ん」

と泰三さんが唸っていると先生が助け舟を出した。

「泰三さん!◯◯可南子でしょう!私もそう思ってましたよ!」

「ンだ!ンだ!◯◯可南子だ!似でんなあ・・・」

「え~~~~、そんな・・・。名前だけは一緒ですけど・・・・。」

と言いながら、加奈子さんが笑った。

「そういえば!有三さの亡ぐなった母ちゃん、加奈子さんに似でんなあ・・・」

「あら!そうなんですか?」

「ンだ!似でる~~ほっそりした美人だったす。なあ~有三さ!似でっぺ!」

と泰三さんは先生の方を見た。先生は、照れ笑いを浮かべて神妙な顔をしていた。

「優しい人だったなあ・・・おらも早くに母ちゃん亡ぐすたから随分と有三さの母ちゃんには世話になったす!」

「そうでしたねえ・・・泰三さんの奥さん亡くなった時、真里ちゃんは確かまだ5年生でしたね。」

「ンだ!真里は5年生だった。俺は仕事が刑事だから夜勤とがもあっぺ。真里をどうすっぺと思ってだ時に・・・有三さの母ちゃんが真里ちゃんは,私があずかりますから泰三さんはしっかりお仕事してください。と言ってくっちゃだわ!あの時は,ほんとに感謝すたなあ・・・」

「あの時は,うちは子供もいないし泰三さんが大変だから真里ちゃんをあずかってあげましょうって、女房から言ってきてさっさと決めちゃったんですよ。もちろん私もそう思ってましたが・・・」

「そうなんですか!先生の奥様はお優しい方でしたのね。」

と加奈子さんが言った。

「ンだ!真里を我が子のように、めんこいって、可愛がってくれだなあ~~真里もすっかり有三さの母ちゃんになずいでなあ~~」

「いや~また、真里ちゃんが泰三さんに似ず可愛いかったんですよ。」

「有三さ、違べよ。俺に似て可愛いかっただっぺよ~~ガハハ!」

と泰三さんが大きな声で笑った。

「そうなんですか、先生の奥さんはお子さんいなかったから、真里ちゃん可愛くて仕方なかったですわね。なんか解る気がします・・・」

「ただ一つ残念だったのは、真里の嫁っ子姿を有三さんの母ちゃんに見せらんにがった事だったなあ・・・。真里は有三さの母ちゃんが亡ぐなった時毎日泣いでだもんなあ・・・」

「そういえば,女房が入院した時真里ちゃん毎日見舞いに来てくれてましたね。高校生でした確か・・・。真里ちゃんが来てくれると女房はいつも喜んでね・・・」

「真里は,とにかく有三さの母ちゃん大好きだったんだわ!」

と珍しく泰三さんがしんみりとしていた。すると先生が泰三さんに酒を注いだ。

「何か、話が湿っぽくなりましたね。泰三さん、さあ~もっと飲んで!飲んで!」

すると突然、泰三さんが加奈子さんに話を向けた。

「ところで、加奈子さんは、何で旦那とは・・・・・」

すると、先生が慌てて止めようとしたけど・・・。酔ってる泰三さんの口は滑らかである。

「・・・・別っちゃ!だっぺ?」

と聞いてしまった。吾輩も興味があったので加奈子さんが何て言うか耳をそばだてた。

「加奈子さん!べ、別に言わなくていいんですよ!」

と先生は、加奈子さんを制止しようとしたが・・・・。

「先生!別にいいんですよ~お話しますわ、隠し立てする事でもないし・・・。」

「有三さも、聞ぎでべ~~」

と泰三さんが言った。

ほんとうの所は、もちろん先生だって聞きたいんだと吾輩も思った。加奈子さんは、チョット深呼吸して・・・先生の方にしっかりと視線を向けやがてゆっくり話し始めた。

「私は、今47歳なんです。7年前夫とは離婚しました。」

「え!?加奈子さんは、47歳なんですか?」

と先生は、びっくりした顔をして言った。

「それにしちゃ!わげいなあ~~」

と泰三さんも、びっくりした顔をしている。吾輩も、加奈子さんはとっても若い感じで47歳には、見えないなあと思った。

「ところで、7年前に離婚したっちゃ~原因はなんだっただべ?」

と泰三さんは、ズバリと聞いた。

第14章

加奈子さんは、チョット躊躇したようだったが、小さく息を吐くと話し始めた・・・。

「夫の浮気が離婚の原因なんですが・・・。でも浮気と言うより、他の女性が出来て出て行ったって事の方が正しいのかな・・・。ある日、私が仕事から帰ると、一枚のメモが台所のテーブルに残してあったのです。”俺は、もう君とは暮らせない!疲れた!離婚してくれ!” この頃、彼の気持ちはもう修復がきかないほど私から離れているのは解ってましたから、そのメモを見ても別に驚く事もなかったのです・・・。」

「ほう!たまげねがったんか?じゃ加奈子さんは、予測してたって事だっぺが?」

と泰三さんは、尋ねた。先生は、腕を組んで加奈子さんをじっと見ながら聞いている。

「そうなんです。彼は公務員で毎日,同じ時間に帰るんです。私は出版社勤務ですから、どうしても時間が不規則になります。結婚して5年経っても子供は、出来なかったし・・・。仕事も面白かったので段々と家庭より仕事に夢中になってる私がいました。平日は遅いし、土日も仕事に出る事も多かったんです。そんな私に,結婚して10年位は,彼もそのすれ違いの生活に我慢していてくれたのですが・・・。ある日、我慢の限界がきたのでしょうね、彼が哀しい顔で突然言ったのです。”僕たちは,なんのために結婚したんだろうね?”って、その時私は,その彼の問いに明確に答える事が出来なかったのです・・・・。」

「なるほど!家庭と仕事の両立が・・・なかなかむずがし問題だな・・・」

と泰三さんは頷きながら言った。

先生は,相変わらす腕を組んで加奈子さんをじっと見て何も言わない。

「・・・で、彼が言ったです。”加奈子!仕事は辞めて家庭に入ってくれないか?”って、でも私は,その時会社でもそこそこの地位にあったし、仕事も楽しかったので”今辞めるのは,絶対無理!”と言ってしまったのです。その時,彼はとても哀しい顔で”そうか,解った・・・”と言って,自分の部屋に入ってしまったんです。彼の願いに応えられなかった、この時から二人の関係は、もう修復できない状態になってしまったのです。その日から,彼は家に帰らない日が多くなりました。私は,遅くに帰りベットで何度も泣きました。でも彼をそういう風にしてしまったと、いう負い目がありましたしもうどうにも成らないとも思っていましたから・・・。数日間色々考えて,心を決めました。彼を私から解放してあげようと・・・そう決心して家に帰って来た夜にさっきのメモがあったのです。」

と加奈子さんは,ちょっと哀しそうな顔をした。

「いや~~そだな事だったのですがぁ・・・厭な事を思い出させて悪ガッタなぁ・・・すまんこってす!」

と泰三さんは,頭を下げた。先生はと見ると腕を組んで目をつぶっている。

「別にいいんです。もう7年も前の事ですから・・・それに先生にも聞いてほしかったから・・・」

と言って,加奈子さんは笑みを浮かべて先生を見た。

「え,え!ぼ、僕にですか・・・・」

と先生は,慌てて煙草をくわえて火を付けた。その指が小刻みに震えているのを吾輩しっかりと見た。

「そりゃ,そうだっぺ!加奈子さんは,有三さに聞かせたかったんだべよ!俺に聞かせたって、しょうがながんべ~~ガハハ」

と泰三さんは、その場の沈痛な空気を吹き飛ばすように大きな声で笑った。

「さあ!飲むべ~~~」

とまた、三人は飲み始めた。時間は,もう11時を過ぎていた。突然加奈子さんが時計を見て,

「あら!こんな時間!私帰らなきゃ!」

と言った。それを聞いて泰三さんが、笑いながら言った。

「ガハハ~加奈子さん!もう帰れねべよ・・・東京と違ってこだな田舎だど!こんな時間に電車なんてねえべよ!」

「あら!私どうしましょう~~」

と加奈子さんが,慌てて言った。

「まあ,こごさ泊まっていげばいいべ~~なあ,有三さ!」

「あ,あ~~い、いいですよ。加奈子さんさえ構わなければ・・・泊まっていって下さい!」

「いいんですか?先生!お言葉に甘えて!」

「は、はい,全然構いませんよ!そうして下さい。」

「じゃ,そうさせていただいちゃうかな,すみません、先生!」

「そうと,決まったら加奈子さん、もっと飲むべ~。すかす,酒強いすな~加奈子さん!」

と泰三さんが言うと,先生もニコニコしながら頷いている。

「うちは、両親ともお酒が強かったので・・・私が強いのも、遺伝かもしれませんわ!」

と加奈子さんが言って,泰三さんが注いでくれた、おちょこを一気に飲み干した。

「ちょっと,お風呂を入れて来ますよ・・・」

と先生が椅子から立ち上がった。瞬間,ちょっと足がもつれて加奈子さんの方に倒れかかった。

「ああ~~、すいません!」

先生は,慌てて体勢を立て直した。

「先生,大丈夫ですか?足がもつれてるようですけど・・・教えてくだされば私がしますけど・・・」

「いや~大丈夫ですよ!」

と言って先生は,お風呂場の方に歩いて行った。

第15章

「先生,大丈夫でしょうか?」

と加奈子さんは,心配そうに泰三さんの方に顔を向ける。泰三さんは、笑いながら、

「さすけね~有三さは、酒強えがら~こだな酒では酔っぱらねど~ガハハ」

でも加奈子さんは,心配そうに先生の行った方に視線を向ける。

「それよっか、加奈子さん、有三さは優しぐていい男だど・・・あれは俺と違って真面目だっぺしおなごも母ちゃんしか知らねど・・・。加奈子さんも、有三さ好きだっぺ?」

「ええ~好きですわ。先生は誠実でとてもいい人ですし私はずっとお親していましたもの・・・」

「え~~そうがい!そんじゃ、有三さと結婚したら、よがっぺよ?」

「・・・でも,私の気持ちは先生も解ってると思うのですが・・・先生からは,何も・・・」

「そうがあ~有三さは、いい年してシャイだがんなあ・・・。有三さも、加奈子さんが好きなのはまじげねえど。そう言えば、このめい,「しずか」で有三さが、加奈子さんの前でコーヒーこぼした失敗があったそうですなあ・・・。その後、ずいぶんと落ち込んでいだがら飲みさ誘ったんだわ。そん時,言ってだど加奈子さんが好ぎだって!ただ、有三さは歳の差をえらぐ気にすてたげんじょな・・・」

「え!そうなんですか?私の事好きだって言ったんですか先生が・・・。歳の差なんて・・・私は全然気にしてませんわ!」

と加奈子さんは言った。

おやおや~これは、いい展開になって来たと吾輩も嬉しくなって来た。

「でもこれは、泰三さんのお陰だなあ・・・先生だけでは、こう上手くは進まないだろうな・・・ありがとう!泰三さん!ニャ~ん!」

吾輩は、泰三さんが頼もしくなって思わずその顔をじっと見てしまった。

「そうがい!歳の差は全然気にしてねいーのがい。じゃ、二人の結婚に問題はねべな!ガハハ」

と泰三さんが豪快に笑った。その時、先生が女性用の寝間着を持って入って来た。

「加奈子さん、奥の和室に布団引いておきましたからいつもでも寝たくなったらどうぞ!それとこれ女房がお客様用に買って一度も使ってなかった寝間着なんですが、古いもんですがもし良かったら使って下さい。」

「あら、先生お布団まで引いてくれたんですか?言ってくだされば私がしましたのにすみません。」

「いや~加奈子さんは、お客さんですから・・・そういう訳にはいきませんよ。お風呂ももうすぐ沸くと思いますから・・・。」

「有三さ、加奈子さんも酔ってっぺ!すぐに風呂には、入れねど・・・。」

と泰三さんが言った。先生も頷いてもっともだと言う顔をした。

「そうですね~じゃ、12時も過ぎてるし、ソロソロお酒は止めて、コーヒーでも飲みますか?」

「ンだなあ~~」

「じゃ、私が入れてきますわ!」

と加奈子さんが立ち上がって、台所の方に行った。しばらくして、加奈子さんが三人分のコーヒーを入れて持って来た。

それから、また暫くの間三人は、雑談が始まった。

吾輩は、眠い目をこすりながらずっと話を聞いていた。そうか先生と加奈子さんは、お互いが好き同士だったんだと知って吾輩は大いに嬉しくなって来た。

「二人は、きっと一緒に住む・・・ニャ~~ん!やったね!」

これからは、先生と加奈子さんと吾輩の生活が始まる・・・なんて、想像すると吾輩はまたまた嬉しくなって来たのである。雑談が始まって、1時間くらいたっただろうか・・・。

「加奈子さん、そろそろお風呂どうぞ!」

と先生が言った。

「あら、私が一番でいいんですか?」

「あは、い、いいんですよ!ご遠慮なく!疲れたでしょう?」

「少し疲れました。じゃ、遠慮なく入らせていただきます。寝間着もお借りしますわ。」

と言って加奈子さんが立ち上がった。

「じゃ、泰三さんお先にお風呂いただきます」

「ゆっくり、入りなんしょ!」

と泰三さんが言った。先生が先になって風呂場の方に加奈子さんを案内して行った。すぐに先生が戻って来た。

第16章

「泰三さん!風呂も掃除してくれたんですね!綺麗になってたんでびっくりしました。まさか、加奈子さんが泊まって行くとは思わなかったので・・・ありがとうございます。」

「そだごどはいいげど、すかす!有三さは、ほんとに女心が解がんね~男だなあ・・・」

「え~~何でですか?」

「あのな!有三さ!仕事の打ち合わせなら、「しずか」でも済むべよ!それをわざわざ有三さの家で打ち合わせすたいって言ってきだのは、何でだ?」

「・・・・・・・」

「加奈子さんも、今日は一大決心で来だんだど思うど!有三さだって彼女が気があんのぐれは感じてっぺ?」

「はあ~それは、うすうす解ってわいたんですが・・・」

「有三さが気にすてんのは、歳のごどだっぺ!それもすんぺねえ・・・さっき聞いだらそだごど気にすてねえ~って加奈子さんは言ってだど!」

「え!!泰三さん!き、聞いたんですか?」

「有三さ、待っでたら全然進展しねべがら俺が聞いでやったど~ガハハ」

「加奈子さん、そう言ったんですか・・・う~ん。」

「有三さ、後は自分でにずめろ!風呂出で来たらしっかり話すつけろ!」

「ありがとう泰三さん!しっかり話してみます。」

「そうだ!有三さ、今夜は家さ帰えんの面倒くせがらこごさ泊んど!」

「どうぞ!どうぞ!私のベットを使ってください。」

そんな事を話している間に、加奈子さんがお風呂から出てきて書斎の方に来た。

「すみません!お先にいただいちゃって~~とてもいい風呂でしたわ!」

「そうがい!それは良がった!じゃ、加奈子さん湯冷めしねいうじに寝なんしょ!」

と泰三さんがニコニコしながら言った。

「じゃ、そうさせていただきます。泰三さんおやすみなさい!逍遥ちゃんもお休みね!」

と加奈子さんは吾輩にも言ってくれた。

先生は、チョッと緊張した顔をして加奈子さんを奥の部屋の方に案内して行った。それっきり、長い時間が立つけど・・・・先生は戻って来ない。

「逍遥!待ってでも有三さは、このベットさ、戻ってこねど!今夜は、邪魔しちゃ駄目だど!」

「あは~~~ん、そういう事か・・・・ニャ~ん!」

察しのいい、吾輩はすぐに理解が出来た。

「その、代わりにこの泰三さんが、逍遥ちゃんと寝でやっぺ~~」

「ぎゃ~、泰三さんと寝るのか!まあ、いいか今日は泰三さん、活躍してくれたしなあ~ニャ~ん!」

「じゃ、電気消すぞ!おやすみ~逍遥!」

電気を消して、泰三さんはそのままベットにゴロンとなると、もう寝てしまった。吾輩も寝ることにして、ベットの泰三さんの足元に乗った。その瞬間!地鳴りのような泰三さんの大鼾が始まった。

「うるさいなあ・・・これじゃ、寝られないわ~ニャ~ん!」

吾輩は、慌ててベットから降り、ソファーで寝る事にした。こうして無田口家の長い・・・長い・・・一日が終わった。

第17章

次の日の朝、

「ニャォ~~~~~~~ん~~~~~」

大きな欠伸をして吾輩は、目を覚ました。夕べは、泰三さんの大鼾であんまり良く寝られなかった吾輩は少々頭が重い。ベットの方を見ると泰三さんはもう居ない。寝ぼけ眼で台所の方を見ると・・・な、なんだ!女の人がいる!?

「あ!そうか!加奈子さんだ!夕べ、泊まったんだったな~ニャ~~ん!」

吾輩は、ソファーから降りると台所に向かう。加奈子さんが吾輩をすぐ見つけて、

「逍遥ちゃん~おはよう!」

と素敵な笑顔で吾輩に声をかけてくれた。

「ニャ~~~ん、ニャ~~~ん!」

吾輩は、嬉しくなって~甘えた声で挨拶をした。

「逍遥ちゃん、先生起こして来てくれる!朝食の準備が出来ましたって!」

吾輩は、走って奥の座敷に向かう。案の定先生は、口を空けて寝ている。吾輩は、いつものように先生の顔をペロリと舐め始めた。

「先生!起きなさいよ!もう朝だ~~ニャ~~ん!」

「ムニャ~~ムニャ~~~、う~~~ん、なんだ逍遥かあ~~」

と先生は、片目を空いて吾輩を見た。突然!先生が・・・ガバッと飛び起きて布団の上に立った。

「あらら!先生!裸じゃないか!ニャ~~~ん!」

「な、何時だ!お~~もう7時だあ!こら大変だ・・・」

そのまま、先生は部屋を出て行こうとしたが、自分が裸であることにやっと気が付き慌てて洋服を着てバタバタと出て行った。吾輩も後を追った。


「お、おはよう!あらら!加奈子さん朝食作ってくれたんですか?」

「はい、用意しました。勝手に冷蔵庫も開けちゃいましたわ・・・」

「あれ?泰三さんはいませんねえ~~」

「はい、私が起きた時にはもういませんでしたわ!」

と顔を見合わせた二人は、なんとも照れくさそうな顔をしていた。加奈子さんは、すぐに視線を吾輩の方に向けた。

「逍遥ちゃん!お腹空いたでしょう~食べて!」

見ると我輩の器にちゃんと半生のキャット・フードが入っていた。

お腹も一杯になったので、吾輩はお二人の邪魔をしちゃ悪いし花ちゃんの所に行こうかなと思って玄関の方に向かった。その時、なんか吾輩は、頭が重く足がもつれる感じがした。

「あれ?何だろう・・・変な感じだなあ~ニャ~~ん!」

と思ったが、すぐにおさまったので別に気にも留めなかった。外に出るとすごくいい天気である。太陽があたって気持ちがいい、でも吾輩は、何となく身体がだるいので花ちゃんの所に行くのは止めて玄関横のいつもの場所で一眠りする事にした。どの位寝たのだろう!吾輩は、先生の声で目が覚めた。

「逍遥!加奈子さん、駅まで送ってくるから、留守番頼むわ!」

と先生が言った。

「逍遥ちゃん、またすぐ来るからね~」

と加奈子さんが、私の頭を撫でてくれた。

「は~~い、行ってらっしゃ~い!ニャ~~ん」

と吾輩は、二人を見送った。あのシャイな先生が加奈子さんと腕を組んで出て行った。

「先生、嬉しそうだな!良かったなあ~ニャ~~ん」

と吾輩は、自分の事のように嬉しくなった。まだ吾輩の身体のだるさは治らない。

「どうしたのかあ~、頭もフラフラするし~~ニャ~~ん!」

と思っているうちにまた睡魔が襲ってきたので吾輩はまた深い眠りへと落ちた。

この時の状態が後に、吾輩にとって重大な事になるのをまだ吾輩も先生も加奈子さんも泰三さんも知らなかった。

1週間後の日曜日。加奈子さんの荷物が無田口家に届き加奈子さんは先生と住む事になった。加奈子さんの荷物は、だいぶ処分したらしくそんなに多くはなかった。この日は、当然の事ながら泰三さんもネジリ鉢巻で手伝いに来てて引越し屋さんにあれこれ指示していた。

「お~、それはそっちでねえべ~あっちの部屋だっぺよ!」

と大きな声で指示している。加奈子さんもあっちに行ったり、こっちに来たり忙しく働いている。

先生はと見ると、ソファ~に座ってのんびりと煙草を吹かしている。まったく誰のための引越しなのか・・・解らなくなる。吾輩が先生の横に飛び乗ると先生が言った。

「お~逍遙、何してんだ!引越しの邪魔しちゃいかんぞ!」

「先生は、何してるのさ?みんな働いてるのに、こんなとこで煙草吸ってていいの?ニャ~~ん!」

と吾輩は、思ってしまう。これじゃ、加奈子さんもこれから苦労するんじゃないのと、吾輩は心配になって来た。

お昼近くになって、引越しも無事に終了した。終わって5分もしない内に、寿司屋さんがお寿司を運んで来た。さっさとビールも用意してある。

「ありゃ!先生いつ頼んだんだろう!こういうとこは先生気配りが聞くんだよなあ~ニャ~ん!」

「加奈子さん、泰三さん~、お寿司が来ましたよ。お昼にしましょう!」

と先生が二人を呼んだ。加奈子さんが先生の横のソファーに座り、泰三さんは床に胡座をかいて座った。

「どうも、今日はお疲れ様でした。先ずは、乾杯しましょう!」

酒好きな三人の酒盛りが始まった。泰三さんは、コップのビールを一気に飲み干した。それにつられたように、先生も加奈子さんも一気に飲み干した。突然、加奈子さんが立ち上がり泰三さんにむかって言った。

「縁あって、先生と暮らす事になりました。これも泰三さんのお陰と感謝しています。これからも宜しくお願いします。」

と深々と頭を下げた。泰三さんは、改めて言われたのでドキマギしながら、

「別に、俺のお陰でねえべ~、二人には、愛があったがら結ばっちゃんだっぺよ!ガハハ」

と泰三さんには似合ない言葉が出た。それからは、延々と酒盛りが夕方まで続いていた事はいうまでもない。

第18章

月日は流れ・・・吾輩がこの家に住んでから6ヶ月が経ち、加奈子さんも先生と一緒になって4ヶ月が過ぎた。

加奈子さんは優しいし、二人と一匹は、毎日楽しい日々を送っていた。先生は、以前より仕事に気合が入るのか随分と張り切って仕事をしている。加奈子さんは、前より通勤は遠くなったが出版社には毎日元気に通っている。加奈子さんの帰りの遅い日は必ず先生が駅まで迎えに行く。

「なんと仲がいい、二人だなあ~~ニャ~ん!」

と吾輩は、嬉しくなってしまう。ただ、不思議な事がある。こんなに仲のいい二人だが・・・お互いの呼び方は、「先生」「加奈子」さんのままである。

「なんでだろう?先生も加奈子さんもきっと照れくさいんだな・・・ニャ~ん!」

相変わらずシャイな先生だなあ~と吾輩は可笑しくなってしまう。

泰三さんは、相変わらず週に3回は遊びに・・・いや飲みに来る。でも以前のように夜中過ぎまで飲むことはない。二人に気を使っているのか自分の健康を気遣っているのか吾輩には解からない。

吾輩も、あれ以来身体のだるさも無く、楽しい日々を過ごしていた。しかし楽しい日々はそう長くは続かなかった。ある日曜日、突然吾輩に運命の日が突然やって来たのである・・・。

その日は、春の陽射しがたっぷり注いで気持ちのいい日曜日であった。先生と加奈子さんは、買い物に行くらしく着替えをしている。吾輩は、玄関の外のいつもの場所で日向ぼっこでもしようと玄関に向かうべく歩き出した。瞬間!腰が抜けたようになってその場に座り込んでしまった。

「あれ!おかしいな腰に力が入らない!ニャ~~ん!」

吾輩のしぐさを見ていたのか、加奈子さんが慌てて飛んできた。

「あら!逍遥ちゃん!大丈夫?」

私に近づいて起こそうとした。先生と加奈子さんが久しぶりに買い物に行くのにここで吾輩が邪魔しちゃいけないなあ〜と気力をふりしぼって起き上がった。

「大丈夫だよ~~ニャ~~ん!・・・・」

と吾輩は、加奈子さんを見た。

「そう?大丈夫?」

それでも、加奈子さんは心配そうに吾輩を見ている。吾輩は気力をふりしぼって何でもなかったように普通に歩いた。安心したのか加奈子さんが奥に戻って行った。それを確かめて、吾輩はまたヘタリ込んでしまった。でもこんなとこにへたり込んでいたらまた加奈子さんが心配すると思い。転がるように玄関に降りて外のいつもの場所に向かった。いつもの場所に着いたがそこに飛び上がるのがまた至難の業であった。

「ああ・・・いつもなら簡単に飛び上がれるのに・・・ニャ~ん!」

と悲しくなった。同時に吾輩の身体がただならない状態であることも感じた。でも必死に気力を出して、三度目にやっと上る事が出来た。気力を出し尽くした吾輩は、そのままぐったりと横たわってしまった。

その時、玄関の方に歩いてくる先生と加奈子さんの足音が聞こえて来た。吾輩は、起きなきゃと思い身体を起こそうとするが身体が言うことをきかない。玄関が開いて二人が出てきた。吾輩は頭だけを上げて二人を見た。

「逍遥!なんだ!眠いのか?行ってくるからな~留守番頼むぞ!」

と先生が珍しく吾輩の頭を撫でてくれた。

「逍遥ちゃん?大丈夫?」

先ほどの私の状態を見てる、加奈子さんは心配そうに私の頭を優しく撫でてくれる。

「大丈夫だよ・・・行ってらっしゃ~~い!ニャ〜〜ん!」

吾輩は、心配かけまいと精一杯の声で応えた。

二人は門の方に歩いて行った。加奈子さんは何度も何度も吾輩の方を振り返りながら歩いて行った。吾輩は、目も駄目になって来たのかそれとも涙なのか・・・・二人の姿がぼんやりとしか見えなかった。

二人を見送った後、また睡魔が襲って来た。身体は、どうしようもないほどだるかった。頭の中もぼやけて来た。吾輩は、もうこのまま駄目なのかなと思い始めた・・・・。

どのくらい、時間が経ったのだろうか?

吾輩は、少し眠ったようだ。ぼやけた視線で薄目を開けて横を見ると泰三さんが立っている。一度も見たことのないような、悲しい顔で吾輩を見ている。誰かに携帯で電話をしている。

「駄目だべなあ~~息づかいも荒いど!今夜もずかってどこだべよ!」

「・・・・・・・」

「そうがあ!戻っか!その方が、いいべな~」

「・・・・」

「とにかく、逍遥は中さ、入れっから!鍵はどこにあんだべ?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「わがった!そうすっぺ!」

泰三さんは、玄関の鍵を開けると吾輩を抱き上げて家の中に入った。

「逍遥!おめえ!随分軽ぐなったなあ~~」

と一人ごとのように言いながら、毛布を四つに折って書斎のソファーの上に置き吾輩を寝かせてくれた。そして傍に座って、吾輩の身体をごつい手で優しく撫でてくれる。

「泰三さん、ありがとう~~ニャ~ん!」

終章

吾輩は、ぼんやりとした視線で泰三さんをじっと見る。泰三さんも、これ以上は無理と言うような最大級の優しい顔で私をじっと見ていた。段々と薄れてゆく記憶の中で吾輩は思っていた。

「先生まだかなぁ・・・このまま、先生に会わないで死ぬのは嫌だな〜ニャ〜〜ん!」

その時、慌ただしく玄関が開いて先生と加奈子さんがすごい勢いで書斎に入って来た。

「お、おい!逍遥!逍遥!どうした!」

先生が、すごい形相で吾輩の名を呼ぶ!

「逍遥ちゃん!逍遥ちゃん!しっかりして!元気出して!」

加奈子さんも、今にも泣きそうな顔で吾輩の名を呼んだ。

吾輩も、ほとんど見えなくなった目で気力をふり絞って二人をじっと見て、

「ニャ~~ン!」と応えた。

泰三さんと先生が部屋の隅の方に行って何か話してる。泰三さんに代わって、加奈子さんが吾輩の身体を優しく撫でてくれている。加奈子のさんの目も涙で濡れている。

「泰三さん、逍遥を病院に連れて行った方が良くないですか?」

と先生が泰三さんに言った。

「いや!有三さ、逍遥は野良だったっぺがら何歳かわがんねげんじょ!かなり歳だとおもど!病院さ連っちっても助すがんねど!」

「そうですかあ・・・助かりませんか?そうですか・・・」

先生は、とても悲しい顔で考え込んでる。先生の目からも涙が溢れている。

「んだ!だったら、逍遥も大好ぎな、有三さのとこで見とられた方がよがっぺよ!」

泰三さんと先生の会話がかすかに吾輩にも聞こえて来る。

「そうだよ!病院なんか、行きたくないよ~ニャ~ん!どうせ死ぬなら、先生のとこで死にたいよ!」

と吾輩も、必死に心の中で叫んだ。

「・・・・・・そうですね、ここでみんなで見とってあげましょう!その方が逍遥も嬉しいですよね。」

先生は、自分自身を納得させるようにゆっくりとそう言った。

「んだ!そうすっぺ!」

先生の言葉に、泰三さんも大きく頷いた。

「ありがとう!先生!ニャ~ん!」

吾輩は、心の中で叫んだ。先生と泰三さんの気持ちが嬉しかった。

その時、書斎の外から、

「ミャ~~ン!ミャ~~ン!ミャ~~~ン!」

と言う猫の泣き声が聞こえて来た。吾輩は、すぐに花ちゃんが来てくれたんだって解かった。

「ニャ~~ん!」

と必死に鳴いてみたけど声にはならなかった。

泰三さんが花ちゃんの声に気がついて窓の外を見た。そこには、花ちゃんが吾輩の方を見て必死に鳴いている姿があった。

「お~~花だど!おめえ、逍遙のために来てくっちゃのがあ・・・・」

泰三さんは、慌てて玄関に走って行った。花ちゃんが勢い良く書斎に入って来て、吾輩を見ると顔をペロペロと舐めだした。

「逍遙ちゃん!大丈夫だよ!元気だして!ミャ~ん!ミャ~ん!」

花ちゃんも、吾輩を元気ずけようと必死に舐めてくれた。

「いや~~有三さ、花もすごいべなあ・・・。逍遥が危ないとわがったんだっぺな、花はいずも「しずか」の周りにすかいねえ猫だど!こんなとこまで来る猫でねいど・・・」

「ほんとですね!動物の本能ですかねえ・・・もっとも逍遥と花ちゃんは、すごく仲が良かったから・・・・」

と先生は、堪えきれなくなったのか大粒の涙をボロボロこぼしながら言った。

みんなに見守れながら、吾輩はもうみんなと別れなきゃいけない時がすぐそこまで来ている事を感じていた。

「有三さ、そろそろあぶねど!息遣いがすげぐ、荒くなってきたぞ!」

先生は、慌てて吾輩の名を泣きながら呼んでる。

「・・・・・・逍遥!おい!逍遥!しっかりせんか!逍遥!逍遥!逍遙!しょう~~よ~~う!」

必死に吾輩の名前を連呼する先生の声がかすかに聞こえた。吾輩は、ほんとうに最後の気力を引き絞ってみんなを見る。

「先生!鼻垂れてるよ!汚いなあ~泣かないでよ!ニャ~~ン!」

先生は、号泣しながら逍遥!逍遥!って叫んでいる。なんでこの先生は、こんなに優しいんだろう・・・吾輩は、先生との色んな事を思い出しながらずっとずっと先生の顔を記憶して置こうとほとんど見えない目でしっかりと見た。

加奈子さんも目を真っ赤に腫らして泣いてる。泰三さんは、窓の方を見てるけど、唸るような声が聞こえ、肩が小刻みに震えていた。花ちゃんは、吾輩を必死に舐めてくれている。やがて、吾輩はほとんど何も見えなくなった。

最後に心の中で必死に叫んだ・・・・。

「泰三さん、加奈子さん・・・いつも優しくしてくれてありがとう!忘れないよ!花ちゃん、いい友達になってくれてありがとう!花ちゃんの事大好きだったよ!最後に先生、吾輩を可愛がってくれて本当に!本当に!本当にありがとう!先生と暮らしたこの6ヶ月が逍遥にとって最高に素敵な日々だったよ。先生は、とっても優しかったなあ〜。先生みたいに心から優しい人は絶対いないよ。これからは、加奈子さんと幸せに暮らしてね。先生と暮らした日々は、ほんとうに楽しかったなあ・・・逍遙は幸せもんだよ。いつまでもいつまでも、忘れないよ先生の事。先生!逍遙はもう行くからね!本当にありがとう~~」

「逍遙~~逍遙~~逍遙!逍遙!逍遙!逍遙!逍遙!逍遙!逍遙~~~~~」

先生が号泣しながら必死に吾輩を呼んでいる。加奈子さんも泰三さんも泣きながら、吾輩の名前を呼んでくれている。花ちゃんも必死に我輩を舐めてくれていた。

やがて、吾輩は何も見えなくなった。そして心の中で最後に叫んだ!!

「先生!加奈子さん!泰三さん!花ちゃん!さようなら~逍遙は毎日が楽しかったよ~そして幸せだったよ~~本当に楽しい日々をありがとうお先にいくね~~ニャ~〜ん!」

(完)

吾輩は逍遥である

データが行方不明になっていた私の第1作「吾輩は逍遥である」を見つける事が出来たので一部手直しをしてここにアップしました。

「続・吾輩は逍遥である」であるの前の作品あるので「続・吾輩は逍遥である」を読んでいただいた方には前後しますが、始めて読まれる方は「吾輩は逍遥である」の方から読んでいただけると解りやすいと思います。登場人物は、両作とも一緒ですが逍遥だけは1代目逍遥と2代目逍遥に入れ替わっています。何故そうなったのかは・・・・第1作「吾輩は逍遥である」を読むと解明されます。

吾輩は逍遥である

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 成人向け
更新日
登録日
2013-03-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 第1章
  2. 第2章
  3. 第3章
  4. 第4章
  5. 第5章
  6. 第6章
  7. 第7章
  8. 第8章
  9. 第9章
  10. 第10章
  11. 第11章
  12. 第12章
  13. 第13章
  14. 第14章
  15. 第15章
  16. 第16章
  17. 第17章
  18. 第18章
  19. 終章