空の金魚
窓際のまあるい水槽の中には、ひらひらと尾びれをなびかせながらニ匹の金魚が泳いでいる。朗らかな光に包まれながら、気持ちよさそうに、水槽の中を行ったり来たり。
夏祭りの時に、何度も何度も金魚すくいをして、小さなビニール袋の中にいっぱいに押し込めた金魚たち。今ではたった二匹になっていた。
いつの間にか白いおなかを上に向け、真っ黒だった瞳は白く濁り、体も白く溶け出し、水面に浮かび上がる。あんなに美しく、優雅に泳ぐ姿とはうらはらに、死んでしまった金魚たちはその役目を終えたかのように、水に溶け出し、腐り混ざり合う。
「どうして、死んじゃったの?」
鈴は水槽を覗き込み、ゆらめく水を眺めていた。
金魚がすぐに死んでしまうのは知っていた。毎年、鈴は夏祭りでは懲りずに金魚すくいをしている。でも、何故か次の夏祭りまでには水槽は空っぽになってしまうのだ。
鈴の瞳からは、次第に涙がこぼれ、頬をつたって水槽に落ちる。二匹の金魚はその波紋に、びっくりしたかのように身を翻す。
鈴は真っ黒な服を着せられていた。そして、家にいるすべての人間も真っ黒な服に身を包んでいた。真っ黒い見慣れない人たちが家に押し寄せ、皆、固い顔をして、
「鈴ちゃん、大きくなったね。元気だしてね。」
と鈴の頭を撫でる。
真っ黒な服のおばさんたちのひそひそ声が鈴の体を揺さぶり、鈴の体は左右に引っ張られるような感覚に
襲われていた。
全ては突然に、理解の範囲を超え津波のように襲ってくる。鈴の瞳からは大粒の涙が止め処なく流れ落ちるが、それが、何故かなんて分からなかった。
ただ、昨日、白い人が来た。白い人が来ると、決まって鈴は次の日、黒い服を着せられる。鈴は、ひそひそ声の波に耳を押さえ、その場にうずくまった。どしゃぶりの雨のような涙と鼻水は理由も分からず鈴を動揺させていた。
黒い服を脱いでいいと言われた時には、沢山の黒い服の客人たちはすっかり姿を消し、そして、鈴の家族も消えていた。鈴の親戚の夫婦が、よそよそしそうに、微笑んでいるのを見て見ぬふりをして、鈴は、月明かりで青白く光る水槽に、闇が支配を始めるのをただじっと見つめていた。
空の金魚
いつも突然で必然なのだろうか。思い返すと、そうかなって思う気がつかなかったソースって過去にはいろいろある。