雪中のシンデレラ

雪中のシンデレラ

とある少女の物語

暗い路地裏。
一歩出れば光が待っているというのに、
あんなにも街は輝いているのに、
私はその一歩が踏み出せない。
心が震え、体が拒む。
汚れた髪、破れた服、継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみを抱えて、ただ私はうずくまる。
眩いネオンも往来の喧騒も、色も空気も温もりも、闇の中まで届かない。
ふと振り返れば、野良猫がバケツに姿を隠した。
空は曇天。月でさえも私を避ける。
その闇の中、ただ雪だけが私の上にも降っていた。
「寒そうだね、お嬢さん?」
後ろに突然現れた。彼は突然現れた。
雲が動き、ビルの隙間から満月が覗く。
落ちてきそうなほどの大きな月の輝きは、微笑む彼を照らし出す。
「だれ?」
黒いマントを風になびかせ、彼は宙に浮いていた。箒に腰掛け、ふわふわと。
「見ての通り、僕は魔法使いさ」
さらりと言った。笑みを崩さず、そう言った。
「魔法使いなんていないわ」
「いるさ」
「いないわよ」
「どうして?」
そんなのは言わなくてもわかること。あえて言うなら、
「非科学的だもの」
「科学?君はそんなものに縛られているのかい?」
彼は残念そうにため息をついた。
「世界にはたくさんの不思議がある。一つの見方では答えを出せないことがいっぱいあるんだ。その証を君に見せてあげるよ」
言葉と共に彼は踊り始めた。
滑らかに宙を舞う姿はまるで妖精。思わず心を奪われる。
「 きれいな髪の女の子
ながーいその黒髪は
白いドレスに似合うでしょう
輝くブルーの耳飾り
細い指にも同じ涙
胸に一つの花を添えて
ひらひら舞うは雪の姫 」
リズムを刻む歌声は闇の中にも透き通り、歌詞は私に巻きついて、言葉の通りに変えて行く。
「 最後に仕上げる足元は
当然これでしょ ガラスの靴 」
私を包んだ言葉の光が小さく小さく弾け散る。
「さあ、これが君の真の姿さ!」
前に置かれた大きな鏡。そこに映るは純白の少女。限りなく麗しい。
それは私。紛れもない私自身。
真っ白なドレスが身体を包み、辺りをほおっと照らしている。
耳には蒼いイヤリング。胸には小さな花飾り。まるで何処かのお姫様だ。
「きれい・・・」
別人みたいで言葉がうまくまとまらない。
驚く私に彼は囁く。
「行こう、パーティーの時間だ」

さまよえる訪問者

光のゲートを抜けるとそこは庭園だった。
東屋から出ると眼前に大きな塔の存在を知った。円錐状の屋根がまるで絵本に描かれたお城の中にいるみたいに思わせる。
手入れの行き届いた庭木に囲まれて、天使のオブジェが水を噴き出している。
月のない深い空の下、私は彼を探した。いきなり現れ、ドレスを与え、私をここに誘った、名前も知らない魔法使いのことを。
舗装された道を進む。乾いた土に車輪の跡のような細い筋が付いていた。何となくそれを辿ると幾度か曲がったところで、先程見えた塔に行き着いた。跡は門の手前で折り返している。
近づいてみると改めてその大きさがわかる。振り仰いでも、空の半分を覆い隠す壁面は庭の花木に比べて質素に感じられる分、その迫力で見る者を圧倒する。備え付けられた木製の扉も頑丈そうだ。表面についている多くの傷が、古くからこの塔を護ってきたことを語っているように思った。
そっと手を添え触れてみる。
と、その時!背中を誰かが突き飛ばした。
重いはずの扉はあっさりと動き、私は前につんのめる。
倒れると思った瞬間、開いた先、眩しい世界の中から手が飛び出して、手首を掴んだ。重心をなくした体はその手の引っ張る方へ引き寄せられ、数歩中へと入った。
「ありがとう・・・」
そう言いつつ顔を上げた私は、言葉を失った。
照明を照らし返す大理石の壁、きめ細かく織られた紅色の絨毯。その上を華やかな衣装を纏った紳士淑女がひしめき、各々何かを待っている。
「ようこそいらっしゃいました。お嬢様」
「ひゅうえ!?」
側から急に声を掛けられて驚いた私は、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。それにまた驚いたように、目の前のその男は一歩下がる。
「驚かせてしまい、申し訳ございません」
「い、いえ。その、ちょっとビックリしただけなので、あ、頭を上げてください」
「本当に申し訳ありません。失態を犯したうえ、お客様に気を遣わせてしまうなど、執事としてあるまじき醜態。どうかこの命をもってお詫びを」
「あの、いや、そこまでは・・・」
急な展開に混乱していると、背後に知っている気配を感じた。
「そこまでだ」
「わ、我が主!」
振り返った私の視界に映ったのは、まさしく彼の姿だった。

真夜中の舞踏会

「彼女は僕の大切な客人だ。あまり困らせないであげてくれ」
「申し訳ありません。以後、気をつけます」
「この通り、彼も悪気があったわけじゃないんだ。どうか許してほしい」
彼は私に向き直り、軽く礼をした。
「いや、あ・・・はい」
「そうか、ありがとう。では、行こうか」
ぱっと手を取り、人垣の方へと向かおうとする。私は咄嗟に手を振り払った。
「どうしたの?」
今の気持ちをどう説明したらいいのだろう。
「あなたは・・・」
彼にどう言葉を尽くせば、伝えられるのだろう。
「あなたは、一体・・・」
まず聞くべきことはこれしかない。
「あなたは一体何者なの!?」
状況に振り回される私を、彼は正面から見据えて、微笑んだ。
「見ての通り、魔法使いさ」
あの時と同じ黒いマントを羽織り、箒を片手に持っている。
けれど、それでは納得いかない。
「でも、さっきこの人が、主って・・・」
「まあ、旦那様!」
広間の端からメイド服姿の女の人が大声をあげて近づいてくる。
「こんな所に居たんですか。しかも、何ですかその格好!早くお着替えになってください。皆さんがお待ちですよ」
「メイド長・・・。これは、あの、色々理由があって」
「言い訳は後で聞きます。さあ、早く来てください。さあ!」
「うわ、ちょっと待って、待って。あ、そこの君!」
「何でしょうか?」
「彼女を奥の部屋へ通しておいてくれ」
「かしこまりました」
「さあ、行きますよ!」
腕を思いっきり引っ張られ、引きずられるように彼は連れて行かれた。
「まだ何も聞いてないのに・・・」
「お嬢様、こちらです」
正面の大階段を上り、執事に案内されたのは、これまた大きな部屋だった。体育館ほどの広さがあり、吹き抜けになっていた。
恰幅のいい老紳士や色鮮やかなドレスを着飾った婦人たちが、料理の置かれた円卓の側でグラス片手に談笑している。目に映る全てが豪華で色彩豊かなその世界を前にして、場違いだと感じた。自分だけが酷く浮いている気がした。
仕方なく、人の少ない上階のバルコニーに出て外の空気を吸う事にした。
見上げる夜空は雲一つない晴天だったけれど、月はどこにも見当たらない。
「私、また探してる・・・」
私の居場所は暗い路地裏。
冷たい地面、ゴミの臭い、時折聞こえる猫の声。
明るい世界を覗くことしかできない、あの闇が私の居場所。
決して表には出られない。
月さえ避ける厄介者。
世界から捨てられた、いらない子。
それが私。
綺麗なドレスを着て、輝く宝石を身につけて、明るい光の下にいる。
ここにいるのは私じゃない。今の自分は私じゃない。
虚像で作り物でハリボテだ。
「寒そうだね、お嬢さん?」
そう。あの時もこんな風にいきなり彼が現れた。
「だれ?」
振り返らずに私は問う。
「聞いての通り、この城の主さ」
彼は言う。声が少し遠い。
「お城なんてないわ」
それなら私は今どこにいるのだろう、なんて考える。
「どうして?」
理由なんてない。強いて言うなら、
「非現実的だからよ」
やっぱり月はどこにもない。
「君は現実なんてものに縛られているのかい?」
振り返ると、タキシード姿の彼がいた。
「世界には楽しいことがたくさんあるんだよ。君が一歩踏み出すだけで世界は変わる。これから君にその証を見せてあげるよ」
差し出された手には白いボレロが乗っていた。
「僕と一緒に魔法をかけてみませんか?」
どこで仕立てたのか、ジャストサイズのそれに袖を通し、姿見を整えて向き直る。
「喜んで」

鐘の音

光のゲート。
それは私と彼を繋ぐ道。
こっちとあっちを結ぶ門。
それは十二時に閉じてしまう。
再び開くのは一年後。雪降るクリスマスの夜。
彼はそう言っていた。
「行こう、パーティーの時間だ」
「えっ?」
突然闇の中に光が漏れ出す。空気が破れ、空間が割れて、光のゲートは姿を現した。
溢れんばかりに輝きが満ちる。闇には溶けないその光は、私の腕を絡め取り、強い力で引っ張ってくる。踏ん張る私に彼は言った。
「向こうに着いても十二時までに再び通れば戻ってくることはできる。そんなに怖がることはないさ。僕が背中を押してあげるから。先に向こうで待ってて」
そして、言葉の通り背中を押した。
もしかしたら、感覚がおかしいのかもしれない。
状況に流されているだけかもしれない。
けれど、私はあの時思った。明るい世界に行きたいと。彼なら導いてくれるかもと。
だからこうして踊っているのだろう。
広間中央を音楽に合わせ、縦横無尽にステップを刻む。
彼の手を取り、体を預け、光を感じる。
ダンスなんて一度もしたことなかったけど、大勢に見られて恥ずかしかったけど、
彼がいるから大丈夫。
だって私たちは今、魔法をかけているのだから。
「楽しい、楽しい、楽しい!」
素直にそう言える。嬉しいと思える。
闇の中でずっと望んでいた世界。ずっと羨んでいた世界。
今、最高に幸せだ!
「ありがとう。全部あなたのおかげ。私に魔法をくれてありがとう」
「僕は背中を押しただけさ。君が一歩踏み出したのさ」
彼も楽しそうに回っている。
「魔法は人を幸せにするものだ。けれど、万能じゃない。だから心の持ち方が大事なんだ。小さな幸せを切に願う気持ちが必要なのさ。そういう想いに魔法は答えてくれる」
魔法にも色々あるのだろう。彼の声が一瞬だけ哀しそうになった。
その時・・・
ゴーン。
低いけれど、透き通った音が城内に響いた。
彼の動きが止まる。勢い余って倒れそうになる私を上手く操り、両腕で抱える。
お姫様抱っこと呼ばれるものに少し驚いたが、彼の言葉はしっかりと聞こえた。
「ごめん。ちょっと跳ぶよ」
刹那、背景が切り替わる。
見覚えのある景色。これは庭園にある東屋だ。
遠くの方からさっきの音が聞こえる。
「何が起こったの?」
彼の腕から離れ、椅子に座らされた私は尋ねる。
「空間跳躍魔法さ。ワープと言った方が分かりやすいか」
彼は疲れたようにぐったりとしている。
「どうして?楽しかったのに」
しばらく返事がなかった。そしてまた音が響く。
「君にこの音が聞こえるかい?」
「聞こえるわ」
「これは鐘の音。十二時を知らせる鐘だ」
十二時。光のゲートが閉じる時間。
「この音が十二回鳴り切った時、日付が変わる。つまり君は帰れなくなる」
静かに続く言葉を待つ。
「君はここに居てはならない。元の世界に、戻らなければならない」
頬を熱いものが流れる。
「どうして、あなたがそんなこと言うの?」
ああ、声が裏返る。
「あなたがここに連れてきてくれたんでしょ。明るい世界を教えてくれたんでしょ?」
酷く掠れている。彼は聞こえただろうか。
届いただろうか、言葉が含む意味は。
感じただろうか、私の心は。
「僕は酷い魔法使いさ。夢を与えて、壊す。最低の魔法使いさ」
ああ、どうして・・・
どうしてあなたは泣いてるの?
酷い魔法使いが、最低の魔法使いが、どうして他人の為に泣いているの?
理由はどうであれ、あなたがそういう答えなら、私はこう言う。
「本当に最低ね」
ゴーン・・・
また音がする。
「もうあと二回だ。早く行け」
声が震えてる。
「わかってるわ。じゃあね」
ああ、私もか。
ゲートの前に立つ。これでまた闇に戻るのか。
もしかしたら、夢だったのかもしれない。幸せな夢・・・


力ない彼の頭を抱き寄せ、額にキスをする。


たとえ、これが夢でも
私に幸せをくれたのは彼だ
光を教えてくれたのは彼だ
それだけでいい
私は救われた
彼に救われた
それだけでいい

ゴーン・・・
十一回目の鐘がなる。
彼は手も握らなかったし、抱き寄せもしなかった。
けれど、私は知ってる。
彼の涙が増したことを。
彼の顔が熱くなったことを。
私は知ってる。
最後の鐘がなる前に彼から離れる。
ありがとう、と別れる瞬間心で唱えた。
そうして私は、光に飛び込む。
ゴーン・・・
ああ、遠くで鐘が鳴っている。

雪中のシンデレラ

光のゲートを抜けるとそこは暗い路地裏だった。
前と違うのは雪が積もっていること。
今日は十二月二十六日。
少女は闇に帰ってきた。
楽しかった夢はもう終わった。
純白のドレスは破れた布に変わり、蒼い宝石も今はない。
行きに落としていった継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみが、近くで雪に溺れている。
それを拾おうとした少女はそのまま隣に倒れ込んだ。
雪の冷たさを感じる。上から降る雪と積もっている雪でサッドイッチだ。
少女の体はどんどん冷たくなっていく。
指一本動かすことができない彼女は眼だけを空に向けて笑った。
おそらくこう言いたかったのかもしれない。
「月が出てる」と。

相変わらずの曇天の下、笑ったまま動かなくなった少女の足元には、ガラスの靴が片方だけ転がっていた。

雪中のシンデレラ

えーっと、はじめまして。香月ルルです。
「雪中のシンデレラ」いかがだったでしょうか?
私の未熟な文章でも、読んでくださった方の心がわずかでも動いたのであれば嬉しい限りです^ ^
お伽話っぽく、理屈ではない物語にしたかったので、もしかすると必要な設定を書ききれていないかもと、書き終わってから不安です。書き始めた当初の予定では魔法使いとシンデレラの恋愛も、そもそも光のゲートで異世界へという考えがありませんでした。キャラのイメージが定まれば後は勝ってに動いてくれるのですが、それに任せてたらいつの間にかすごい量の裏設定ができてしまい、話を完結させるのに苦労しました。
それら設定はまた気が向けば書くことにします。
最後になりましたが、
私のような者に物語を語れる場を設けてくださった星空文庫さん、
この物語を読んでくださったみなさん、
本当にありがとうございました
これからも頑張って行きますので、どうか温かい目で見守ってください。
よろしくお願いします。

雪中のシンデレラ

世界から捨てられた少女は満月の降る夜、一人の青年と出会う。彼は言う。 「見ての通り、僕は魔法使いさ」と。 不幸な少女と謎の青年が作り出す不思議な世界観。 先読み不可能の奇妙なお伽話が登場!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-13

Copyrighted
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Copyrighted
  1. とある少女の物語
  2. さまよえる訪問者
  3. 真夜中の舞踏会
  4. 鐘の音
  5. 雪中のシンデレラ