恵梨佳×奏恵

恵梨佳×奏恵

『恵梨佳 -エリカ-』

 
 僕は急に呼び出され夜九時の公園に向かうとベンチに座る恵梨佳がボーッと夜空を見上げていた。
いつもはポニーテールにしてるのに今日は髪をほどき月明かりに照らされた恵梨佳は何とも妖艶だった。
 少しの間見取れてしまった。
 「よっ」と言いながら近付いて行くと「やっと来た」と虚ろな目で僕を見つめていた。
「酔ってんの?」
「うん。ちょっとね」
「そう」
 僕は隣に座り恵梨佳が飲みかけの缶酎ハイを一口飲んだ。
「あっ」
「何?」
「いや別に…」
 僕は夜月を見上げ、恵梨佳は下を向いたまま、しばしの沈黙。
 先に口を開いたのは恵梨佳だった。
「小さい頃から奏恵ばかり心配されてた。で、私にはお決まりの『お姉ちゃん何だからしっかりしてね』。でも私が欲しかったのは普通の妹であんな妹が欲しかったんじゃないのに…」
「そう…」
「どうして皆奏恵が良いの? 私が障害者だったら良かったのに…」
「それ言い過ぎ。あいつの前で言うなよ」
「分かってる…」
「飲み過ぎ…」
「それも分かってる…」
「…俺はあいつの事障害者だから可愛そうとか思った事ないよ。目が見えないのは『個性』だと思ってるし…」
「分かってる。私もそう思ってる…」
「そっ」
「でも…」
「でも?」
「この間奏恵に聞いたんだ」
「何を?」
「誰か好きな人いないのって? でも奏恵、誰かを好きにならないって、大切だから本気にならないって…」
「あいつらしいじゃん…」
「そうなんだけど…。その時思ったんだ。絶対奏恵には勝てないんだろうなって」
「そっ」
「でも、私はちゃんと自分の気持ちだけは伝えるって決めたの…私、豊が好き…」

 そんな気はしていた。
 幼い頃から僕は彼女たちを知っていた。

「ごめん、俺…」
「分かってる。奏恵が好きなんでしょう?」
「…うん」
「何処が良いの?」
「何処って…」
「教えてよ! 自分から苦労背負う様なものでしょう。奏恵の何処が好きになったの?」
「何処ね…」
 何とかごまかそうと色々な事を考えながら恵梨佳の顔を見るとじっと僕を見つめる瞳は何処までも澄んでる気がした。
「この間、奏恵に言ったんだ」
「何を?」
「もう少し素直になればって。奏恵って泣いたり笑ったり怒ったりするの得意じゃないじゃん。だからもう少し自分の気持ちに素直になってくれれば良いなと思ってさ…」
 「…悔しい」と小さな声で呟く恵梨佳。
「え?」
「じゃ、私には?」
「…頑張らなくて良い」
「え? 何それ?」
「いつも奏恵の面倒見てるだろ。だから良いお姉ちゃんじゃ無くても良いと思う。少しくらい奏恵は放って置いても大丈夫だよ」
「聞くんじゃ無かった…バカ…」
 それから直ぐ恵梨佳は泣き始めた…。

 - end -

『奏恵 -カナエ-』


 僕が部屋に入るなり「豊君でしょ?」と人形のように動かず窓辺の椅子に座る盲目の彼女は言った。
開けていた窓から風が入り込み長い髪を遊ばせながら、見えないのに何処か遠くを見つめていた。
「よっ、今日はこっそり入って来たのに、相変わらずだな…」
「豊君の匂いがしたの。ただそれだけ。今日の天気はどうなの?」
「天気予報では晴れだって。今のところ快晴って言葉が一番似合うんじゃないかな」
「そうなんだ…。でももうすぐ雨降るよ。雨の匂いがするもの…」
「そっ…」

 それから数十分後、急に空が曇りだし雨が降り始めた。
 僕は窓を閉めながら「本当に降って来たな」と呟くと「でしょう」と口の端を微かに持ち上げた。
「寒くない?」
「大丈夫…」
 彼女はここ数週間ほとんど外に出なくなった。
 その理由を誰にも話そうとはしなかった。
 雨が降り続く空を見ながら僕は言った。
「明日晴れたらさ…」
「晴れたら?」
「海に行かない? 平日だからきっと人も少ないだろうし…」
 彼女は閉められた窓から何処か遠くを見つめ「そうね…」と微かに口の端を持ち上げ「ねぇ、私を好きにならないでね」と続けた。
「何で?」
「同情されたくないから。それに人を好きになる事はとても怖くて辛い事だから…」
「どうして?」
「だって人を好きになるって事は、その人の言葉で傷ついたりその人の言葉で元気になったりその人の事で頭がいっぱいになるでしょう。私が私じゃ無くなっちゃう気がするの…」
「だから怖くて辛い事?」
「そんな気がするの…」
「嬉しいとか楽しいとは思わないの?」
「…分かんないよ」
「もしかして、好きな人できた?」
「…私に誰かを愛する資格なんて無いよ」
「そんな事は…」
「だってそうでしょう。私って誰かに何かをしてもらう事ばかりで、私が誰かに何かをしてあげられる事なんて何も無い。迷惑かけてばかり…」
「だから愛する資格は無い?」
「うん…」
「…そっ。奏恵はとても強いけど、とても弱い…」
「どっちなの?」
「両方」
 「おかしな事言うのね」と彼女は微かに口の端を持ち上げた。
「さっきの…」
「え?」
「好きにならないでってっやつ」
 盲目の彼女は微かに声のトーンを下げ「うん…」と呟いた。
「断るよ…。僕は奏恵が好きだよ」
「ホントに?」
「ホント」
「そうなんだ…」
 さっきのは冗談で言ったらしく彼女はひどく驚いてる様子だった。
「同情じゃ…」
「無いよ」
「迷惑じゃ…」
「無いよ」
「でも…」
「見えなくても良いよ。ただ…」
「ただ?」
「ただそばにいて笑っていて欲しい…」
「それっていつも私が笑わないから?」
「そう。いつも怒ってるような顔してるから」
「いじわる…」
 彼女は微かに口の端を持ち上げると、下唇を軽く噛み、声を出さないで泣き出した。
 僕は彼女に嫌がられるかもしれないと思いながら軽く手に触れ冷たい彼女の手を両手で覆った。
「…泣いても笑っても怒っても良いから自分の気持ちに素直になってみれば…って言ったらくさい?」
「くさい…」
「じゃもう少しだけくさい事言っても良い?」
「うん…」
「たぶんさ、もう少し我がままになっても誰も君を嫌いにならないと思う。我慢し過ぎなんだよ」
 鼻をすする音が静かな室内に響いた。
 僕は彼女の湿った頬に触れ、少し上を向かせキスをした。
 彼女の震えと涙の味が伝わって来た。
 唇を離すと彼女は赤らめた顔で「嘘つき…」と呟いた。
「何が?」
「レモンの味なんてしない」
 笑いを堪えていると気づいたらしく彼女はムスッとした。
「じゃ、今度キスする時はレモン味の飴でもなめてからするよ」
「バカにしてるでしょ」
「してないよ…」


 - end -

恵梨佳×奏恵

恵梨佳×奏恵

『恵梨佳 -エリカ-』 僕は急に呼び出され夜九時の公園に向かうとベンチに座る恵梨佳がボーッと夜空を見上げていた。いつもはポニーテールにしてるのに今日は髪をほどき月明かりに照らされた恵梨佳は何とも妖艶だった。 『奏恵 -カナエ-』 僕が部屋に入るなり「豊君でしょ?」と人形のように動かず窓辺の椅子に座る盲目の彼女は言った。開けていた窓から風が入り込み長い髪を遊ばせながら、見えないのに何処か遠くを見つめていた。※続きは本文へ。

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更新日
登録日
2013-03-11

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  1. 『恵梨佳 -エリカ-』
  2. 『奏恵 -カナエ-』