素直になれたら
ハルカ×カナタ
深夜。
僕はシャワーを浴び髪の毛を乾かしていると突然ケータイが鳴りだし表示を見るとハルカからだった。
「はい…」
「ねぇ、明日晴れるかな?」
「はぁ?」
「晴れるの~。晴れないの~」
「今日はまだ天気予報見てないから知らないけど」
「な~んだ。つまんないっ」
「酔ってんの?」
「酔ってないっ」
「酔ってんじゃん…」
小声で呟くと聞こえたらしく「酔ってなーい!」と変なテンションで返って来た。
「…あっそ。外?」
「うん…」
「何処さ?」
「ヘキサエンサン!!」
「はぁ?」
だから酔っ払いは嫌なんだよ。
「で、何処?」
「さぁ何処でしょう?」
「そういう態度なんだ。せっかく迎えに行ってやろうと思ったのに…」
「大学行く時いつも通る公園のベンチ…」
「今行くからそこ動くなよ」
「は~い」
電源を切り生乾きのまま駆けつけると薄暗いベンチに座るハルカを見つけた。「ハルカ」と呼ぶが反応は無く側に寄ると眠っていた。
「寝んなよ。こんなところで…」
愚痴りながらハルカの体を揺すると目を覚まし虚ろな目で僕を見ながら言った。
「やっと来た…」
「帰るぞ」
「うん…」
「立てる?」
「ううん」
「たくっ」
僕はハルカを背負い、歩きながら言った。
「また重くなったろ」
「うるさいなー」と呟きながら僕の後ろ髪に鼻を潜り込ませて来た。
「何だよ、くすぐったい」
「良い匂い。シャワー浴びたて?」
「そうだよ」
「そっか、ごめんね」
「度合い考えて飲めよ」
「分かってるよー」
「分かってないから言ってんだろ。誰と飲んでたんだよ」
「大学の友達とー。もちろん女の子だよ。安心した? ねぇ安心したのー」と後ろで暴れだすハルカ。
「ん? うん。安心した安心した」
「そっか…ねぇ聞いて良い?」
「ん? うん」
「答えなくても良いから」
「え? うん」
「私の事好き?」
僕は言葉につまっていた。
「私はカナタが好きだよ」
言われた瞬間ハルカと触れる全ての場所が熱く感じて仕方なかった。
「そう。何処が?」
「優しい所とか…優しい所とか…」
「優しい所しか言ってないじゃん」
「良いのー」
お互い無言になり、僕の引きずったような靴音だけが深夜の住宅街に響いていた。
「なぁ、起きてる? ハルカ」
僕は後ろを覗くと、何処か遠くを見てるような虚ろな目のハルカと目が合った。
「うん。かろうじて」
「さっきの答えて良い?」
「ダメ。やっぱ答えないで…」
「何で?」
「聞きたくない…」
「俺はっ」
「いいって、聞きたくない!」
「ハルカが好きだよ」
「聞きたくないって言ったのに。バカ…」
「先に言い出したのはそっちだろ」
「でも言って欲しくなかった」
「何だよ。それ…」
「カナタには分からないよ。…私たち顔も体格も声だって違うのにどうして双子なんだろうね…」
「二卵性で生まれて来たからだろ」
「そんな事分かってるー。そーいう事じゃ無くて、双子ってさ、いつも一緒に居られるけど将来っていうか、結婚したり出来ないし…」
「そりゃぁ、双子の前に姉弟だからだろ」
「そうだけど…やっぱり双子って不便。カナタが女だったら良いのに」
「何で?」
「諦めがつく」
そんなの俺だって何度も考えたよ。ハルカが男だったら良かったのにって。
「で、やけ酒? 友達巻き込んで?」
「うん」
「困った姉だ」
「うるさい! カナタも付き合って! これから仕切り直しだー!!」
叫ぶハルカの声がシーンとした深夜の住宅街に響いた。
「飲まねぇよ」
だから酔っ払いは嫌なんだよ…。
- end -
11月の夜
11月の寒い夜、僕は映画館前で待ち続けた。
約束の時間になってもハルカはあらわれず、何度もケータイにかけたが繋がらなかった。
ハルカの方からナイトショーに誘ったくせに遅刻するってどういうつもりなんだろう…とイラつき始め、もう一度電話しようとケータイを握ると空から湿った雪が降り始めた。
初雪だ…。
ハルカ見てるかな?
初雪だけは嬉しがるんだよな…。
空を見上げて居ると突然ケータイが震え出し画面を見るとハルカからだった。
「はい…え?」
淡々と喋るハルカじゃない誰かは信じがたい事を喋り続け、ゆっくりと降り出した雪の粒は頬に触れるとまるで涙が通ったように流れ落ち、いつの間にか電話が終わっていた。
座りたかった。
しゃがみたかった。
立ってなんて居られなかった。
でも一度座って仕舞ったらきっと動けなくなる気がして、沢山の恋人たちが幸せそうに行き交うネオン街を滑らないように駆け抜けた。
「ハァハァハァ…」
間違いであって欲しい…そう何度も思った。
「なぁハルカ、この暗くて寒い部屋の中でも二人寄りそえば少しは暖かいね。血で文字がにじんでるけどシワくちゃのバースデーカードとプレゼントちゃんと受け取ったよ。俺もさ、俺もハルカにプレゼントあるんだ。多分気に入ってくれると思うんだ…」
僕はポケットから小さな紙袋を取り出し、目の前に横たわるハルカのまだ暖かい指に紙袋から取り出した指輪をはめた。
「シンプルだろ。何が良いか、すごく悩んだ結果何だから文句言うなよ…。付き合ったところで将来とか結婚とか無いけど、それでも今日、俺さハルカにちゃんと告白しようと思ってたんだ…」
僕はハルカの手を両手で包んだ。
「なぁハルカ、何で何も言ってくれないんだよ…。何で、何でハルカがっ…クッ」
せっかく堪えて居たのに…クソッ。
ハルカの枕元に置いた血でにじんだメッセージカードを一瞥した。
『カナタ、おめでとう。
プレゼント気に入ってくれた?
私、カナタの優しい所と笑顔が大好きだよ!』
ハルカのプレゼントも指輪って…やっぱり俺ら双子何だな…。
ハルカの手を握ってる僕の両手が震え出し、全身でハルカの死を拒絶していた。
「なぁハルカ、愛してる…」
こんな時にしかちゃんと言って上げられなかった…。
返ってくるはずないと頭では分ってても、今なら聞こえるんじゃないかと何度も繰り返した。
安らかに眠るハルカに僕はやっぱりうまく笑えなかった。
もっと素直に受け入れられたら、きっと簡単に笑ってあげられたのかな…。
「ハルカが笑ってよ…」
僕はハルカの少し冷たい唇に初めてキスをした。
その途端、急に涙腺はゆるみ、体の脱力感と共に必死に堪えていた感情が表に現れ、それを止める事はもう僕には出来なかった。
「ハルカ! ハルカ…」
どんなに叫んでも届くはずないのに、
どんなに泣いても帰って来ないのに、
僕はただ泣き叫んだ。
その日、僕達の誕生日がハルカの命日なった。
- end -
素直になれたら