新しい世界
25歳
何も出来ずに大人になり、
そのままダラダラと時間を消費して
僕は今日で25歳になった。
じゃあ何かするか、なんて思うはずもなく
またこれからバイト先のコンビニへ向かい、
レジで時間を潰し、帰って寝るだけだ。
あごひげも剃らないといけないけれど
面倒くさいのでマスクを付けて行く。
種子島から栃木県の大学へ進学してから
今まで一度も故郷には帰っていない。
帰れない。
二つ下の弟は東京で職を見つけ働いているらしい。
こっちへ来てから一度だけあったが、
正直もう二度と会いたくないと思った。
別に喧嘩をしたりいらついたわけでもなく
ただ勝手に劣等感にさいなまれただけで。
昔からそうだったと思う。
勝手に何かに殺されていた。
きっと子供なんだと、まだ誰かに甘えたい子供なんだと思う。
あごひげの生えた25歳の子供。
バイトに行く時間だ。
カーテンとテレビ
カーテンをしめわすれた気がした。
コンビニをなんだと思っているのか知らないが、
今日の客は最悪だった。
深夜帯はだいたい最悪だけど、今日は飛び抜けて最悪だった。
最悪、最悪と思っているとわにかけて最悪だったように思えて
もう最悪だ。
特に最初に来た、見た目20代前半の女は最悪だった。
凄いアルコール臭を醸しながらレジに突っ伏して来て一言。
『テレビください』
コンビニにテレビなんて置いてるわけないだろ。
コンビニをなんだと思っているんだ。
バイトが終わる頃には夜は明け、帰路には
スーツ姿の大人がチラホラ下を向いて歩いていた。
できるだけ目を合わせないように
チラチラとその顔を見る。
死んだような顔だなぁなんて思って、ふと
自分の顔を交差点のミラーで見ると
たいして差のない、死んだような顔だった。
アパートについて玄関を開けると、
カーテンはしまっていた。
寂しくなるのは、仕方ない。
17時
昔話は嫌いだ。
空には米軍だろうか、轟々と音をたて
飛行機雲を伸ばしながらジェット機が飛んでいた。
時たまさざ波に混じり聴こえる声は
小学校が終わった事を告げている。
高校3年生の夏は、生きてきた中で1番蒸し暑い夏だった。
自転車を押しながら友達と帰る道は、
いつもどおりの畑道で、それが当たり前だった。
どちらかと言えば大人しい方の人間で、
好きな事は絵を描くことと本を読むことで、
そのせいだろうか、暑さには弱かった。
友達に別れを告げる。
最近舗装された道を歩き、石の灯篭が
並ぶY字の道を右に曲がると、そこが実家だった。
真南には小さな山があって、太陽の位置でだいたいの時間が分かる。
山の肩にかかった太陽が、17時を教えている。
蜜柑畑のロボットゼロ
種子島の夏は、夜が来なかった。
夜の21時を回っても外は夕方のままで
蝉は静寂を知らない。
やることがない時は、窓を開けてラジオをつけて
朝が来るのをひたすら待った。
何時かは忘れてしまったがFMの青春アドベンチャーと言う
ラジオドラマが好きで、夢中で聴いていた。
特に蜜柑農家の老人とロボットの話は良く覚えている。
内容は子供向けの絵本のように安い感動話だったけど
カセットに録音して、何度も何度も聴いていた。
高校生にしては幼稚だが、あの頃は本当にロボットを造ろうと思った。
そのくらい感化された話だった。
ラジオからは流行りの曲が流れている。
マスクを拾った
誰かに呼ばれた気がして振り返ると、
そこは見慣れた6畳のアパートだった。
携帯のアラームはバイトの時間を知らせている。
ぼやっとした頭のままで服を着替えようとして
外着の服を着ていることに気付く。
どうやらコンビニのバイトから帰ってきて、
そのまま気を失うように寝てしまったようだ。
お腹が減っている。
床に落ちていたマスクを拾ってはたき、
それをつけた。
くたびれた靴を履いて、玄関を開けて閉めて、
鍵をかけて財布を忘れたことに気が付く。
鍵を開けて、靴を脱いで、財布を取って、
靴を履いて、玄関を開けて閉めて、鍵をかけて
携帯の画面で時間を確認して、小走りで階段を降りる。
外はもう、薄暗い。
時刻は17時を回ったばかりなのに。
夜が来た
居酒屋のバイトは、学生生活に次いで長続きしている、唯一のことだ。
栃木に来て、初めてバイトの面接を受けて、それからもう7年も経つ。
接客は未だに苦手だが、裏方は性にあっているのか嫌いではなかった。
淡々と料理をつくり、皿にもって受け渡しのカウンターに出す。
たまに馬鹿話をして一笑いして、またカウンターに料理を出す。
ホールが足りない時にはレジで精算をしたり、ごく稀ではあるが
客にお酒を運ぶこともある。
それなりに長くいるので、教育係なんてのもやったりするし
店長からもそれなりに信頼されていると思っている。
バイト終わりにはみんなでご飯を食べにいったり、店長の家で
飲み会なんてのもあったりする。
ここにいると、なんだか大学に通っていた頃の安心感があって
その分、アパートに帰ってきた時の不安は増した。
特に今日はひどい。
バイト中も、一時も頭から離れない故郷の景色が、ラジオの音が
あの安い感動話が、僕に『早く帰れ』と囁いているようで、
なんとか仕事をこなすことで紛らわしていた感情が爆発する。
帰りたい。
蝉の鳴き声、終わらない夕焼け、蒸した空気、ラジオ、学校、帰り道。
さざ波に飛行機雲、ジェット機、17時のチャイム、石の灯篭。
空に消えたロケット。
種子島は今日もきっと、あの時のままでそこにある気がする。
種子島は…
21時を回って暗闇が満ちた部屋で、僕は考えるのをやめた。
だから、昔話は嫌いなんだ。
新しい世界