三題噺「歌」「小悪魔」「虹」
薄暗い体育館に一人の女の歌声が響く。
超高音のソプラノボイス、と言ってしまえば聞こえが良いが、簡単に言ってしまえば超音波である。
最初の一音が響いた瞬間に照明は砕け散り、眼鏡をかけた客のほとんどが眼鏡を買い直す羽目になった。
そんな中、
「……や、やるじゃないか。だが、しかし! 俺の夢の邪魔はさせねえ……」
ひび割れるような頭痛に顔を歪めながら、舞台から引きずり降ろされている女を睨みつける男がいた。
舞台脇の審査員の手にはどれも一点の札がかかげられている。それはつまり五人いる審査員がの全てが最低点をつけたことを表していた。
「五点……! これなら、俺の勝ちだ!」
男は内心ほくそ笑みながら舞台へと足を進めるのだった。
全国歌自慢コンテスト。優勝すればテレビ番組への出演が約束されている、別名シンデレラシンガーの登竜門的な番組だ。今回、山奥のそのまた奥にある男の村に、その番組がやってくると聞いた時の男の喜びようは尋常ではなかった。
勉強もスポーツも出来ず、特技と言えば歌うことしかない男にとってはビッグになる最初で最後のチャンスかもしれない。
そう考えていたからこそ、参加者が二人と番組のスタッフから聞いた時に男は自分の耳を疑った。
(え、もう一人に勝てば優勝? 下手すりゃ全国デビュー出来ちゃうんじゃね? うわーうわーどうしよー。マジでヤバいって)
男のテンションは一気に上がり、それ以上スタッフの話は耳に入らなかった。
だから、男は気付けなかった。
どうして自分以外の人間が参加しようとしなかったのかという理由に。
(……まったく、あの小悪魔があんな超音波の持ち主だったとはな……)
男は舞台上でガラガラの観客席を眺めながら、先ほどの女を思い出していた。
(だけど、これで俺が歌いさえすれば俺の勝ちだ!)
壊れかけたスピーカーから音割れ気味なメロディーが流れ出す。男の十八番の曲だ。
男は自分を落ち着けるように深く深呼吸をすると、徐にその口を開いた。
「村長、あいつら大丈夫でしょうか?」
村の役員が心配そうに村長に聞いた。
「なぁに、いつものことじゃて。大丈夫じゃろ」
「いえ、あの二人のことじゃなくて都会から来た彼らの方ですよ」
「ああ、あのよくわからん番組の奴らか。放っておけ、あんな輩のことは!」
村長は彼らの無礼な態度を思い出し不機嫌そうに言った。
「あの二人に歌わせることがどれだけ危険なことかあれほど言っておるのに、聞かん方が悪いんじゃ」
「しかしですね……」
その時、村長たちのいる山頂が大きく振動した。
「ふん、言わんこっちゃない。どこでどう聞いて来たか知らんが、わしらの虹色の歌声は記憶を飛ばし山をも削る力を持っておるんじゃ。あんな建物が耐えられるもんか」
「……はあ。また新しい体育館を建てないといけませんね」
「毎回毎回体育館が崩れては延期しおってからに。いい加減諦めるということを覚えんのか、あいつらは」
「まあ、気付いたら記憶を無くして崩れた体育館に立っているんですから。収録前に崩れたとしか思わないですよ、普通」
「あの二人もじゃ。毎回毎回記憶を無くしおって。あいつらもいつになったら諦めるんじゃ、まったく……」
「……手のかかるお孫さんを二人も持つと大変ですね」
村の役員は村長に同情した後、番組の収録で崩れたであろう三つ目の体育館の方角を見てため息をつくのだった。
三題噺「歌」「小悪魔」「虹」