大宇宙船長物語

 ―― 地球暦534年9月30日 ――
 太陽系を離れて、ぼちぼち1ヶ月が過ぎようとしていた。
「船長! 船長~!」
「なんだね、アン隊員」
「キャシーです、大変です、空気が漏れています」
「なにぃ、どこだ、早く対処しなければ」
「ここです」

 プー

「あっはっはっはっはあはああっはあっは!」
 やはりか、もうこのネタは3回目だ、しかし万一の可能性に備え、適切に対処せねばならない。
 地球外生命体に出会うまで。


 ―― 地球暦534年10月10日 ――
 今日は体育の日。
「船長!? 船長!?」
「なんだね、アン隊員」
「だからキャシーですって、船員大運動会、もう始まってますよ」
 そうだった、ワシは借り物競争の借り物として駆り出されていたのだ。
「ああ、わかった、すぐいく」
 船長室を出ると、廊下で100m走をしていた。
「危ない、船長!」
 ワシは飛ばされた、ゴムまりのように船内を転げ回る。
 気がつくと、ワシは借り物競争のゴールにいた。
 船長、おかげで優勝ですよ、とジョニーが笑った。
 結果オーライだな。


 ―― 地球暦534年10月31日 ――
「船長~、もうええやないか!」
「なんだね、アン隊員」
「いや、柳本ですけどね、いいかげん星に着いてください、飽きてしまいましたがな」
「しかし、ワシはワープ航法の授業をさぼっていたのだ、やり方がわからんのだよ」
「そんなん、これ押したらしまいですやん」
 アン隊員は、そばにある紫色のスイッチを押した。

 ミュイーン・ミュイーン

 本機は、これよりワープ航法に入ります、みなさまシートベルトを小粋に締め、ヘッドホンを装着してお休みください。

「船長! 船長!」
「おとなしく座っていなさい、アン隊員」
「ナンシーです! 船長! 急にワープに入らないでください! トイレに行こうと思ってたのに!」
「仕方が無いのだ、ワシが押したのではないが、全ては船長であるワシの責任だ」
 ワシは、ヘッドホンを華麗に装着し、流れる『勝手にシンドバット』に耳を傾けた。
 精神をそちらに集中させ、船員達の罵声はもう聞こえない、聞こえなーい。ワシの心は江ノ島の海を彷徨うのだ。


 ―― 地球暦534年11月1日 ――
「船長! 起きてください! 船長!」
「んん、なんだね、アン隊員」
「一応キャシーですが、あれを見てください」
 眠い目をこじ開けて窓の外を覗くと、一つの恒星系が見て取れた。どうやら、寝ている間にワープ航法は終わったらしい。ヘッドホンからは『渚のシンドバット』が流れていた。
「着陸できそうな惑星はあるのかね?」
 とダンディに尋ねると、アン隊員が、
「1つ有力な星があります、着陸の許可を」
 と答えた。
「よし、着陸準備だ、アン隊員」
「はい、船長、ナンシーです」
 船は、徐々に惑星の軌道に近付きながら、大気圏突入形態に変形を始めた。
 かっこいいのう、やはり宇宙船と言えば変形だ、そのままでも着陸はできるが、変形した方がかっこいいのだから仕方が無い。

 ミュイーン・ミュイーン

 間もなく大気圏に突入します、シートベルトをちゃっかり締め、浮かれ気分でご歓談ください。

「でしょ~、船長」
「全くその通りだよ、アン隊員」
「キャシーですよ、もうやだー」
 アン隊員と歓談している間に、草原のような場所に着陸したようだ。
「ちょっと外の様子を見てきてくれ、アン隊員」
「了解しました、中島が行って参ります」
 はーしかし、そう簡単に生命体のいる星なんてないよな、ましてや知的生命体など。などと頭の片隅で思いつつ、外の景色を眺めていた。一見草原のように見えるが、単に地面の色が緑なだけなようだ。
「船長! 大変です!」
「どうした、アン隊員」
「中島ですが、重力も、大気も、気圧も、気温も地球と大差ありません! 生身でも外出可能です」
 なんということだ、こんな簡単に見つかったんじゃあ、いんちきだと思われてしまいかねない。見なかったことにして次の星を探そうか。しかしまだ生命体がいると決まったわけではないな、焦ることはない。
「よし、探検隊を編成する、隊長はワシ、隊員はアン隊員と、アン隊員、それからアン隊員、あとはアン隊員だ」
「はい」
「船長! 船長!」
「なんだね、アン隊員」
「クリスです、バナナはおやつに入るんでしょうか?」
「それは人類最大の謎だ、しかしあえて言おう、バナナはメインディッシュであると」
「えー」
 もう全員出た後か、大体バナナなんてここにはないじゃないか、バナナサンデーの宇宙食版だけだ。ワシはあれを初めて食べたとき、あまりのうまさに船員全員の分を平らげ、それ以来食べさせてもらえなくなったのだ。
 とにかく、ワシも外に出なければ。
 外は、紫の光に包まれ、今にも半裸のお姉さんがにじり出てきそうである。しかし、本当に出てきたらワシは真っ先に逃げるだろう。

「せせせせせ、船長~」
「ななななな、何だね、アン隊員」
「ジョジョジョ、ジョニーですが、あの岩陰になにかうごめくものが」
「なに! ちょっと行って見てきなさい」
「はあああああ、やっぱり」
 アン隊員は岩陰に近づくと、その場に倒れこんだ。
「どうした、しっかりしろ」
 とアン隊員が駆け寄る。
 そして、倒れこむ。
 次々と駆け寄っては倒れこむ、アン隊員。
 ついには、ワシ一人取り残された。
「アン隊員! どうしたのかね、アン隊員!」
「せ……、ん、チョ、ジョ、ニ……」
 やばい、やばいぞこれは、助けを呼ぶか、しかし船長として、せめて何が起こったのかを確認せねばなるまい。
 ワシは遠回りに岩陰を覗き込んだ。アン隊員が倒れている以外、特に何もいないようだが。
 ゆっくりと近づいてみる。

 ふおおおおおおあ!

 アン隊員が、人間ピラミッドを!
「ふふふ、船長、騙されましたね」
「船長! 怒らないでください! 船長!」
「もういいよ、アン隊員」
「マイケルです、船長にリラックスしていただこうとしたのです。アメリカンジョークより面白いと思ったんです」
「アメリカンジョーク?」
 確かにワシはアメリカンジョークよりはましだと思った、なぜならジョニーは毎日のように会話形式のアメリカンジョークを一人で話し、一人でうけているからである。他には誰も笑っていないし、恐らく聞いてもいないだろう。それに比べて人間ピラミッドはなんて素晴らしいのだろうか、そう考えると嬉しさがこみ上げ、テンションが上がってきた。
「それなら仕方ないな、はっはっはー」
 そして、ワシは先陣を切って緑の荒野を突き進んだ。

「船長? 船長!?」
「何だね、アン隊員」
「クリスですが、ちょっと後ろを見てください」
 確かに少し早すぎたかもしれんな、隊員たちのことを思えば、ここらで立ち止まって微笑みかけてやらねばならないかもしれん。ワシは、精一杯の笑顔で振り返った。
「ふおああ!」
 なんとワシらの後ろに、60cm位の毛むくじゃらの生命体が遥か彼方まで行列を作っていた。
 いつのまに。
「センチョー、センチョー」
「何だね、アン隊員」
 と言ってはみたが、相変わらず生命体はセンチョーと繰り返し叫んでいる。どうやら言葉を理解しているわけではないようだ。しかしこれは大発見だ、この生命体を捕獲し地球に持ち帰れば、ワシは一躍時の人。
「いやー、船員達の力ですよ、ワシはただ勇気と努力を示しただけで」
 と、インタビューへの回答も考えてしまう。
「船長、どうしましょう、捕獲しますか?」
「うむ、1体捕獲だ、アン隊員」
「マイケルです、いきます」
 アン隊員が手を伸ばした瞬間、生命体は蜘蛛の子を散らすように四方八方へ逃げていった。
「何をやっているのかね、こういうものは無理に掴もうとしても駄目なんだよ。もっと友好的にしなければ」
 ワシは、満面の笑顔を浮かべ、
「よーしゃよしゃよしゃよしゃ、よーーしゃよしゃよしゃ」
 と言いながらゆっくりと生命体に近づき、そして頬ずりをした。
 ふふふ、やはりいざというときは、ワシでなければ。
「船長、お見事です」
「うむ、造作もないことさ、アン隊員」
 そんなわけで、ワシらはいったん宇宙船に引き上げることにした。大体、わざわざ徒歩で探索しなくても、小型探査船もあるし、宇宙船自体も飛行可能なのだ。徒歩で探索したのは、ワシの趣味に過ぎない。
 捕獲した生命体は、マルティネスと名付けられた。
 アン隊員にしたかったが、紛らわしすぎると却下されたのだ。

「船長、船長!」
「何だね、アン隊員」
「ナンシーです、無人探査艇の調査の結果、北東に人工建造物らしきものを発見しました」
「なにぃ、それよりワシに黙って調査をするなんて、困るよアン隊員、ワシの立場がないだろう、せっかく探検隊まで作ったのに」
「とにかく、映像をご覧ください」
「うーん、まあいいけどさ、あ、じゃあワシが命令したことにすればいいか、船長だし」
 映像を見ると、自然とは言えなさそうな造形の巨塔がそびえ立っていた。色は白、白い巨塔だった。
「とりあえず、そこに向かおう、アン隊員」
「了解です、進路、北東」

「船長ったら、船長~」
「何かね、アン隊員」
「キャシーですけどぉ、出かけてる間にトイレが詰まってしまいました」
「何ぃ、はやくスポンスポンしなさい」
「了解しました、船長」
 まったく、それくらい船長に言わずとも、副船長あたりが処理して欲しいものだ。しかし、残念ながら副船長はいないのだ。だがもし副船長がいたら、いつ船長の座を奪われるかもしれん、そう考えると置くわけにはいかんな、仕方ない、スポンスポンを持って行ってやるか。
「さあ、これを使いなさい」
「いえ、ありますから」
「そうか」

「到着しました、船長」
「どこにだね、アン隊員」
「ナンシーです、巨塔ですよ巨塔、何回も言わせないでください、巨塔です」
「いや、1回でいいよ、悪かった、ワシが悪かったよ」
 窓の外には、真っ白な円柱がこれでもかと天と地とを繋いでいた。地面のそばには、入り口のような空洞が見受けられる。やはりこれは自然のものではないな、探検隊の出番だ。
「探検隊、準備だ!」
「ハイ、船長」
「センチョー!? センチョー!?」
「何だね、アン隊員」
 と思ったら、マルティネスがおいらも連れてけと目で訴えかけてきていた。
「よし、採用だ!」
 ワシはおもむろにマルティネスを抱え上げ、鮮やかな螺旋を描きながら船内を舞った。背景には色とりどりの花が咲き乱れ、ワシらを祝福していると思えた。しかし現実には、薄紫に染まった船内に船員達の冷たい視線が溢れているだけなのだ。
「船長、早くしてください、船長」
「わかったよ、アン隊員、今行く、今すぐに」
 ワシは、マルティネスと共に、駆け足で船外へ向かった。マルティネスの方が走るのが速いので、ワシは、
「おおおい、待って、待ってくれんか、はぁうはぁ」
 と言わされてしまったが、なぜか顔はにやついていた。
 表に出ると、隊員たちは塔の入り口で組み体操の扇を作っていた。
 4人しかいないので、いまひとつな出来だ。

「船長! 船長!」
「何だね、アン隊員」
「クリスです、塔の中は巨大な螺旋階段になっています。明らかに人造物です」
 いまさらながらも、やはりそうか。これは登る以外ないだろう、みんなもそう思っているはずだ。
「よし、登ってきたまえ、アン隊員」
「ジョニーです、そんな、ちょっと良く見てみてください」
 ん、と、ワシは入り口から覗いてみた。
 これは!
 巨大な螺旋階段とは、1段が約5m程のものであった。
 これじゃあなぁ。
「どうしましょう、船長」
「ああ、アン隊員、適当に偵察艇でも登らせといてくれ、つまらん、まったく」
「クリスです、ではキャビンにそのように伝えておきます」
 しかし、これを作ったのはかなりでかいやつだな、近くには他に建造物は見えないが。そんなことを思っていたら、マルティネスが凄い勢いで入り口に突っ込んでいった。
「おおおい!」
 そして、階段を軽々と登っていく。
 なにぃぃ、これはまさか、あの生命体が作ったのか!?
「船長! 船長!」
「何だね、アン隊員」
「マイケルです、今日から11月ですね」
「それどころじゃあないだろ、きみぃ、塔の謎が明らかになろうとしているっていうのに、まったく、少しはマルティネスを見習いたまえ」
 ひどい事を言ってしまった、普通の人間にはそんな事ができるはずがない、ワシはなんてだめな人間だ。
「ふぉおおおお!」
「ああっ、アン隊員!」
 アン隊員は、オレンジの炎に包まれ、塔の上方へと飛び去った。
 なんと。
「船長、なんてことを、ひどすぎます」
「すまん、アン隊員、ほんの出来心なんだ」
「クリスですが、ふおおお、ふおおおぉお!」
 アン隊員は、黄緑の光に包まれ、塔の上方へと飛び去った。
 これは一体どういうことなのか、みんな実は気の使い手だったのだろうか、ワシだけ、ワシだけ、ひいぃん、ワシだけ。
 すると、ワシの体がピンク色の光に包まれた。
「ふおおおおぉ、うほっ」
 そして、猛スピードで塔の中を上がり始めた。
「船長ー! 船長ー!」
「何だねー、アーンたーいいーん!」
 かなり離れているので、なかなか声を聞き取ることは難しい。やがて、ワシは広いホールのような場所に飛び出した。既に探検隊は勢ぞろいで、隊長の到着を今か今かと待っている状態であった。
 もちろん、ピラミッドの体勢でだ。
 今回は、頂上にマルティネスを配した新バージョンであった。
「うむ、ご苦労」
 ワシは、ここぞとばかりに船長の威厳を示してみた。
「せせっ、船長! せ、せ、せ」
「落ち着きたまえ、アン隊員、故郷のおふくろさんも心配しているぞ」
「ジョニーです、あれを見てください!」
 さっそく見てみると、巨大な石像が巨大な玉座に鎮座ましましていた。
 なんだただの石像じゃないか、と一瞬は思った。しかし、目を閉じてうなだれていた石像はビクンとなり慌てふためいたので、ワシも同時に慌てふためいたのだ。
「あわわわ、アン隊員、食われるぞ、これは、食われる、確実に」
 とワシは言った。多分言ったと思うが定かではない、その後の事は記憶がないからだ。

「船長、船長!」
「ああ、アン隊員、ここは」
「マイケルです、ここは塔の最上階です。そして巨像の王のはからいで、医務室に連れて来られたのです」
 そうか、あまりの恐怖に失神したってわけか、だらしない船長だわい、まったくワシって男は、うう、ううう。
 しかし、巨大な石像が凶暴な魔物でなくてよかったわい、ドラクエのやり過ぎか、ワシとしたことが。
「ご気分はいかがですか?」
 と、部屋に石のメイドがやってきた。石造りのメイド衣装である。フリルの部分などかなり精巧なつくりだ。
「せ、船長、これは!」
「どうした、アン隊員」
「マイケルです! そして、メイドです! マイケルwithメイド!」
 石のメイドでこの体たらくとは、人間だったら、見ただけで失神してしまいかねないな、まったくふがいない。
「あ、ああ、あの、だいじょぶです、だだ、だいじょぶ、ははっ、この通りーっ、はっはーっ」
 見ろ、このワシの冷静な対応、こうでなくてはいけない。
「それはなによりですわ、ご主人様も心配しておりました」
 うう、いい人だのう。いや、いい石と言うべきか。石の人か。
「船長!」「船長!」
「ああ、ご苦労、ご苦労、アン隊員」
 ワシらは再び、巨像の王の間に戻ってきた。
「おーっ、おーっ、戻られたか、おーっ、こっちこっち、おーっ」
「どうもどうも、ワシが船長ですどうも」
「おーっ、これはこれは、我輩が王様でおじゃる、おーっ」
 そして、ワシは、地球を発ってから今までのことを、2時間程度の小話として披露した。
「おーっ、終わったか、いや、聞いてたでおじゃるよ、おーっ」
 巨像の王は半開きだった目をパチパチさせながら、上擦った声で言った。
「おーっ、船長ーっ、おーっ」
「何かね、アン隊員」
「おー、王様でおじゃるが、我輩の話も聞いてはくれんかの」
 そうか、突然やってきて長々と自慢話とは、なんてワシはだめな人間だ。出発の時に嫁に弁当を渡された話は、10分くらいにするべきだった。
「おー、でもやっぱ面倒だから、メイドさん話して」
「はい、ご主人様」
 ということで、メイドさんが言うには、巨像の王は昔は偉かったのだが、敵国に攻め込まれこの塔に幽閉されているらしい。遠くの方には元いた大都市もあるようだ、こりゃすごい。
「船長、船長」
「何だね、アン隊員」
「クリスです、本船から通信です」
「ああ、ワシだ、何かね、アン隊員」
「ナンシーです、自転方向30°約500kmの地点に巨大都市を発見しました。至急、帰還願います」
「知っとるよ、アン隊員、メイドさんから聞いたからな、まぁ用件も済んだんで、そろそろ戻るとするよ」
「おーっ、ちょっと待つでおじゃる、我輩を救い出してプリーズ」
「うーむ、それは難しいのう」
「お願いします、ご主人様を助けて」
「うむ、ワシに任せるがいい」
「船長、おーっ、船長ーっ!」
 巨像の王がすごい勢いで飛び掛ってきた。
「ぐおお、苦しい、アン……、たい……い……ん、ごふっ」


 ―― 地球暦534年11月2日 ――
「船長、都市に到着しました、起きてください」
「ん、アン隊員、いつの間にワシは船内に」
「マイケルです、巨像の王の巨神ベアハッグに圧殺された船長は、隊員達を迎えに来た無人探査艇に乗せられ、船内へと運ばれてきたのです」
 そういうことか、最近気を失っている間にストーリーが進むことが多いのう。確かに、窓の外には凄まじい大都市がそびえ立っておるわ。
「船長、おはようございます」
「うむ、おはよう、アン隊員」
「キャシーです、ショッピングに行きたいので、お金ください」
「ああ、金か、ちょっと待ってな、はい500円」
「わーい」
 アン隊員は、一目散に街に飛び出していった。
「アン隊員よ、この星の貨幣はどんなものかね?」
「ナンシーです、貨幣は巨石によるもので、日本円にして約100円相当が直径約1m重さ約1tとなっています」
「そうか、ご苦労」
「船長」
「何だね、アン隊員」
「ナンシーです、既に国家元首にアポイントを取り、1時間後に謁見となっております」
 なんと! これはえらい事になってしまった。しかしワシは船長、毅然とした態度で臨み、国交を樹立しなければならない。それが今回のワシの使命なのだ。とりあえず、口臭のチェックをしなければ。
「はーっ」「くさっ」
 だめか、ガラガラガラ、ペっ。
「はーっ」「くさっ」
 まだ、だめか、ガラガラガラ、ペっ。
「はーっ」「くさっ」
 まだ、だめか、ガラガラガラ。
「船長、早よ! もう時間ですがな!」
「待ってくれアン隊員、もう少し」
「柳本です、もう間に合わん、これしかあらへん」
 ポチ。

 ミュイーン、ミュイーン。
「緊急脱出装置、作動します」

「うおおおおーっ!」
 ワシは、トイレに入ったまま凄まじい勢いで船外へと飛び出した。
 そしてトイレ兼用脱出ポッドは、首相官邸の壁をぶち破り、首相の自室へとなだれ込んだ。
「ああ、ひどいよ、アン隊員」
「何かね、私は首相だが」
 ぬおおお、目の前には身長20m程度の巨像が立ちはだかっていた。もっとも天井までは50m程あるわけで、この星の人としてはやや小さめだ。
「どうも、初めまして、ワシが船長です」
「おお、あなたが船長でしたか、失礼。お会いできて光栄です」
 よし、掴みはオッケーだ。この星の人は、壁をぶち破って入っても気にしないらしい。そして、お尻が丸出しでも。
 そう思ってよく見ると、首相もお尻が丸出しであった。巨像だから問題ないってわけだ。
「船長、聞こえますか、船長」
「うむ、聞こえておるよ、アン隊員」
 ワシは無線の指示に従い、軽妙なトークで交渉を進めた。首相もなかなか好人物で、地球との交易を前向きに検討してくれるようだ。そして、現在交易中の他の惑星も紹介してくれるとのこと。ワシは巨像の王の事も聞いてみた。
 すると、
「ああ、あれはね、確かに国王だったのですが、国の仕事もしないで毎日腹筋ばかりしているから、辞めてもらいましたよ。それで今は民主制になってるというわけです」
 とのことだった。なるほど、頷ける。
「船長、ひとつ提案です」
「なんでしょう、アン、いや、首相殿」
「巨像の王を、あなたの星に連れて行ってもらえませんか、もう私の手には負えません」
 うむ、巨像の王は観光名所にでもすればいいだろう、それよりメイドさんが来てくれればワシも大助かり、むふ。
「喜んで、ではこれで国交樹立ですな」
「はい、後日正式に回答します」
 いや、あっさり決まってよかった、ほとんどアン隊員の言う通り話していただけだが。
 あとは雑談でもして、迎えを待つかな。
「船長、お疲れ様でした」
「うむ、お迎えご苦労、アン隊員」
「クリスです、とりあえずこれで任務は完了ですね。しかし、一つ問題があります」
「何かね、アン隊員」
「巨像の王を連れて帰るというのは、想定の範囲外です。ナンシーもカンカンですよ」
「よいではないか、それくらい。国交の方が大事だろう」
 意気揚々と宇宙船に戻ると、半分歓迎、半分激怒の複雑な出迎えが待っていた。
 だめかのう、メイドさんもだめなのかのう、それは困るのだが。

「船長! 船長!」
「何かね、アン隊員」
「キャシーです、これを見てください」
「これはっ!」
 アン隊員の手には、巨大な金属製のバッグが掲げられていた。
 高さ3m、幅5mくらいだろうか。
「最新の限定品ですよ、ここでしか手に入らないって話です」
「しかし、でか過ぎだろう、重くないのかね」
「まあ、関取10人分くらいですね、軽い軽い、これでセンター街を闊歩してやりますよ」
「そうか、注目の的だな、アン隊員」
「はい、えへへ」

「船長、塔に到着しました」
「うむ、塔だけに、とう着かアン隊員」
 しかし、特に返事は無かった。
 そう言えば、塔に登ったときに光に包まれ、空を飛べた理由も、ちゃんと聞いてあるのだ。あれは、あの塔のエレベーター機能であって、生命体の精神エネルギーに反応して、最上階に上げる仕組みだそうだ。ワシは精神エネルギーが衰えているから最後に……、いや、そんなことはどうでもいいことだ。巨像の王を迎えに行かなければ。
「おーっ、船長ーっ、話は聞いてるでおじゃるよ」
「そうでしたか、話が早い、アン隊員、お連れしたまえ」
「はい、船長、マイケルです、巨像の王、どうぞこちらへ」
「メイドさんもどうぞどうぞ」
「ありがとうございます、ご主人様にお供いたします」
 ということで、巨像の王は船外特別室にご搭乗頂いた。船員総出で半日で作り上げた素晴らしい一品だ。ワシも、ネジ止めを100箇所ほどやらされた。
「よし、出発準備OK、地球に帰還する」
「はい、船長!」

「船長! 船長!」
「何だね、ワープ中は静かにせんかい、アン隊員」
「ジョニーです、まだワープには入っていませんよ」
 おかしいな、ボタンを押したと思ったのに、と思ってよく見たら洗面所の電気がつけっ放しになっていた。いやぁ、ワシとしたことが。
「それより船長、メイドさんが呼んでいます」
「なにぃ、早く言わんかい、は-い、いま行くよー!」
 ワシは、勢いをつけて、調理室に滑り込んだ。
「船長さん!」
「何かね、メイドさん」
 決まった、ワシのこのダンディーな振る舞いで、早くも心は傾き始めているのではないだろうか。
「ご主人様に、グラタンを届けたいのですが」
 なんてこった、全く傾いてなどいない、むしろ他の船員の視線が痛いだけではないか。
「あ、ああ、もうすぐワープに入るから、早めにね、はは」
「はい、ありがとうございます」
 そんなものか、ワシは、メイドさんが戻るのを待ち、涙ながらにワープ航法のスイッチを押した。

「船長、船長」
「何だね、今度こそワープ中だよ、アン隊員」
「ナンシーです、巨像の王よりホットラインが入っています」
「そうか、繋いでくれ」
 正面のスクリーンに、巨像の王が映し出された。
「おーっ、船長ーっ、揺れすぎでおじゃる、よれ、ゆれ、ぶはうっ」
 実際問題として、特別室は、かなりの揺れである。普通の人間なら死んでるところを、巨像パワーで踏ん張って耐えているのだ。
「ああ、ごめんごめん、もうちょっとだから」
 ワシはすぐさま回線を切り、ヘッドホンから流れる『勝手にしやがれ』に集中した。


 ―― 地球暦534年11月3日 ――
「船長! 船長!」
「ん、何だね、アン隊員、もう朝かね」
「マイケルです、宇宙空間なので朝とかはないですが、地球に到着しました」
 ああ、そういうことか、いつもながらワープ中は睡魔に襲われるものだ。
「じゃあ、ちゃっちゃっと着陸しちゃってくれ、アン隊員」
「しかし船長、もはや特別室は大気圏突入に耐えられません」
 うーむ、面倒なことだ、話し合いで解決してみるか。
「わかった、巨像の王に繋いでくれ」
 正面のスクリーンに特別室の様子が映し出された。もはや、室内は原型をとどめてはいない。
「おーっ、船長ーっ!」
「巨像の王よ、おはよう」
「おはようって一睡もしてないでおじゃる、殺す気か!」
 もっともな話だ、ワシはなんて冷たい人間なのだろうか。しかし、ワシは彼にさらなる試練を与えなければならなかった。
「ちょっと相談なんだけれどもね、このまま大気圏に突入しようと思うんだけども、耐えられるかな、どうかな、無理っぽい?」
「おーっ、わからんが、頑張ってみるでおじゃる、おーっ」
 よかった、よくわかっていないのかもしれないが、納得してくれたようだ。本人が納得しているのだから何の問題もない。
「着陸準備!」
「はい、船長」
「船長、変形はどうしましょう?」
「ああ、変形ね、ロボットタイプで頼むよ、アン隊員」
「ナンシーです、了解しました、変形、ロボットタイプ」

 ミュイーン、ミュイーン

 順調だ、何もかもがな。
「大気圏突入します」
 機体は爆炎に包まれる、かっこいい、ワシはまさに今、火の玉船長の名をほしいままにしている。
「なあ、かっこいいだろう、マルティネスよ」
 しかし、返事は無かった。

「船長、帰還成功です」
「うむ、ご苦労、アン隊員」
 久しぶりの地球は、旅立つ前と何一つ変わらないようだ。強いて言えば、東京タワーのイルミネーションが、クリスマス仕様に変わったくらいのものだ。
 隣には、ぼろぼろに倒壊した元特別室があった。見るも無残な瓦礫の山と化している。
「南無阿弥陀仏」
「おーっ、勝手に殺すなでおじゃる、おーっ」
 瓦礫から現れた巨像の王は、なんと大気圏との摩擦で成分が変化し、半透明に光り輝いていた。
 巨大宝石像の完成だ。
 やった! ワシは今、新たな観光名所誕生の瞬間に立ち会ったのだ。

「船長~! 船長~!」
「うむ、しばらくだったな、アン隊員」
 出迎えの隊員たちが集まり始めた。みんな、せっせと後片付けをしている。いや~、ワシはいい部下を持ったものだ。
「これはこれは、大統領閣下」
「お手柄ですな船長殿、星間貿易の幕開けだ、今日は盛大にやろうじゃないか」
「いやー、船員達の力ですよ、ワシはただ勇気と努力を示しただけで」
「はっはっは、すばらしい、はっはっは」
 用意していた台詞を言ってみたが、いまひとつなようだった。もっと謙虚な態度を絶賛してくれると期待していたのだが。
「おかえりー! あなたーっ!」
「ああ、今帰ったよ、アン隊員」
「やだぁ、アン隊員だなんて、アンでいいよ」
 しばらく見ない間に、アン隊員は一段とゴージャスになったようだ。ベルトが新しいものに変わっている。
「ワシは、片時もアン隊員の事を忘れなかったぞ。他の隊員に聞いてみてくれ」
「そうかい、まあ当然だね。それよりプレゼントはどこさ?」
 はあぁあ、しかし今回はなんとかなる!
「うむ、あの巨大な……」
 ワシは、巨像の王を指差した。
「ええ? あんなのどうすんのさ! バカかい? バカなのかい?」
 ううっ。
「そんな、ひどすぎます!」
「メイドさん!」
 メイドさんが、敢然と立ちはだかった。
「んん、何あんた、ひょっとして」
「いや、違うんだよ、ワシは決して心ときめいたりなどは」
「ご主人様は、決してでかいだけではないんです!」
 はああ、そういうことか、そんなもんさ。どうせワシより巨像のほうが。
 ワシは、苦し紛れに近くにいたマルティネスを捕まえて、恐る恐るアン隊員に差し出した。
「あら、それはちょっと可愛いんじゃないの、もらっとくわ」
 お、よかった、機嫌が直ったようだ。
 これにて一件落着。
 ワシは、船員達に別れを告げ、アン隊員の実家へと帰るのであった。
 しまった、お義父さんへのお土産が……。

大宇宙船長物語

大宇宙船長物語

船長は、大勢の乗組員とともに宇宙へと飛び立った。 彼の使命は、知的生命体の発見と国交の樹立。 どんな困難が待ち受けているか、それは誰にもわからない。 だが船長は持ち前のゆるい雰囲気でのらりくらりと困難を乗り越え、必ずや目的を達成してくれるはず。 これは、そんな大宇宙をまたにかけた英雄の物語である。

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-09

CC BY-NC
原著作者の表示・非営利の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC