告白~『死にたくなったけど、死ななかったサークル』の物語~
夏の暑い日のことである。
「俺、村野に告白する」
親友の高瀬が僕に相談をしてきたとき、僕は思った。
双眼鏡を買おう。
と。
『告白』
それは男の晴れ舞台。
一生に一度のワンチャンス。
※ひとによっちゃ複数回あるやも知れませんが。
ノンフィクション、リアルドキュメンタリー。
僕はドキドキワキワキした。
絶対に生(ライヴ)で見たい。むしろ録画したい。
僕はありったけの苦しそうな表情を作りながら高瀬に言った。
「告白って…軽々しく言うけれど、高瀬、これはとてもとても、大事なことだよ。気持ちは本気なの?」
「本気も本気だよ。切なくて苦しくて、村野のこと考えただけで、過呼吸を引き起こして先週なんて救急車で大学病院に搬送されたくらいだ」
それは告白の前に精密検査を受けたほうがいいんじゃないか、と思いつつ僕はさらに気の毒そうな表情を作りながら言った。
「そんなに村野のことが好きなんだな。それなら僕は止めないよ。親友のお前を全力で応援するよ」
「でもさレンちゃん、告白って俺よくわからないんだけど、失敗したら友達に戻るのは無理なんだろうか」
僕は、そんなことしらねーよ、やってみないとわかんねーよ、そんなことより早く告白の場所と時間を決めやがれ、と思いながらも、ありったけの優しさで親友を心配をする体の表情を目一杯に作りながら、
「きっと、大丈夫。きっと・・・大丈夫。ハクナマタタ」
と言った。
「え、レンちゃんスマタがなんだって」
「僕はスマタなんて言ってないよ。お前はド変態だな」
「昨日兄貴が言ってたんだ、スマタは気持ちがイイって」
「・・・」
「・・・」
「まぁ、いいや。とにかく告白後の心配なんか今はしなくていいよ。まずは告白が成功することだけを考えるんだ。‘試合前に負けのことなんて考えるバカヤローがいるか!’って猪木が昔言ってたろう」
「ごめん、俺、猪木よく知らないんだ」
「・・・。とにかくお前は告白のことだけを考えろ!それ以外のことはどうでもいい!」
「え!?・・・わかったよ」
「もう、全部俺に任せておけ!告白の場所と時間も俺が決めて後でメールしといてやる!!!」
「え、唐突になんでレンちゃんそんなに男っぽいんだい。そしてなんでレンちゃんが時間と場所を決めるんだい??」
「こうゆうのは第三者のほうが冷静にみれていいんだよ。じゃあな!!!」
僕はもはや高瀬と話をしている時間も惜しくなり、速攻で家に帰った。
そして、お小遣い半年分の‘ドイツ製のイイ双眼鏡’をネット注文し(やはりヴィデオカメラは高くて買えなかったのである)、双眼鏡が届く日数を確認し、当日の天候、湿度、不快指数を調べ上げた後、グーグルマップで会場の選定をはじめ、いろいろ調べ上げた挙句、二人の母校の小学校が人目につきにくいし、二人とも迷わずに来られていいだろうと判断し、双眼鏡のベストなポジションを定めるため、休日にこっそりのぼることができる昇降階段を現地確認し、角度的に焼却炉の前あたりに人が立てばベストだと結論づけ、さらに、西日が当たる時刻は避けたほうがいいだろうと判断し、僕は高瀬に、
「来週の日曜日の午後3時に、○○小学校裏手の焼却炉前に村野を誘いなさい」
とメールを入れた。
告白当日。
明らかに緊張し、休日なのに学生服の高瀬。
なぜかサングラスを着用し、ひまわりの花束を抱えている。
「なぜお前は学生服にサングラスなうえ、花束を抱えているんだ」
「だっておれ、私服に自信なくて…Tシャツピコしか持ってないし…。メガネは昨日兄貴に踏まれてね。親父の度付のサングラスがあって助かったよ。それに女の子には花束だろう」
「…まぁいいや。とにかく全力で気持ちをぶつけるんだぞ!!僕は正門前の喫茶'南風'で待っててやるから!」
「レンちゃん、ところでなんでこんな人目につかない場所を指定したんだい?まぁ村野も場所はわかるから来れるとは思うんだけど…」
「細かいことは気にするな!今は告白の成功だけを考えろ!!!いいか!ポジションは焼却炉の前だぞ!!」
「ポジション?ポジションってなんだい?」
「もー、お前はつべこべうるさいな!今日は焼却炉前の午後3時が運気が最高なんだよ!」
「誰が言ってたのそんなこと」
「…新宿の母だよ!!!」
「えっ…。」
「とにかく頑張れ!ほら、もう村野がきちまうぞ!!」
「わかったよレンちゃん!俺頑張るわ!!それと、ひまわりを一本持って行ってくれないか。レンちゃんもこのひまわりに告白の成功を祈っていて欲しいんだ」
高瀬と固い握手を交わした後、僕はひまわりを片手に猛ダッシュで裏手の昇降階段を駆け上がった。
階上につくやいなや、あらかじめ置いてあった双眼鏡のピントを合わせた。
這いつくばり、ひまわりをくわえた。
まるでスパイにでもなったような気持ちである。
視界はバッチリ。
高瀬の鼻毛までよく見える。
…。
あいつ、告白の瞬間に鼻毛が出ているのか…。
まぁ、しょうがない。
いよいよだ。早く村野よやってこい。
村野はなかなかやってこなかった。
暇を持て余した僕は自慢の双眼鏡をぐりんぐりんさせながらあたりを見渡した。
夏の真っ白な入道雲。
ペンキが塗り立てと思われるこれまた真っ白な校舎。
屋上の柵越しに虚ろな表情で佇む夏服の女子校生。
告白という名の青春。
口には種が美味しいひまわり(あとで食おう)。
夏っていいなぁ。
…。
……。
女子校生飛ぼうとしとるやんけ。
…。
僕はめちゃくちゃ困惑した。どうみても思い詰めた様子の女子校生が今まさに飛ぼうとしている。
幸い昇降階段と屋上は続きになっているため、向かいの屋上にはすぐ行くことができる。
しかし、村野が来てしまうではないか。
ノンフィクションリアルドキュメンタリーのドラマチックライヴ放送のチャンスが…。
僕は散々に考え込んだ挙げ句、ちょうど口許にお花(ひまわり)があったため、女々しく花占いをはじめた。
いく。
いかない。
いく。
いかない。
すき。
きらい。
いく。
いきそう。
もうダメ。
いく。
いきそう。
でる。
もう、でる。
中はダメ。
お腹で…
…
こんな下らないことをしている場合ではない。
絶対にいく。いかなきゃ確実に後悔する。
後悔後先に勃たず。
とは、かの有名なAV男優の名セリフである。
僕は決心を固めて、猛ダッシュで屋上へ駆け上がった。
柵を跨ごうとしている女子高生に向かって叫ぶ。
「お姉さーん!ちょっと待って!!ちょっと待って!プレイバック!!プレイバック!!」
我ながらなんでこんなに下らないセリフしか出てこないんだろう、と軽く情けない気持ちになりながら、それでも少しでも時間を稼ごうと、叫びながら近づく。
「プレイバック!プレイバック!なでしこジャパンのライバルはワンバック!ねぇ~ナデシコとワンバックの戦いっていうそれだけで下ネタに思えない??僕はそう思うな~」
女子高生は微動だにしない。
「ふるさとの母親の顔を思い出せー!」
女子高生は微動だにしない。
…。
もうしょうがないから女子高生をむんずと掴んだ。
「無駄にしてイイ命なんてひとつもないんだよバカヤロー!!!」
そう叫びながら女子高生を抱え込む。
僕を睨みつける女子高生。
つぶらな瞳に、厚い唇、そして見事な団子っ鼻。
小さいころにひょっこり見た何かに似ている。
…。
あ、ドン・ガバチョだ。
マジで似てる。ドン・ガバチョに。今にも「ブフブハ」という呟き声や、「ハタハッハ」という変わった笑い方をしそうである。
女子高生(ガバチョ)が口を開いた。
「セイヤ!!!やっぱり戻ってきてくれたんだね!!!!私・・・・私・・・」
泣き出す女子高生。
誰だセイヤって。ひょうたん島の住人だろうか。
「あの、ごめん俺セイヤじゃないから」
「セイヤだよ!!!あなたはセイヤ!!!」
「だから違うって!人違いだよ!!!」
「そんなことわかってるわよバカ!!!死ね!!!!」
なんだこの猛烈な逆ギレは。
どうやら話を聞いてみると、女子高生の分際で歌舞伎町でホストに狂い、借金を背負った挙句にソープに沈められそうになり、親に泣きつき借金を肩代わりして貰い、親の相談で学校にもバレ、もう学校にも家にも居場所がなくなってしまい、きっと愛したホストのセイヤならこんなボロボロの私を助けにきてくれる、と「私、あなたに捨てられたら死ぬから」とこの屋上に誘いだすために毎日メールをするものの、いっこうにセイヤは現れない、とざっくりこんな感じであった。
「あのさぁ、セイヤはこないよ絶対」
「くる、絶対にくる」
「だーかーらー、こないってば。未成年のうえ親バレもしたんじゃ、もう客としても見てくれないよ」
「お前なんか死ね」
「あのね、死ねなんて簡単にいうもんじゃないよ。率直にムカつくし。とにかくセイヤのことは忘れなよ。どうせセイヤだって偽名だよ。名字とかなかったろ??そんなヤツフィクションだと思えばいいよ。もともとそんなヤツいなかったと思えば気も楽だろ」
「なに、ハクションって、ハクション大魔王のこと??」
「・・・」
そういえばこいつハクション大魔王にも顔が似てるな。
「ひとつ言わせてもらいますけどー。セイヤにはちゃんと名字ありましたー。「セイント」ってカッコイイ名字」
・・・。
セイント・セイヤ。
それペガサス流星拳繰り出すひとだよ。ペガサスファンタジーだよ。
それこそフィクション中のフィクションだよ。
「かんっぺき騙されてるよそれ。セイントなんて名字のヤツいるわけないだろ」
「いーるーの!!!セイン・カミュの親戚だっていってたもん。同じようなもんだって」
同じようなもんっていう意味がわからんわ。
「もうなんでもいいけどさ、とにかく過去を引きずってもしょうがないし、イヤな思いでは忘れちまえってことだよ」
「あなたには私の気持ちなんてわからないよ。死にたいなんて思ったこと、あなたにはないでしょ」
「あるよ一回だけ」
「私にくらべたら大したことないよ絶対」
「・・・。ウ○コ漏らしたんだ。高校生のとき」
「え??」
「体育の授業でさ、俺、運動神経はたいしてよくないんだけど、鉄棒だけは妙に得意でね。お手本としてみんなの前で空中逆上がりをやったんだよ。技自体ははめちゃくちゃキレイに決まったんだけど、出たよね。体操着の半ズボンの横からコロコロとまん丸のウ○コが。」
「え・・・なんで、でちゃったの?普段からお腹ゆるいの??」
「いや、僕はまったくお腹はゆるくない。むしろ人よりゆるくないはずだよ。だって出たのだってカッチカチのまん丸ウ○コだからね」
「じゃあなんで・・・」
「よくわかならいけど、きっと遠心力だろうね。」
「・・・」
「ウサギみたいな、まん丸ウ○コが好きなコの前にころころ転がってね、クラスメイトからは卒業まで『ウサギドロップ』って言われたよね。」
「それは・・・私だったら死んでる」
「でも僕はこうして生きてるよ。ウ○コとは決してかけてないけど、踏ん張って生きてるよ」
「私、やっぱり死ぬのやめるわ」
「それがいい」
僕は、ウ○コを漏らした体験談を聞いて、人は救われることがあるのか・・・と絶望的な気持ちになったが、とにかく人ひとりの命が救えてよかったと思った。
すっかりそれどころではなくなってしまっていたが、高瀬の告白は終了していた。
高瀬は焼却炉の前で立ちすくんでいた。
僕は高瀬に向って走った。
「高瀬!!!!結果は!?」
高瀬は目が完全に死んでいた。
「レンちゃん、村野に開口一番、‘私・・・ここで殺されるの?焼かれるの??・・・’って言われたよ」
「そうか・・・(黒服にサングラスに焼却炉だからそう思われたんだな・・・)」
「ひまわりも冥土の土産(献花)と勘違いされてね。もう俺が死にたい気持ちになったよ」
「そうか・・・ダメだったんだな」
「ダメどころじゃないよ。村野、彼氏いたんだ」
「そっか、あいつモテそうだしな・・・それじゃ残念だけど、しょうがないな」
「残念どころじゃないよ。その彼氏ってのが俺の兄貴だったんだ・・・」
「え・・・」
「兄貴と村野が、ガンガンスマタしてたってこうゆうわけさ」
「うわ・・・」
そりゃキツイわ。死にたいわ。
なぜかついてきたガバチョが気の毒そうに呟いた。
「私、スマタ上手だよ。褒められたことあるし。ふたりまとめてやってあげるよ」
・・・。
そういう問題ではない。
「いや、お前のスマタはいい」
「そう??自信あるんだけどな。ねぇねぇ、1つ提案なんだけどさ、今3人ともツライでしょ。私たち3人で『死にたくなったけど、死ななかったサークル』を結成しない??それで3人でこの夏は楽しいことしようよ」
ガバチョが目を輝かせて言った。
とりわけヒマ人の僕と高瀬はいった。
「まぁ・・・いいけど。」
「俺も・・・いいけど。もはや誰でもいいからスマタして欲しいし」
「じゃあ決まりね!」
と、いうことで僕たち3人は、『死にたくなったけど、死ななかったサークル』なる奇抜な名前のサークルを結成し、夏を過ごすことになった。
ガバチョが、『告白オリンピック』なる摩訶不思議なイベントを考えることになるのだが続きは次号。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
長くなったのでおしまいおしまい。
告白~『死にたくなったけど、死ななかったサークル』の物語~