『走る』
※実話を基にした創作です。
プシュー、と扉が横穴に引っ込み、視界が開けて途端、青山進は風のようにプラットホームへ転がり転がり、舞い出でた。
そう風。まさしく、風。
走る走る、青山は走る。
のぼるのぼる、階段を駆け上がる。
速い速い。誰よりも速く。
階段を、まるでサハラ砂漠の砂山を蹂躙する4WDのような力強さで跳ね上がると、KAISATUが見えた。
最上段へ踏み込んだ右足を反転、左足をさらに踏み込み加速する。
走れ走れ、さらに速く。
Suicaをダーンッ!と叩き付け、駅員を横目に右へ大きく弧を描く。
遠心力を内腿で捩じ伏せさらに加速する。
速いぞ!
今日は間違いなく速い!!!
傾斜をすとととん、と、直滑降し、最後の四段でジャンプ!
飛ぶ、誰よりも高く。青山は飛ぶ。
しかし、これはイメージが先行。
強烈な力にぐん、と引っ張られ、途端、鈍い痛みが脛を電撃のように貫いた。
目ん玉がグルリと反転。
飛べない、飛べない。青山進は飛べない。
転がる、転がる、転がる。
不様に横受身の体勢をとりながら、青山は解けた靴紐を怒りに満ちた表情で見つめる。
青白く浮き出た骨からうっすらと血が滲む。
天を仰ぐ青山。
駅舎越しに見える空は今日も星が出ていない。
一瞬の静寂。
青山は東の空を見上げて何を想ったか。
むんずと起き上がる青山。
痛みを堪えて、青山はまた全力で駆け出した。
人混みをかき分けかき分け、路地裏を抜け、田んぼの畦道をますます加速する。
青山進の幼い息子が、猛スピードのトラックに跳ねられて死亡してから3ヶ月になる。
トラックのスピードはこんなもんじゃない。
走り続けていないと人は死ぬのだ。止まったほうは惨めでぐちゃぐちゃだ。
半狂乱だとひとは言う。
しかし、青山は今日も家路に向かう行程を全力で走り切る。
風になったその瞬間。
からからと明るい笑い声をまた聞くことができる。
愛しい屍体が、確かにそう囁いたのだから。
『走る』