祖父殺しのパラドックス
会社を出ると、ものすごく寒い。
本格的な冬の到来だな、と思い、見上げると澄みきった夜空にオリオン座が綺麗。
宇宙を見上げると、自分がものすごく矮小化され、会社のイヤなこととか、腹が減ったことだとかはどうでも良いことになるので、会社帰りにはゆっくり畦道をまわり道をしながら、星空に想いを馳せることが多い。
最近、ある科学雑誌で、こんな記事を見た。
『タイムマシンは可能か』
ものすごくドキがムネムネ、ドラえもんフリークには堪らない記事である。
ドラえもんは知ってる方も多いと思うが、あまりに情けないご先祖のび太のせいで、格差社会の進んだ22世紀の世界で不甲斐ない人生を送っているセワシ君(のび太とクリスチーネ剛田の直系)が、自らの人生をバラ色に改変するための刺客としてドラえもんを高度成長期のチャンス溢れる日本に送り込んだ話である。
タイムマシンの記事は、ざっくりこんな感じ。
『未来へのタイムマシン』
いけるっちゃいけるみたいだよ。
アインシュタインっていうアカンベー写真で有名なひとが唱えた、相対性理論っていう小難しい理論によれば、
'動いてるひとのまわりは時間の流れが遅くなる'
らしいんだ。
だから、とりあえずめっちゃ早く走ってみるといいよ。そうだね、だいたい秒速30万キロメートル位かな(光速)。
浦島太郎のカメは光速で動けた可能性があるね。
それから、重力がめっちゃ強いと、
'空間が歪んで時間の流れが遅くなる'
らしいんだ。ダリの絵みたいだね。
ブラックホールはめちゃくちゃ重力が強いらしいから、宇宙船でブラックホールの中心近くまで行くといいよ。
何日かぼーっとしてれば、地球では百年経ってるってこともあるみたいだよ。
ブラックホールに行くまで2万6000光年かかるけどね。イスカンダルよりは近いよ。
『過去へのタイムマシン』
結論は出てないけど、難しいみたいだね。
だってさ、考えてもご覧よ。
タイムマシンに乗って、自分のじいさんを殺したとする。
そしたらさ、自分は生まれないよね。
そしたらさ、じいさんを殺しに行けないよね。
過去へのタイムマシンがあるとさ、いろいろと矛盾だらけのわけよ。
これが、世に有名な祖父殺しのパラドックスである。
ドラえもんもそうなのだけど、のび太がクリスチーネとチョメチョメしないとセワシ君は生まれないわけで、静香ちゃんじゃダメじゃん、セワシ生まれてこねーじゃんっていうパラドックスなわけで。
ただ、このパラドックスに反する理論として、著名な研究者で、パラレルワールド説を唱えるひともいる。
それぞれの選択の分岐結果には、それぞれの世界が並行して存在しているのではないか、というものである。
つまり、のび太がクリスチーネと結婚してセワシ君が生まれるパターンが存在するのと並行して、ドラえもんの圧倒的な影響力により、のび太が静香ちゃんと結婚して作り出した新しい世界も、時空軸を別にして、両方とも存在する、との説である
祖父殺しのパラドックスに当てはめると、祖父を殺害して自分が生まれない世界も存在し、殺害されなかった場合の自分が生まれる世界も、パラレルワールドとして存在し、矛盾はない。
パラレルワールドを自由に行き来できれば、の話だけどね。
祖父を殺害するまでの間、自分、二人存在しちゃうけどね。
それって超怖いけどね。
こうなってくると、昔、小学校の頃にドッペルゲンガーを見ると死ぬよ、みたいな怖すぎる噂が流行ったけとがあったけれど、ドッペルゲンガーは実はパラレルワールドから来た自分で、ふたつの世界の矛盾を解消するために、片方の自分を抹殺しに来てたんじゃないか、とかね。
すんごい怖いね、マジで。
冬の澄み切った星空を眺めていると、あまりの美しさに癒される反面、神秘的で、人類には到底理解できない暗闇と、星々の単調な明滅に、背筋が寒くなることがある。
ま、そんなことより、今日ミスした仕事のせいで明日部長に怒られるなってことのほうがより現実的な背筋寒くなるポイントなのだけれど。
仕事をミスしなかったパラレルワールドがあったとしても、結局はミスも含めた経験の積み重ねが今のわけで。
ああすれば良かったとか、後悔のタイムマシンに乗るよりは、すっきり明日叱られて、きっと明るい未来へのタイムマシンに想いを馳せるほうがいいな、と結局は単純に思考を止めたのだった。
だって、お腹がものすごく空いたんだもの。
祖父殺しのパラドックス