かりん糖の思いで【僕と親父と劇空間プロ野球】

小学生のころの思い出を語りたいと思う。


僕は大のジャイアンツファンであった。


とにかくジャイアンツが大好き。



三度のメシよりジャイアンツ。



ジャイアンツ野球帽に、ジャイアンツリュックサック、そして腕にはオレンジ色のリストバンド、といったハイセンスかつファッショナブルな出で立ちで、サッカークラブに行くのが僕のサンデーモーニングであった。



そう、サッカークラブである。


やるのはサッカーが大好き。
でも、見るのは野球大好き。
てゆうか、読売巨人軍大好き。


あるでしょう?そーゆーの。


たまぁに、サッカークラブでキーパーをやらされることがあったが、練習のときに頑なに野球帽を被っていたわたしは、



キーパー



ではなく、



キャッチャー


とすら呼ばれていた(痩せていたがドカベンとも呼ばれていた)。


それくらい巨人軍が大好き(ドカベンも大好き)。



そんなある日、魅惑的な案内が我が家に届いた。



‘ジャイアンツファン感謝祭’



なんと、憧れの読売巨人軍の選手たちと、あの、大きさを図る単位でお馴染みの、TOKYO DOMEで、あんなことや、こんなことをチョメチョメトゥギャザーできる夢のようなイベントである。


トゥギャザーと言えば、ウチのオカンはずっと、



ルー大柴



のことを、



大柴ルー



という。



進研ゼミでおなじみの、



しまじろう



のことを、



とらじろう



と呼ぶ。


は・ん・し・ん・の、マスコットみたいだね!
(※トラッキーが本物)


まぁ、イイけど、オカンってそういう生き物だわ。



さて、


‘’ジャイアンツファン感謝祭‘’



僕は興奮した。ものすごく興奮し、今でもハッキリ覚えているが、軽く失禁さえした。



行きたい。超行きたい。



でも、大都会、TOKYO DOMEは、埼玉の田舎のちんちくりんボーイがひとりで行けるような場所ではない。


そこで、僕はおそるおそる親父にたずねた。



「親父様、ジャイアンツファン感謝祭に行ってみたいのですが」



親父はチョビ髭を擦りながら、ものすごく綺麗な姿勢で正座していた。


親父は真顔で答えた。


「貴様は、なぜそんなくだらない集まりに参加したいのか」
※以前日記に書いたことがあるが、親父は厳格な自衛官であり、僕のことを‘貴様’と最大限の敬称で呼んでいた。


親父は野球にまったく興味がない。


と、いうより、球技はパチンコにしか興味がない(てゆうかできない)。



親父は続けざまに言った。



「そんなことより、貴様は今朝ちゃんと歯を磨いたのか」



・・・。


僕は必死だった。


「くだらなくなんかありません!僕の憧れなんです!スーパースター!そう、ヒーローなんです!  今朝は歯を磨き忘れました・・・。」


親父は、はてな、と小首をかしげながら言った。


「やっぱりそうか。貴様の口から、青菜の酸っぱい臭いがして不快だ。昔、‘ファイブマン’ショーには連れていってやったろう。そんなことより、私のヒゲソリを知らないか。」


「親父様・・・、それは地球戦隊です・・・。
ヒーローのジャンル違いです。それに、握手会でファイブレッドの手がびちょびちょに湿っていたこと以外僕はなにも覚えていません。」



僕は少し悲しい気持ちになった。



「それから・・・ヒゲソリに関しては、母様が浴場で、すね毛をジョリジョリやっているのを見かけました・・・。」


「やっぱり、そうか!!! どうりで最近ヒゲソリの切れ味が悪いと思ったんだ!!!!
ヘンな縮れ毛も巻き付いてやがったし!!!
畜生!!! ヒーローショーなんて絶対にいかんぞ!!!」


「オヤジ・・・、だからヒーローショーではな・・・、バカヤローッッッ!!!!!」


完全な八つ当たりだ・・・。



僕は泣いた。わんわん、泣いた。
鼻水を襟やら袖やらで拭く悪癖があったので、上から下までぐちょぐちょであった。


夕刻、僕は大好きな‘ひとりでできるもん’を見た後、もう一度悔しさにむせび泣き、そして、ふて寝した。



次の日。


朝起きると、枕元に、大根とキャベツが置いてあった。
大根の葉の部分にJSDFのメモ用紙が貼ってある。


『バット(大根)とグローブ(キャベツ)だ。
今日靖国神社に詣るので、ついでにヒーローショーに連れていってやる』


僕は狂喜乱舞した。
親父のマジなんだかギャグなんだかわからないネタは置いといて、最高に嬉しかった。



いざ、TOKYO DOME。



会場はものすごいひとだったが、早めに到着したおかげで整理券を貰い、なんと、グラウンドまで下りることができた。



照明に照らされた、青い芝生。


いつもテレビでしかみれない、夢のステージ。



劇空間プロ野球。



僕は興奮した。


ジャイアンツの選手たちが、所々に現れ、サインをしている。


バックスクリーン側に、ガルベスがいた。

人溜まりができている。

僕はカルシウムは十分に足りていたため、そちらには行かなかった。
※元ネタわからない方ゴメンなさい。



一塁側ベンチに、爽やかな風が吹いている。


高橋ヨシノブだ!!!



僕は興奮した、もんのすごく興奮した。
黒山の人だかり。

まさしく、スーパースターである。

僕は叫んだ。


「ウ、ウ、ウルフー!!!ウルッ・・・ウルフー!!!」


噛みまくりながら、必死で叫び続けたが、ヨシノブは一向に気付いてくれない。


僕は、‘ウルフ’というアダ名がまったく一般に浸透していないせいだと思い、さらに大きい声で、



「ヨシ・・・ヨシ・・、ヤシ・・、ヤ・・・ヤシノブ!!!、ヤシノブー!!!」



と叫んだ。

ジャイアンツ野球帽からは汗が滴り、舌も回らず、それでも何回も何回も必死で叫んだ。


ヤシノブはまったく振り向いてくれなかった。


・・・。


いかんせん、ヤシノブのまわりには人が多すぎるのである。



そんな僕を、親父は冷たい眼で眺めていた。


ふと視線を近くに落とすと、グラウンドに、黒い棒のようなものが転がっている。


黒い棒は、すぐ近くに存在した。




よく見ると後藤だった。(後藤孝志)



後藤が、かったるそうに芝生の上に肩肘をついて寝っころがっていた。



真っ黒に日焼けした肌に、樫のようにゴツゴツした肌を持ち、


僕は、


かりんとう(黒糖菓子)。


みたいだな、と思った。


後藤のまわりには誰も人がいなかった。
※というより、近づき難いオーラがあった。


何の気なしに後藤を眺めていると、後藤がすっくと立ち上がり、いきなり僕と親父に向か
って、チョイチョイ、と手招きをしてきた。


ハッキリ言って、個人的にそこまで後藤のファンではなかったが、僕は舞い上がってしまった。



初めて間近で見る本物のプロ野球選手は、体がめちゃくちゃ大きく、逞しく、カッコよかった。


僕も親父も後藤の威圧感に圧倒されていた。


サインでも貰えるのだろうか、とドキドキしていると、


後藤が言った。



「おいッ、オッサン!!はよ、客を整列させんかい!!!ゲームがはじめられんやないかッ!!!」



後藤の予想外の言葉に、僕も親父も固まった。


・・・?



ゲーム??


ゲームっていったいなんだ???



よく意味が分からない。



どうやら、後藤の足元にポールのようなものがあり、後藤はそれを使用してゲームをしなくてはいけない事情があるようだった。



僕はめちゃくちゃ焦った。


そもそもなんのゲームをやるんだ??



てゆうか、なぜ僕たち親子が客を整列させねばならないんだ・・・。



視線を上げ、親父に助けを求めたところ、



親父がぶるぶる震えはじめ、そして、開口一番、


なんと、




[み、、、みみ、、、みなさーん、並んでくださーいッッッ!!!]



と叫んだのだった。




僕は焦った。


めちゃくちゃ焦った。



だって親父は球団職員でもなんでもないし、むしろファン側であり、客なのである。

チョビ髭のため、屋敷要と勘違いされたのかとすら一瞬思ったが、それにしたって、明らかに親子連れのオヤジサイドが客を整列させるいわれはない。



そして、僕からすれば、普段は厳しく、怖くてしかたがないある意味で『尊敬』してきたオヤジなのである。



僕は困惑し、悲しかった。


僕は呆然と親父の背中を見つめていた。
※この当時、僕はガリガリに痩せ、色黒、丸坊主であったため‘日本兵’というあだ名で呼ばれていた。親父を見つめる僕は、たいそう貧相だったに違いない。



後藤が言った。


「オッサン!!!全然整列しないやないか!!!ゲームができんでもイイんか!!!」



僕は思った。



ゲームなんてどうでもいい・・・。


むしろ整列係としてゲームに参加など絶対にしたくない・・・。


なぜこんな状況になってしまったのか・・・。



[す、すいませーん! みなさーん!!! こっちでーす!!]


親父はますます声を張り上げ、ぴょんぴょん跳ねていた。



「こっちでーす!!! ゲームがはじめられませーん!!! お願いしまーす!! 整列してくださーい!!!」


僕はひたすら悲しかった。


もう一度繰り返すが、親父は球団職員でもなんでもないし、そもそも野球など好きでもなんでもないのである。


目の前のオヤジがものすごく小さく見えた。
※この当時、僕はガリガリに痩せ、色黒、丸坊主であったため‘日本兵’というあだ名で呼ばれていた。親父を見つめる僕は、たいそう貧相だったに違いない。



・・・。



そして、客はまったく並んでくれなかったのであった。




その後のことはあまりよく覚えていない。


ゲームがなんだったかも記憶にないし、どうやって帰ったのかも、靖国神社に参拝したのかも覚えていない。


ただただ、悲しかった記憶のみである。


そして、それ以来、僕はかりんとう(黒糖菓子)を食うたびに後藤選手のことを思い出した。
※後藤の名誉のために断っておくが、後藤はミスター9回、代打の切り札、ポジションがよく分からない、などと呼ばれた名プレーヤーであり、後藤に対する恨みつらみは一切なく、カッコイイ選手だったと思っている。





あの日から15年・・・。



僕は大学生になっていた。



沖縄に単身赴任をしていた親父を頼って、シーズンオフに沖縄でキャンプを張る各球団を巡ることにした。

僕は中学・高校とテニス部に入り、サッカーも並行して趣味でやるうちに、幼少期の野球好きはだんだんと薄れてしまっていた。


TOKYO DOME以来の幼少期に憧れたヒーローに会えると思うと、久しぶりに胸が高鳴り、もはや失禁はしない年齢になっていたが、ドキがムネムネし、熱いパッション(屋良)がこみ上げてくるようだった。


もはやいろんな意味でオトナであったため、ひとりでキャンプ地をまわろうかと思っていたが、意外なことに、親父が一緒にまわる、と言いだした。



僕らはまず、阪神のキャンプ地のある宜野座村へ向かった(この後順繰りにまわったのである)。



スタジアムに入ろうとしたが、



『関係者のみ ※本日一般の方は入れません』



と立て札がしてある。


こりゃ、今日は阪神の選手は見れないなー・・・・



と思っていると、


あろうことか・・・


親父が、ガシガシとフェンスによじ登り、スタジアムに侵入したのである。


向こう正面からは、のっしのっしと強持の男が近づいてくる。


下柳だ!!!


体もデカイし、なにより顔がめちゃくちゃ怖い。


僕がどきどきしながら眺めていると、


あろうことか・・・


親父が、


「おう!!! このやろうッ!! 暑いのにご苦労さん!!!」


と下柳に言い放ったのである。



すると、下柳は帽子を取り、深々と頭を下げ、


「お疲れ様です!!!」


と丁寧にお辞儀を返したのであった。


・・・。



オヤジは完全に関係者と勘違いされていた。



調子に乗ったオヤジは、他の選手も多数いる中、ひとしきりスタジアム内を徘徊した後、もんのずごいドヤ顔をして僕のもとに戻ってきたのであった。



そう、親父は著しく成長していたのである。


とてもとても、残念な方向に、成長していたのであった。



おしまい。

かりん糖の思いで【僕と親父と劇空間プロ野球】

かりん糖の思いで【僕と親父と劇空間プロ野球】

野球大好き。巨人大好き!! そして、かりんとうも大好き。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted