手だった。
人間の手が、コンクリートの地面から生えていた。
手首を2,3cmほど残して、そこから下(上と呼ぶべきなのだろうか。)の部分は全て埋もれていた。
細い、けれど、男の人のもののようだった。
私は家に帰る途中で、仕事の帰りだった。
いつもは自転車を使うのだけれど、今日は朝雨が降っていたので、歩きだった。

それに気付いたのは家と職場のちょうど真ん中あたりの場所で、辺りはもう薄暗かったし、最初は誰かが落としたオブジェのようなものだと思った。
でも、これは、生身の人間のそれだった。
私は立ったまま見下ろして、その、ぐにゃりと地面に置かれている指先を見る。
動かない。微動だにしない。
今まで誰にも気付かれなかったのだろうか。
確かにこの道は、人通りもまばらで、帰宅ラッシュとはほど遠い場所だった。今こうしている間も、人の姿は確認出来ない。
そうして忘れた頃に車が私の後ろを走り去ってゆく。

1台。2台。
風が吹く。
空が真っ赤になってゆく。
烏の鳴く声。
3台目。
雑草が音をたてる。
4台目。
無音。
無音。
烏が飛び立つ。
羽が1枚落ちる。
私がバッグを持ち直す。
太陽はもういない。
その手は動かない。

空の大半を紫黒色が占めて、辺りの温度が変わった頃、私はしゃがみ込んだ。
その手に触れる。
ひんやりとしていて、それでもそれは、私の知っている「ヒトの肌」だった。オブジェなんかではなく。
両手で、指先を持ってそれぞれ広げてみる。
綺麗な指だな、と思った。
私の指よりちょっと太いくらいだろうか。それでもごつごつした感じが、男の人の物だと思わせる。

---キリトリ--ここから-----------

何を隠そう!
私は手フェチなわけで!
こういった、男の人の手なのにすらーっとして、でも適度にごつごつして、潤いも保たれて、爪先もきれーーー!っなのに弱いのです!!
め、ちゃ、私好みの指だったわけです!!
汗ばんでいる感じでもなく、この、ひんやりした感じといい、すべすべした触り心地といい、もう、サ・イ・コ・ウ!お持ち帰りしたい!
お前にプリンス・オブ・ハンドの称号与えちゃうよ!
ってなテンションなわけです!

---ここまで---------------------

手の平を合わせて、あぁ、ほら、私のよりも大きい。
などと思う。
そのまま指と指の間に、それぞれ指を絡ませ、そっと握る。
その手が脈打っているのがわかる。
生きている、のに。動かない。
眠っている人と手を繋いでいるようだった。
冷たかったその手も少しずつ温かくなっていき、私もその手も同じくらいの温度になった時、もうすっかり日は暮れていた。
私は随分とこの手と居たんだな、と思い辺りを見回すが、相変わらず人の気配は無かった。
名残惜しい。
そう思ったのは私だけではなかったようだ。
急にその手が私の手を握り返してきた。
「い…痛いよ…。」
そう言うものの聞こえているのかいないのか、力は弱まらない。
「………。」
出たいよね。そりゃ出たいよね。ここから。
しゃべりたいよね。
伝えたいよね。
一人じゃ寂しいよね。
でも、助けてあげられない。
このコンクリートの下に人がいるのかもわからない。
居たとしてもどういった状況でそんな風になってしまったのかわからない。
「ごめん。」
多分期待を持たせてしまったであろう自分の行為に対してそう言った。
一瞬相手の手の力が弱まり、そしてその後爪で手の甲を引っ掻かれた。
痛かった。
それでも私は何も言わずに、そっと手を離して、立ち上がった。
引き留められる事もなかった。

車の音。ヘッドライトが私を照らす。
一瞬の明と、そしてまた闇。

「………。」

またその手はぐにゃりとコンクリートに向かい、私は帰路に向かう。

傷が、ひりひりする。
それでも私は速度を緩めない。
何事も無かったかのように、歩く。歩く。

この傷が癒えるまで私は何度も思い出すのだろう。
でもこの傷が癒える頃私は忘れようとするのだろう。

どこかで見たようなあの手を。
どこかで見たようなあの指を。

近くの道路を思い描きながら書きました。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-08

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