Ⅲ November

November:1

十一月の祝日、朝から快晴。


クロスバイクで、かおりちゃんと東の海沿いを丸一日サイクリング。
夕方になって街中へ戻り、老舗和菓子屋はねやで甘いものをとって疲れをとることにした。
お気に入りの和風パフェを食べながら、初めてかおりちゃんになんとなく真木くんの話をしてみた。

「この前、真木くん見てどう思った?」

「うーん。あんまりよーく見てなくて。HPで一応ショップの人の顔は知ってたから、
あ、真木くんだって思ったくらい。」
「ここのとこどうもなんだか意識しちゃって。ちゃんと話せなくって。
こないだ話してるの聞いててどう思った?」
「こないだは私という連れがいたから、遠慮してあんまり話さなかったのかなと思った。」

真木くんの事がみるみる気になるようになったものの、
今までに経験のないシチュエーションの出会い方、相手。
すごく年下のような気がするし。
そんな年下の男性が自分を恋愛対象としてみるのかということも疑問に思える。
私にしても彼が最初に会った時にあんなインパクトのある行動をとらなければ、
全く彼の事を気にしなかっただろう。

三十八の私が、二十代かもしれない男性に好意をもつなんて今までならありえなかった。
職場の後輩を見ていると、三十前半の男性ですら、なんとも子供っぽいと
思ってしまうこともあるくらいだった。
そんな事を思いながら、まだ二十七歳のかおりちゃんから見ると私がどう見えるのか
参考程度に訊いてみた。

「余裕があるし、言葉がきれいだし、上品だし、ギャップがあるところがいいし、美人だし、
痩せてるし、お喋りしてるの聞いてるといつも楽しそうにしてる。キラキラしてる。
三十そこそこのヘタな人より、高島さんの方がとってもいい感じ。綺麗なお姉さん。」

面倒見のよい性格であるせいか、後輩にはとても印象がいいらしい。
一回り近く下の子からみたら、それは余裕があって当たり前だろう。
また、彼女が新人としてあたふたしていた時に気にかけて接してあげた事もあり、
かおりちゃんはハッキリ言って私の信者だった…彼女から見ると、私の印象は良くて当たり前である。

はねやを出るともう外は暗くなっていたが、最後に街中にあるサイクルショップへ立ち寄った。
かおりちゃんがクロスバイクにつける小物を見たいと言うので、連れてきてあげたのだ。

ここは、海外のトップブランドのショップ。全国に数店舗展開しているのだが、フランチャイズ形式の為、
実際の経営は店舗毎に異なっていた。この店舗については、真木くんのショップの系列であり、
彼も元はこのショップに勤務していたらしい。
HPのスタッフ紹介に数か月前に転属した旨、文章がでていた。

有名メーカーのショップだけあって、サイクルショップとは思えないまるでブティックのような
洗練された綺麗な店である。
かおりちゃんが買い物をしている間、休憩スペースで雑誌を見ていると、
思いがけないものを見つけてしまった。
ショップスタッフと顧客関連のアルバムがあるのを見つけたのだが、その中に真木くんの写真があった。

自転車に乗る時のスタイル。ショップのユニフォーム姿しか知らなかったので、新鮮な印象。
今より少し若い感じで、可愛い雰囲気。私が知らない彼の一面を見た感じだった。
そして、更にすごいものを発見。フリーペーパー風の小冊子の一ページ目に
デカデカと真木くんのページが…メカニック真木さんの自転車ライフ的な記事。

学生の頃から自転車が好きで、マウンテンバイク等々色々と乗っていたらしい。
この記事から、彼の年齢に少し検討がついた。学生の時から乗っているということは…
HPの自己紹介文にでていた話からも推測して…今三十一くらいで自転車は二十一くらいから
乗ってるってことかなぁ。三十代でちょっとホっとした。

どの写真もすごくいい笑顔だった。

会う度に知る程に惹きつけられていった。
気になっているからか、彼に関する事が自然と目に入ってきた。
BIKESHOPのSNSを見ていると偶然真木くんを見つけたり、
系列店のHPを見ていると彼が過去にショップスタッフとしてアップしていたブログの記事を、
たまたま見つけたり。

ブログの記事には、実際驚いた。
彼の事をよく知らないのにみるみる彼に惹きつけられていったのには、やはり理由があった。
彼の価値観的なところは、私が理想とするところなのだろう。

それを何故か感じとっていたから、よく知らない彼のことが気になりだしたのだろう。
文章で人柄がわかるけれど、思っていた以上に素敵な人だった。
もっと男の子っぽい人だと思っていたのに、私よりよっぽど大人っぽく思えた。
なんて素敵な人だろう。
すごい。
見つけちゃった。
よくこんな素敵な人に巡り合えたもんだ。
出会っちゃった事自体に感動してしまう。



最初は彼がちょっと視界に入ってたけど、他に目がいってて暫くそのまま。

その後私から声をかけようとして彼に目をやると、横顔が目に入る。

鼻筋が通っていて今時な雰囲気の若いおにいちゃんというのが、第一印象。

年下の若い人達に対してついつい子供扱いというか
優しくしてあげなきゃねくらいの感覚があったりする。

そんな感じで彼とやりとりをしてたんだけど。この間三十分くらいだったかな。

この初めて会った時に、彼は私に三回笑顔を見せた。

最初の二回は、なんとなくにっこり笑うなこの男の子というくらいの印象。

でも、三回目の笑顔を見た時にものすごく何か感じちゃった感じ。

帰ろうとしていた私のところに走ってやってきた。呼び止めて、名刺を差し出して名を名乗った。

もう帰ろうとしてた私に対して。

これって名乗るの忘れてたって話では…ないと思うんだけど。

ま、この時は、ちょっと予想外の彼の行動にきょとんとしつつ、
そこは私気遣いできる人なので、ちょこっと笑顔でやりとりをしてみた。
ここで、三回目の笑顔。

初対面で、ニッコリ笑う彼の顔を三回見たんだけど、これがとても印象に残る表情だった。

後々彼のことを少しずつ知るにつけ、彼の笑顔が印象深かった理由、
彼という人に納得がいくようになってきたというか。

一見今時な感じの彼は、思っていたよりも少し年齢が上で、
また思っていたよりもずっと内面が豊かな感じの人だった。
出会ってから数回やりとりしているうちに少しずつ感じていた事だけど、
たまたま彼が以前書いていたブログを見つけて実感。
こんな感性の男性が、こんなに身近なところにいたなんて。



* * * * * * * * * * * *



海岸線に伸びる道を進むと、澄んだ綺麗な海。
オレンジ色の夕日。
あれから幾度となく走った海沿いの道。



街の喧騒とは、しばしお別れ。 
冷たく澄んだ空気。
山々の紅葉。 落ち葉を踏む音。
心地良い木漏れ日の中をマイペースに走り。
疲れたら、一休み。
気の合う仲間達と一緒に。
ただそれだけ。
最高です。



聞こえるのは自分の息づかいと タイヤが雪を踏みしめる音だけ。
静けさの中、ひたすらペダルを漕いで。
辺りは真っ白。頭の中もマッシロ。 



* * * * * * * * * * * *



他にも色々面白い記事を読んだ。
乗り物大好きで、単車にロードにマウンテンバイクにスノボに…と色々乗れるらしい。

それにしても、こんな感覚をもっている人だとは、最初の印象ではよくわからなかった。
彼の笑顔があんなに素敵な表情だった理由は…彼の人柄によるものだねと思った。
出会ってから日に日に彼の事が気になるようになってしまったんだけど。
でも、これからどうしていいのかちょっとよくわからない。
好きな人ができたことは、とっても嬉しいんだけど。

そして、気になることがひとつ…

もしかして私と彼は初対面じゃなかったのかも。
二・三年前に会ったことがある…楽しく会話したことがある…ような。

その時の記憶を数日前に思い出したんだけど、
海外メーカーのショップの方でクロスバイクのグリップ変えてもらった時の店員さん、
真木くんだったのかなぁ。
細くてシャープな顔だちのきさくな男の子だったのは覚えてるんだけど。

でも、今の真木くんとはイマイチ重なるような重ならないような。
でも、あの時の男の子、お店でようとしてる時までなんだかんだと話して
自動ドアが反応して開いたり閉まったりしたりして。
ただそれが本当に彼だったのかどうかがイマイチはっきりしない…んだけど、

そうだとしたら、

彼はそのことに気づいているんだろうか。

November:2

休みの日の早朝、クロスバイクで晴海半島目指してスタート。

走りだして割と早く郊外へ出たかと思ったら、すぐに潮風を感じる松林の道までやってきた。
目的地は初めて訪れる場所であり、そこへ向かう道も初めて通る道。
市内からまだそんなに遠く離れてはいないはずだが、景色は街中とはだいぶ違ってきており、
非日常感たっぷりで、初めてみる風景にこの先に広がっていく世界に期待をせずにはいられなかった。
なんて気持ちのよい朝なのだろう。
松林の木々から差し込んでくる日差しが、とても心地よかった。

時々後ろを振り向きながら、後についてくる連れ、かおりちゃんの姿を確認する。
やる気いっぱいの若者かおりちゃんは、初心者だというのに
私の誘いに喜んでロングライドについてきてくれたのだ。

気持ちよく走り続けているうち海に面したとても眺めのよい道に出た。海沿いの道がずっと続いている。

「すごーい!きれいねー!」

「きれーい!すごーい!気持ちいー!」

周囲に人がいないのをいいことに、お互い笑いながら大きな声で感激具合を言いあったり。
この辺りでは景色がよくて有名なドライブコースらしく、サイクリングコースとしても定番だった。
ロードレーサーに乗った人達がサーッと追い越して行ったり、すれ違って行ったり。
「お疲れさーん。」とか「こんにちはー。」など、声をかけて通りすがっていく人が結構多い。

海沿いの道を暫く走ってきた後は、山の方へ続く道に入り、
途中上りに少し苦戦して息切れしてしまう二人。
二時間弱走ってきたので、そろそろ二人とも疲れてきていた。
目的地まであとどのくらいだろう。あの少し先の角を曲がったら…この坂を上りきったら…
まだかなまだかなと思いつつ、あともう少しのはずと頑張って走り続ける。

少し傾斜がある道へ出てサーッと下り始めたその時、不意に視界が広がった。
また海に出たのだ。そして、そこは目指してきた目的地だった。
突然、目的地が目の前に現れた。この土地の地形の不思議なこと。
よくできているものだと感心してしまう。目的地に突然辿りついたような感覚だった。

道からだいぶ下の方に白い砂浜がずっと続いている。
海よりも高い位置に道があり、眺めがとてもよかった。評判通りの素晴らしい場所だった。

目的地に到着してからは、カフェに立ち寄ったり、少し先までまたクロスバイクを走らせたり、
眺めのよいところで暫くお喋りしたり、朝早くから出かけたというのに
なんだかんだとやっているうちに、すぐに夕ぐれ時がやってきた。
楽しくて楽しくて本当にあっという間だった。

この日はたまたまイベントが行われており、ロードレーサーの試乗会をやっているから
乗ってみたらいいよと知らない人に声をかけられ、
予想外に八十万もするというハイグレードなロードレーサーに乗せてもらうという機会を得た。
乗ってみると、その乗り心地のよさに二人ともものすごく驚いたのだった。
クロスバイクとは全然違う。

ロードレーサーって…

すごい。

かるい。

はやい。

きもちいい。

たのしい。

おもしろい。





数日後、思いつきでBIKESHOPへ行ってみた。十月末以来。
この前ショップを訪れてから、すごく間が空いてしまっていた。
少し前からギアから異音がするようになっていて、
気になるのでそれをちょっと調整してもらおうと思って。

それと、真木くんの顔も見たくなったから。

外出先からの帰り道、思い立ってふらりとショップへ立ち寄った。
夜十九時近く。もう暗くなってから。
入口に近づくと、明るい店の中がよく見えた。人が数人いて賑やかな様子。

クロスバイクを持ち込んで店内へ入って行くと、
入口近くで男性スタッフが小さな子供の相手をしていた。
私の姿を見てすぐに声をかけてくれたので、その男性に説明をしようとしたその時、
少し遠くからこっちに向かって呼びかけるような声が聞こえた。


真木くんが駆け寄ってこようとしているのが、目に入った。

November:3

「どうされましたー?」


店内によく通る声が聞こえて顔を向けると、真木くんがこっちに駆け寄ってこようとしていた。


「ああ、真木さんの方がいいかもしれない。」
そう言って最初に声をかけてくれたスタッフの男性に、笑顔で礼を言うようにか小さく頭を下げた。
そんなやりとりをしていると、すぐに彼が目の前にやってきた。

「こんばんはー。どうしました?」
よく通る声、キレのよい話し方。
駆け寄ってきた彼を見て、笑顔をつくって会釈する。

「ちょっと調子悪くて。まぁよくあることだろうとは思うんですけど、
少し前からギアから異音がするようになって。」
少しかがんでクロスバイクを見ながら説明すると、
彼も私と同じくらいの位置にかがんでふんふんと話を聞いている。

「どんな音ですか?」

「なんかギギギっていうような感じで。
重い方のギアに変えるとこんな音がするんですよね。
よく使うところで音がするからちょっとやっぱり気になって。」

「ちょっと試乗させてもらって確認してみますね。」
そう言うと、私のクロスバイクと共に店の外へサッと出て行ってしまった。
かと思ったら、また、すぐに帰って来た。
「異音確認できました。調整しますね。」
笑顔でそう言うと、手際よい感じで奥へクロスバイクを持って行ってしまった。

店内を色々見てまわりながら少し待っていたのだが、
途中彼がバイクを触ってくれている様子を近くに見に行ってみた。
バイクを触っている時は、真面目な顔して集中している様子。
近くで見ていても、こちらの方には顔が向かない。

また暫く店内においてあるバイクなんて見ていると、
「終わりましたー。」
と声がかかった。どんな様子でどう調整したかを説明してくれる。

「乗り方が悪いんですかねぇ。」
笑いながら言うと、
「いやいや。そんなことないですよ。」
彼も笑顔で答える。

「前乗ってた自転車も何度かこんなことがあったんですけど、
こんなのってちょっと油とかさしてよくなるとかいう話じゃぁ…
ないんですよね。」
とまた笑いながら言う。
「いつでも持ってきてもらったらこちらで調整しますから、大丈夫ですよ。」
彼もまた笑顔。

クロスバイクを真木くんから受け取って出口の方を向きながら、ちょっと彼に話をはじめてみた。
「新しい自転車を頂いたばかりでなんなんですけどね…
実は来年ロードレーサーが欲しいなぁと思ってるんですよ。」

「おぉ。そうですか。」

「それで、ロードレーサー選ぶ時の基準とか価格帯とかをちょっと知りたいんですけど、
十万~二十万くらいの間のがやっぱりいいんですか?
置いてあるのが大体それくらいですよね。」

「うーん、そうですね。使い方にもよるんですけど、例えば長距離、
ロングライドとか大会に出たいとか…どんな感じで考えてるんですか?」

「いや、えっと…来年、ハワイの大会にでたいなと思ってるんです。」

「あ、ホノルルの!」

「クロスバイクで参加される方もいるみたいですけど、
やっぱりロードレーサーの方がいいですよね。」

「うん。そうですね~。」

「この前、初めてロードレーサーに乗ったんですよ!たまたま試乗させてもらう機会があって。
もうクロスバイクと全然違いますね。こんなに違うんだーと思ってびっくりしちゃって。」

話を聞きながら、真木くん笑顔で納得するような顔。

「それが、八十万くらいするバイクだったらしくて、
いい価格のだからそんなによかったのかなとも思ったりしたんですけどね。」

「それは、軽かったでしょう。
うちでも色々試乗できるようなことやってますから、是非試してみてください。」

「はい。…じゃ、また伺いますので。」

「どうも。ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

出入口を出ると、またありがとうございましたと言って見送ってくれたのだが、
更に店の外のもう少し先までついてきてくれて見送ってくれた。
今日の真木くんは、終始笑顔だった。

晴海半島で初めてロードレーサーに乗ってからすぐに、
かおりちゃんとロードを購入しようかと検討し始めたのだが、早速彼に話してしまった。
ホノルルマラソンの自転車版というような大会には、
自転車に乗り始めた時からいつか行きたいと実はずっと思っていた。
かおりちゃんに話してみると、彼女もとても興味津々ですぐに話が決まったのだった。

意識していつもより彼に話しかけてみたのだが、彼も色々と説明をしたり話をしてくれた。
間近でよくよく顔を見ながらたくさんお喋りをしたんだけれど…
顔がキレイだった。
目がきれい。表情がいい。顔が小さい。肌がきれい。背が高い。手が大きかった。きれいな手。
そして、やっぱり話しているときの私にむけてくれる表情がとてもよい印象だった。
店のユニフォームなのか首にかわいくバンダナを巻いているのが、とても似合っていた。

最初に別の人が接客してくれようとしていたにもかかわらず、
走ってやってきたとことか

たくさん色々話してくれたとことか

終始笑顔だったとことか

外まででてきて二度見送ってくれたとことか

少し意外だったけれど、今日はとても彼の行動が嬉しく思えた。

もしかすると、もう、暫く私がショップへやってくることはないと彼は思っていたのかもしれない。

Ⅲ November

Ⅲ November

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-06

Copyrighted
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  1. November:1
  2. November:2
  3. November:3