煌々のブラックユーモア
つたない文ですがよろしくお願いします。
光は影無くしては成り立たない。
これはいったいどちらの者が考え出した言葉なのだろうか。
光側の人間か、それとも影側の人間か。いくら考えても見当がつかない。
少し意味は違うかもしれないが俺たちが住む都『エンテリア』にはこれによく似た意味を持つ『表裏一体』という言葉がある。
これは表の部分では全くつながっていないように見えるが、実は根元の部分ではつながっているという意味らしい。
しかし全く持って意味がわからない理解不能だ。
相反している者たちが実は裏ではつながっている? ふざけるな。
つながっているわけがないだろう? 仮にこの例を俺たちに当てはめてみるとすれば、それは俺たち『ヒト』が荒野に漂う『悪魔』とつながっているということになる。
俺たちヒトが光側だと断言するつもりはないが、あんな形の崩れたヒトではない物と一緒にされては困る。
それに俺たちはそいつらを死へと(死という概念があるのかも不明だが)葬ることが主な仕事、『役割』だ。
あんなヒトの形を成していないやつらと俺たちヒトは絶対につながってなどいない。
――絶対にだ。
1「エンテリア」
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「おい、崎村。崎村冬輝、聞いているのか!」
「……」
「貴様――」
「ちゃんと聞いている。それより早く話を進めてくれ」
「ッ! お前というやつは……!」
ここはエンテリアという名のついた王国の北東の大地の隅に位置する、名も無き小さな町の中央にある町役場――通称ギルドと呼ばれる建物の中だ。
そして今、苛立ちを隠さず殺意のこもった鋭い目で俺を睨んでいるのは『ここの』ギルドのリーダーであり町の町長でもある浦田陣だ。
先ほどから話半分で話を聞いている俺の態度が気にいらないのだろうが、それはこちらの台詞でもある。
誰が好き好んで己の理念に反する、愛すべき皆平和論をくどくどと説かれなければならんのだ。
聞いて皆がそれに納得するのならまだいい。
しかし見てみろ、誰もおまえの話なんざ真剣に聞いちゃいない、どちらかといえば皆俺に似たようなことを考えてる顔をしているぜ――と今この場で言ってもいいのだがそれだとさらに浦田の機嫌を損ねることになる。それは非常に面倒であり不快だ。
よって俺はこの場はじっとしておくことにした。
浦田がこほんとこちらに目を向けながら控えめに咳払いをする。
「んん……話を元に戻すが、私はこのまま悪魔どもを無意味に葬り続けても意味は無いと思っている。それは労力の無駄であり、それも大変な『作業』だからだ」
確かにそれは浦田の言うとおりだ。
悪魔というものはいうなれば俺たちヒトを邪魔するモンスターだ。
通行の邪魔をしたり、時にはその通行人にむやみに攻撃を加えたりと非常に危険だ。
だからこそ俺たちはこうしたギルドで悪魔討伐メンバーと落ちあい、作戦を立て剣などの武器を持ち、邪魔となっている悪魔どもを葬りに向かっているわけだが……最近どうも妙なことが起こっているのだ。
浦田が続ける。
「知ってのとおり今中央都市とこの村を結ぶ道の途中にはびこっている悪魔に限らず、全ての悪魔が討伐しても間を空けずにどんどんと無限に出現するという状況になっている。そのせいで我らの住むこの町には食料、飲料が中央都市からの支援が届かず、貧困な状況に陥っている」
「……」
「このままでは町の民が皆飢え死んでしまう。しかし中央都市からの支援は来ない。そこでだ」
浦田がいったんここで言葉を切った。
……なんだか嫌な予感がした。
「……苦渋の策ではあるがこの中から一人、食料を調達しに向かわせることにしようと思う」
「……」
普段は影から堅物の浦田といわれている奴がこんなシビアな法を提案するなんて珍しいな。
俺がそんなことを思っているとメンバーの一人が勢いよく立ち上がった。
あいつは酒屋の息子の辻京平だ。
「おいおいあんまりふざけないでくださいよ浦田さん。それじゃまるで俺らの中から生贄を捧げると言ってるようなものじゃないですか」
口調こそ敬語だがその顔には隠しきれない怒りがにじみ出ている。
当然の反応だろう、あいつも俺と同じで悪魔に対して絶対的な嫌悪感を持っている。
一人で向かわせる。
これはいわば、こそ泥の真似事だ。
一人で向かわせるということはばれない様に行け、ということなのだろう。
5,6人でいけば悪魔どもに見つかり戦闘になる。が逆に言えば一人で行けば悪魔どもに見つかる可能性が減り、激しく体力を消耗する戦闘を回避できるということだ。
しかしそれでは『悪魔に屈したも同然』の行為。
あいつが苛立つのも当然ともいえよう。
「……」
浦田は何も言わない。この沈黙は肯定ととっていいだろう。
そんな浦田の反応が京平の感情をさらに高ぶらせた。
「ふざけるなよ……ふざけるなよ浦田さんッ!! いくら食料や飲料物に困っているからってそれはないだろ!? 俺たちはあんたの駒じゃないんだ、迎撃班と調達班の二つに別れて行くとか他にもやりようはあるだろ!? もっとちゃんと考えてくれよッ!」
「……」
先ほどまで俺に見せていた態度はどこへいったのか、浦田は黙って俯いているだけだった。
京平が浦田を問い詰める。
「浦田さ――」
「他にできるだけの策は考案し、手は尽くした。しかしもう……これ以外、有効な手立てが無いのだ……」
浦田が悔しそうに下を向いて歯噛みする。
「……」
威勢のよかった京平も牙を抜かれたようにその場で黙り込んでしまう。
……ギルドに重い空気が立ち込めた――とその時。
「なら……私が行っていいかしら」
綺麗なアルトボイスの声がギルド内部に響いた。
「遠山……」
声を上げたのはそれまで黙りこくっていた悪魔討伐メンバーの一人だ。
今声を上げた黒髪ロングで顔の美しさでは町のほかの女に引けを取らないことで有名なあいつは、悪魔討伐メンバー内で唯一の女戦士、遠山穹音である。
「そんなこと穹音にさせられるわけがないだろう」
即時に俺は古き良き友である穹音にそう返す。
「あら、心配してくれるの? ……でも女だからって舐めないでほしいわね」
「違う、そうじゃない」
「あら違うの?」
何もわかっていないきょとんとした顔で穹音は俺にそう聞き返してくる。
はあ……こいつは何もわかっちゃいないな。
「俺が言いたいのは心配のことでもなんでもない。――お前じゃ無理だからだ」
「おい……その言い方は無いだろう」
現状を突きつけられ、威勢をくじかれ黙っていた京平がそれは失礼だろうといった具合に俺に突っかかってくる。
しかし俺は『今ここにある事実』を述べたまで。
反論される筋合いはこれっぽっちも存在しない。
「俺は事実を述べただけだ。文句を言うのは筋違いじゃないか?」
「お前……」
京平が何かを言いたそうにこちらに目を向けてくる。が、
「いいのよ京平。冬輝も悪気があって言っている事じゃない」
ベストタイミングで穹音が声をはさんできた。
よくわかってるじゃないか。
「……」
渋々といった感じで京平が姿勢を正す。
「……で結局どうするんだ?」
メンバーの一人が皆にそう問いかける。
「……」
誰も口を開こうとはしない。皆わかってはいるのだ。
浦田の出した案がベストだということに。
ただ納得できない、それだけだ。
「……俺が行こう」
――ヒトは皆変化を恐れ、動こうとはしない。
しかし自ら動かなければ人生は変動せず、平凡で終わる。
そんななんの変哲も無い人生などごめんだ。
故に俺は、変化を望む。
危険など知ったことじゃない。ここでのうのうと飢えを迎えるよりはずっとマシだ。
「……」
皆驚いた顔で発言した俺を見てくる。
「本気か……?」
「いやいやお前がそこまですることはない」
「何か他の案があるはずだ、早まるな」
皆無責任な言葉を口にし、俺を引きとめようとしてくる。
しかし立候補者の俺には分かる。
そういう皆がどこか期待するような目で俺を見ていることを。
ただし、
「そんなのこれ私が許さない」
「何いきがってんだ」
この二人を除いて、だが。
「ここで誰かが行かなければ状況は変わらない。こんな名も無き町に危険を冒してまで食料を調達してくれる輩なんざ都市にはいねえってことぐらいお前らにも分かるだろ?」
いかにもそれらしいことを言って俺は穹音と京平の二人を説くが……どうやら逆効果だったらしい。
「ふざけないで、これは貴方一人で抱え込んでいい問題じゃない」
「そうだ。それに仮に俺たちがそれを認めたとしてお前は一人であの大量の食料、飲料水を運ぶつもりか? 少しは考えて物を話せよ冬輝」
「そんなこととっくに理解している。それを理解した上で俺は独りで行くと言ったんだ」
……実のところを言えば俺は食料を受け取った後の事など考えちゃいない。
無責任と言われても仕方の無いことだと思うが、そんなことは今はどうでもいい。
要は希望の光を持たせることが重要なのだ。
たとえそれが今にも消えそうな風前の灯のものだったとしてもだ。
「「……」」
俺が何を考えているのかつかめないのか二人が押し黙る。と同時にギルド内部に妙な空気が流れた。
……決定だな。
「おい、浦田(リーダー)。出発はいつだ? 支援は届かなくとも中央都市に連絡をよこすことぐらいはできるだろ?」
元々この案を発案したのはリーダーである浦田だ。それくらいの配慮はしてもらおう。
「……分かった。何らかの方法で中央都市には連絡を入れておく。出発は……準備もあるだろう、二日後の早朝で構わないか」
「浦田さん!!」
京平が異議を唱えようと声を上げ、席を立ち上がるが、
「……」
穹音どころか誰も彼の声には反応を示さなかった。
「……了解。二日後……明後日の早朝に出発するとしよう」
「くそ……なんなんだよお前ら。おい冬輝、お前はそれでいいのか?」
苛立ちを隠さない、怒りのこもった声で京平がそう問うてきた。
……俺の返事は決まっていた。
「あんまり野暮なことは聞くなよ京平。お前だって、分かっているだろう?」
「……ッ!」
急に立ち上がったかとおもうと京平は乱暴にドアを開け放ち、そのままギルドを出て行った。
「……」
ヒトは誰だって自分が最優先だ。
誰が死のうと構わない、要は自分さえ生き残ればいいのだ。
所詮ヒトは深層心理ではそんなことを考えて生きている『醜い』生き物だ。
それこそ――荒野にはびこる悪魔みたいに。
今回はたまたまそれが表に出ただけだ。
ずかずかと苛立ちを露にした態度で出て行く京平を見届けながら俺はそんなことを考えていた。
煌々のブラックユーモア