純 愛 〜pure love〜

》序《

時は平安
所は京の都

ここに、若き男子(おのこ)と女子(おなご)
知らず知らず出会い、惹かれ合い…


この世には、『運命』というものがある
『運命』、それは『運(めぐ)りゆく命の定め

その「定め」がもたらすものが、「幸」か「不幸」かは、誰にもわからない
知る術もない

ただ、「幸せ」な結末を祈り、見守ることしかできない

この若き二人の『運命』、いかなる「定め」に辿り着くのか…

さぁ、今ここに、二人の『運命』の物語を始めよう

》睦月《

寒き白
淡き光に
溶かさるる
運命の人
ここへ導かん


 京の都、八条殿に、一人の若き男子がおられます。名を『純(あや)』といい、みな純君(あやぎみ)とお呼びします。左大臣の祖父、大納言の父を持ち、見目麗しく聡明で、そして何と言ってもその名のとおり、優しく純真な若君でございます。純君は、※頭中将として宮仕えしておられます。

 ※頭中将…蔵人所(天皇の勅旨や上奏を伝達する)の責任者であり、近衛府(天皇や皇太子の警備をする)の中将をも兼任している

 純君の隣におられるのは、真空君(みそらぎみ)と紫苑君(しおんぎみ)でございます。
 真空君は、先の右大臣菅原道真公の御孫君であらせられます。無鉄砲なところがおありですが、あどけなさの残る方。純君と同じ近衛府で少将として宮仕えしておられます。
 そして、もうお一人。
 物静かで、純君と真空君にとっては兄のような存在の紫苑君でございます。橘家の御子息で、参議として宮仕えしておられます。三位宰相(さんみのさいしょう)とも呼ばれ、太政官での政治に参加されておられます。

 今日、ここ内裏の紫宸殿(ししんでん)では、※元日節会が行われております。三人も、この元日節会に招かれ出席しておられます。

 ※元日節会(がんじつのせちえ)…元日を祝い、天皇が紫宸殿におでましになり群臣に宴を賜う儀式

 そんなおり、
「みな、良い顔をしているね。新年というだけで、こんなにも心が晴れやかになる。なぜだろう…」と純君。
「何て呑気なことを!何故我々は元日から内裏に来なければならないのだ。元日だからこそ、ゆるりと我が家で過ごしたいではないか!」とすかさず苛立をぶつける真空君。
「そう言うな、真空。我々も身分ある身なのだから。それに、ほら、あそこを見てみなさい…」と紫苑君。

 その指し示される先には、内裏中の女房達が、御三人の参内を聞きつけ、集まり騒いでいました。そう、この御三人、都でも評判の美男子なのでございます。家柄も申し分ございませんし…。

「あぁ、そうだな…。う〜ん、では今日はどこの女房に文を送ろうか…?」と目配せなさる真空君。女房達の黄色い悲鳴が、内裏中にこだまします。
 ここで一つ注意を!真空君のおっしゃる「文」とは、もちろん「恋文」のことでございます。
「真空、いい加減にしとけよ!先日文を送ったあの姫とはどうしたのだ。あれだけ、熱心に文を送り、通っていたではないか?紫苑もそう思うだろう?」
「何を言っているんだ、純は!一人の女子に、私一人が熱中していたら、他の女子が可哀想ではないか!私は、皆の真空なのだよ」
「また、そんな事を言って。それでは、誰一人として幸せにする事などできないではないか!少しは幸せな恋をしたらどうなんだ?」
「またまた、甘い事を言って。私は幸せだよ。いろんな女子と楽しい時を過ごせて。紫苑もそうだろう?」
「まぁ、真空の言うこともわかるが、純の言うことにも大切なことだね。真空はもう少し一人の女子に沢山の時を使っていいんじゃないかな?純は、早く『運命』の女子とやらを見つけ、幸せにしておやり」
「そうだった、純には『運命』の女子がいたのだった。どこにいるかわからず、どんな姿をしているかもわからない…。恐ろしい事だ、そんな女子を待ちながら年を重ねるなんて。私は若い今、多くの女子と遊びたい!こうしている時も勿体ない!では、失礼する。早速、今宵の為に文を書かねば。では!」足早に去って行かれる真空君。
「真空!ちょっと待て!なんだ、今の言い方は。『運命』の女子は必ずいるのだ。あなたのようにいろんな女子と遊んでいては、『運命』の女子が現れても、気づけぬ!その時に後悔しても遅いのだよ」
「落ち着け、純。真空も、悪気があっていったのではないと思うよ」
「紫苑は、いつも真空には甘すぎる。真空の尻拭いはもう嫌なんだ」
「なぁ、真空は私たちにとって、弟も同然であろう?」
「それは、そうだが…」
「なら、大目に見てあげなさい」
「紫苑に言われると、弱いな…」
「それにしても、純、あなたも、そろそろ女子に文を書いてみてはどうだろう?」
「えっ!?」
「あなたも、もう『運命』だとか、言っている年ではなくなってきているよ」
「紫苑…、あなたはわかってくれていると思っていたのだが…。私の想いをわかってくれる友はいないのか…」
そう言い終わらぬうちに、純君は去って行かれた。

「純…。私は、あなたの良き理解者であり、良き友であると確信しているのだが…」
「どうなされた、紫苑君?」
「これは、これは、賀茂神社の神主、榊殿ではないか」
「いえ、なに、純と真空の恋模様に、私が揺さぶられているだけですよ」
「ほほほ、毎度のことじゃな?あのお二人のお考えはちょと違うておられる」
「はい。二人には幸せな家を築いて欲しいのですが、なかなか難しそうです」
「まぁ、いずれ、落ち着くじゃろうて。紫苑君も、ご自分の家の事を考えてみてはいかかじゃろう?」
「そうですね。私も、そろそろ身を落ち着かせる年。考えねばなりませんね」
「そうそう、ご自分の幸せも」
「幸せか…。私も幸せになって良いのですかね…」
「何を仰せになられる。あなた様にも、幸せになる人生がおありですよ」
「嬉しいお言葉を、ありがとうございます。でも、まずはあの二人をなんとかしなければ!」
「そんな、意気込んでは、舞い降りる恋も逃げて行ってしまいますぞ」

こんな、紫苑君のお気持ちには露とも気づいておられない純君と真空君。これからの、行く末が、見物ですね。

》如月《 へ続く

純 愛 〜pure love〜

純 愛 〜pure love〜

時は平安の世 藤原道長が全政権を手中にしようとしていた頃の物語 出会ってはならず 文を交わしてはならず まして愛し合うことなど許されぬ 純君(あやぎみ)と愛姫(ちかひめ)… 二人が出会った時に、すでに運命の歯車は回り始めていた 「ウエストサイドストーリー」がシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を本にしているのは有名な話。 日本で、同じことが起こるとするならば…。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-05

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