君に恋してた
秋の寒さが身にしみ始めた忘れられないあの夜…。
遅番の仕事が終わりアパートに着くと部屋のカギを開けた。
この暗闇が襲って来るような感じが嫌で、いつも出かける時はカーテンを開けっ放しにしていたのに何故か閉められ真っ暗で肌寒く感じた。
壁伝いにスイッチを探し、押すと玄関に愛佳の革の指定靴を見つけた。
やっぱり、愛佳来てんだ…。
ヒーター勝手に付けて良いって言ったよな…?
と思いながら靴を脱ぎ「愛佳ー来てるんだろう…」と足を進めて行くと制服を着たままの愛佳がいつもの椅子に座りダイニングテーブルに腕を乗せ顔をふせていた。
愛佳の小さな眼鏡はテーブルの上に置かれていた。
「こんな場所で寝んなよ…」
愚痴り着ていたコートを愛佳の体にかぶせヒーターの電源を入れた。
僕は両親と折り合いが悪く高校を卒業してから直ぐ就職し、隣町のこの部屋に住み始めた。
それから半年が過ぎた頃から、何が楽しいのか二つ下の従兄弟の愛佳が学校帰りに寄るようになり、いつの間にかもう一人分の食器が違和感なく増えていた。
ここにいて何が楽しいのかと聞いた事があるが「教えないーー」と返された。
何度か似たような事を聞くと、ただ一言「居場所がない」とだけ呟いた。
まぁそんな気はしてたけど…。
愛佳の両親は再婚同士でお互いに子連れだった。
「新しい妹が出来た」と最初は喜んでいたが、10歳も年の離れた妹を可愛がる両親に嫉妬していたのかもしれない。
湯を沸かしながら、ふとテーブルにうつぶす愛佳を見ると、小さなメモ用紙を握っていた。
『ケン兄、ごめんね…。愛佳』
ん?
これだけでは何が何だか良く分からなく悪いと思いながら軽く愛佳の肩を叩いた。
「愛佳。おい愛佳…」
一向に起きなく体を揺すった。
「おーい愛佳。起きろよー。愛佳ちゃーん。おい愛佳ってば…」
半ば意地になりながら小さな体を何度か揺するとテーブルに乗せていた愛佳の腕がダラリとすべり落ち何かが床に散らばった。
白い錠剤…。
冗談だろ…。
愛佳の手に握られていた小さなビンを取り上げラベルを見た。
睡眠薬…。
「マジかよ…。愛佳!」
顔を良く見ると青ざめていたが何故かおだやかな顔をしていた。
「何考えてんだよ…!!」
救急車を呼び病院に向かったが睡眠薬を多量に飲んだ事で意識は戻らず昏睡状態が続き、数日後朝日が昇るのと同じ頃、ピーー…と部屋中に機械音が響いた。
身内や警察からの尋問からやっと解放されアパートに戻ると床に散らばったままの睡眠薬を片付けるわけでもなく、あの日愛佳が座っていたあの椅子に僕は座り同じ格好をしてみた。
どうして愛佳が睡眠薬を飲んだのかは分からないけど、ここから見えたのはベッドだった。
ん?
僕は椅子から立ち上がりベッドの枕元に置かれた可愛い模様のレター用紙を拾い上げた。
『ねぇ、私がいなくなっても誰も悲しまないよね。
誰も泣いてくれないよね。
私は望まれて生まれて来たんじゃないんだから…』
と愛佳の小さな震える字で書かれていた。
「俺は悲しいよ…」
声を殺して僕は泣いていた。
何度もこれが夢だったらどんなに楽だっただろうと思う…。
愛佳、僕は君に恋してたんだよ…。
- end -
君に恋してた