Ⅱ October

October

新しいバイクの購入にあたって、本当はクロスバイクでなくロードレーサーの購入も少し頭をよぎった。


ロードレーサーの方が軽くて速く、どれだけ乗り心地がいいだろう。
しかし、女性でロードレーサーに乗っている人を殆ど街中でみかけたことがない。
ドロップハンドルにもなんだか少し抵抗がある。
女性がロードレーサーに乗っていると目立ってしまうし、男性のように乗っている姿が様にならないかも。

そんな理由で、ロードレーサー購入に踏み切れず、
なるべくロードレーサーよりのクロスバイクを手に入れようと
クロスバイクにしてはハイクラスと思えるものを選んだのだった。

せっかくそんないいバイクを手に入れたのだから、やはり今までよりもっと活用して色々と遊びたい。
長距離走ったり、遠方まで持って行って知らない土地で遊んだり。
そうなると、付き合ってくれる自転車友達が必要になってくる。
今までも周囲に声をかけたことがないわけではなかったのだが、なかなか長続きする人間がみつからなかった。

しかし、久し振りに見込みがありそうな人間を一人思いついた。元仕事仲間のかおりちゃん。
一回り近く年下の後輩。行動力がありそうで、以前自転車の話をしたところ、興味がありそうな反応だった。
彼女が数か月前に転職してから暫く会っていなかったが、連絡を入れてみたところ、
二つ返事で私の誘いに応じてくれた。

そして、彼女に私が以前乗っていたクロスバイクを提供することにした。
なんといっても初心者だし、とても乗り気で喜んで突然の誘いに応じてくれ、
また私からするとかなり年下のまだまだ若い印象の後輩なのだから、
彼女の負担を軽くしてあげたいと無期限で長期貸出。

譲ってしまってもよかったのだが、思い入れのあるバイクだったので、とりあえず貸出。
それに、半年もすれば、きっと新しいものが欲しいと言いだすだろう。

クロスバイクをかおりちゃんに貸し出す為、久し振りにメンテナンスをすることにした。
秋はとても気候がよく、自転車のベストシーズン。
早く準備を整えなければ、すぐによい季節が終わってしまう。
そんな訳でBIKESHOPへ行かなきゃ行かなきゃと思いつつもなんだかんだで行き出さず、
十月に入ってからやっと足を運んだ。

新しいクロスバイク、コルナゴのウィンディを注文したのは九月の初め。
受けっとったのは九月半ばだから…それから、もう半月が経っていた。
昼過ぎにBIKESHOPへ行くと、店内は数人の客でにぎわっていて、
前に行った時のように店内をさっと見渡してもすぐにスタッフの姿をよく確認できなかった。

真木くんをみつけて声をかけたいところだったが、入口近くにいた別のスタッフの男性に声をかけた。
店内にFELTのバイクを持ちこみ、タイヤの様子を見てもらったり、
交換を頼みたいところなどかがみこんで話をしていると、そのすぐ横を通り過ぎる人がいるのが視界に入った。

なんだか気になる気配だったが、かがみこんで話をしているところだったので、誰なのかはよく分からなかった。
すると、通り過ぎたその人がすぐにまた戻って来た。

「こんにちは。」

声をかけられて顔を上げると、真木くんだった。

「ああ、こんにちは。」

笑顔で答えると、彼も笑顔をつくり、また通り過ぎていった。
その後、交換する小物選んだり、この前対応してくれた女の子にも声かけられて色々一緒に見てもらったり。
最初に対応してくれたスタッフの男性…今井さんとレジでやりとりをしていると、
真木くんがレジカウンターに入ってきた。こちらに背をむけた格好で、書類か何かを触っているようだった。

閉店前にでもまた取りに来るので今日中にお願いできないかと話していたのだが、
交換するタイヤの在庫がなかった為、一週間後にまた来る事に。
結局三十分以上店にいたのだが、その間真木くんが近くを行ったり来たりしていたのに、
なんだかタイミング悪くて全く話をすることがなかった。
他のスタッフと話していたのを、彼は何気に聞いてたように思えたけれど。

でも、入店した際にすぐに気づいてくれたことが、なんとなく嬉しかった。
今日は、ここのとこ後ろでまとめていた髪を下ろしてなんとなく雰囲気を変えていたのにね。

一週間後の秋晴れの気持ちのいい土曜日、またBIKESHOPへクロスバイクを持って行った。
店へ着くと入口があけっぱなしになっており、そのままFELTのクロスバイクを持ちこんで入っていく。
今日は、奥に真木くんの姿をすぐに発見。
と思ったら、レジにいた女性スタッフの花田さんに声をかけられてしまった。

二日程前に入荷待ちだったタイヤが納品になり、メンテがもうできる旨を彼女から電話をもらっていた。
電話で話をしていたので、はいはい~っと花田さんがすぐにクロスバイクを
受け取り、自転車を扱うテックスペースへ持っていく。
直接真木くんに手渡したかったんだけどなぁ。

真木くん、奥で自転車を触っていたからか、今日は私がやってきたことにすぐ気付かなかった様子。
花田さんからクロスバイクを受け取る時もなんだかわかってんだかわかってないんだか。
テックスペースから少し離れたレジのところで、その様子を見ていた。
どうも花田さんと真木くんの話がかみあってなさそうだったので、近づいていってみる。

すると、花田さんが「タイヤと…スタンドでしたっけ?」と言うので、
「スタンド?えっと、タイヤとグリップとライト。」なんてやりとりをする。
いつもの真木くんなら、ここで「あ、こんにちは。」とか言ってくれそうなんだけど、何も声がかからず。

レジの方へ戻り、ストックしてもらっていたグリップ等を花田さんが暫く探す。
テックスペースへそれを渡しに行った後、戻ってきた彼女に会計をしてもらい、
ショップの二階も見ていいのかと尋ねてみたり、受け取った商品の値札をハサミできってくれと言ってみたり。
メンテナンス待ちの間、二階を見に行ってみる。

スタッフやオーナーさんが二階にある事務所から出入りしており、「こんにちは。」と声をかけられた。
三十分程時間がかかっていて真木くんと話したいなぁと思いつつも話す機会がなく、
最後は一階に置いていある雑誌を読んでるところに、声がかかる。花田さんから。
いつの間にか、メンテが終了したクロスバイクがレジの前に置いてあった。
真木くん、全然声かけてくれなかった。

花田さんと軽く話しながらお店を出ようとした時に不意に後ろから声が聞こえた。

「ありがとうございましたー。」

目をやると…
真木くんが、奥からレジのところまで出てきてこっちを見送ってくれるふうに立っていた。
店を出る瞬間にありがとうございましたーっと声をかけられても、
店の人の掛け声的な感覚のやりとりにも思えるけど、この時、私は律義に振り向いた。

すると、真木くんがこっちを見て見送ってくれていた。最後の最後に。
ちょっと嬉しかった。
わかんないなぁ。なんで今日はあんまり声をかけてくれなかったんだろう。
この前メンテを頼みに行った時に真木くんと殆ど話さなかったから、どうか思ったのかなぁ。

でも、最後の最後にレジのところまで出てきて、こっちをみて見送ってくれてたところに何か感じたり。
年いくつなんだろう。最初は若―い感じと思ってたけど、やっぱり…落ち着いてる雰囲気あるし、
三十二くらいだったりして…
と自分に都合がいいように考えたりして。
初対面の時からの印象で、なんだかとても何かを感じるんだけど。

真木くんに触ってもらったFELTかっこよくなった。
タイヤもメーカーのネームが入ってかっこいいし、グリップもいい感じ。ライトもいい感じ。




三週間ぶりに、真木くんに会えた。FELTのメンテ以来。
新しいクロスバイクの一カ月点検で行った時は休みだったのか、姿が見当たらなかった。
ま、今井さんやオーナーさんに快く対応してもらったけど。
今日は、かおりちゃんとランチ&買い物の後、夕方BIKESHOPへやってきたのだった。

歩いて疲れたので、一息つこうとSHOP併設のカフェに入り、とりあえず腰を落ち着けた。
初めてまともにカフェに入ったのだが、なかなか居心地がよい。
テーブルに置いてあった雑誌をみつつ、なんだかんだと話しつつ、まったり。
最初は一人しか客がいなかったのに、暫くするとぼちぼち常連客らしい人達が入りだし、
オーナーさんがやってきて話をしてたかなと思っていたら、思いがけず真木くん登場。

常連さん達と暫くやりとりしていた。
挨拶した方がいいかなと思ったけど、イマイチタイミングがなく、そのままに。
しかし、その後、店の方を見に行くと、割とすぐに真木くんが声をかけてくれた。

「こんばんは。コルナゴのバイク、どうですか?」

真木くんの方に目を向けると、自然と笑顔になってしまった。
「こないだ一カ月の点検で持ってきたら、いらっしゃらなかったから、
他の方にみていただいたんですよ。快適です。こないだみていただいた白い自転車を友達に譲ったから、
今日はちょっと一緒にお店見にきたんですけどね。」
かおりちゃんの方を見て真木くんに言うと、彼もにっこりと笑顔をみせた。

「どうぞゆっくりしていってください。」

挨拶程度に話をした後、私が友人と一緒だったからか、すぐに彼はその場を離れた。
久し振りにまともに話せて嬉しかったけど、なんだか少し意識しすぎて上手に話せなかった。
真木くんどう思ったかな。
帰る時、オーナーさんともう一人スタッフの人が丁度出口のところにいて感じよく見送ってくれたんだけど、
私、感じのよいお客ふうに見えてるのかなぁ。

最初に彼を見た時はなんとも思わず、ただショップの人という感覚でいたというのに。
やりとりをするうちに、言葉を交わすうちに、彼に会う度に、
みるみる彼の事を気にするようになっていった。
不思議なくらいに。不思議で仕方がない。会う度に彼の事が気になっていく。

最初こそ彼の別れ際の行動に驚いたものの、その後は特に変わったやりとりはなかった。
それなのに、彼に会うと何かを感じていた。
当たり障りのないやりとりの中に微妙な雰囲気を感じたのか、彼の表情から何かを感じたのか。

今日は、かおりちゃんに高島さんみたくキラキラした女性になりたいなんて言われちゃった。
真木くんには、私どう見えてるかな。

Ⅱ October

Ⅱ October

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-03-03

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