カラスとヒバリ
この空遠くへ行ってみたい。
僕は、とても寂しかった。いつもいつも一人で、いつもいつも寂しかった。
みんなみんな、僕を嫌うんだ。みんなみんな、嫌うんだ。
空はあんなに広いのに、僕の居場所はほんの少し、この木の上だけ。
広い空の真ん中では、スズメや、ツバメが歌ってる。
「この空遠くは どんなとこ どんなとこ」「行ってみたいな 遠くまで 遠くまで」
僕みたいに、しわがれた声は聞こえない。
僕には、アルトもソプラノも、歌うことができないから。
「僕も行きたい 遠くまで 遠くまで・・・・・・」
小さく歌うと僕は何だか悲しくなった。
寂しいと悲しいは慣れっこだけど、楽しいと嬉しいは知らないな。
知りたいな。知れるかな。
「カラスはいつも一人だね、一人だね」
小鳥の歌う節に合わせて、僕へ話しかけるようなうつくしい声が聞こえた。
「・・・君は誰だい?」
僕はびっくりした。僕の目の前にヒバリがいたから。
「私はヒバリよ 歌が好き」
きれいにきれに着飾ったヒバリが歌いだす。
「あなたは 歌が 好きかしら 好きかしら」
「好きだと いいわ 嬉しいわ」
「私はヒバリ 歌が好き」
「あなたも一緒に歌いましょう」
ヒバリはそう歌うと、僕のつばさを引っ張った。
「僕のつばさは汚いよ 黒いつばさは汚いよ・・・・・・」
僕はまた悲しくなってきた。
スズメやツバメが歌うから。
黒いつばさは 汚れてる
「そんなことないわ」
ヒバリはピタリと歌うのをやめて、僕を空へと連れ出した。
「わっ・・・・・・」
「行きましょう 行きましょう」
「あの白い雲の 向こうまで 向こうまで」
ヒバリに引っ張られて、僕は初めて木の上の高いとこまで飛び上がった。
「ほうら みて 世界はこんなに うつくしい」
喋るように、歌うように、ヒバリはどんどん高く昇っていく。
「まって まって 僕は君と一緒には行けないよ」
僕は必死にヒバリのつばさを離そうとするけれど、ヒバリはそのたびつよくつよく僕のつばさをにぎりしめた。
「あなたの意思は 関係ないの 私があなたと一緒にいたい ただただ それだけなのよ」
なんて身勝手な鳥なんだ。
僕はむっとして、ヒバリのつばさをはらいのけた。
「僕は 君とは 行きたくないよ」
つよくはっきりと言ったつもりだったけど、僕の声はなんだか弱く響いた。
「悲しいわ 悲しいわ そんなこと 言わないで」
声を震わせたヒバリはつばさで涙をぬぐう仕草をしてみせる。
「ああ、悲しませる気はなかったんだ。ただ、僕と一緒にいると君まで嫌われそうで・・・・・・」
僕はどうしてこんな情けないことを言っているのかわからなくなった。
一人で静かに暮らしていたのに。
「大丈夫よ!だって私はヒバリだもの」
ぱちんとウィンクをして、ヒバリは僕に笑ってみせた。
「たしかに、ヒバリは人気者だけど・・・」
明るくてきれいで、僕とは正反対のヒバリに自信たっぷりに言われると、なんだか大丈夫な気がしてきた。
「さあさあさあ 行きましょう 行きましょう まずは あなたの 歌を聞かせて」
鈴のようなうつくしい声でヒバリがうながした。
「そんなの無理だよ 僕の声はこんなだし」
僕がうつむいてつぶやくと、ヒバリはことさら楽しげに歌い続ける。
「あらあら どうして そんなこと やってみなくちゃ わからない」
「私は その声 大好きよ 私にだせない 響きだわ」
「だから ほらほら 歌いましょう」
「でも僕、歌なんて・・・・・・」
矢継ぎ早に言われて、僕は尻込みしてしまう。
「”てきとう”でいいのよ ”てきとう”で」
「てきとう・・・・・・?」
「そう! 歌詞は”てきとう” 節は思いつき なんとなく なんとなく 歌えばいいの!」
ヒバリの言葉に押されて、僕は精いっぱい口をあけて歌いだした。
「この空遠くは どんなとこ 僕にも 行けるの その国は」
「この空遠くは どんなとこ 行ってみたいな 遠くまで」
僕とヒバリは、それから遠くの山が紫色に染まるまで、歌い続けた。
おわり
カラスとヒバリ