最悪の告白
最悪だ!
電柱に抱きつくようにめり込んだ車を見て、タンカの上でショックのあまり呟いた。耳鳴りのように救急車のサイレンが聞こえる。息苦しさと刃物を突きたてられたような痛みに、意識が朦朧として次第に闇に落ちていく……。
「瀬戸さーん、瀬戸洋輔さーん。目を開けてください」
優しい女の声。うっすらと瞼を持ち上げ、明るさに目をしばたく。白いカーテン、点滴がぶら下がっている。ああ、病室だ……。どうやら助かったらしい。
「苦しいところはないですか?」
誰かが顔を覗き込んでいる。白い制服と頭にナース帽をつけた若い看護師がおぼろに見えた。彼女は俺に笑いかけた。
「うふふふ」
やけに挑発的な笑い声だと思っていると、顔が耳元に近寄って、そっと囁かれた。
「洋輔、えらい目にあったわね。車ごとハグするなんて、きっと美人の電柱だったのね」
途端に目がパチリと開いた。この声、この笑み、このしゃべり方。
「み、美香! ううっ!」
「ダメダメ、動けないわよ。三か所骨折しているの。安静にしていないと」
まずい……と、俺は痛みに呻きながら、慌てて美香から目を逸らした。妙な汗をジワリと掻く。彼女の勤める病院へ運ばれたなんて悪夢だ!
美香とは二年前に、半年ばかりつき合った。軽い付き合いのつもりが、愛や恋や結婚やと責め立てられ、社会人になりたてで、結婚なんて考えもしなかった俺は別れを切り出した。そしてさっさと新しい女に乗り換えた。美香は泣き叫び、死ぬや生きるやの泥沼状態。漸く別れたのに、まさかここで再会するとは……。
「うふふふ、やさし?くしてあげるからね。瀬戸洋輔さーん」
美香は動けない俺の体をシーツの上からひと撫でして言った。その顔には含みのある笑みが浮かんでいる。ぞくっと身震いする。別れを告げた日、包丁で切りつけられたのを思い出す。
彼女は……復讐する気だ。
翌日、容体は随分良くなり、意識もはっきりしていた。体はミイラ状態で、固定されたままだが、とにかく動かなければ激痛に呻くことはない。
「失礼します」
病室のドアがいきなり開き、美香がワゴンを押して入ってきた。シャッとベッド周りのカーテンを引き、緊張している俺に冷ややかな視線を向けると、有無を言わさずシーツをめくる。そして、するすると俺のパンツを下ろした。
「わっ! なんだよ!」
「大丈夫。手術前に陰毛を剃るだけです」
そう言った美香の手にカミソリが握られた。すうっと彼女がその手を上げ、キラリと光る薄い刃をじっと見つめた。寄り目になった顔に狂気が漂っている!
「た、頼む、電気カミソリにしてくれ!」
「ダメ。隅々まで剃らないと」
ジョリ……。
「動かないで。陰嚢切り裂いちゃったら大惨事よ」
金縛りにあったように体が凍りつく。美香の細い指が俺のペニスをそっと摘み上げる。その指にぎゅっと力が込められて、俺は思わず呻いた。
ジョリジョリジョリジョリ……。冷たい刃がペニスの生え際に滑るように当てられる。ゾクゾクする感覚が頭のてっぺんまで昇ってきて、息を飲む。
美香は上目づかいで俺を見ると、艶やかな唇から舌をのぞかせた。たまらない。自制しようと思っても、美香の手の中で俺のムスコは完璧興奮してきた。
「うふふ、私、剃毛って得意なの。安心して」
「できるか! 俺を切り刻んで、復讐するつもりだろ!」
「なに馬鹿なこと言ってんの? 私はお仕事しているだけよ」
ジョリジョリジョリ……。緊迫感と刃の感触に震えが走る。股間の敏感な皮膚が果てしなく熱を持ってきた。フルフルと快感が脳天を突く。耐えようときつく目を瞑ると、繊細な刃が美香の舌のようで、二人の淫靡な情景が妄想となって俺を襲った。
「やめてくれえ」
美香の細い指が上下に動き始めた。もう気が狂いそうだ。むくむくと頭を擡げる欲望に耐えきれず、ついに俺は叫んだ。
「た、頼む!」
「なんですか?」
「な、舐めてくれ……」
一瞬の沈黙……。美香が呆れた顔をして、カミソリを握った手を小さく振る。
「冗談でしょ? もう恋人同士でもないのに」
「お、お願いだ……」
美香がにっこり笑った。そしておもむろにしゃぶりついてきた。その快感のすごいこと。俺は交通事故で重傷を負ったことも忘れて、爆発した。
美香は唇を舐めると、
「馬鹿ね。復讐なんてするわけないじゃない」
と小首を傾げて、恍惚とした俺に微笑んだ。
結局、俺の手術は膝で、パンツを脱ぐことはなかった。
そして、その後も美香は動けない俺の股間を剃り続けた。
俺は入院中に、完璧に調教され、彼女とよりを戻した。
半年後――。
ウエディングマーチ。祝福する沢山の出席者。輝ける結婚式。
披露宴の司会が嬉々として言った。
「では、新婦に、新郎のプロポーズの言葉を披露してもらいましょう!」
美香が振り向き、俺に嘲るような笑みを向けた。ま、まさか……俺の愛の告白を、ここで……。
美香の声が、期待渦巻く会場に朗々と響いた。
「一生、俺の股間を剃ってくれ……です」
一瞬の静寂のあと、拍手が起こった……まばらに。
さ、最悪だ……。
<おしまい>
最悪の告白