追いかけるその背中
甘酸っぱい裏側と、追いかけっこの物語。
私が就任してから副会長の仕事が増えたらしい。らしいと言っても、自他共にそれは認識しているし私以外出来る人が居ないので仕方のない部分もある。
自慢するわけでもないけど、私は中学の時は女子陸上部の部長を務めあげていた。しかも長距離の選手だっただけあって、足の速さと体力は下手をすれば男子にだって負けるつもりはない。
だからなのだろう。サボり魔である我らが会長の回収係りに任命されてしまったのは。
「会長! 今日という今日はちゃんと仕事してください!」
「そんなん、めんどいやん。」
いつも通り、放課後が始まる合図を聞いた後、一目散に教室を出る。
そして生徒会室に荷物を置いて会長がサボっていそうなところをしらみつぶしに渡り歩く。大体いつも、中庭か屋上か体育館裏に居るので割と範囲は狭くて楽なのだが、やはり無駄な事はしたくないのが本心だ。
ましてや私が毎日こんな状況なので、他の役員に大半の仕事をこなして貰っているのだ。副会長としてのノルマは必ずやっているがサボっているあの会長の分は他の役員に任せている事になってしまっている。割と真面目な書記と…軽そうな感じはしたけれど、責務はきちんとこなしている1学年下の会計なので、そっちの方は特に問題はないのだけれど。
今日は嬉しいことに、一番最初に行った中庭に会長が居たので一気に加速をつけて走り出す。これでも元陸上部だったのだ、舐められては困る。そんなことを言っても悲しきかな性別の差。どうあがいても私が会長に追いつけるはずもなく、いつも数十分に渡る鬼ごっこを繰り広げた後、逃げられてしまうのだ。そしてすっかり疲弊しきった私は生徒会室に戻り、書記と会計と一緒に仕事に取りかかる…というのが一日の…いや、いつもの流れだった。
しかし、今日に限って違った。
いつもは苛々する程に余裕で、私との距離をつかず離れずに保ちつつ走っていた会長が何故か今日は走るスピードが遅かった。そして、あろうことか追いついてしまった。
怪訝に思い会長を見てみると、明らかに走行距離に合わない息遣いと汗の量。嫌な予感がした私はとっさに会長の額に手を当てた。
「ちょっ、なにすんねん!」
いきなりの事に驚いたのか、会長は必死に抵抗をする。が、私は完全に無視をした。
「熱い…。会長、熱あるじゃないですか!」
やはり私の予想通りだった。明らかに人の体温より高い熱を感じ、私は嫌がる会長を今度こそ完全に無視して運よく近くにあった保健室まで引っ張って行った。
「失礼します。誰かいらっしゃいますか?」
「……。」
引っ張られたのが不服だったのか、保健室には来たくなかったのか、隣に居る会長はすこぶる機嫌が悪かった。というより現在進行形で右肩下がりだ。
生憎、担当の先生は外出しているらしく保健室内には誰も居なかった。仕方なく勝手に体温計を拝借し会長に渡した後、会長をベッドの方に放り投げた。扱いが酷いのは仕方のないことだ。日ごろの行いのせいなのだから。
「…別に、保健室まで来る必要なかったで。」
「バカじゃないですか? その熱で平然としてる方が頭おかしいです。」
「………。」
未だにふくれっ面の会長が拗ねた口調で文句を言ってくる。けれど弱った病人相手に私が負けるはずもなく、来客者プリントに会長の名前を記入しながら即答で返した。
無言の空間が続いた中、体温計の小さな電子音が鳴り響く。会長に確認してから記入シートに体温を書きこみ、数個質問してプリントを書き終えた。
「今日はさっさと帰ってくださいね。」
「…仕事やれ、とか言わへんねんな。」
「病人を働かせるほど鬼じゃないです。というかサボってる自覚があるなら、生徒会室に来て仕事してください。」
どうやらサボり魔だという自覚はあるらしい。
それにしても何故に自覚はあったのに仕事はしなかったのだろう。やはり面倒なのか?けれど、実を言えば会長が一番楽なのだ。主に仕事の量とか諸々が。私たちでまとめたりした資料をチェックするだけなのだから。
「会長はなんで生徒会室に来ないんですか?」
「そんなん……えっと、な……。」
いつもは思ったことをハッキリすぎる程にストレートに言う会長が、なぜか歯切れが悪くなった。珍しい事もあるものだと思いながらも、少し不審に思った私は再度聞き返す。
「どうしたんですか?」
「そんなん………お前に追いかけてもらいたいからに、決まっとるやん。」
「…え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
追いかけてもらいたい…私は断じて会長の追いかけっこの人員ではないはずだ。だって副会長なのだから。きっと「楽しいから」という会長の遊びだと思うのだけど、こっちは切実な願望なのだ。楽しまれても正直困る。
それにしても、遠まわしに告白されたかと思った。あの会長がそんなはずないのに。
「……なんか反応してや、こっちが困るわ。」
「え、あ…えっと…。」
反応と言われても、今はまともな反応が出来る気がしない。告白まがいの内容にほぼ反射的に赤面してしまって顔が真っ赤になっているからだ。私はきっと赤く染まっているだろう顔を見られたくなくて軽く俯いた。
「えっと、仕事してほしいので、追いかけっこは控えて欲しいのですが……。」
「なんや、意味通じてなかったん? お前の事が好きやって言うてんけど。」
今度は直球に言われた告白の言葉。驚いて思わず顔を上げてしまったのがいけなかったのか、会長の顔を直視してしまった。そのせいでまた体温が上昇する。
普段追いかけてるため会長の背中しか見ていなかったのに、今は真正面から顔を見ている。校内でも少数と言われる程に綺麗に整った顔立ちを目の当たりにして、変に意識してしまったせいか更に顔に熱が集まった。
「で、返事はどうなん?」
どうやら、今日は生徒会の集まりには行けそうにないみたいだ。
追いかけるその背中
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