over the sky

愛し合っていた二人に怒った、唐突な悲劇の物語。

 このまま目を閉じれば、キミの元へ行けるだろうか?

 真っ白い部屋の中でカーテンが揺れる。開いた窓から入ってくる真夏の涼しい風が、誰かが飾った小さな風鈴の音を鳴らし続けていた。延々と流れ続けていた面白くもないテレビの電源を消し、私は窓際に立って空を見る。
 限りなく続く壮大な青空の上を、踊っているかのように流れる雲。今はその雲が太陽を隠していて、それ程までに眩しくはなかった。
 まるで心が洗われるような感覚に浸りながらも考えるのは数日前の事。今だって目を閉じれば、まるで昨日の事のように思い出せる。


 その日は雨が降っていた。
朝から降水確率が100%で一日中どんよりとした空気に包まれていたけれど、私の心は綺麗さっぱり晴れ渡っていた。
友人と遊びに行ってくる…なんて嘘を言い、最近付き合い始めた彼とデートをするために家を出た。ずっと好きで、でも接点がなさ過ぎて諦めようとした矢先での彼からの告白。柄にもなく舞い上がった私は、その興奮が冷めないうちにデートの約束を取り付けた。それほどまでに私は嬉しかったのだ。
 そして付き合い始めて5日後…今日が初デートの日。
生憎の雨だったけれどそんなことすら気にならないほどに私の気持ちは最高だった。
 待ち合わせ場所である駅前について彼を探すためキョロキョロと周囲を見渡す。すると後方から聞き覚えのある足音が聞こえてきた。

「ごめん、待った?」

「私も今来たところ。」

 振り向いた先には少し疲れ気味の彼が居た。きっと走ってきてくれたのだろう。軽い挨拶と一言二言交わした私たちは、それから10分後に到着したバスに乗り込んだ。二人して今日一日の予定に心を躍らせながら。


 見上げていた空から少し視線を外すと、まるでタイミングを狙っていたかのように、私の病室の扉がノックされた。

『大林さん、検査の時間です。』

「…はい、今行きます。」

 時計を見れば午後4時10分。
もうそんな時間かと思いつつも、ベッドの横に掛かっていた上着を羽織って病室を出た。


 バスに乗り込んでから私たち二人は寝てしまった。
どうせ1時間くらいバスに乗っていなければならないので、少しくらい眠っても別に大丈夫だろうという事で、二人して仲良く手を繋いでイスにもたれかかった。公共の場だというのに眠る前に笑顔でささやき合って。

「おやすみ…楽しみだね。」

「おやすみ、これから楽しむんだよ。」

 お互いに最期の言葉になるなんて知らないで。

 目が覚めた時は知らない部屋の中に寝かされていた。
いつも以上に重たい瞼を懸命に開くと、驚いた顔の両親が映り父が慌てたように部屋から出ていった。残された母も若干涙目だ。
わけが分からなくて、ただボーッとしていた私の脳内処理が追いついたのは、それから3日後の事。眺めていたテレビから、見たことのある場所とバス転落事故のニュースが流れて一瞬頭が真っ白になった。幸いにも軽症者として私の名前もその他大勢として載っていた。けれど彼の名前は出てこなかった。
 最悪の事態を予想して既に半泣きだった私の目に映ったのは、死亡者一覧に載せられた彼の名前だった。


 看護婦さんに着いて行くようにして、長く静かな廊下を歩く。最近は傷口もふさがりつつあり、それ以外に目立った外傷もないのできっと私はもうすぐ退院出来るだろう。

 歩きながら廊下の窓から空を見る。やっぱり憎たらしい程に透き通った青色に程良く白色が映えていて、思わず少しだけ笑ってしまった。

 あの空の先に、彼はいる。
なんの根拠もなく私は心の中で断言した。だってあの空から彼が見守ってくれるのなら、私はまだ前に向かって歩いて行ける気がするから。

『大林さん、入ってください。』

「はい。」

 呼ばれた声に、心なしかいつもより高い声で返事をして、私はドアを開けた。

over the sky

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over the sky

失った悲しみは、底知れない。 真っ白い部屋の中で、私は静かに涙を流した。

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更新日
登録日
2013-03-01

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