花咲くその日まで
■ □ ■ □ 更新情報 □ ■ □ ■
★2013/3/4★
『*3* 弱虫』を編集・追加しました。
『*4* 鈍感』を書き始めました。
★2013/3/7★
『*4* 鈍感』を追加しました。
*1* はじまり
「え、何言ってるの…」
3月27日。それは私の16歳の誕生日のことだった。
父から告げられた事実に、動揺を隠せなかった。
「だから、お前ももう16歳。この源(みなもと)家では、16歳の誕生日から、17歳の誕生日の間に、婚約者を決めることになっているんだよ」
「……ちょっと待ってください。私には今、お付き合いしている方もいないんですよ?」
いきなり言われたところで、「はい、わかりました」なんて簡単に言えるわけがない。
そもそも、この16年間、まともに男性と付き合ったこともなければ、キスの経験すらない。
そんな私が婚約者を選ぶなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう。
「そうか。しかし、焦ることはない。候補者は決まっている。あとは、その4人のなかから、お前が心から愛せる相手を選ぶだけだ。何も難しいことではないぞ」
「候補者…?」
そんな話も初耳だ。これからお見合いでもするんだろうか。
そう思った瞬間に父がニヤリと笑った。
「そうだ。お前のよく知っている4人だから、一年もあれば、充分選べるはずだぞ」
「え、私も知っている人なんですか?」
「そうだ。お前が幼稚園の頃から付き合いのある4人だよ」
「それって……」
確かに、思い当たる人物は4人だった。
私の友人で幼稚園からの付き合い、そして父が知る人物は彼らだけだ。
「では、頼んだぞ。素晴らしい相手を選んでおくれ。方法はお前に任せるからな」
こうして、私の婚約者選びは幕を開けたのだった。
*2* 不安
桜の花咲く4月。今日は新学期の始業式だ。
私たちの学校は、有名私立高校。家柄の良い、つまり、お金持ちの通う場所。
そんなことを言うと、車で送迎を思い浮かべるだろう。しかし、それは校則で禁止され、電車通学か自転車通学の生徒が多い。
今のご時世は、庶民性を学ぶことが大切だと言うのが、学長の方針。
そんなわけで、多くの生徒がSP連れで通学している。
学園の中は強固なセキュリティに守られ、警備員も1000人規模。
ごく普通の学園生活を送るために、学園内でのSPの同行は禁止されている。
「なるほどねー。面白いじゃん!」
電車通学の私は、親友の瑞希と一緒に通学している。
婚約者選びの話をすると、彼女は陽気に笑ってそう言った。
「面白くないよー。まだまともな恋愛経験の一つもないのに、無茶苦茶すぎるもん」
確かにね、と瑞希はまた笑う。
「でもさぁ、咲良はこんなにいいカラダしてるんだし、使わなきゃ勿体ないでしょー!」
そう言って、瑞希は私の胸をツンツンと指で押してきた。
「わあっ!ちょっ、瑞希、やだっ…」
恥ずかしくて顔を真っ赤にしてしまった。
「可愛いなぁ。身長だって小さめだし、出るとこ出てるのにくびれもすごいし、胸はFカップ。おまけに肌は真っ白で、黒髪ロング。パッチリした目も可愛いし、下唇がちょっと厚めのとこも男の子受け抜群のはずだよね。なんで彼氏いないのか不思議だよ」
瑞希のつらつらと私を褒める言葉に、更に恥ずかしくなってしまった。
「そ、そんなことないよ! 私なんて……。瑞希の方がモデルさんみたいでスタイルも顔もキレイだし、カッコいいよ」
「ありがと。でも、咲良はやっぱりわかってない」
瑞希はそう言ったけど、私は彼女が羨ましかった。
引っ込み思案の私に比べて社交的だし、背が高くてスラッとした体型で、運動神経も良く、いつも注目の的。地毛で茶色い髪を綺麗に巻いていて、持ち物だってセンスがいい。自慢の親友だ。
「それにさ、咲良の幼馴染みって、みんなレベル高いじゃん! あのなかから、婚約者を選べるなら、何にも文句ないでしょ」
「んー、そうなのかなぁ…」
確かに、みんなそれぞれに個性があって、ルックスだって悪くない。
「でも、みんなモテるみたいだから、私が選ぶ立場なのか…とか、思ってる?」
瑞希に指摘されて驚いた。その通りのことを、ここ数日ずっと考えていたからだ。
「当たりだね。まぁ、咲良が自分に自信ないのは知ってるけどさ、あたしにとっては自慢の親友だからね。自信持って頑張りなさい」
瑞希はふわりと笑って、私の頭を撫でてくれた。
「…うん、ありがと」
自分がどんな家に生まれたかはよくわかっている。だから、今回のことも受け止めるつもりでいる。それでも不安はつきまとう。
それを軽くしてくれる存在がいることに、感謝。
「頑張ってみるよ」
そう言うと、瑞希は頷いてくれた。
*3* 弱虫
新しいクラスも瑞希と一緒だった。
出席番号順に席に座ると、隣に座った人物に声をかけられた。
「咲良、おはよ」
「あ、おはよ、智(さとる)」
すぐ返事をすると、智は笑って言った。
「婚約者の件、よろしくな! 俺、選んでもらえるように頑張るから」
「え、あ、うん……」
そんな言葉をかけられると思っていなかった私は、返す言葉が見つからなかった。
智は、名前を松原智(まつばらさとる)といい、日本最大手のホテルグループの長男だ。
幼い頃から柔道を習っていて、黒帯の実力。家にはたくさんのトロフィーやメダルが飾ってある。その一方で、学力も全国模試で10位以内。文武両道とは、彼のことと言ってもいいだろう。
「咲良さ、今日の放課後、予定ある?」
「ん? 特にないよ」
「じゃあさ、久しぶりに買い物付き合ってよ。明後日、母さんの誕生日だから」
わかった、と返事をすると、智は顔をくしゃっとして笑った。
昔からこの笑顔には弱いんだけど、智はここ最近、ぐっと男らしくなった。背が伸びて、肩幅も広くなった。
「あ、そうだ。放課後ちょっと用事あるから、教室で待っててくれる?」
「うん、いいよ」
智は、中学の頃からかなりモテた。放課後の用事も、きっと女の子からの呼び出しだろう。でも、付き合ってる人がいた記憶はない。
今日は授業がなく、あっという間に時間が過ぎて、放課後。
「じゃあ、咲良、バイバイ」
瑞希と同じように手を振ると、瑞希はニヤリと笑って言った。
「デート、楽しんでね」
瑞希が帰って、みんなが徐々にいなくなって、教室にはいつの間にか私だけになっていた。
「暇だぁ…」
足をプラプラさせて、ふと外を見る。校舎裏には、智と女の子。窓際の席からはよく見える。
頭を下げている智を見るからに、断っているのだろうと予想できる。
それから数分して、息を切らして智が戻ってきた。
「ごめん、お待たせ!」
「ううん、大丈夫だよ」
そんなに急がなくても大丈夫だったのに、と続けると、智は笑った。
「待ってもらってる間に、咲良が誰かに連れ去られちゃったら困るからね」
「そんなことあり得ないよ」
私も思わず笑うと、智が私の頭に手をぽんと置いた。
「よし、行くか」
「うん」
隣に並んで歩き出すと、智がすっと鞄を持ってくれた。
「あ、いいよ、自分で持てるよ」
「いいから、たまには甘えなさい」
久しぶりに聞いたその言葉に、懐かしい記憶を思い出した。
子供の頃から礼儀作法や習い事など、とにかくいろんな指導をされて育った私は、幼稚園でも変わった存在だった。
友達とケンカをしても、泣くのはいつも相手だけ。
ある友達に大切にしていたオモチャを隠されて、ケンカになったときも、相手が泣き出した。先生たちは、泣いた子を慰めて、私から相手に謝るようにと言った。
「自分がわるくないことでは、あやまれません」
そう言った私を先生たちは責めた。
何もかも終わった後で、私はこっそり滑り台の下で泣いていた。人前で涙を見せない、としつけられていたからだ。
それを見つけたのが智だった。
あわてて涙を隠そうと俯くと、智は私の頭を撫でて言った。
「たまには甘えていいんだよ」
その言葉に大泣きしたのを覚えている。
私はいつの間にか、思い出し笑いをしていたようだ。
「なんか面白かった?」
智にそう聞かれて、我に返った。
「ううん、懐かしいなぁって」
そう言うと、智は少し間をあけて話し出した。
「そうだよな。中学からずっと違うクラスで、久しぶりに同じクラスになったもんな。それに、なんか、中学入ってからは、咲良は話しかけ難くなってきてたし」
「え! どうして?」
そう尋ねると、智は、困ったように笑って言った。
「どんどん綺麗になって、モテるようになったじゃん」
「そんなことないよ! 数えられるくらいしか告白されたこともないし…」
予想もしていなかった答えに、驚いて、恥ずかしくなって、声が上擦ってしまった。
「鈍いのは相変わらずだな」
「え?」
鈍くなんてないよ、って言おうとしたら、先に智が口を開いた。
「みんなに可愛いって言われている女の子に告白するのは、勇気がいるんだよ。それができない弱虫もいるの」
ちょっと困ったような表情でそう言った。
*4* 鈍感
「今日はありがとな。本当に助かったよ」
私の家まであと数十メートル。
智にお礼を言われて嬉しくなった。
「ううん、こちらこそありがと。楽しかったよ」
お母様、プレゼント気に入ってくれるといいね、と続けると、智はおう、と言ってくれた。
「あ、ちょっといい?」
智は立ち止まって、私の方に手を伸ばした。
驚いて目を閉じた。
「ごめん、髪にゴミついてたみたいだったから」
目を開けると、智は笑っていた。
「あ、ありがと」
「うん」
何故だか恥ずかしくて、顔が赤くなる。
慌てて俯くと、智の手が私の顔に触れた。
「咲良」
名前を呼ばれて視線を合わせた、瞬間だった。
「んっ…!?」
唇が重なっていることに気付くのが一瞬遅れたのは、初めてだったからだと思う。
「ちょっ…、さと…んぅっ…」
非難しようと智の胸を押しながら口を開くと、ぬるっとした感触のものが入ってきた。
「やっ…、んっ…、ぁ…っ」
胸を押した手はいつの間にか掴まれていて、身動きが取れない。
されるがままになっていると、しばらくして唇が離れた。
「咲良、すごい可愛い」
智が優しい目で私を見ている。
「え、あ、あのっ…」
なんでキスしたの、って聞こうとしたら、智は私の唇に指を当てて、唾液を拭った。
「ごめん、いきなりで」
「え、えと……うん?」
どう返していいのかわからず、頭の中はパニック状態。
とりあえず智を見上げると、今度は抱きしめられた。
「俺、ずっと咲良のことが好きだった」
抱きしめる力の強さに、その言葉の意味を理解する。
「え…っと……」
何か言わないと、と思って口を開こうとするも、言葉にならない。
「……だから、俺、今回のことはチャンスだと思ってる。だから、今日誘ったのも、気持ちを伝えるためだった」
智の力が少し緩んだから、顔が見たくて少し距離をとる。
「ごめん、俺、弱虫だから、なかなか伝えられなくて」
智の顔は真っ赤で、なかなか視線を合わせてくれない。
「気持ちだけ先走ってキスしちゃってごめん」
言葉が出てこなくて、慌てて首だけ横に振った。
智は少しだけ笑って、それから言った。
「返事は、婚約者を決めるときでいいから。それまで、ちゃんと俺を見ていてほしい。ゆっくり考えてほしい」
うん、と頷くと、智はほっとしたように表情を緩めた。
それから、智は私を家まで送ってくれた。
「好き、かぁ…」
ベッドに横たわり、呟いた。
智の思いも寄らない一言に、胸が高鳴っていた。
夕食はあまり喉を通らなかった。
唇にそっと触れると、キスの記憶が甦ってくる。
自分からあんな声が出るなんて思わなかった。
脳天が痺れる感覚も初めてで、自分の力が抜けていくのがわかった。
掴まれた腕は、男の人の力そのものだった。
改めて、智が一人の男性だと思い知らされた。
咲良は鈍い。そう言っていた智。
ずっと好きだった、と言っていたけれど、それはいつからなんだろう。
気付かずにいた自分は、やっぱり鈍感なんだろうか。
智がくれた言葉と、初めてのキスに、胸の高まりが抑えられない。
結局、その日は遅くまで眠りにつけなかった。
*5* 経験
「おはよ、咲良」
翌日、後ろから声をかけられて、思わずびくりとしてしまった。
「あ、さ、智、お、おはよ」
声までどもってしまって、恥ずかしくなる。
ぎゅっと目を瞑ると、智が隣の席に座ったのがわかった。
「咲良」
「え、…はいっ」
緊張しすぎ、と智が笑った。
昨日の今日で平然としている智がすごいと思うけど。
「昨日はいろいろありがとな」
「う、うんっ…」
心臓が速いのがわかる。
思わず唇に目がいってしまう。
この唇と、キス、したんだ。
「あのさ、」
声をかけられて、ふと我に返ると、智が耳元で言った。
「そんな顔で見られたら、我慢できなくなる」
思わず真っ赤になった顔を両手で隠すと、智は笑った。
「咲良、本当に可愛い」
そんなこと言われたら、余計に顔が赤くなる。
智は優しいけど、少し意地悪なのかもしれない。
二時間目が終わって、休憩の時間がくると、ガラリと教室の扉が開いた。
「智! 数学の教科書貸して!」
入ってきたのは、見知った顔だった。
「あ、咲良、久しぶり」
声をかけられて、同じように久しぶり、と返事をした。
「輝、お前、さっそく忘れ物かよ」
呆れたように智が声をかけたその人は、私たちの幼馴染みの一人だ。
榊田輝(さかきだあきら)。
大手映画配給会社の家の次男で、お兄さんは外国の大学に通っている。
昔からムードメーカーで、どこに行っても和の中心にいる人。
私とは、中学から高校一年まで同じクラスだった。
背も高いし、明るい茶色の髪の毛は遠くからでも目立つ。
中学入学から途切れなく彼女がいて、はっきり言って、チャラチャラしている。
「そう言えば、咲良」
智と話していた輝がこっちに話題を向けてくる。
「俺、コイツには負けないからね」
自信満々の笑顔に、思わず笑ってしまった。
「すごい自信だけど、私、彼女のいる人とは付き合えないよ?」
「いや、今はフリーだし!」
あの子とは別れたよ、と輝が続ける。
「お前は本当にとっかえひっかえだな」
智が苦笑いで言うと、輝は言った。
「何事も勉強だろ? 俺は、咲良を満足させてあげるために、いろんな経験をしてたの」
智が呆れた顔でため息をつくと、予鈴が鳴り出した。
また後で、と言って輝は自分の教室に帰っていった。
***登場人物***
読んでくださる方がややこしくなりそうなので、登場人物の紹介を書きます。
登場するごとに追加していきます。
◆主人公◆
源 咲良(Sakura Minamoto)
大手財閥グループの一人娘。16歳の高校二年生(4月から)。
庶民上がりの父が母と結婚して生まれた。
生まれて16年間、付き合った経験なし。
◇友人◇
進藤 瑞希(Mizuki Shindo)
咲良の親友。咲良と同じ学年(4月生まれ)。
大手商社の娘。兄がいる。
高校生にして、恋愛経験豊富。モテる。
★婚約候補者①★
松原 智(Satoru Matsubara)
咲良の幼馴染み。大手ホテルグループの長男。
柔道黒帯、学力優秀な文武両道の男の子。
咲良と同じクラス。隣の席。
花咲くその日まで