月読の夜

月読の夜

自分を狙う殺し屋とワケあって同居することになった俺はどうもこの殺し屋の考えてることがわからない。思考回路解読不能。
見た目の美貌とは裏腹に中身はウルトラ級に変人なのだった。
そんな奴とうまく同棲できるか?
不可能だ、無理だ、まず嫌だ。

そんな俺たちのドタバタ日常活劇は繰り広げられる…
なわけない詐欺です嘘です日常なんてこの殺し屋女がいる限り俺には当分来ない。



ーーー

妖怪との共存、それは人間にとっては些か遠いことなのかもしれない。
だけど、そんな人間が、妖怪と関わることで起きる事件や非日常、
一人の高校生を中心に妖怪たちと人間たちは
奇怪に交差する。

雨男ストレンジラブ 01

田舎と都会が合わさったような街 この傘峰市のほぼ中心部に位置する蓋付高校で俺は高校生活2度目の始業式を迎えた。 
 そしてクラス替え
だが楽しみなどない。
だからといって不安も無い。
俺の青春とやらはとっくの昔に失われ、今は思い出を残すために高校に行ってるわけではなくただ行かなければいけないっぽいから通ってるだけ。
無気力に行動し抜け殻のように口を動かさず何事にも無関心。
今ではこんなはずではなかったと後悔することもない。
新しいクラスの教室に入った俺はとりあえず自分の席に座った。
辺りを見渡せば同じクラスになった友人と喋っている生徒もいれば、廊下で別クラスの生徒と喋っている生徒もいる。
小学校の頃から味わっている新鮮な空気だ。
そんな光景をぼーっと傍観した俺は窓の奥の景色を見た。
席は窓側の前から四番目。これから一ヶ月ほどは景色を見て休み時間を暇潰せそうだ。
休み時間、他の生徒たちは友達と話したり遊んだりと暇を潰すと思うけど、どうも今年はそんなことやれそうにない。
誰も俺と関わってほしくない。
それは俺が人見知りが異常に激しいなどとかそのような問題ではなく一種のトラウマ、防衛的意識などだと思う。
なぜなら高校1年の冬、いや思い出したくもない。

午前8時30分、ホームルームも近いので生徒たちは着席していた。
窓から見える曇りの天気は始業式には不向きな景色である。
そんな景色に見飽きた俺は(これじゃあ休み時間もたないな・・・)ふと横の席を見た。
座っていたのは黒髪のボブヘアーにぱっちりとくっきりとしたまぶたで肌が透き通るくらいに綺麗な白色をした女子がいた。
本を読んでいたのだが片手には携帯電話を持ってページをめくるたびに一度目線を携帯の画面に以降していじっている。
手の動きからして誰かとメールしているのだろうか。

いや、本読むか携帯触るかどっちかにしろよ とツッコミたいところではあるが初対面だし話かけたところであまり関わりを持ってほしくないという俺の思いから会話も続きなそうだしやめておこう。うん。

頬杖をつきながら彼女を凝視していたのだが、俺は重大なことに気づいた。
さっきから目が合っていることだ。
最初は向こうもチラチラ俺の方を不思議そうというか困ったような顔で見てきていたのだが、そんなこと気にも止まらなかったせいかずっと俺が見ていたので向こうも俺の方を見ていた。

「あ、あの・・・どうかしたの? ですか」

突然喋りだしたので驚いた。
猫が喋り出したのかと同じくらいびっくりして俺は瞳孔を開いたまま少し黙っていた。

「あ、ごめん」

とりあえず謝った。
いや、この場合誤った。
ここで謝ると向こうは向こうで気を使ってしまうし、俺が彼女を見ていた理由が不覚明のまま終わってしまうので、ここは言っておかないとまずいよな。
俺は自分のためにも彼女のためにも言葉を加えた。

「なんか、本と携帯両方持ってる人初めて見るなーって」

俺のとびきりの作り笑いをお見舞いしてあげた。
ここ最近本気で笑ったことない俺だが思えば作り笑いですら久々な気がする。
彼女はは作り笑いとは思えない自然な笑顔をして本と携帯を持った手の肘を机から上げた。
「これ? ウチ本も読みたいけど同じ学校にいる幼なじみからメール来るからメールしてるんですよの あ、してるの」
「敬語とタメ口がごちゃまぜになってるよ」
「ん、ちょっと間違えちゃっただけ。クラスに知り合いいなかったから緊張してるだけだよ」

彼女が見せる戸惑いの顔と笑顔がかみ合って可愛く見える。
誰とも関わりを持ちたくないと思っていたけど。
これは"偶然"なのだろうし運命ではないのだから、
この人と仲良くなっても大丈夫だろう。うん。

「俺も知り合いいないから、若干緊張してるかも」
「全然そんな風に見えないよ?むしろリラックスしてる」
「別にそんなことない ・・・そんな風に見える?」
「見える見える。なんか弧都瀬君意外と話やすい」
「あれ、なんで俺の名前知ってるの?」
「んーと、去年の12月のこととかで少し有名だよ・・・ごめん掘り起こしちゃって」
「まあ昔のことだし、忘れることら無理だけど気にしないことならできるからいいよ」

気を使ったように口をアヒル口にして上目遣いで彼女はゆっくりうんと頷いた。

忘れたくても忘れられないことは誰にだってあるけど
心の奥底ではそれを忘れてはならないという義務感があるのだと思う。
だから忘れることができない。


時は午前8時40分。
先生が教室にやって来たのであったがただいま俺が人生で11回目であろう試練の壁にぶち当たろうとしていた。
夏休みの始まる前に配られる悪魔の手紙と同じようなことかもしれないのだろうが、それが処刑ならば今からは始まるのは公開処刑だ。
「はいでは1番から自己紹介してってなー」

彼は気楽にそう言ったが俺にとってはそれは醜態を晒す、しかも自ら。
俺の名字が"こ"から始まることを深く恨んだ。 すぐに俺の番がきた。
ここは時間勝負だ。
さっさと終わらせてやろう。
俺は立ち上がりまあ普通に普通の声でごく普通に自己紹介した。

「えーと弧都瀬 桜 です・・・好きな食べ物は抹茶アイスです」

周りがざわめき始めた。
女みてぇー 桜? 変わってる
もうちょっと俺に聞こえないように言ってほしい。 あと俺が座ってもこっちを見てくるのもやめてほしい。どういう顔をすればいいのかわかんなくなるから!

名前の由来は、知らない。
何故女の子みたいな名前なのか。何故桜なのか。
俺は男だ。
髪だってそんなに長い訳でもないし言動体型もまるっきり男。♂よ♂。 さくら♂

俺の席の横に座ってる女子も俺の方を見てなにか可愛そうなものを見るような目をしていた。

「その気持ちウチわかるよ 名前が異性みたいなの」
「お、同情してくれるの?」
「うんうん もうすぐウチの自己紹介だから教えてあげる」

まさか彼女の名前は男の名前だったりするのか?
いやそれは可愛そすぎだろ。
まあ俺自体可愛そすぎだけれども。

そして彼女の自己紹介の番がやってきた。
若干わくわくしている自分がいるがこの際それは誰にも内緒ということで。
彼女は立ち上がって一端スカートを手で整えて口を開いた。

「きりんりん しなです 好きなことは本を読むことです」

俺の時のように周りがざわつき始める。
彼女は若干顔を赤らめ周りの頑張って視線を誰とも合わせそうとせず席につき俺の方を向いて、ふぅとため息をついた。

「お疲れ。きりんりんってどういう漢字なの?」
「うーんと口じゃ難しいから今紙に書いてあげる」

しなさんは鞄からノートを取り出しシャーペンでスラスラ書いてそれを俺に何か自慢でもするかのように見せてくれた。

麒麟凛獅南

「すっごい強そうでしょ」
「思ったよりすごいなぁ•••古来伝説に伝わる仙人みたいな名前だね」
「結構言ってくれるじゃんか」
「ごめんごめん」

少し本気で落ち込み始めたのであまり変なことは言わないでおこう。うん。
だけど彼女に麒麟の要素も凛の要素も獅の要素もまったくないのが皮肉だ。
しなさんは小動物みたいで守ってあげたくなるようなそんな雰囲気な女の子である。

「ウチ弱いのにこんな名前だから本当に自分が情けなくなるの」
「人って自分のことを強いと思うほうが弱いんだと思うよ」
「どうして?」
「強いって思ってるとそこで終点になるけど弱ければ弱いほど高見をめざせるじゃんか」

「お、なかなかうれしいこと言ってくれるね」

しなさんは安心したような笑顔をして俺も同じように安心した。
彼女の笑顔は癒され見てるだけでもうれしくなってくる。
容姿 言動 行動
そのすべてが俺の心にひっかかってくるような気分だ。
彼女がどんな罪をおかしても許してしまえるとさえ思った。

自分に嘘はつけない。
思ってしまっては駄目なことだとわかっていたけど、
今回ばかりは偶然。偶然のはず。偶然じゃなければならない。

俺はしなさんに恋をしていた。

灰色の空が頭上に広がる中、寒さを耐え抜いた木々が緑色を作る山に未だ冬の名残がある萎れた稲が生えている田圃に囲まれた田舎道を抜け古き町並みから一転住宅街へ来た俺はわが家へと到着した。
二階建てのごく普通の一軒家である。

ドアを開け玄関を開けるとまず「おっかえりー!」という明るく元気な女声が聞こえる。
リビングに入るとソファにうつ伏せに寝ころび携帯ゲーム機を片手に、もう片方の手の裏を俺に向けてるこの紫色の肩までかかったショートヘアーで無防備にルームウェアの胸元をはだけさせ、太股までめくり上がらせているこの見た目年齢女子高生は霊音(レイン)。
さきほどの玄関でのあいさつの声の主。
そしてダイニングテーブルに座って片膝を立て、もう片膝をぶらんぶらんさせながら目薬をうっている白髪で青色のブレザーに赤色のネクタイ、黒色のズボンを履いていてベルトと後ろボケットを動物の毛で編んだ紐を4 、5本繋げて垂らしている見た目年齢男子高校生は喰奴(クラウド)。
俺に気づいて笑顔で出迎えた。

「イリスなら桜の部屋でなんかやってるよー」

気楽そうな声で喰奴は俺に報告した。
まあこれが日常というわけで、この二人は兄妹であるものの俺の家族ではない。
この二人は多額の金で俺の父親に雇われたボディガード的な人たち。
仕事があまりにも升に合わない結果になったためそのつけ払いとして未だにこの家に残っている。

彼らは妖怪だ。

妖怪"猫又"
年齢は250~300歳らしい。
ただ記憶力は人間とほぼ同等とのことなので過去のことは大きな出来事くらいしか覚えていないらしい。
そんな猫又である喰奴がさきほど言ったことが気になり俺は鞄を持ったまま階段を登り自室のドアを開けた。

「モグモグ パリパリ」

ベッドの上で内股になりポテチを食べてる"こいつ"
綺麗で見惚れてしまうほどの銀色の長い髪に整った顔立ちに片目が青、片目が黄緑のオッドアイ。
濃い緑色をし、金色のボタンが首もとから下まで六ついたた軍服のようなものを上にき下はチェックのミニスカート。黒いニーズソックスを履いたこの恨めしいほどの美少女はイリス。
年齢は17歳。同い年だ。
妖怪を超えもはや神である近い邪神,ヤマタノオロチと人間のハーフ。
そう恨めしいほど美少女。
あまりにも恨めしい。
殺してやりたい

こいつは殺し屋だ。

無情で冷酷で行動に一片の躊躇いもない。

「お前人の部屋で何してんの?」
「わたしの部屋にはクーラー無いから桜の部屋でゆっくりしてる」

どうりで部屋の空気が冷たい訳だ。
異常なほどに暑さが苦手なこいつはよく冷えた風呂や冷蔵庫の中に潜んでいることが多かったので前に俺が注意したところ今回は堂々と暑さしのぎをしてやがった。

「桜も一緒に食べるか?」
「ん、じゃあちょっと食べる  寒いけど」

そういい俺は近づいたがこいつは俺のベットで手についた油をとっていた。
それを行う度に一度俺の方を見てまたそれを行う。

「おい」
「ん?」

俺ははぁーと深いため息をついた。
反応すること事態面倒で、注意するのに疲れる。いつも上から目線女王様気分でいるこの銀髪女はたまに幼稚な部分かいま見させる。
彼女は俺が何も反応しなかったのでつまらなそうに壁に頭から背を反るようにもたれ掛かり窓の奥の景色を見つめてて眠る直前のように目を少し細めた。

「今日もまた、雨か」

彼女が強弱なく棒読みにそう呟き、俺は立っているのが疲れたので勉強机の前にあるイスに座った。
外からは雨の音が止まることなく聞こえてくる。

「ここ2週間ずっと降り続けているな。この街だけらしいぞ雨降ってるの」
「そうか。わたしはやっぱり妖怪の仕業だと思う。雨降り小僧とかその辺」

窓の奥の景色に見飽きたのか頭をかくんと落とすように下に向けた。
銀色の髪が不規則的に流れるようにすらすらベッドに足をつけていく。
そして上目遣いをして俺を見て口を開いた。

「雨降り小僧はな、人間の願い通りに雨を降らせてあげる妖怪だ。だけどそれをお願いした人間の魂を後から奪いにくる」
「まるで詐欺師だな。雨の代償が自分の命か。」
「他人の命を奪うことなど単なる役割なんだし」

イリス・薙・ゴルゴネス

殺し屋である彼女らしい一言だ。
他人の命を奪うということに何も抵抗がない。いや彼女には道徳という概念が存在しないのかもしれない。
だが俺には一つ疑問なことがある。
殺し屋であるイリスが現在でも一つだけ殺し屋らしくない行動をしている。
どう考えても、どれだけ考えてもわからない答えが見つからない見あたらない。
何回彼女に問いただしても返答は意味不明な言葉で帰ってくる。

「イリス、お前は俺を何故殺さない?」

去年の冬、イリス含め4人の殺し屋がこの傘峰市へとやってきた。
目的は・・・
今ここで話すのはやめておこう。 心が締め付けられ窒息してしまうほど痛くなってしまうから。

この街にやってきた4人の殺し屋は目的を遂行していった。
何の躊躇もなく。



12月31日の夜の惨劇。
父、綱鳶が傭兵として霊音と喰奴を雇い彼らの力により物語は完結した。
イリスの殺害の目標には俺も含まれているのだがイリスは一行に俺を殺めようとはしない。
いつも理由を聞くとこう帰ってくる。

「桜を殺す暇がない。暇さえあればいつでもすぐにでも殺すからさ」

それは彼女の口癖になり始めようとしていた。
質問するとコンピューターのようにこのセリフをはいてきやがる。
すべてを亡くされた俺を生かすことが彼女にとっては最高に優雅な拷問という名の娯楽なのか?
でもイリスには楽しい,悲しい,悔しい,苦しい,そういう人間にはごく普通の感情が無いように思える。
つまらない 
という感情はなんだかあるような気はするけど。

「今だって暇そうじゃないか」
「お腹いっぱいだからそれを消化している。 ほら暇じゃないだろ」
「はぁ•••イリスなら俺なんて簡単に殺せるんじゃないか?」
「桜なら่ゴキブリ並の生命力で逃げ回りそう•••気持ち悪い」
「ちょ、それは傷つくわ」

この殺し屋は俺を殺す気があるのか!?
まあ殺してほしい訳じゃないのだけれどこいつの態度を見てると腹が立ってくる。
だだをこねる子供を会いてにしてる気分だ。

俺が怒ってるのがわかったのか、内股で座っている足を一端 中が見えないように膝で立ってスカートを手で上から下にはらって整えゆっくり正座になった。
だけど全体的にダルそう。
疲れたというオーラと顔的にお腹が空いたというシグナルが伺える。
いくら人間と妖怪のハーフであっても体の構造も心もほとんど同じなのだと思う。
今降っている雨だって一粒一粒に名前があったとしてもそれは雨という名でくくられる。
だけど妖怪が人間を全員見たところでそのすべてを同じものとは言えるのは難しいだろう。 人には個性があり感情があり他の人とは明らかに違う。同じものなどない。
ならイリスは、感情が見あたらない彼女にとっては人間は人間なのだから安易に人を殺めることができるのか?
だけどそこに俺というものが邪魔をして答えを見いだすことができない。
計算式の中にある難解な数字のせいで方程式が解けない。

「なら俺がお前に俺を殺すことを強要したら?」
「もしそれでわたしが行動を起こしたとして霊音と喰奴が止めにかかるでしょ? それはめんどくさい」

なら・・・
そこまで言うのなら
俺の気持ちをさらけ出してまでこれだけは言ってやる。

「じゃあお前を殺す」

「・・・そ」


そんな返答はされたところで、俺はこいつを殺すことなんかできなかった。
俺は人を殺すことに慣れてない。
ここで慣れてないなんて言葉を使うことは不気味だと思うが、

俺は確かに人を殺したことがある

「二人ともー!!お昼ごはんー!!」

一階から聞こえてきたのは霊音の声だった。
俺はイリスと話したところで結局答えが見つかる訳でもなく何かを得ることもないため会話を切り上げた。

「とりあえず食べにいこ」

イリスはうんと頷いて、俺たち二人は一階へと降りた。
テーブルには4人分のオムライスが並べられていた。
できたてで湯気がまだ立っていて今すぐにでも口に運びたい気分だ。
それにしても昼からオムライス作るとは霊音も中々頑張るなあ。

「霊音お昼から張り切ってるな」
「いやー料理が上手な女の子は男受けいいしねー♪ 料理を征するものは男を征する!」

エプロン姿に片手でケチャップを持って、一人ずつオムライスにケチャップをかけていった。 ケチャップは何故かケーキの生クリームのように出てくる。
それを指摘してみるかしないか迷ってる途中で喰奴が霊音に言った。

「おいおい霊音、この形はオムライスに合わない合わない♪食欲失せるねー へへ」
「それは喰奴だけ! ほらイリスと桜は今にも食べたそうに待ってるよー  これね、使い切った生クリームのケースの出し口のとこ付けてみたの! こりゃあ面白いでしょ!」

普通思いついても誰も実行しないよ。
うん

全員分のケチャップをかけ終えた霊音はエプロンを外してイスに座った。
それと同時に皆で手を合わせていただきますをしスプーンでオムライスをすくって食べる。
霊音の作る料理は食べ慣れ今や家庭の味として美味しくいただいている。

「そういえばイリスも早く料理作れるようにならないと」

霊音が心配そうにイリスに言った。
しかしこの殺し屋イリスさんはにぐーに手を握って胸に当て自信満々に、誇らしげな顔をした。

「大丈夫。カップラーメンなら一昨日桜に作り方教えてもらって作れるようになったから。 料理なんて余裕よ! 日清は偉大だ」

ブフー!と喰奴は飲んでいたお茶を吹き出して下を向きながら引き笑いしている。
いつも笑って明るく冗談ばっかり霊音はというと苦笑いしながら横目で俺を見た。

「桜色々作れるんだからちゃんとした料理教えてあげようよ」
「本当にカップメンが限界だったんだって!」

あまり言うとイリスがかわいそうだから霊音と喰奴には伏せておくがこの銀髪っ子最初カップラーメンはなんとか作れると言いながら、ボウルにお湯をためてその中にカップを沈めて「ほら完成ぇー」とか自慢気に言っていた輩だからな。 
これから先料理など作れるのか?

「イリスがお嫁さんになったら朝昼晩毎日カップ麺だね♪ いやぁそりゃあ 最高に面白すぎだろ♪ 勿論そんなの最高に辛いだろうけどネ。 ヘヘ 」

満面の笑みで喰奴がスプーンをイリスに向けて言ったこの言葉でイリスが若干涙目になり始めた。
おいおいこんな様が見えるなんて今日はなかなかおもしろいじゃないか。
だが逆手に考えればプライドの塊だとも思えるこの殺し屋。
そうなんだって彼女の職業(ジョブ)は残忍で冷酷で無心な殺し屋だ。
かつて"蛇巻甲冑"と呼ばれ恐れられた彼女がそう簡単にくじけまい。

「く、喰奴のバカァ!!ついでに桜はもっとバカァ!! もうおやすみぃぃ! グスン」

へ?

イリスは泣いた幼稚園児のように両手で目を覆って席を後にしそのまま部屋を出て階段をかけあがっていった。

「二人とも女心わからないなんてダメだよぉ。 ちょっと様子見てくるね」

そう言って霊音はイリスの後を追っていった。
世話好きで人思いな性格の霊音らしい行動だ。
彼女の奇怪とも言える行動に喰奴も少々驚いた顔をして眉をぴくんと動かして俺に目線を合わせた。

「やっちまったね」
「やっちまったな」

今まで感情ですら見せたことが無い彼女があそこまでになるとはいくらなんでもギャップが激しすぎるだろ。
ツンツンして実は心が弱くて泣き虫
ツンジャクか。あやつは。

「桜、やっぱ女の子に家事とかそういう女らしさを否定すると結構傷つくものなんだね」
「あいつにそういう(女心)女らしさがあったんだな。ギャプ萌えならずギャップ引きだよ。まさに。」
「人の内蔵引きずり出して腸を体に巻いていたあの頃がまるで嘘のようだね。まったく。」 

003

高校2年生2日目、現時刻は12時30分。
お昼の時間皆は教室を抜け出して廊下で友達たちと弁当を食べたり、群がるヌーの如く購買へと駆けていく生徒たちの姿があった。
窓から差し込む日差しは春ながら少し暑いとまで思えるほど強いものであった。
そう今日は珍しく快晴である。
奇跡と言うべきなのかごく普通と言うべきなのか。
この2週間の雨が続いた中この天気は異常気象ではないのかと思えるほどである。
そんな天気良好の中俺は弁当を食べているのだが、俺の机に向かい合わせになって購買で買ったクロワッサンを丁寧にちぎって食べているのは驚くべき異名の持ち主、麒麟凛獅南さん。
クロワッサンを口に入れる度に若干笑顔になっている。
よほどおいしいのだろうか。   彼女は俺と同じくクラスで知り合いがいないため彼女からの誘いでこうして食べている。
周りからの視線に若干戸惑うが獅南さんはというと大して気にしていない・・・というわけでもなく最初に「カップルと思われてないよね?」と苦笑いで俺に言っていたので気にしているのだろう。
にしてもあの引きつった苦笑いはちょっと傷つくよ・・・。

「獅南さん弁当持ってこないの?」
「んーとね、今日3時間目くらいで終わるかなーって思って作らなかったらどんでん返しくらっちゃった」
「おいおい考えが甘いぞ。てか獅南さん弁当作れるの?」
「女の子なら高2にもなったら誰でも作れるよ! ウチ結構料理得意なんだよ。よかったら作ってきてあげようか?」

女の子はこう言う男子が自意識過剰になってしまうようなことを普通に言ってのけるから怖いものだ。
高2の歳になれば女の子は料理作れるという仮説、残念なことにその説はわが家にいる一人の女によって砕かれてしまっているのだよ。
イリスという正論で論破されている。
ちなみに昨日はたった5分でリビングに戻ってきてなにくわぬ顔で冷蔵庫から牛乳を取り出してストローで飲んでいた。
「なんだお前ら?そんなに牛乳が恋しいか? 残念極まりないがわたしが略奪したのだからお前らにはあげないよ。」とどや顔をしながら二階の自室へと階段を上っていった。
どっからどうみても泣いた件の恥隠しとしか思えず俺と喰奴は目を合わせて呆れたように笑った。
そんな女とこの獅南さんを比べると、
比べるのにももったいないくらい獅南さんは天使のようだ。 

「獅南さんの手料理とかなんか楽しみだなあ」
「自信ありますよぉー 幼なじみにもたまに作るんだけどすごい良いって言ってくれたし」
「昨日言ってた同じ蓋付高校の幼なじみ?」
「そうそう。サッカー部の家矢蔵真(いえや くらま)。知ってる?」

やっぱり何事も上手くいくわけでもなく、優越感に浸っていたさきほどまでの自分が恥ずかしくなってきた。
だけどそれはふいうちだよ獅南さん。 今のテンションを表すならジェットコースターみたく上がってそのまま急降下、迷走中って感じかな。
そして家矢蔵真
高1の時からサッカーの大会関連のことで何回か表彰されるのを見たことがある。
背が大きい方である俺より少し高くて茶髪、目が少しつり目で一番印象に残ってるのは歯がすごく綺麗だと言うこと。
知っているのだが、ここで彼女に言ってしまうと家矢蔵真の話題で話が出てしまいそうなのでやめておいた。
ただなんとうか家矢蔵真と俺とは全く逆な存在。
彼と獅南さんが幼なじみで昔から遊んだり同じ学校の中でありながらメールをしやう仲なのだと思うとなんだか彼女が近くにいるながらも遠い存在のように思えてきてしまった。

「んー、聞いたことあるような。でも知らないなあ」
「そっか。今度紹介してあげる♪蔵真優しいし話しやすいと思うよ」

そう言って彼女はクロワッサンの最後の一切れを満足そうに口に入れて、入りきらなかったから人差し指で軽くつついて無理矢理押し込んだ。
すると突然瞳孔を開き慌てるように噛みはじめた彼女は一気に飲み込んで立ち上がった。
まるで何か大事なことでも思い出したかのような顔をしてスクールバックからファイルを取り出した中からメモ帳ほどのカードを取り出した。

「早く借りた本返さないと! ちょ、ちょっと図書室行ってくるね」

どうやら本当に思い出したらしい。
獅南さんはバックから取り出した本と図書カードを持って教室から出ようとしていた。思ったのだがまだまだ休み時間はあるのだからそこまで慌てる必要も無いのだと思うのだが。
「あぁちょっと獅南さん! まだ休み時間あるよ!」
「そうじゃんか。 うわあなんか恥ずかしい」

教室には生徒がたくさんいるし人前であまり大きな声とかは出したくない性格の獅南さんの声の音量はいつも通り一定音だった。
そんな中恥ずかしいのだけれど俺は恋愛攻めも大切だと思い、頭を真っ白にして声を張り上げた。

「俺図書室あまり行ったことないからついてってもいい!?」

「ん、本当に? ありがとう。本のことなら得意分野だしおすすめの本教えてあげる。」

まあ何事も言ってみてなんぼ
ってことなんだろうなあ。
人生挑戦が大事。
高校生が人生語るのはちと生意気かな。

こうして俺と獅南さんで別校舎にる図書室に向かい、着いた訳だが

彼女のテンションは異様なものとなった。

図書室を駆け巡り求めていた本を見つけると華麗にペンを構えて図書カードに記入。
入り口付近で立ち止まっている俺に笑顔で手を降り彼女は受付まで行き本を返したあと新しく借りた本を俺の元へと持ってきた。
「これこれ!ウチのオススメの本!読んでみてよ」

今まで見たことがないとびきりの笑顔で彼女は小説を持ってきた。
"海底2万里"というその本は獅南さん曰く自分が本好きになったきっかっけの本らしい。
その後ネモ船長がヤバイだとかクラーケンがヤバイだとかよくわからないことを発しながら一人興奮していた。

「これ読んで感想聞かせてほしいな」


これはチャンスだ。
次いつ来るかわからない攻め時であり絶好のタイミング。
一気に緊張が高まるも成功すれば彼女との距離が縮まるかもしれない。
いや絶対縮まる!
俺は少しぎこちなくなりながらも彼女に気づかれない程度に深呼吸をし口を開いた。

「んと、読んだらすぐに感想伝えたいからメアド教えてほしいな」

女の子にメアドを聞いたのは人生で初めての体験だ。
別に告白するわけでもデートのお誘いをした訳でもないのに解放感と心の圧迫感の両方を感じる気持ちとなった。
俺のお願いを聞いた彼女は胸ポケットから携帯を取り出し少し操作して俺に「はい♪」と言って携帯を前に構えた
俺もポケットから携帯を取り出しメニューから赤外線交換を選択し彼女の携帯に接触するくらい近づけると、電子音と共に"麒麟凛獅南"というデータが俺の携帯へと送りこまれた。

004

久々の快晴の中俺は緑多し田舎道を歩いていた。
授業を終え部活もしていない人の特権である明るいうちに家に帰れるというものだ。
さきほどから5分おきくらいに携帯を開いて電話帳を見ては"麒麟凛獅南"という項目を見て満足感と優越感に浸っていた。
読書好きの彼女ではあるが部活はバドミントン部という中々なスポーツをしている。
「遊びで入ったのに意外にハードだったんだなぁ」と今日のお昼に言っていた。  
そんな獅南さんの言葉に部活なんかやろうかななんて思っている俺は獅南さんに影響されまくっているのかもしれない。
いやされている。
俺が今向かっているのは薬局。
久々にワックスやスプレーなどの美容用品を求めてだ。
俺の青春は高1の冬までがピークで後は延長線上を行く消化試合かと思って髪も延ばしっぱなしでワックスもつけず寝癖のまま学校に行くのも安易なことになっていた。
薬局に入り理髪コーナーを探していると黒いシャツにジーンズのホットパンツを履いて買い物カゴを下げて食品コーナーにいる霊音を見つけた。

「おーい霊音」

俺の掛け声に気づいた彼女は「あ」と無気力な声を出しながらも笑顔で俺の方に駆け寄って来た。

「桜が薬局にいるなんて珍しいっ! 何してるの?」
「ワックスとか買いに来たんよ 久々にやろうかなって」
「ん、桜ー♪ 恋は人を変えるって言うけどー」
「いやっ!そんなんじゃない! ただ久々にね久々」

さすが霊音 人間関係面に関しての洞察力が鋭い。
「桜ぁー もう人とは関わらないんじゃなかったのー?」

後ろから、レジから聞こえてきたその聞き慣れた声。
振り向くとそこにいたのはレジの商品を置く台に肘を立てて頬杖をついている店員は喰奴であった。

「ってお前はいつのまにっ!」
「バイトマスター目指しててね。これで6個目だ 」

行くとこ行くとこ現れるこの喰奴。
この前なんて高校の購買にまで現れて正直迷惑した。

「桜はこの前人と関わらないて言ってたのに恋愛なんてしちゃって」
「だから恋愛なんてしてないし喰奴はくどいなぁ」
「そうだよ喰奴。桜が誰かに恋しようとそれは桜の自由なんだし」

もう俺に好きな人がいる前提で話が進んじゃっているのかよ。
昔から嘘は苦手だ。
とりあえずこの状況から抜け出したいのでさりげなく「ちょっと」と言って理髪コーナーへと行った。
高1の時から使っていたワックスとスプレーを手に取り喰奴ではない店員のレジを通って薬局から出ようとした。
霊音と帰れば確実にさきほどのことについて深く問いつめられること間違いない。

「桜ー!待ってー!」

なぬッ!ハヤカッタッ!
後ろからレジ袋を下げて霊音は現れた。
「はいこれ」と当たり前のようにレジ袋を俺に渡して横を歩き始める彼女はいつ見ても250歳とは思えない若々しさだ。
後ろからレジ袋を下げて霊音は現れた。
時間は16時を回りあかね色の空が広がり山は影となる。

「わたし桜に一つ聞きたいことがあるの」

霊音はあまり見せない真剣な表情をしてこちらを向いた。
どうやらさきほどの件ではない別件なのだろう。

「桜はイリスを何故助けたの?」
「別に助けた訳じゃないよ」

大晦日の惨劇の後、イリスは傘峰市を去った。
だがしばらくして衰弱した状態で彼女はまたこの街に現れたのだ。
俺が彼女を家に招いたのはただ単純な理由で、死にそうな人を見殺しにするわけにはいかない。
そして少し感じていた彼女は俺に対して殺意を抱いてはないということ。

「ただ困っている人を助けただけかな。今だって後悔はしてないよ」
「やっぱりね二人の間にはあの大晦日の日から運命の糸が結ばれちゃったんだよ。運命の糸というか、執念の糸」
「執念の糸?」
「そう。あの日二人には切っても切りきれない縁ができちゃった。元々桜とイリスには必然の糸があったのだけれどそれはイリスの"思い"で解けた。だけど桜の"思い"でそれは新しい糸を紡いで桜とイリスは離れられない、お互いに恨み合うこととなったの。」
「つまり俺たちは」
「お互いにどちらかを消すことはできない。」

そんな馬鹿な。
俺はあんなにもイリスのことを憎んでいるんだ。
いつかは・・・いつからこの手で殺せる。息の根を止めれる。そう願っているんだ。
彼女だって・・・ん?
イリスだって簡単に俺を殺せるんだ。息の根を止めれるんだ。
なら彼女は何故殺せない?俺は何故殺せない?
俺とイリスの殺意を妨げているものは何だ?

「桜!!」
「ん!?」
「ちょっと急用思い出してね・・・服とか頼んだッ」

霊音はウインクと共に二つの尾がある黒猫の姿となり田舎道をまっすぐに駆けていった。
これをやられると後処理が大変なんだよ・・・
道に落ちているシャツとホットパンツ、下着、ブラジャーを手に取り周りを確認した後急いでカバンの中にしまった。

家に帰るとやはり霊音の姿はなかった。
勿論喰奴もバイト中である。
日に日に疲労がたまっている俺はリビングのソファでゆっくり眠りについた。



起きたのは午後7時30分。
周りの様子は寝た時となんの変わりもなかった。
霊音と喰奴のいる気配も無い。
たまにある化け猫通しでの集会に行っているのだと思う。
そうなれば晩飯は俺が作ることになるのだがその前に携帯を確認してみると新着メールが1件来ていた。
送り主"麒麟凛獅南"の文字に心が高ぶった。
7時に来ているメールなのでまだセーフかな。
内容を確認してみると

今部活終わりましたー♪
初メール☆
元気にしてる?

あいさつといったところかな。
俺はそれに対して返信をし、そこから30分ほど互いにメールし、最後のお別れメール
それには自分でも驚く言葉が書き記されていた。

じゃあねまた明日♪
明日はさくら君にお弁当作ってくるんで楽しみにしててください

「桜ぁぁお腹空いたぁぁー」
横から聞こえる声を無視して俺は一人そのメールを読んでは読み直し心の中でガッツポーズをしていた。

「冷蔵庫にひき肉あるから今日はハンバーグでしょぉぉ普通に考えてぇぇー」

やばい明日が最高に楽しみだ。
胸が締め付けられるようなこの気持ち、そわそわしてじーとはしてられない。だかは携帯を見て今までのメールのやりとりを見て最後の一行を見ては笑顔をこぼす。
端から見たら変人だ。

「端から見たら変人だ。桜」

今日は明日の獅南さんのために晩ご飯抜きにしても構わない。
もう獅南さんの弁当のためならなんだって我慢できる!

「気持ち悪いわ!!」
「痛っ!!」

うつ伏せになっている俺の背中に上空からエルボーが飛んできた。
イリスが俺に重なるような状態となっている。

「いきなりそれはない・・・ってかお前軽っ」
「お褒めの言葉はいいから早くごはんを作ってくださいナ」
「あー食器棚の上の袋にカップメ」
「ハンバーグでよろしくお願いします」
「かしこまりました・・・チッ」

結局手間のかかる料理になってしまったが、ここは非家庭的女の為にも料理教えながら作っていこうか。

俺とイリスはキッチンにたちひき肉をこねる作業から始め、タマネギを切って混ぜたりとごく普通のハンバーグを作っていた。
さすがのイリスも俺と一緒ならスムーズに行動する。

「なあ桜。料理楽しいな」
「ん、これから霊音がいない時はイリスに任せるよ」
「任せてみろ。この家の食材すべて廃棄処分することになるぞ」

なに自分の料理下手に開き直ってんだ。
その冗談全然ありえる話だから素直に笑えねーよ。
ハンバーグを作り終え、俺とイリスはテーブルについた。
主食とか作ってないけどこの際どうでもいいや。
ハンバーグを食べ終えた後俺は食器を洗っていた。
いつもは霊音の仕事なんだけどね。

「桜ぁ、風呂入らないか?」
「いいよー・・・ん?、はっ?」
「さき体とか洗っとくから後から来てよ」
「あのーあなた女の子ですよねぇ?」
「霊音も喰奴もいないんださいいんじゃない?」

なんでイリスが疑問形を使うのか謎だが突然そんなお誘いを受けると驚くしちょっと気になっちゃったりもするしやけにイリスが可愛く見えちゃったりもする。
だけどそれはふつーにお断り。
正直ね、正直なとこ入りたいよ。絶世の美少女と一緒にお風呂なんてマンガやアニメの話でもそんなにないと思う。
だけどもし入ってる途中で霊音と喰奴が帰ってきたら俺の人生はそこで終了する。

「やめとく。霊音たち帰ってきたらやばいし」
「二人なら集会で11時まで帰ってこない」
「入りましょう」



10分後
こうしてただいまこのような状況になっているわけで、風呂の中向かい合わせな状態になっているのです。
風呂には白くなる液を入れているのでお互いに裸が見える訳ではないけれど恥ずかしいなこれ。
イリスも顔を合わせようとはしないしこいつも恥ずかしがっているのか。
なんで誘ったんだよ!
無言が続いているので何か話さなければ。
こんな状況だし少しくらいモラルの無いことを言っても大丈夫でしょ。

「結構胸あるんだな」

1秒後、彼女の寝ながらかかと落としが俺の頭上に炸裂した。
まあね、これはね俺が悪いよ。うん。
でも少しくらいこういうノリにも乗ってほしかったってのはあるけど。
でも裸のつき合いというやつ、聞きたいことは聞いておくべきだろ。
と言っても彼女の気持ちを聞く前に素朴な疑問がこいつにはたくさんある。

「ごめんさっきのは冗談 ネタだから。うんネタ。 でな、質問があるんだけど、お前ってヤマタノオロチのハーフじゃん。実際見たことあるの?そのヤマタノオロチってのは?」
「無い。まずな桜、ハーフというのは妖怪と人間が交わって生まれる訳ではないぞ。」

湯気立つ風呂の中彼女はバスタブの端に肘をついて顔を斜めにした。
そして、ふぅと息を吐いてイリスは話を続ける。

「人間には妖怪と契約を結ぶことができる。結んだら妖力を分け与えてもらい未知の能力を使うことができる。・・・桜、話についてこれそうか?」
「あ、まあ大丈夫。続けて続けて」

実際俺がこの妖怪の世界、未知の存在を知ったのは去年の冬だった。
当時父からそれを知らされた時は信じれない話だったけど今じゃそれは当たり前。とても近い存在だ。
さっきからイリスが言っている内容はオカルトでもなんでもないれっきとした現実。
未だ公になってない世界の常識なのだ。

「その契約を交わした者は特別な力を得る。その代わり当たり前だが代償があるんだ。」

イリスはお湯の中に浸していた左腕を出して人指し指で俺を指した。

「男の場合、大切な人ーー愛する人の命を差し出すこと。生け贄を捧げる。これが代償」

次に彼女は左腕をまたお湯の中に浸して俺から目線を話して右上を見ながら言った。

「女の場合、妖怪の血の混じった子供を妊娠することーー処女でも子が宿るの。勿論その子供にも能力が引き継がれる・・・だけど」
「だけど?」
「母親の体は子育てに的した体にはならないの。母乳は出ないし我が子に愛情も生まれないだから・・・生まれてすぐ子は生きるために母を殺して血肉を食べて生き延びるのよ」
「え、何それ怖い話・・・?」
「本当の話。」

なら、ここにいる奴は過去に母親を食べて生きてきた生き物なのか?
確かに、確かにそんな歳のうちに殺人を覚えてしまえばその先人を殺めることなど簡単に、普通にできてしまうのではないか。

「じゃあお前も自分のお母さんをーー」
「記憶は無いわ。だけど私がこうして生きているということはその過程があったってこと」
「お前の母親はのちに子供に食い殺されることを知っていたのかよ?」 
「そんなはずないでしょ、わたしの母はヨーロッパでは白聖祓師と呼ばれた有名なエクソシストだった・・・らしい。彼女はより強い力を求めて日本に来日したの。そこで九州で妖怪神ヤマタノオロチと会って契約を交わした。そしてわたしを妊娠してわたしに食いころされた。そもそもね、彼女は妖怪の血の混じった子を妊娠するということまでは知っていた。というかそれは霊媒師世界にとって常識。だけどその後の過程を知るものなんていなかったの。まず霊媒師自ら妖怪の力を借りるなんてありえない話 彼女は欲につられてしまった。」

イリス話ながら髪をいじり始めた。
こいつは母親も知らないし父親も知らない。
ましてや父親は八つの頭がある大蛇だ。親の愛情も知らないしそもそも人の愛情も知らない。
哀れ。
彼女は狂っている訳でもない、ただ可愛そうな子なんだ。 
「イリス、お前はその後どうしたんだ?親の死体だけでは生きていくのは難しいだろ?」
「知ってるよね阿部釈迦道(あべのしゃかどう)」
「お前たち殺し屋四人衆に俺たちの殺害を依頼した奴だろ名前しか知らないけどな」
「うん。当時高校生の彼がねわたしを助けてくれたの彼は平安時代の陰陽師 阿部清明(あべのせいめい)の子孫なんだけど特別力があった訳でも無いし陰陽道を受け継ぐ気もなかった。そんな彼は私が14になるまで一緒にいてくれた」

いつのまにか俺は彼女の話の虜になってしまっていた。
非現実だけど常識。
そしてこの謎めいた女の過去と正体。
話を聞いていくうちにますます彼女に嫌悪感を抱くようになってしまう。
イリスを育てたのが俺の友と家族を失う元凶となった男であるということにとてつもない憎しみを感じてしまう。
会ったこともない見たこともない人間を殺すことを依頼したその男に対し会ったことも見たことない俺がとてつもない憎しみを感じる。
それをぶつけることができない俺は憎しみの矛先をイリスに向けているのかもしれない。いや構わない。
それが普通だ。一般な考えで気持ちだ。

もう何時かは知らないけど今日は特別だ。
白い湯気はお互いの壁を見えなくするように、落ちてくる水滴とそれが水上で跳ねる音は静寂を破いて気まずさが無い。
イリスは止まらないかのように話を続けた。
 

雨男ストレンジラブ 02

いや、彼女が話を続けようとする前に、俺は彼女の話を止めてイリスに質問した。

「お前14になるまでって言ったけど、学校は
どうしてたんだ?」
「普通に行ってた」

ここで疑問が生じる。
この常識知らずの女がどうやって学校に通うことができたのか?
まずこの女がなんの障害もなくただふつうに学校に通うことができるのか?

「で、学校生活はどうだったんよ?」
「それがな•••」

突如顔をうつぶせたイリス、
俺はやはり何かがあったことを悟った。
いくら俺が彼女のことを恨んできたからと言ってやっぱり何かがあったのだと思うと•••
例えばこいつの上から目線の態度に愛想つかして友達がいなかったりとか、不気味がられたりとか、調理実習で人間味からかけ離れたことをしたりとかしていじめれたりとか。
さすがに可哀想だ•••

「それがな•••」
「ああ」
「とてもモテた」

はい、解散

「心配してそんしたわ!!」
「なんの心配をしてたんだ?」
「お前がいじめられたりしたのかなって」

すると彼女は今にも何わけわからないこと言ってるんだこいつと言いそうな顔で俺を見た。

「何わけわからないこと言ってるんだ桜」
「心を読んだだと!?」
「あいにく私をそんな力を持ち合わしてはいない」

まあいいや、とりあえずこの隠れナルシスト女から話を聞き出さないと。

「まあ、確かにお前がモテるのはわかるけどさあ」
「何、わ、わけわかんないこと言ってるんだ!、バカっ!」
「何照れてるんだよ!話が全然進まねーじゃねーか」
「照れてないし意味わかんないし話止めてんの桜だし」

確かにそうでしたな。
そろそろ本題に入らないとの逆上せて倒れて帰ってきた霊音たちに助けられて危うく質問攻めされりとこだった。

「で、学校生活はどんなだったんだ?」
「んーなんというか友達と呼べるのはできなかった。 家来ばかりだったんだ。」
「いやいや意味わかんないっす」

イリスは一旦黙り込んだ。多分学校での記憶を呼びおこしていたのだろう。
そしてまた顔を上げた。

「女子はわたしに同学年だろうと さん 付けして、わたしの言うことはなんでもこなし、男子も同様だった。しかもわたしに告白しようとする者が現れたら他の男子に力づくで止められていた。」
「お前の美貌は同性をも虜にして、もはや崇拝される領域だったんだな」
「•••••」

だからいちいち何照れてるんだよ!
髪の毛を指先で、またくるくると巻き始め、
今度は前髪で顔を覆うように隠した。

多分間近に人に褒められたことがないのか少し褒めるだけですぐ照れる。
こいつはそんなんで殺し屋をやってこれたのだろうか。
というよりも未だ何故彼女が一緒に風呂に入ることを誘ってきたのか。
人生において一緒に風呂に入った女子といえば姉ちゃんくらいだ。
正直姉ちゃんとはレベルが違いすぎる。
俺とイリスは本来殺し合う関係。
道端で出会ったら考える余地なく飛び掛る縁だ。
とんでもない縁だが。

お互いがお互いを亡き者にしたいと考えている両者が無防備で語り合っている。
イリスはわからないが俺は彼女に本心で語り合っている。
恨み憎しみそして許していないのに、
なのにこうしていられるのは俺は彼女を無くてはならないものだと考えているからだ。
存在が当たり前、傍にいるのが当たり前
イリスは俺の常識になってしまった。
だからこうして湯気の立ち込む風呂の中で裸同士でいられるのだ
イリスはどう思っているのだろう。
何故俺と話しあうことができるのであろう。
性格からして開き直ったとかではあるまい。

「なあイリス」
「ん?」
「俺のことどう思う?」
「嫌い」
「知ってた」

んー
シュールすぎでしょ今の会話。
見栄はって 知ってた とか言ったけど内心ショック受けてたからね。
不意打ち。公園で 好きな女の子に電話したらその子にビルの窓から狙撃された人みたいな気分だ。

「じゃあなんで俺に風呂入るの誘った?」
「それはな、かくゆう社交辞令というやつだな」
「俺たちは元々社交する関係ではないだろ」
「まあ今のは冗談で桜の右手をじっくり見たかった。"亥の侵食"具合をな。」

イリスは俺の右手を細めた目でみた。まるで何かを疑うかのように。

俺の右腕は俺の右腕ではない。

大晦日、俺が実の兄 弧都瀬亥によって移植された彼の腕である。
父弧都瀬綱鷹 兄弧都瀬亥は
この町と離れた場所で、
まあ簡単に言えば霊媒師を専門とする会社を立ち上げていた。
兄は仕事の際詳しい成り行きは知らないが、両腕、右肩、左眼、髪、右耳、心臓の七つの部位に妖怪を封印していた。
もはや人間とも妖怪ともいえない、兄は"怪物"だった。
それは表の話だけではなく内面も。
俺は兄以上に優しい人間に会ったことない
兄以上に強い人間を見たことがない
兄以上に兄として生きてきた人間を見たことがない。
そんな彼が遺した唯一の形見がこの右腕だ。
遺したというよりは託された。
この右腕を託された訳ではなく未来を託された。
そしてこの右腕は俺としてではなく別として生きている。
俺に侵食している。
本当に徐々に傷口が腕から肩の方へと上がってきているのだ。
イリスはこれを"亥の侵食"と呼んだ。
この先どうなるかはわからない。
仮説では俺は弧都瀬亥になるかもしれない•••らしい。
だがそれがどのような結果になるかはわからない。真実に到達できない闇だ。

「でもその調子だと、桜が100歳になっても亥になることはないな」
「まず仮説だろ?」
「確かにそうだけども あ、桜自体が大きな右腕になるのかもな。その時は美術館に飾ってあげる。ハハハ」
「風呂に沈めるぞ」

俺の不幸な話の時ばかり笑いやがって。いつも今くらい笑ってれば愛嬌あるのにもったいないなあ。
殺し屋冷酷に限る か。
てかもう風呂から上がりたい頃だ。
体が完熟してしまう。
「そろそろ風呂でないか?」
「あと10秒数えてからな」
「お父さんかよ! はいはいわかりました」


こうして俺たちは一緒に10秒数えて、イリスから先に風呂から上がって着替えた。
結果俺は5分風呂の中で待つことになった。


006
4月11日
今日が何の日だって?
今日は獅南さんが俺に弁当を作ってきてくれる日だ!
ベッドから起きてカーテンを開けて太陽の光を体中に感じる
(いつもはこんなことしないけど)

階段を降りてすぐに顔を洗い寝癖を直す
(いつもはこんなことしないけど)

リビングに入ったら霊音が朝ごはんの支度をしてるのでそれまでストレッチ
(いつもはこんなことしないけど)

そして起きてきた喰奴、イリスに一人づつおはようと挨拶
(いつもはこんなことしないけど)


まさに俺は最高のテンションで朝を迎えた。
んーーー実に清々しい!
実に素晴らしい!
人生って捨てたもんじゃないぜ!

朝ごはんを食べた後、また洗面所へと向かった。
久々に髪をセットするためである。

「桜が髪をセットするところなんて始めてだねえ」

後ろから聞こえたのは喰奴の声だった。
振り向くとニヤニヤしながら俺の方を見ながら口を開いた。

「髪が長いからセット難しそうだねえ。俺がやってあげようか?以前美容師してたことあったから。」
「お前って本当万能だよな。スキルの集合体って感じ。 丁度猫の手を借りたいと思ってたんだよ。」

俺に任しときなあ。
と笑顔で喰奴は俺の髪をセットし始めた。

「桜がここまで男磨きを始めるとはやっぱり女絡みに決まってるなあ」
「違っ!•••まあ、それに近いかも」
「ごまかさなくても俺は桜のすべてが、わ•か•る。」
「やめろ!!俺はいつお前に貞操を破られないか恐怖してるんだぞ!!」

まずBLは禁止だ。
そんなものは存在しない。
ただ女の子たちの空想上の話にとどめてほしい。
ましてやその定義を壊そうとするならば許さないからな!
ただ喰奴に力でも頭でも勝てる気がしない。
やっぱりもしもの時は身を委ねるしかないのかもしれない。

「よし、完成だ。中々良さげだぜ桜ぁ お礼にさあちょっとだけでいいから•••」
「よし!ありがと!サラバ喰奴!」

いつからあいつは同性愛を好む性格になったんだよ、やめてくれよ、青春を不純にしないでくれ。
と喰奴に言う前にあいつが何かを仕掛けようとしてきたので、風の如く玄関へと向かった。

カバンを持って玄関に立つ。
家に帰るまでが遠足です。
よく小学校の時聞いたこのセリフ、
そう
同じく学校に着くまでも恋愛です。
玄関の扉を開けたら始まる。
緊張の一瞬•••
俺はガチャリと扉を開けた。



ザァーーーーーーーーーー!!!!!!



俺は扉を閉めた。

落ち着け。
今のは夢か?
いや頬を捻ったら痛い。
なら幻覚か?
いや体中が濡れている。

玄関を開けたら台風に匹敵する雨が降ってきた。
今日は晴天だったぞ、晴れのち雨だとしても切り替えがとんでもなくないか?
俺は最近BL属性の喰奴に会いたくないからリビングにいかず階段を上がって部屋に戻り外の様子を確認した。
玄関が北側 俺の部屋は南側だから玄関の方は見えないけど部屋の窓から外を見ても晴天だ。
窓を開けてみた。

ん?
聞こえる、晴天なのに聞こえる。
雨の音が。
ポカポカ太陽登る晴天の中、豪雨の音が聞こえる。

いっみわかんねっ!
本当にわけがわからない。
だがもう一つ肝心なことを忘れていた。
それは時間だ。
早くいかなければ遅刻になってしまう。
普段なら遅刻も構わないと思ったかもしれないが、獅南さんに会えるのは学校だけ。その少しでの時間をも削る訳にはいかない。
もし遅刻して二時間目に着いたとして、もしかしたら一時間目の休み時間に何か進展があったかもしれない と、そう後悔してしまうからだ。
だから、早く、宮沢賢治になった気持ちで

俺はダッシュした。
明らかにこれは怪奇現象だが喰奴にも霊音にもイリスにも何も相談せず家を飛び出した。
雨が機関銃の弾丸のように降り注いだ。
せっかくきめた髪も崩れた、服も濡れた、カバンの中も水浸しだろうだかもう気にしない!俺は男だ!

「アメニモマケズゥゥゥ!カゼニモマケズゥゥゥ!」

叫んだ
この豪雨の中通行人はおろか車すら走っていない。
まずこの音の中何も聞こえはしないだろう。
そして気がついた。橋に差し掛かったところで走る勢いで顔に当たる雨が痛かったから歩いた俺は気がついた。

俺の通学路にだけ雨が降っている。

上を見上げると、通学路をなぞるように細い雨雲が空にあった。
もちろん太陽は出ており雨雲の周りは通常の白い雲が浮かんでいた。

「はあ?•••••」

その理解不能な状況に溜め息混じりの声が自然と出た。
もはや呆れてしまっていた。
この奇想天外な光景、体験に。
そしてその間際に、いやその隙にと言った方が正しいか?
津波のような濁流が俺呑み込んだ。
驚く暇も無かった。
走馬灯すら見えず俺は気を失った。


007

目が覚めた。
それと同時に俺ははっと声を出して驚ろいた。
時間差ズレの驚きだった。
目の前に茶色い水の壁が現れたところで俺の記憶はない。
ただ今いる場所が落ち着いている所であるということは感じられる。
鳥の冴えずり 川のせせらぎ 木々が風に揺れる音。
あんな目にあっても病院で目覚めるということはないのよ•••
辺りを見渡すとここはどうやら山の中だ。
俺は上流の川のような小川の上で流れる優しい水に浸かりながら倒れていた。
ドクターヘリに運ばれたけど途中で落ちてしまったのか?
だとすれば今頃血まみれだ。
そういえば今何時だ!?
ポケットの中に手を入れてみたが携帯電話はやはり見つからなかった。やはり流されたらしい。
なら流された俺は何故こんなとこにいる?
疑問を感じる前にとりあえず行動に移さねば。
俺は山を川を伝って降りることにした。川を伝えば確実に山から降りられるからだ。

まてよ、
俺はあることにに気がついた。
川を伝っていくと必ず川の周りに泥があることだ。
川を伝う•••俺は川を伝って山の中まで来たのか?
逆流に乗って流された。
ということはここは俺が流された川の上流となるわけか。
とんでもないことに巻き込まれてるじゃないか!!
こんなことになるなら家で待機しておけばよかったのかもしれない。もう無理だ。もう獅南さんの弁当にありつけない、メールもできないから謝ることもできない
体中から何かが抜けるような、
蒸気のように消えていく気分になった。
一応学校に向かおう
と俺は決心し山を下っていった。


やはり妖怪の仕業なのだろうか。
妖怪との縁が出来てしまった俺は妖怪が引き起こしたことに巻き込まれやすい性質になってしまったのか?
アマゾン川でもないのに川が逆流するなど確実に妖怪の仕業としかいえない。
しかもあの濁流、俺が隙を見せるのを見計らってとかのように襲ってきた。
もし妖怪に狙われているならば山の中で一人なんて戦場に呑気に社会見学してるみたいじゃないか。
一刻も早く山を降りなければ。
携帯さえあればな、時間だってわかったし連絡だってとれたのに
ついてないな携帯無くすなんて。
まず逆流に呑み込まれること自体ついてない。
高校生が普通このような目に会うか?
高校生ってのはごく普通の何の変哲もない ってのがモットーだろ。

厄年なのか?大殺界なのか?
運が悪いという言葉では片付けたくはない。逆に言えば何事も運が悪いで片付けられてしまうのかも。
だが運に縛られないものを知っている。
それは妖怪だ。
運命で生きている。

妖怪というのは生物学的には論外。 とイリスが言っていた。
あくまで精神的な、霊的な存在であると。だから人間に認識されにくいらしい。
妖怪は繁殖はしない。
彼らは概念なのだから。
ある日誰も気づかぬところで、いつのまにか"存在を開始"する

一度認識してしまうとその者は霊的なものを感じやすくなってしまう。
霊を怖がる これは自分から霊を認識しようとしてしまっているらしい。
それを利用して妖怪は弱い者の
心に漬け込み悪事を働くらしい。
我が家にいる妖怪霊音は家事を働いてくれてる。


自分の弱さを知って、さらにそれを追求してしまうともっと弱くなってしまう。
だから前向きが大切なのだ。
あまり悲観しない
あまり絶望しない
忘れることはできなくとも、
新しいことを記憶することができる。
もしそう生きてこれなかったら
俺はとっくに自殺していた。

007

ジェームズ•ボンド、
他にはシャーロックホームズなどなど外国の物語に出てくる登場人物は皆、頭にすぐに残るようなネーミングセンスばかりだ。
俺は本当に親のネーミングセンスを疑う。
何があったそんなに生まれてくるのが女の子がよかったのか?
小さい時から父親に自分の名前の由来を聞いていたが、
いつも返ってくるのは頭を撫でながら、
「それは桜が強くなったら教えてあげる」
だった。
強くなるとは一体何が強くなればよかったのか。空手を通信教育で習っておけばよかったのか?
弱さを知ることは簡単だ。
だけど強さを知ることは難しい。
俺が思うに自分の強さは他人にしかわらないのかもしれない。
もし地球上でたった一人、その一人以外の生物が消えたとした、その一人は強いのか弱いのかもわからない。
人は協力してこそ人として存在できるのかも。

寂しさを紛らわすために一人で心の中で色々と語っていたがそろそろ限界だ。
ちなみに山は降りた。今は降りた時に見つけた道を歩いて傘峰町に戻ってきたところだ。
そして家よりも先に学校に着いてしまった。
途中寄ったコンビニで時間を確認したところ午後1時頃だったため確実に獅南さんの弁当を頂くことはできない。もう遅い。
だから家に帰って今日は休むのもありだけどせっかく学校に着いたのだから今回はこのまま行くことにしよう。
カバンは流されたたけれど教科書は教科のロッカーに置きっ放しだからまあいいだろう。
置き勉バンザイ。

服も歩いているうちに乾いたことだし手ぶらという舐めたビジュアルではあるけれどこのまま登校しよう。
この時間帯は昼休みだし五時間目には間に合うな。
そう思い俺は校門を抜けて下駄箱へ向かいまだ湿っけが残った靴を脱いで上履きに履き替えていた。

「随分と雨に当たったようだな。こんなポカポカ日和なのに。桜君だっけ、君。」

俺から少し離れたところでポケットに手を入れながら下駄箱に持たれ掛かって俺に話しかけてる生徒がいた。
身長はあきらかに180はいっているだろう、髪型はアシンメトリー。俺を見下しているように笑いながら見せる歯は、驚きの白さ。

「たしか•••サッカー部の家矢 だっけ?」
「家矢蔵馬。 教室で獅南がお世話になってるよ」

雨男ストレンジラブ 03

「最初獅南がクラスで新しい友達ができた "桜君"って言うからてっきり女の子思ったよ。 獅南は女の子に君を付ける癖は無いのにね。ハハ」
「あのさあ、あんまり名前のことは言わないでほしいんだけど」

俺はこの男を好きになれそうにない。
彼が獅南さんと仲がいいからとかではない。
家矢蔵馬は俺がここに来るのがわかってたかのようにいた。
そして"随分と雨に当たった"
何故だ。確かに今の俺は全体的に湿っぽいが、逆に言うならこんなポカポカ日和なのに何故"雨"という単語が出てくる?

「麒麟凛獅南、獅南の名前は見るだけでも綺麗だと思う。だけど名前の力とはすごくてね、獅南の名前はどうも近ずきがたい。」
「俺は別にそうは思わないけど」
「まだオレが喋ってる最中だから口挟むなよ」

今だにロッカーに持たれ掛かりながら、まるで嫌なものでも見るかのよいに冷たい目をしてきた。
かなりなめられているようだな、
俺。
まるで俺の弱味でも握っているかのような態度だ。

「獅南に近ずけるのはオレだけだよ。獅南に近ずいていいのもオレだけだ。わかる?」
「いいやわからない。家矢、お前は何者だ?」
「ハハハ! まるでオレが謎の人物で薄気味悪い奴みたいな質問するね。
オレは単なる

獅南の幼馴染だ。」

家矢蔵馬はその後 じゃあ と言ってどこかへ去っていった。
彼は陰湿で悪質というよりは基本的に明るく堂々としていると思う。
だかそれとは裏に殺気と自信を彼から感じた。
家矢蔵馬は俺のことが嫌いなのであろう。
自分の物に手を出そうとしている者がいれば煙たがられる。
嫌なものは近ずけたくない。
そうなんだろうな。

家矢と険悪な初対面を果たした俺はそのまま教室へ向かった。


まだ休み時間だったものの教室に入った時のクラスメイトたちの目線はとてつもなかった。
手ぶらで学校に来るなんて相当のバカ野郎だ。
だけど手ぶらで学校に来ても授業に支障がない俺は本当にバカ野郎なのかもしれない。

席に向かったら獅南さんが俺の席の横で本を読みながら、片手にサンドイッチを持っていた。
彼女は両手で本を読んだことがあるのかなと疑問を抱いてしまう。

「お、遅刻じゃんかー。何かあったの?」
「川で溺れた」

獅南さんの目が一気に見開いた。
しくじった、獅南さんに嘘つけないなという変な罪悪感のせいで言ってしまった。
一応事実ではある。

「え、えぇ!?、確かに髪とか服が水に濡れた後があるけど•••えぇぇ!?」
「落ち着いて落ち着いて、
橋渡ってたら足滑らせて•••」
「桜君平均台で川でも渡ってたの!?」
「違う違う普通の橋だよ」
「ウチ結構ドジって言われるんだけど、桜君ウチ超えたね。おめでとう!」

川で溺れたことをドジで済ませれる獅南さんってやっぱりすごいなあ。
常人ならまず信じないよ通学中に橋から足を滑らせて川に溺れるなんて。

「ん!、モグモグ•••そういえばウチのメール、ブッチしたなぁ」
「あ、ごめん、携帯流されちゃってさ」
「さすがドジっ子だね ウチなら水ん中でもバシっ!て掴むよ」

携帯依存症の最高点をオーバーラインしてるだろそれ。

「じゃあさ、桜君これから携帯どうするの?」
「さすがに川でダイビングして携帯捜索するのは大変だから、
新しいの買うかな」

すると獅南さんが手をパチンと叩かせ俺を指さした。

「ウチもそろそろ携帯変えようかなって! 時代はスマホだよスマホ!」

「確か獅南さんソフバンだよね、
もしよかったら一緒に携帯屋さんいかない?」

自然に出てしまった言葉に俺は焦った。
小規模のミニマムスケールではあるけれど獅南さんに対する初めてのデートのお誘いだ。

「桜君携帯屋さんって面白い!普通ソフトバンクショップとか言わない?フフ。 一緒に行こっか!」

彼女と俺はまだまだ出会ってばかりだし、お互い知らないことは沢山ある。まだまだ俺と獅南さんの距離は席の距離ほど近くはないがそれでも少し、縮まった気がした。

おらァァァ!!
タンスの前に立っている俺は意味もなく叫びながら服を着替えていた。
テンションを限界を超えた。今なら空も飛べるはず。
時刻は午後5時、獅那さんとの公園での、待ち合わせ時刻は午後6時。家から公園の距離は徒歩15分程度である。しばし早すぎたかもしれないが、
俺の体は支度を欲しているッ!

「桜ぁ、うるさい」

俺の部屋の扉を開けて現れたのは俺の学校の長袖の体操服を着たイリスであった。
寝癖がだらしなく跳ねてさらにそのだらしない頭にだらしなく手を乗せねだらしなく爪をたてて頭をかいていた。

「お前がなんで俺の体操服を着ているのか知らないが俺は今お前の気分じゃないんだ」
「わたしは桜の愛人になった覚えはないぞ」

かまってほしいのか?こいつは俺にかまってほしいのか?
そんなこと俺が許しても俺の理性が許さない!

「立ち去れー」
「え?」
「立ち去れー」
「なんかあったの?」
「立ち去れー」
「い、意味わからない!本当気持ち悪い!」
「立ちさっグッうっ! ってーー!」

顔面を殴られた。思いのほか本気で殴られた。
そしてドアを壊すかの勢いで思い切り閉めてイリスは立ち去っていった。
ドン!という音が部屋周に鳴り響く
金具の落ちるような音がしたので一回部屋の外に出てみるとドアノブが廊下に落ちていた。

「ごめん俺が悪かった」

008

ドアノブとかイリスの機嫌などとか今の俺には些細なことだ。
髪型のセットに10分はかけたし、玄関に向かへば一端また洗面所に向かい髪型が崩れてないかチェックする、そんなことが3度続いた。
こんな調子じゃいつまでたっても進まないと思った俺はそろそろ心に区切りを付けて待ち合わせの公園に向かうことにした。

外は茜色の空に覆われていて夕日が西の彼方に沈みかけていた。
俺はイヤホンでoasisの
the importance of being idleを聴きながら足踏みをリズムに合わせてさながらpvの撮影の気分で歩いていた。
洋楽を聴きながら歩くことってのは俺にとっては暇潰しだけではなく心の調整にもなる。
単調ではないメロディーは考えごとをする時間を与えず精神をあらゆる感情を落ち着かしてくれる。

歩いているうちに公園が見えたので俺はキリのいいところで音楽を止めてイヤホンを音楽プレイヤーに巻いてポケットにしまった。
まだ公園には獅那さんの姿が見えなかったと思いきや後ろから声が聞こえた。

「桜君ーー!」

後ろ獅那さんが手を降りながら歩いてきた。
ほぼ同時刻に到着したらしい。
運命じゃん

偶然か

「ごめん待った?」
「いや、今着いたとこ」
「良かったー、ウチ人待たせるのって抵抗あってさ」

言葉から滲みでる善人臭は俺のアロマテラピーだ。

「あ、どこの携帯屋さん行く?」
「出た!携帯屋さん! ウチも携帯屋さんって言うね!」

そんなこと言われたら俺は一生携帯屋さんという単語を使えばならないじゃないか
すっごく嬉しい

行き場所はお互いに帰る時に家から公平な距離にある携帯屋に決まった。
これを気に獅那さんと同じく俺もスマートフォンにしようかと思っていた。

「獅那さん、俺もスマートフォンにするよ 、タッチできるし」
「しよしよ!じゃあ、おんなじスマホにしようよ 一緒にタッチしよ」

一緒にタッチしよとか言葉だけ切り抜くと卑猥すぎでしょ。
軽々しくそんなこと言ってしまう獅那さん強者だな。

「つまりお揃いってこと?」
「そういうことだね、ウチ勝手に桜君のこと親友なんて思い込んじゃったりしてるんだよ?」
「親友?」
「うん 桜君がいなかったらウチ、クラスで孤立してたかもしれないし桜君はなんか、男女っていう壁を気にせずウチに一緒にお弁当とか誘ってくれたし。」

「俺たちずっと親友でいられるかな?」

自分で言ったこの言葉、それは俺にとって皮肉でしかなかった。
獅那さんにとって俺は信用できる人でもあるし、心を許せる相手らしい。俺だってそうだ。
だけどどこか違う。
噛み合ってないしニュアンスがズレてる。

俺の言葉に彼女は笑顔で、うん と頷いた。
頷いずいてくれた。

買いたてのスマートフォンをうやむやに操作している俺ら獅那さんと某チェーンイタリアレストランに来ていた。
携帯屋でスマートフォンの使い方やわからないことを聞きまくっていた俺たちは思った以上に時間を費やしてしまった。
なので流れで外食することになったのだ。
二人同じスマートフォンを買ったので、俺たちはスマートフォンを机に置いてお互いに教え合うようにタッチしていた。

「んー、まずねこれ音楽どういれるの?」

髪を耳に乗せるようにかけて彼女はそう質問した。
いや、俺もわからないんですけど
中々の機械音痴なんですけど。
今まで二つ折り携帯で音楽ダウンロードという甘ちゃん行為をしていた俺にスマートフォンという近未来的機器の使用方法など検討がつかない。

「ちょっと待ってて、トイレ行ってくるから」

苦しまぎれの離脱であった。
男が機械音痴など女子に、
僕ダメ男でーす
ってアピールしてるだけだ。
ここは敵を上手く利用する。
今日の敵は明日の友•••何か違う気がするがスマートフォンの素晴らしいインターネットテクノロジーで俺に勝利の聖杯を捕ませてもらおうか。

そうして俺は一旦トイレへとやってきた。
ポケットからスマートフォンを取り出そうとした時、俺の計画やら思惑の思考が一瞬で止まった。
体の動きも時間さえもが止まったかのように。
目の前にいたのは鏡の前で髪を手でつまんで口をアヒル口にして顔を斜めにしながら髪型を気にしている男。

「おー、桜君じゃん奇遇だねぇ」

家矢蔵馬
目の前にいるこの男はまるで何かを見透かしたような目で人を見て、自分が常に上級のような雰囲気をかもちだす。

ただの嫌な奴だ。

今のところは•••

「なんだよ、騙りこくっちゃつて、薄気味悪いなぁ不気味だなぁ」
「いや、奇遇とかの話じゃ済まされないだろこれは」

こんな偶然がありえるかよ。
俺は今日の登校時に偶然彼に会った。
そしてレストランでも
本当に見透かしたように、知っていたかのように。
彼は後ろを振り向かず鏡で映っている俺に問いただした。

「桜君はなんか俺に対して喧嘩腰だよね、なんで? 」
「ごめんお前が初対面で出会った時からあまりにも慣れなれしいからこっちからしたら怖い訳」

家矢は鏡を向いたまま手をクロスさせて肩と肩に乗せ、口と目を大きく開いて、まるで痙攣でも起こしているかのように体を振動させながら声を裏返しながら笑った。

「ハハハハッ!イヒッイヒ•••ハァ
ぶるっちゃうねぇ!•••俺にぶるってんの?」

ついに家矢はこっちを向いた
彼の眼は奴隷を見るかのように人を見下してるような目つきだ。
学校では見せないであろうこのような姿。
異常だ。高校生の俺でもこの状況はまずいことを察した。
殺気を感じる 家矢蔵馬は俺に対して常に殺気を発してる、

「俺なんかお前にした?獅那さんと遊んだりしてるから?だからってそんな態度されたら確かにぶるっちゃうよ僕」

相手のペースに呑まれることはマズい。だからここからは俺の空気を作りだしてやる。

「いやさあ、確かにヤキモチ焼くのはわかるよ でもさあそんな奇怪になっちゃうのは違うわー
今そういうノリじゃないわー
今はシリアスなノリでしょー」

「俺は今から獅那のところへ行く、そしてお前の獅那との時間をぶち壊す。思い出を駆逐してやる」

単なるヤキモチ焼きじゃないか。
狂ったかと思ったら突然普通になりやがって、俺が空振りしたかのような空気になってるじゃないか

そして家矢は俺に目も合わさずそのままトイレから出て行った。
嵐が去ったかのような静けさと落ち着きの中俺はスマートフォンを取り出してさっさと音楽のダウンロードの仕方を検索しようとしたが

「こんなことしてる場合じゃないじゃん」

人間は嵐を受けてそれから安静を取り戻すとどうやら行動理念が麻痺してしまうようだ。

急いでトイレを飛び出して獅那さんのところへと戻った。
だが既に獅那さんの隣には家矢が居た。

「桜君ー!見て見て、これが幼馴染の蔵馬」
「あ、今日桜君とは下駄箱で会ったんだよ」
「嘘ー!もう知り合いだったんだ」

あまりの演技に笑いを堪えるのが大変だこれは。
ここで俺がトイレでの出来事を言ったところで獅那さんは残念だけど幼馴染の家矢を信用すると思うから俺の話は信じてもらえそうにないからここは話を合わせるしかない。

とりあえず俺は先ほど座っていた椅子に腰掛けて、食べかけのドリアを食べようと思ったがやめた。

「家矢君にまた会うとは奇遇だなー」
「俺たち運命なんじゃない? 縁感じる」

笑顔で彼はそう言った。
お前が強引に介入してきただけだよ。

「今日会った時から俺は家矢君に会いたくて震えてたわ」

獅那さんが食べてたスパゲティを危うく皿にまた盛り付けしそうになったが急スピードでそれを吸って阻止した。

「ちょ、桜君何言ってるのー! 男子二人の前で愚行に及ぶとこだったよ」
「桜君の熱烈な、アプローチ受け取っておくよ 。でも婚姻届は桜君そのまま、本名書いても妻として登録されそうだから問題ないよ」
「さすがに家矢君と結婚したら嬉しくてぶるっちゃうよ」

俺と家矢はお互いに嫌な笑いを浮かべて会話を弾ませていた。
こんな奴との食事はさっさと済ませたいところだが
それは我慢比べということで。
だが、こいつを帰らせる術が見当たらない。おそらく向こうも俺を帰宅させる方法を考えているだろう。
力ずくではできない水面下での冷戦だ。

家矢とのトークは続いた。
彼の生い立ちやら獅那さんから彼のサッカーでの成績を自慢されたりスマートフォンの使い方を家矢に教えてもらったりとと俺には苦痛の時間で会った。
二対一で一方的に論破されたような気分になった。

だがその時間を終わらせたのは
家矢蔵馬自身であった。

「そろそろ外も大分暗くなってきたことだし帰る?」

彼の意見に俺と獅那さんは賛成した。
家矢がいては獅那さんといても楽しさが削れてしまう。
純粋にバスケを楽しみたいのにゴールリングにボールが当たったら1点とかいうルールを付けたしてくる体育教師のように。

レジで会計を済ませて俺たちが外に出た瞬間
容赦ない強い雨が突然、俺たちが外に出るのを見計らったかのように降り出した。

「雨か」

家矢は空を見上がらそう呟いた。

空を見透かしたかのように。

彼は鞄から二つの折り畳み傘を取り出した。

「とりあえず桜君これ」
「あ、ありがとう」

家矢は何の迷いもなく、まるでドラマの台本通りのように俺に折り畳み傘を渡した。
彼は一切俺に眼を合わさない。

「うーん、俺と獅那は方向逸しだし家も近いからしょうがないから二人で一つで帰ろう。あ、別にあいあい傘とかそんなんじゃなくて」

手で頭をかきながら、わざとらしい笑顔で獅那さんに言い彼は傘を開く。
家矢の開いた傘に獅那さんは躊躇無く入って二人ら俺の方を揃えて
じゃあね
と言って手を降った。

「傘返すの今度でいいからー!」
「ありがとう じゃあまた!」

俺も笑顔で手を降って、彼らの背中に背を向けて傘を開く。

二人の姿が見えなくなった後俺はそっと傘を閉じて手で握った。
家矢の傘を使うくらいなら
雨に打たれて風邪を引いた方がマシだ。

暗闇に落ちる雨の音は全く俺の心を静寂にはしてくれなかった。

そして確信した。

家矢蔵馬は妖怪に干渉している。

009

家に帰ってすぐ風呂に入り、心を落ち着かせてから上がった俺はリビングで喰奴とテレビを見ながら
人間と妖怪の干渉について話していた。
霊音とイリスは二階でどうやら女子会のようだ。

「人間は妖怪の力をね、別にハーフじゃなくても使える。それは知ってるよね?」
「そういう人たちとは対面済みだよ」
「だよね、じゃあ詳しくはなんで力を使えるか知ってる?」

それに関しては知らなかった。
イリスは妖怪と人間のハーフだ。
そのため勿論妖怪の力を使える。
その他にハーフではないが妖怪の力を使える者がいる。
人間に化けてる場合もあるがそれは除いて、俺は他ならぬ人間であるが脅威的な能力を持った人間たちに会ったことがあった。
妖怪に力を分け与えてもらったんだと安易な考えで納得していたが
遂にそれが修正される時が来た。

「そういう奴らは 妖怪と条件込みで契約したんだ。 条件は皆共通さ。」

喰奴は負的な笑みを浮かべていた。
言いたかったことが遂に言える楽しさなのだろうか。

「条件とはね、妖怪に自分が大切、愛してると思ってる人の命を正直に明け渡すことだ。」
「命を•••?」
「妖怪はあくまで霊的なものだ。
俺たちの最高のご馳走が人間の命なんだ。合理的に手にはいるこそ価値があるんだ。」

喰奴は少し目を細めて人差し指を立てた。
一瞬天井を見てしまった俺は、それに関して何にもツッコミを入れてくれない喰奴に対して恥ずかしい気持ちになったがここは話に集中することで忘れてもらおう。

「フフ、今天井向いた」
「今さらかよ」
「まああえていうなら命は•••」
「スルーするな!」
「あ、ごめんごめんご」

喰奴にやっぱそのまま話を続けてくれと言って俺は態勢を整えた。

「あえていうなら妖怪に取っては合理的に命を奪うことは人間でいう 童貞 を捨てる的な意味合いになるのかな。いわば精神的な、プライドの確立ということだよ」
「じゃあ喰奴は人間でいう童貞?」
「童貞だね!」

ピースしながらハニカム喰奴。
お前の風貌のどこに童貞要素があるのかは知らないけど、人間の命を契約として奪った過去が無くて俺は胸を撫で下ろした。

「ところでさあ桜、ちょっと二階覗いてみようよ」

人の秘密に漬け込むのが好きな奴だ。
喰奴にストーカーをやらせれば右に出る者はいない。

「賛成」

ゆっくり忍足で階段を上がってイリスの部屋の前へと来た。
中から二人の話声が聞こえてきた。ビンゴだ。
好奇心というのは理性で抑えきることはできるけど、我慢していればいつかは理性だって緩んでしまうさ。
だから悪くない
仕事をサボった理性が悪いんだ。

喰奴がそっと扉を開けて中を覗き込んだ。
中からの話し声が聞こえてこなくなった。

「あれれ?桜ー 中誰もいない」
「そんなはずないだろ、今さっき話し声聞こえてきたんだ。」

俺たちは恐る恐る部屋に入った。
なんでこんなことしてしまったんだろうと後悔が後押ししてくるがもう戻ることはできない。

そして俺と喰奴は
制裁を受けた。
後ろからの同時の飛び蹴りに俺たちは吹っ飛ばされ窓ガラスへとぺったん人形のように貼られてしまった。

後ろに仁王立ちしてる霊音と
あくびをしながら髪の毛を指でくるくる巻いているイリスの姿が。

「どんな状況でも自分を信じれば形成は逆転できる」
「できる」
「プライドを捨ててまで敵を欺くことが勝利を導く」
「導く」

後から霊音の言葉を後ろだけ復唱するイリスを見ていると腹がたってくる。

霊音は俺と喰奴に歩み寄り襟足を持って二人を持ち上げた。
痛い、思いのほか結構痛いぞ。

「うわぁぁぁぁ!!襟足抜けたっ!!」

喰奴が今まで発したことのないような叫び声と取り乱し様を見せた。
霊音は笑顔ではあるが顔を引きつきながら窓を開けて襟足を夜風に放った。
こんな悪役みたいな奴だっけ?

「女子会に対するスパイ行為に対してはこのように処罰くだしちゃうぞ☆」

霊音は片足を後ろに跳ねるように上げてウインクしながら横ピースを眼の前でかざした。
そして部屋を出て行った。
それに続いてイリスも片足を跳ねるように上げて横ピースを眼の前にかざした。

「次はないと思ってってうわぁー!!」

バランスを崩した彼女はその場で転けて壁に頭をぶつけたらしく頭を手で抱えながらうずくまっている。

「お前常に寝起きなのっ!?」

喰奴も頭を抱えてうずくまっているためリストラされたサラリーマンの溜まり場みたいになってしまった。

「何これ俺も空気を読んでうずくまるべき?」

うん
とイリスと喰奴はそのまま首だけで頷いた。

三人は霊音が気づいて戻ってくるまでしばらくこの状態でうずきまっていた。

4月12日
高校2年生になって5日目
明日からは土日ということで、テンションは上がっていた。
クラスでの友達はまだ獅那さんだけだけど、自然といつのまにか友達はできていくものだと思う。
天気は清々しい晴天で平日の締めくくりにはもってこいの空だった。

今日に限って獅那さんは休みだった。
昼休み、俺は一人になってしまったけど、ここは歯を食いしばって我慢。俺は弁当を食べようとカバンのファスナーを開けた。

「ん?」

カバンの中に見覚えのない異様な物体が入っていた。
そしてそれは誰の仕業か一瞬でわかるものであった。

サッカーボール
カバンの中に入っていたそれはまさしく家矢の仕業だ。
奴が嫌がらせだけでこんなことをするはずがない 俺は周りのクラスメイトに見つからないように机のかげで恐る恐るボールを持ち上げる。
すると横面に何かマジックペンで字が書かれていた。

昼休み 多目的教室で待つ!

右下には家矢のサインが。
サッカーボールだけで大体お前って想像よと思った。
せっかくの弁当だというのに面倒だ。だけど人を待たせるのはよくないと俺は善意を湧き巡らせ、普段誰も使わない三階の多目的教室へと向かった。

多目的教室の扉は締め切ってあって中の様子は伺えない。
もしかしたら中に入ったらサッカー部の連中にリンチされたり、実は五時間目が体育で、女子が着替えてるなどという巧妙な罠が仕掛けられてるのではないかと思ったが家矢はそこまで姑息な奴ではないだろう。
奴はプライドが高い。

俺は勢いよく扉を開けた。

バコーン!!

という音とともに俺の頭は真っ白になった。
頭上からチョークの粉でまぶされた黒板消しが降下されてきたのである。

「ギャハハハハ!ウハハハハ!イヒッイヒっ!ばっかじゃねえの!?」

教室の真ん中の席で着席している家矢は腹を抱えて大爆笑していた。
俺は手を握りしめ怒りを抑えて冷静に頭を横に振った後手でチョークの粉をはらった。

「家矢お前小学生か?」
「高校生ですけど!?」

ドヤ顔で言われても返しようがないわ。
普段からその調子で暮らせよ、絶対友達できないから。

「まさかこれするために俺読んだとか?」
「それは挨拶だよ。本題は他にある」

家矢は立ち上がってそのまま机に腰掛けた。
俺は一旦制服にもついたチョークを手で払っていた。
中々とれない。

「今日なんで獅那が休んだか知ってる?」
「え?、まさかお前が絡んでるのか!?」

それは一大事であった。
迂闊だったのかもしれない。
妖怪と干渉している家矢ほほおっておいたのはミスだ。
昨晩喰奴から聞いた話、獅那さんが生贄に出されたことは、家矢が前から 雨 の力を使っていたことから無いと思うがこいつが過去に人間を妖怪に差し出した事実は明白だ。

「獅那はね、俺の糧になるんだ 今日の夜にね」
「糧だと?」
「桜君 あんたもう知ってるだろ?俺は知ってるぞお前のこと 妖怪と深く関わってること だから妖怪との契約のことも知ってるはずだ」

正確に知ったのはほんの 15時間前だけどな。
だが、自分からその話題を持ちかけるとは。そして獅那さんが糧になる?
冷や汗がゆっくりと俺の肌を濡らす。

「俺はある妖怪と契約した!そいつから俺は"前借り"で力を手に入れた!どいうことかわかるな? 今日獅那は 死ぬ」

「は?•••」

焦燥感にみまわれた俺はわけもわからず家矢に飛びかかって顔面を殴った。
そして馬乗りになってありったけの力で首を締めた。

「お前を殺したのちにその妖怪を探し出してそいつも殺す!今回ばかりは度がすぎるんだよ家矢ぁ!」

だが彼は膝で脇をけりあげ、俺は痛みで怯んでしまった。
家矢は一旦距離を置き右手で首を抑えて左手の平を立てた。

「待て ハァハァ•••ここでやりあっても俺たちは生徒指導室行きだ ハァハァ••• だから朝倉町知ってるだろ?」

朝倉町
別名ゴーストタウン。
そこは大手建築会社が作り上げた住宅街であったが完成直後にその会社の欠陥工事が発覚し住宅街に存在する家に入居者は現れず、ただ家が並ぶ無人の町と化した。

「今日の夜11時俺はあそこで徘徊する そこで話し合いをしよう」

話し合いだけで終わる気はしない
家矢がそこに誘うということはこいつも俺を殺す気なのかもしれない。
危険ではあるが獅那さんの命が危ない。

「そこですべてを話すよ、生徒指導は御免だ」
「何か目的があるんだろ?」
「大正解」

そう言って家矢は教室を出て行った。
冷静に奴の話を最後まで聞いていればこのようなことにはならなかったかもしれないけど
それは無理だ。

理性仕事サボんなバカ。

雨男ストレンジラブ 04

家に帰って俺は部屋のベッドで何もから忘れ去ったかのような思いで寝ていた。
睡眠に入ったわけではない。
カーテンの隙間から射す夕日の光が気になるも、締めに行くのが面倒くさい。
家矢が言っていた"前借り"という単語が俺の思考の流れをせき止める。喰奴や霊音に聞けばわかる話なのだが今回の件は俺一人の問題だ。喰奴や霊音、イリスが介入する物語ではない。
もし前借りの借りが返されたとしたら獅那さんは妖怪に命を奪われる 殺される。
今回は人間だけではなく妖怪との戦いがあるのは確実だ。
俺は起き上がり、とりあえずカーテンをしっかりと締めてから机の引き出しを開けるためを本棚にある ブラックウッド という本に挟んである鍵を取って開けた。
机の中は紫色の布袋以外何も入っていない。
俺はそれを机の上に置いてまたベッドに寝転んだ。

010

霊音によって起こされた俺は夕食を皆で食べた後風呂に入ることはやめといた。
これからもっと汚れるからである。
その後部屋に気晴らしにベランダへ来た。
この家の中てで一番落ち着ける場所だ。ここで音楽を聴くのが最高に気持ちいい。
だがそんな楽しみをぶち壊す輩が一人。ベランダの柵に干されるように銀髪女は寝ていた。

「おい」
「ふぁー。桜か。こんばんわ」

一回あくびしてから俺はイリスの横に立った。
俺が彼女を見るとイリスをこちらを向いてきた。
アクアブルーとエメラルドグリーンのオッドアイを見ていると吸い込まれそうになるため俺はすぐ眼を逸らして夜天を眺めた。

「イリス、お前は人を守るためなら命まで賭けられる?」
「わたしは人を殺すためなら命を賭けられる」
「そうか」

言葉の綺麗さは違えど、俺がしようとしていることは結果的にイリスの言ったことと同じなのか。

「だけどーーー自分の命を賭けるには後のことを考えとかないとダメ。桜はちゃんと考えてる?」
「んー実際そういう状況になったら後先なんて何にも考えないかも」
「そっか。ならその予防法を教えてあげる」

イリスはようやく柵に干される布団のような状態から立ち直り普通着地した。
イリスが横から俺の眼をガン見しているのがわかるがあえてそれに眼を合わさず景色を見る。

「仲間に協力を得る。殺し屋界の話じゃなくて社会でも常識だよね」
「お前が仲間の為に協力するよう性格とは思えないけどな」
「む。わたしは信頼している仲間には命を賭けて手を貸すよ」

そう言ってイリスは俺を見るのをやめて夜の暗闇へと視線をやった。

「桜、わたしの好きな食べ物覚えてる?」
「ビーフジャーキー」

するとイリスがクスッと笑った。
なんか俺おかしなこと言ったこと疑問に思ってしまった。というか俺はこの女の思考回路というのは全く理解不明だしこれからも理解不明だと感じる。

「桜今度一緒に買いにいこ」
「断る」
「それを断る」
「残念だったな、それすらも断る」
「おりゃ」

イリスは突然後ろから抱きついてきた。
花のような香りと温もりが後方から感じる。
鳥肌が総立ちした。

「うわぁ!」
「桜はわたしを前にして油断しすぎ。今ナイフを持ってたら桜死んでたよ?」
「身の毛がよ立ちすぎてショック死しそうになったね」

彼女は抱きついたまま俺の背中に顔を埋めた。吐息の温かさを直で感じる。

「そういうこと言うから桜嫌い」
「俺はお前のこと嫌いじゃないよ。でも
俺はお前を殺したい。」
「わたしも桜を殺したい」

俺とイリスの距離感は近くも遠くもなく表しがたく曖昧で、
奇妙で不思議で意味不明だ。
俺たちの縁はどちらかが死ぬことで途切れる。
お互いの殺意が、この怪奇な関係を維持している。

にしても、この女酒臭い。
いや本当に酒臭いやばい臭い匂う。
こいつの奇行の理由が判ったぞ。
普段こんな可愛い奴ではない

「なあ、お前酒飲んだろ?」
「わたしは未成年なのでお酒は飲めません」

この匂いは霊音が自室で作ってる
マタタビ酒の臭いだ。
瓶に入れてキッチンの冷蔵庫にしてあるため食品にマタタビの臭いがついて迷惑している。

「今日何飲んだ?まさか瓶の中飲んだ?」
「瓶の中の水なら飲んだ」
「お前普通瓶の中に天然水が入ってるって思うかー!?」

常人じゃそんな間違いしない。
まあこいつ常人じゃないんだけどね。人成分2分の1だし。

「とりあえず寝ろマタタビ娘」
「わたしはマタタビなんぞに見覚えはない」
「飲み覚えさえないもんな」

そのままイリスをおんぶしたまま彼女の部屋に連れてきた。
眼をパチクリ為せているがそのままマネキンのようにベッドに放り投げて毛布を被せた。

「まだ眠たくない」

人形のように動かないくせに口だけ達者でムカつく奴だよ本当に。

「お前酒飲んだのだからゆっくりしてろよ」
「んー飲んだ覚えないんだけどなあ、わたしがそんな愚行に及ぶわけがないし、酔ってもなーい」
「お前さっき俺に抱きついたんだぞ」
「そんなバカな!?」

電気を消してさっさと俺はイリスの部屋から出て行った。
扉を閉めると中から動物園だと勘違いするくらいの大きないびき声が鳴り響いていた。
まだ眠たくないんじゃなかったのかよ。

イリスといると本当飽きないよ。

悪い意味で。


011

すべての準備は整った。
手に持ったのは紫色の布袋ただ一つ。
覚悟はできた。もう何も考えることはない ただ人助けをするだけだ。

自転車にまたがり、
Red Hot Chili PeppersのMy frends
を聴きながら夜風を向かいから受け俺はペダルを回す。
時間は10時45分 朝倉町は家からそう遠くない位置にある。信念なんてものは持っていなかった。ただ一人の救い出したいという気持ち だがこれは善意とは思えない。ただ俺が獅那さんと一緒にいたいーーそう願っている俺のエゴなのかもしれないけど、そうだろうと覚悟を決めたのだ。貫き通す。


そして俺は一人朝倉町へとやって来た。
先程まであった車や人の姿はいっさい見えない。街頭も古いものばかりで灯りがついていないものがたくさんある。
人居らずの暗闇の街
ゴーストタウン。
住宅は不良に荒らされてボロボロのものから新築同様のものまで多数存在していた。

そして朝倉町を自転車で駆け巡って約10分、ついに人影を見つけた。
点灯せずアーチそのものとなった信号機の間の横断歩道の真ん中で
そいつは立っていた。

「徘徊してるんじゃなかったのかよ?」
「いいやこんな町自分から言っといてはなんだが不気味でさあ」

俺は自転車から降りて
暗闇の中で悠々と立っているその男、家矢蔵馬から10メートル離れた位置まで歩いてそこで止まった。
風呂上がりなのか髪の毛はいつものアシンメトリーではなく垂れ流し状態である

「最初に言っておくよ 獅那はじき死ぬ 桜君を殺してから、意図的に俺の力で風邪をひかせておいた獅那を家から連れ出して妖怪に引き渡す」
「お前は獅那さんを大事だとは思ってないのか?」

すると家矢は昨日レストランのトイレで会った時のように手を腕をクロスさせ肩に手を乗せてブルブル震え出しながら引きつるような笑顔になった。

「獅那を大事に思っているからだよ!大好きだからだ!獅那が死ぬことで獅那との思い出はこれから誰も作ることはできない!俺だけが獅那と一番多く思い出を積みかなねて来たぁ!だから俺以上の思い出は誰にも作らせはしない!」

異常などという言葉では括りきれない家矢の言動そして行動。
恐怖だ。サイコ的で胸が悪くなる。

「お前が考えてること、冷静になって改まってみろよ。ただ気持ち悪いだけだ」
「知らないね関係ないね意味ないね! 気持ち悪い? 獅那に近づいて挙句の果てに俺を殺そうと•••
いや、俺は元々お前は殺すつもりでいたけどね。
あの時溺れ死んでろよ!!生きてるな不快だ!!」

その言葉と共に雨が降り出した。
さっきまで星が見えたのに今では雨雲で覆われている。
雨の匂いが鼻をつつく。
知っている、これが家矢の能力だ。
やはりこの前非現実的な川の氾濫に呑み込まれたのは家矢の能力の仕業か。

「俺の能力は雨を降らすではない 正確に言えば雨を司る。
一つ目は見ての通り雨が降っているという場所(フィールド)を作ること。 二つ目は•••」

俺が奴の話に集中していたその時だった。
ほんの一瞬、奴の残像を見た まるで分裂したかのように、そして頬に感じる強烈で速攻的な鈍い痛みと共に体は宙を舞いアスファルトの地面へと叩きつけられた。
雨が傷口に染み、やけに体は寒さを感じていた。
体を少し起こして家矢を探したが彼は先程いた横断歩道に変わらずに立っていた。

「二つ目は雨の中なら2倍の速さで動けるというものだ。まず生身で丸腰のお前に俺に勝つことは絶対的にありえない 」

「•••誰が丸腰って言った?お前は常識から外れているのはわかった。だから俺も同じく常識離れで対抗してやる」

冷たい雨の中湿っている紫の布袋から俺はそれを取り出した。
手に感じるの鉄の質感そして重み、取り出した拳銃を俺は強く握りしめ銃口を家矢に向けた。

「高校生がなんでそんなの持ってるんだ?って顔してるなあ」
「びっくりしたよ。ぶるっちゃうねぇ!でも桜君はそんな簡単に引き金を引けるのかあ?宝の持ち腐れじゃあないのか!?ハハ!」
「俺は自分の覚悟に誓ったんだ。人なんて簡単に殺せるよ。ただ殺し屋とは違って罪悪感は一生残しておいてやるよ」

雨の降る中銃声は鳴り響いた。
だけど案の上家矢は能力で少し右にズレていた。
おそらく銃弾は見えてはいなさそうだが、かわすスピードは充分のようだ。

「たかが人間の知恵の産物で妖怪の神秘に勝てるかあ?
力の違いを見せてあげるよ
三つ目の力ぁぁ!!
ハハハハハハハハハッハァー!!!」

激しくバイブレーションのように体を振動させて笑いながら家矢は手を広げた。
それと共に肌にぶつかる雫の勢いは、まるでパチンコでビー玉で当てられてるような痛みを生むのであった。
痛みはやがて、俺の精神を蝕んでいく•••
痛いっ!!

「痛ってぇぇぇ!!!グッガァぁぁぁぁああああああ!!」

その絶望の状況の中俺は見た。
周りにある家々が屋根から壊れて弾けているのを。
轟音と共に破片は雨とともに降り注いできた。
そしてその中を、家矢は無数の破片や部品を避けながら俺の方へと走ってきた
手には水道管のパイプらしきものを持っている

「お詫びはいらねぇぇぇ!!さっさと死ねぇぇぇぇ!!!」
「ヴガァァァァァァァァ!!!!」

腕を飛び散る破片の中に突っ込み、瓦やら木材やらを腕を捨てる覚悟で家矢目掛けて前方に叩き投げた。
思いのほか近くへ来ていた家矢は避けきれずに破片たちにもうスピードで衝突する。
そして天上から降り注ぐ破片たちを俺は体全体で受けた。
痛みなど感じもしなかったかもしれない すべてがーー時が低速になっていたかの気分だった。

012
眼を覚ました俺は身体中に覆いかぶさっている破片たちを力ずくでどかして立ち上がった。
雨は止んだ。
奴の最後の攻撃には度肝を抜かされた。まさか降り注ぐ破片の中で逃げずに捨て身ともいえるあんな行動をとりやがって。
俺は一旦辺りを見渡してそして確信した。奴は死んだ!俺の勝ちだ!


弧都瀬桜は瓦礫の中で息絶えた!

だが安心するのはまだ早い
あの低脳野郎の死骸をさっさと見つけて死んだことを確認しなくては。俺の獅那に会って間もないのに近すぎなんだよ気色悪い。
早く見つけて俺の獅那を連れ出してやりたい。
妖怪の力を手にいれて念願の俺の獅那の殺害、それだけで一石二鳥なのに俺の獅那に近づく男まで殺せるなんて俺らの愛って奇跡じゃなくて運命だよなあ?
どうしよう、一旦家に帰って髪乾かしたあと髪型セットしようかな。折角の最後のデートだ、真っ黒の喪服でも着てこうか。
俺と獅那の親は高校の同級生で、仲が良かった。生まれて間もない頃から俺と獅那はよく会っていたらしい。まるで兄妹のように遊んいたとのことだ。
その頃の記憶がなくて本当に残念だ いつか記憶を深く掘り起こせる力を持った妖怪を見つけて悲しいがお母さんでも差し出して力を貰おうかな。

にしても死骸が見当たらないなあ。この辺に転がってるはずなのに。
•••ん!?

「•••ァォゥゥュ•••」

聞こえる!!弧都瀬桜の声か!
生きていたか!
だが無駄だ見つけて一瞬で喉を裂いて切り開いてやる。

俺は耳を済ませて奴の声がする場所を探し当てた。
瓦礫の海とかしたこの地で、俺の足の下から弧都瀬桜の小さなうめき声が聞こえてくる。
瓦礫たちを掘ってどかして行くと、途中奴が使った拳銃を見つけた。警察官が使っているような小型のリボルバー銃だ。
中に弾丸があと3発残っていることを確認し、それを構えながらゴミとなった家の一つ一つの欠片、部品たちをどかして。
段々声が大きくなってくる。この手で奴にトドメを刺す時は一刻と近づいてきていた。
心臓の高まりは止まらない、血の流れを体全体で感じる!

そして最後の瓦礫をどかした。

「•••え?」

携帯
携帯から流れる弧都瀬桜のうめき声。
拾い上げて画面を見ると動画が再生されており画面は真っ黒でそこからうめき声が再生されている。

「怖い目に会った時のために携帯を一応持ってきておいてよかった•••」

後ろから聞こえる聞き慣れた声
はめられた!騙された!まんまとひっかかってしまった!
後ろを振り向くと血塗れながらも人を見下すような表情で俺を見ている弧都瀬桜の姿があった。

「プライドを捨ててまで敵を欺くことが勝利を導くってね。まー例えばただの六畳の部屋でかくれんぼをするとしよう、鬼は廊下で待機だ。もしその六畳の部屋で一番見つからない場所ってさあ、どこだと思う?」

人を舐めやがって、そんな話に付き合う前に殺してやる。
俺は奴の顔面を殴り馬乗りになった。多目的教室で奴が俺にしたように。そして銃を握りしめ顔面に銃口を向けた。

「早まるなよ•••俺はね、入口の扉の裏側が一番見つかりにくいと思うんだ。まあついこないだそれを実証させられたんだけどね。だから俺は瓦礫の中で携帯に自分の声を動画で収めリピート状態で瓦礫に埋めといた。そしてキレツしているお前を探し当て後ろで待機していた。ずっとお前の後ろにいたんだよ」

「ならその時何故俺を殺さなかった!?」
「歩くだけで激痛が走る怪我をしている俺にお前を殺す力なんてなかった。だからここまで誘導した。先程お前が立っていた横断歩道の場所に!」

何を言っているんだ?こいつが言っていることに、こいつが有利である言葉は一切出てこない。
あとは俺が引き金を引くだけで終わる。
余裕かましてるこの低脳野郎は一瞬で死亡だ。

「弧都瀬桜 即死しろ」




うあああああああああああああああああああああああああああああァァァァ!!!!!
激痛だあ!!人生で感じたことのない激痛!!肩から噴き出す生暖かい血液 響く痛みと一瞬で高温で焼かれたような熱さ。
そしてすぐさま体全体が寒気に覆われた。

「ぎゃああああああああ!!!!死にたくねぇぇぇぇ!!」

「 時計細工弾丸(バレットオブクロックワークス) •••この弾は、さっきお前が避けようとしたあの弾丸だ」

雨男ストレンジラブ 05

時計細工弾丸(バレットオブクロックワークス)

それは自らの意識で、弾丸内の時間を止まらせることができるまさしく時計仕掛けの弾丸である。
父 弧都瀬綱鷹 兄 弧都瀬亥 そしたて父の友人である武器職人によって協同制作された魔の弾。俺は先程家矢に銃を撃った時に奴が驚異的なスピードで避けることを察知していたためギリギリで弾丸内の時間を止めておいた。そして奴をここまで携帯で録音した俺の声でおびき寄せ丁度良い位置にに家矢が来た時に再び弾丸の時を動かした。細工されてるのは弾丸だけだ。銃はただの警察官が携帯しているものだ。まあこのさい "ただの"という言葉を使うのは些か変ではあるが。当初6発作られたが、今 家矢蔵馬に使ったことで残り3発となった。 家矢が興味本位で無駄撃ちをしてなくてよかった。
当の家矢蔵馬は俺に跨りながら血と涙を流して喚いている。そして横にホコリをたてながら倒れた。声も出ていない。致命傷ではあるが早めに救急車を呼べば死には至らないだろう。ま、呼ぶかどうかは気分しだいだけどな•••
冗談そこまで残忍な性格ではない。あれほど家矢を殺すと豪語していた俺ではあるがやはり瀕死の状態の人を見れば助けないわけにはいかない。ここはこの怪我人を"家矢蔵馬"ではなく"人間"として扱ってあげよう。警察もまさかこんな純粋で清純な高校生が銃を持っているだろうとは思わないだろうし、こんな憎たらしい顔をしてたとしても家々をこれほどまで破壊できるとは考えないだろう。
俺はスマートフォンを取り出し救急へ電話しようとした。

「人のお友達をこんな目にあわせておいて自分から助けを呼ぶのですか?」

前方から女の声が聞こえた。
若い声ではあるが、大人に近い声質だ。携帯を構えたまま前をいると15メートル先くらいに白い花柄の和服を着た長い白髪で美しい女性と、和柄の革ジャンが特徴的な青い帽子をツバを反対にして被っている若い男が立っていた。

だが一つ、二人とも異様で気になる点があった。まず和服の女性、彼女の頭には白い耳がついている、猫耳カチューシャをつけている可能性があるがそれはファッションセンスを疑う。そしてもう一人、革ジャンの男、彼は黄金色の何かを食べている。それが明らかに油揚げだ。普通油揚げは食べ歩くようなジャンクフード的なジャンルではないはずた。

「私たちはですね、彼と取引をしたのですがどうやらあなたが彼を再起不能にしてしまったおかげで取引の内容が少々面倒になってしまいましてですね、私たちが彼の取引物を取りにいかなければならなくなってしまったのです」

現れたタイミングからしてそうだと思った。この二人組が家矢蔵馬と前借りの契約をしたという妖怪か。ならば目的もそろそろシメに突入だ。この二人を倒して獅那さんを守る。

「あなたはその取引物の関係者なのでしょう?居場所を教えてくれませんか?」
「いやいや、少し待ってくれ。教えてほしいなら先に正体を教えてくれないか?じゃないと信用できない」
「これは失礼」

和服の女性は丁寧にお辞儀をした。この人卒業式の練習なら先生にお手本として任命されそうなくらい綺麗お辞儀をする。打って変わって横の革ジャン男は何もせずにイライラした様子を見せている。

「で、なんなんだ?あんたたち?雨降り小僧か?」
「いえいえ、そんな低級妖怪などと一緒にしないでください。まず小僧だなんて、クス 横の彼なら小僧の素質はありますけどね」

革ジャン男はついに目を一瞬見開いて、驚いた顔をしていた。
和服の女性は柔らかそうな握り拳で口を抑えて笑っていた。そしてその手を下に下ろして手のひらをからなり合わせて腰下に置いた」

「わたくし、妖狐族の長を務めております天狐でございます」
「オレはぁ天狐様ぁの護衛を務めておる空狐だぁ。」

なんだって妖狐族の長だって?
霊音と喰奴は化け猫族の一人だろ?ならそういう妖怪の種類の括りの、狐の妖怪たちの長だって?そんなのがなんでここにいるんだよ!?まずいぞ、戦って勝てる相手…なのか?

「あ、人間族の高校生やってます…弧都瀬桜です」
「あら、桜殿よろしくお願いします。 で、 取引物の居場所は教えていただけるのでしょうか?」

覚悟は曲げない。誓ったんだ。恐怖や可能性の壁なんて気にしない。俺は意識を貫き通す。すぐ側に倒れている家矢の手から銃を取り上げ天狐たちに向けた。

「拒否 ということですか?かしこまりました。 力ずくで、教えてもらうとしましょうか空狐」
「わかりましたぁ天狐様ぁ!」

天狐が手を影絵で狐を作る形にして空に腕を伸ばした。すると二人側から激しい烈風が巻き起こった。荒々しい台風のような。足で立っているのがやっとのくらいだ。その中で和服がめくり上がらないように片手で抑えてる天狐の姿が中々セクシー。

そんなこと考えてる場合じゃなかった。空狐がその風に乗ってとてつもないスピードで迫って来た。近づいてくる度に姿が恐ろしい化け狐のような容姿に変わっていく。空狐の変速的な動きに銃身が定まらない。
ダメだ…今回初めて妖怪を相手にしたが人間で勝てる相手ではなかったか。

「本当にごめん獅那さん」

「そんなところで諦めて、死ぬつもり?」

死を覚悟して目を瞑っていたがその聞いたことのある声で俺は目を開いた。濃い緑色をした軍服のような服にチェックのミニスカート、夜でも輝いて見える銀髪に美しいオッドアイ。その少女の左腕は見事に空狐の胸を貫通して徐々に空狐から白い煙が焚きはじめ、やがて骸から煙だけに…空狐は1分ほどで蒸発した。彼女の左手の爪先からは紫色の液体が滲み零れており地面に垂れる度にジューという効果音と共に白い煙が上がる。

「変な時間に目が覚めたから桜に子守唄でも歌ってもらおうかと部屋行ったらいなかったから散歩がてら探したらまさか妖狐族の上の上と戦っているとは。驚き。」

「イリス、俺は正直今すごく嬉しい。でもこれは俺の問題なんだ」
「俺の問題だとか自意識過剰になってるなんて恥ずかしいよ。こんな妖怪が絡むなんてどうも裏があるよ桜 。アニメでいう桜はただの"被害者A"だよ」

「俺の今までの家矢との死闘に一瞬で傷入れやがって。我ながら劇的な戦いだったんだぞあれ」

空狐が死んだ後止まっていた天狐がついにまた動き出した。乱れた和服を払いなおして、上品に落ちついて瓦礫たちを避けながら近づいてくる。心の隙さえ作らないように。俺たちを敵ともみなさずただの通行人のようだと言わんばかりの顔で。

「空狐の死は想定外でした。私は戦うのがあまり得意ではなくて…そう、手加減の具合がわからなくてですね!!」

天狐がまた狐型にした手を空高く上げた。その瞬間辺りは冬のような寒さにみまわれた。体が自然と凍える。そして天空から、無数の白球が降ってきていた。それはこの季節には似合わず、冬にこそ似合うがそれでも中々異端な物だった。

「雹(ひょう)だと!?」

空から飛来する雹はまさに白雲の如く天を白に染めていた。空気を裂く高音が地へと向かうごとに大きくなり、逃げ場のない絶望へと誘っていくのであった。だがその状況の中でイリスだけは顔色を変えずに落ち着いて空を見上げる。

「桜、わたしのそばにいて」

その冷静でいつもの日常の時のような声のトーンは変に安心感をもたらしていた。俺はこの雹からは助かるのだと、そう確信した。
そして無数の雹は炸裂音と共に地面に衝突し始めた。俺たちのすぐ頭上に雹は落下してきていた。
…次瞬きをすれば雹は俺たちに衝突するだろう。たがその一瞬。0.1秒にも達しない瞬間の出来事であるが、イリスの右肩から手が現れた。徐々に手は伸び、イリスと同じ顔、服装 イリスと全く同じ姿の上半身が現れた。そしてそこ上半身の左半身から新たなイリスと同じ上半身が現れ、イリス本体の左肘からはイリスと全く同じ下半身が現れその右足から上半身が現れた。それらは瞬時に高速で雹を殴り蹴り、イリスの爪から飛び散る毒は氷の破片をも溶かしていくのであった。ことごとくいともたやすく。その異様さは目を瞑りたくなるほど不気味でもあった。

彼女が、父 ヤマタノオロチから受け継いだ能力。毒牙。そして八頭身。人間を超越したまさに妖怪そのものだ。
俺たちに降り注ぐ雹はすべてイリスが打ち砕きそして溶かされたが彼女から現れたイリスたちは血まみれであった。それなのに"彼女ら"はうめき声一つ上げない。
イリスはそれを何事もなかったかのように、吸収するように体内に収納した。

「ひとまずこれでセーフ」

夜天に散る氷の結晶たちがゆっくり、ひらひらと舞い落ちてきた。
イリスは依然落ち着いていた。
そしてその光景を間の渡りにした天狐は動揺も見せずただ不気味に、彼女らしからぬ非礼に笑みを浮かべていた。

「あなた…とんでもない邪悪を受け継いでいるようね。フフ、いいですか?こちらは次の用意は整ってますよ」

「天候を司っているようね、妖狐の長とだけあってスケールが違うのね」

これから人外,非現実な闘いが繰り広げられる前兆であった。
人間の俺はまさしくこの戦場に場違いであり足手まといでもないただの石っころのようなちっぽけな立場だった。ヤマタノオロチの娘と妖狐の長だその名に並べるわけがない。

そして天がうねりだした。怒っているかのように。まるでスケールの違う光が空で点滅し始めた。
それはまさしく落雷の前触れであった。

「桜、銃を持ってここから見て二時の方向に回り込んで」
「俺も戦うの!?」
「わたし一人じゃ勝てる相手じゃない。だから囮が必要なの」
「え、今囮って言ったよね?もう一回聞いて言い?囮って言ったよね?」

イリスはそんな俺の嘆きを無視して天狐に向かって走りだした。
もはや囮でもなんでもいいから協力しないと。あいつさっきベランダで仲間にしか協力しないとか言ってたけど、あいつにとって俺はターゲットではなく仲間なのだろうか。ただのツンデレか?変人女。

「あら?殿方はいわば囮?なのかしら?なら八股娘さんを狙うべきかな?」

天狐がまた手で狐を作り天へ突き出した。間も無く家矢とは比べものにならない強風の混じった強い豪雨が降り出した。そして空から聞こえる低い音、光を繰り返し、何度も繰り返す。イリスはそれを気にも止めず天狐へと走っていった。その距離わずか5メートルほど。

「雷は秒速200キロメートルの早さで放電されるのです。避けきれますか」
「これでも放つこどができるか?」

走りながらイリスは足から寝そべりスライディングをして雨の水の摩擦を利用しながら天狐の左足と右足の間、つまり天狐の股下に到達した。イリスの目線は堂々と天狐の和服の中身へと行っていた。

「履いてない!?」
「キャッ!?」

天狐は顔を赤らめ必死で股を抑えた。なるほど、その作戦は俺にはできない。

「八股娘、股に参上ってね」

真顔でそんなことを言うイリスであったがせめて冗談っぽく笑って言わないと空気が変なことになるぞ。 まさにこのように。だがそれを打ち破るかのように天狐はイリスに腹パンという今までの神秘性台無しの実力行使に出た。
おそらくこの天狐の行動こそイリスの作戦の範囲内だ。

「結局お前が囮じゃねーか。」

俺は手に持った冷たい銃を天狐へと構え、躊躇うこともなくただ引き金を引いた。鳴り響く火薬の炸裂音と同時に天狐は倒れた。

「桜、とても良い外道っぷりよ」
「勝利という結果のためならどんな卑劣な手でも使うよ」
「うわー悪者」
「うるせえ八股娘」

そういうとイリスは俺に歩みよりとても弱い力で腹に拳をついてきた。そして少し涙目で、その美しい目を輝かせながら呟いた。

「結構その言葉傷ついてたんだから」
「ドヤ顔で八股娘股に参上とかほざいてただろお前」



「あらあら…勝敗がついたかのような流れになっているのですがこれはどういうことで?フフ」
「!?」

あっけないというか素っ気ないというか、天狐は何事も無かったかのように普通に平常に健康的に起き上がった。白い綺麗な和服についたホコリを手で払ってふぅーとため息をついて口を開いた。

「天狐ちゃん完全復活ぅー!☆」
「「へ?」」
「てかー、マジ拳銃ぶっ放すのはビビるわーないわー あ!ちょっとタンマ」

あのイリスでさえも驚愕の目をして固まっていた。俺たちの頭上には はてな がたくさん湧いて出てきていた。復活したことに対する驚きなど、とうに忘れてしまう勢いであった。頭の打ち所が悪かったのか元々なのか…前者を願いたいところであるが…たがその願いはすぐに砕かれた。
天狐は和服の胸位置の中からスマホを取り出した。手の動きが俺より遥かに熟練されている。

「銃で撃たれたなうワロタ っと。あ、あとFacebookにもつぶやいとこっかな」
「おい天狐」
「銃で撃たれたなうワロタ っと」
「おい天狐」
「ちょい待ちー」

天狐は俺たちそっちのけで画面に夢中である。夜の闇の中スマホの画面の光でうかがえる天狐の顔は今までの高貴なものとは一変変わったただの女子高生だ。ギャルそのもの。

「あ、九尾からリツイート来た。"大丈夫ですか天狐様 "だって?うむうむ、ハメられたー!ワロタ さっさと敵殺すうぃる っと
よしよしOK!再戦といきますかっ!」
「お前二重人格なのか?」
「違う違うってばーやっぱぁ初対面の人にわぁーお行儀よくしないといけないじゃんかーつまりそういうこと☆もうウチら仲良しじゃんサンコイチってやつぅー?」
「どうして、何故生きてる?」
「ちょー質問攻めとかエロいわぁー。まあ正解言っちゃうと空で貯めた電流をウチの周りに放出したわけ。雷ってちょー速いし熱いじゃん?だから弾丸が溶けて放たれる電流も肉眼じゃ見えなかったわけ わかったー?」

つまり天狐には銃弾はきかないわけだ。だが雷を落とすには少しばかり時間が必要のようだ。空の様子からして、まだ雲に電気は残っているようだが雷を落とすほどの電力は残っておらず電流のバリア分しかないと思われる。

「あんたたちに工夫無しに雷落としても駄目ってことがわかったからー、ちょっとはりきっちゃおっかな♪」

そう言って天狐は手を狐にして空へと上げた。そして片手を腰に当ててステップをしながら円を描くように跳ね始めた。見てるこっちが恥ずかしい、いやその恥ずかしさを相手に植え付けることがこいつの目的なのかもしれない。なわけないか。

「風風吹け吹け ルンタラッタタ♪
テンテンコンコンおてんとさま♪
天狐は天狐はおしおきしちゃうー☆♪」

「桜」
「なんだ?」
「帰りたい」
「ごめんもうちょっと付き合って」

獅那さんの命を守るため、決めたんだ。どんな困難にぶつかっても、無謀だとわかってても覚悟を決めた。たとえ羞恥心にみまわれても俺は屈しない。

「決着の時間だ。行くぞ!天狐!」
「あと10秒踊らせて!」

「調子狂うわ!!」

意を決したのも束の間、天狐が幼稚なダンスを踊り終わると
上空の雲の様子がおかしくなった。俺たちの上空を軸に雲が集まり出した。風がうねり空は光りまさに逃げ場のない絶望の淵に立たされている気分だった。

「台風を起こしたなう!風に翻弄される中で雷を避け切ることはできるぅー?」

天狐は舌を出して人を見下すような笑みで笑っていた。そして風はいっそう強くなり辺りの瓦礫が宙に舞い始めた。天空から鳴り響く轟音は魔王が憤怒しかたのようだ。台風に雷。これらを味方につけた天狐はもはや勝ちは決定だ。
俺たちは風に翻弄されてるうちに落雷に当たって死ぬのだろう。

「さーてと、そろそろ充電も溜まりそうだしーお別れといきますか☆」

「…天狐、テレビで放送されてる天気予報って知ってるか?」
「天気予報?ウチは天気を司る。そんなもの見なくても次の天気なんてわかるし天気を起こすことだってできる」
「台風の目って知ってるか?天気予報に出てくる上空から見た台風を知らないとわからないと思うが、台風の中心は目みたいに穴が空いててそこは無風なんだ。お前は今強風の中にいるから気づかなかったかもしれないけど、俺とイリスは今台風の目の中にいる。悪口言うけど、お前馬鹿だな」

俺は今夜三度目の、銃口を敵に向けた。弾が減ったからなのか家矢に撃った時と比べて銃が軽くなっているような気がした。
そんなことを思いしめながら引き金に指をかけた。

「馬鹿はてめぇーだ○○○ス野郎!それが効かないことはそっちも重々(じゅうじゅう)承知だろ!銃(じゅう)だけに」
「それは見てのお楽しみだ。食らえビッチ」

発砲音が鳴り響くと同時に微かな電気が落ちるような音が聞こえた。そして辺りは、俺とイリスから半径10メートル以外の範囲は紅蓮の炎で燃え出した。それは天にまで昇るような凄まじい勢いだった。一瞬辺りが見えなくなるほどに。

「いぎゃああああああああああ!!!」
「この朝倉町は空家の集合地帯だ。満タンのプロパンガスがどの家にも配備されていたんだよ。その家々を家矢が破壊したことでガスが空気中に漏れ出した。そしてそのガスをお前自信が風で空気に混じらせ電気で着火させた。だから風の吹かない俺たちのいる台風の目な中はは燃えない」

炎はやがて黒煙を上げそして台風で降り出した雨によって火は徐々に消えていった。倒れてる天狐の側に駆け寄ると、息を荒らしながらもまだ生きていた。動く力はなさそうだがさすが妖狐の長、生命力が高い。

「なあ、お前みたいな上級妖怪が何故こんな小さな町で家矢なんかに力を与えた?」
「…空亡(からなき)…空亡…」
「な!?」

あろうことか彼女は謎の言葉を残して近くにあった先の尖った木片で静かに腹を十字に切り裂いて息絶えた。最後の最期に彼女は天狐という妖怪としてのプライドの俺たちに見せつけた。

「天狐だって何百年も生きてきた妖怪なんだよな。そんな神秘みたいな奴がこうやって最期は切腹するなんて。」

イリスはその様子をただただ黙ってみていた。でもきっと彼女の心にはこの天狐の覚悟と信念の強さが響いただろう。その後天狐の死体をなるべく深く穴を木片で掘ってそこに埋めた。そして救急車を呼んで、このテロ現場みたいなこの場所から面倒なことがなる前にさっさと脱出した。帰り道、イリスに"空亡"というものが何なのか尋ねたが、彼女も全くわからないそうだ。


013

俺とイリスは家に帰る前にとある場所にやってきた。それは四条池という四条公園の中にある池である。小さな池で魚はは生息していない。俺とイリスはその池の側にあるベンチに座ってまだ少し冷たい夜風に浸っていた

「イリス、懐かしな」
「この公園で桜と私は戦った」
「あの日、血を流し血を吐いていた俺たち二人がこうやってベンチで座ってるなんて昔の俺なら考えもつかないよ」

12月31日の俺はこの場所で死にかけた。原因は今横で座っているイリスである。あの日がなければ人生は大いなに変わっていたのだろう。

「もし俺がイリスを殺していたら今頃幸せだったのかな」
「勿論そうだと思う」
「ならもしイリスが俺を殺していたらお前は幸せだったのか?」
「幸せだっただろうね。でも…」

イリスは一旦喋るのを躊躇った。
そして間を空けた後俺の目を見つめながらその薄く小さな口を開いた。

「今も幸せだよ」

夜天に散りばめられた星たちは今もなお輝き続けている。一つが輝きをやめても誰も気づかずまた新しい輝きが生まれるのであろう…

という謎で空気の読めないことを思っていた俺だがこれは正直に言うと 照れ隠しだ。思いの他イリスの言葉が心に響いてしまい動揺してしまっていた。


「あ、その、ありがとう」

「うん」

星が一つ、西の彼方へ流れて行った。



雨男ストレンジラブ 完

月読の夜

月読の夜

自分を狙う殺し屋と同じ屋根の下、 二人の関係は奇妙で不思議で意味不明で。 天然系変人少女と冷静装い系男の凸凹コンビで送る伝奇物語

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2013-02-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 雨男ストレンジラブ 01
  2. 雨男ストレンジラブ 02
  3. 雨男ストレンジラブ 03
  4. 雨男ストレンジラブ 04
  5. 雨男ストレンジラブ 05