路傍の花
湿気でむせ返るような、長い梅雨が終わった。まだ全体的にしっとりとした空気が漂う七月半ば。
後にまだかまだかと出番を地団駄をふんで待ち構えてるうだるような暑さを思えば、貴重な時期だ。
かすかに聞こえる蝉の鳴き声が耳に心地よく響く。
あと何日か過ぎれば子供達の天下がやってきて、また町が賑わうことだろう。
肩に掛けている鞄の持ち手と制服の間にじんわり汗をかく。
やっぱりちょっと暑いな。
「…咲夜、何ボーッとしてるのよ?」
隣から不機嫌そうな顔が覗く。すっかり存在を忘れてしまっていた。
上野真理は不機嫌の顔はそのままにため息を吐いた。
「…ごめん。…なんも考えてなかった。」
「見りゃ分かるわよ…」
真理は背負っているクマのデフォルメがなんともかわいらしいリュック(ナップサックというべきだろうか)を背負い直した。
「しっかりしてよね。先輩たちが来月で引退したら、咲夜が部長なんだから」
「…そんなの真理がやれよ」
僕は不貞腐れた顔で呟く。
「冗談はよしてちょうだい。私は気ままにやっていたいのよ。だいたい文芸部の部長なんて他の部活に比べたら大したことないわよ。」
大したことないと思うならやってくれればいいのに、と思いはしても口には出さない。
僕は今はやりの草を食べて生きている動物だ。
わざわざ自分を窮地に追い込むことはない。
「まぁ、そうなんだけど。」
考えたくもない。
僕は真理が抱える雑誌を恨めしげに見つめる。
「…ちなみに今月は何部売れたの?」
「二部」
「…それってかなりやばいんでは」
「かなり」
彼女の顔には諦めともなんとも言えない表情が伺えて次に繋ごうとしていた言葉をゴクリと呑み込んだ。
「…なんかこう、皆が食いつくようなネタとかないわけ。」
「あったら、とっくに書いてるわよ」
そりゃそうだ。つくづく自分は浅はかだ。
「…で、先輩はなんて」
「『知らん、自分らでなんとかしろ』」
真理は再び深くため息をつく。
「ちなみに一部は私が買ったから。」
真理なりに考えたのだろう。自費をだして雑誌を買うまでに追い込まれるとは。
「…面白かったか?」
「全然」
笑えない冗談だ。
*
隆々とした筋肉を連想させるような厚い雲に覆われた、愛娘の美央の三回忌。
俺はまたあの忌々しい場所へと向かう。
家からたったの徒歩五分と少し。いつも美央と遊んでいた児童公園の入り口にある青色の交通事故防止人形が見えてくるあたり
赤の止まれの標識のちょうど脇。
最初の頃と比べお供物のお菓子やオモチャは減っているが、幼い子供が亡くなったことを十分に示している。
右手にもっていたヒマワリと美央が大好きだったキャラクターの人形をお供物の真ん中に置いた。
「…美央。お父、また来たよ。いつも会社に行くときに毎日会っているけど。今日は特別な日なんだ。」
ーー何の日?
「美央が天使になってから3年なんだ」
ーーみおちゃんね、みんなとなかよしなんだ。
ーーみんな優しいんだ…
なんて。目尻が熱くなってきた。
涙が零れる前に立ち上がらなければ、もう立てない気がする。
路傍の花