contrast~triangle~

前回の『contrast』の続きです。一応内容は一話完結を目指していますが、登場人物の関係や設定は省略しているのでぜひぜひ『contrast』も見てみてください。

Side A

「殺人・・・依頼?」
金曜の夕方のいつものファミレス。りゅうちゃんがオウム返す。
「そうそう、ミステリーでよくあるやつ。」
ノートに落とした目線を上げてりゅうちゃんを見る。コーヒーカップを口元から離して私を見る。
「そんなことあるんだな実際。・・・いや、それはあくまでトラさんの予想だろ。」
「どうどう?興味そそられた?」
これが最後の攻撃だ。
「・・・わったわった、やるよやればいいんだろ部長。」
りゅうちゃんが目線を窓の外に移した。部長こと私白戸空(しらとそら)は胸を張る。
「よろしい!では事件の詳細を話そう。」
部長と言われてテンションが上がった私はノートに書いてある内容を読み始めた。

事件は五年前の夏に起きた。被害者は日笠伊織(ひかさいおり)24歳、栄担商事の事務をやっていた。彼女は朝方とあるホテルの一室のベットの上で発見された。死因は絞殺。解剖の結果大量のアルコールが残っていたので泥酔していたところを殺されたと警察は判断。

「絞殺か・・・凶器とかは?」
ノートのページを少し進めて見る。こういう時のりゅうちゃんは疑問を後回しにできない。
「どうやらガーデニング用の麻のロープだったらしいよ。ただホームセンターとか行けば手にはいるものだから特定は無理だったみたい。」
私はりゅうちゃんが黙るのを確認してから、事件の詳細を続ける。

警察が彼女の前日の動向を知るために栄担商事を訪ねたけど、その前の日は部署をあげた飲み会があったらしい。人数はそこまで多くなくて10人ほどで彼女も一次会から参加していたんだけど、二次会の途中で抜け出したらしい。

「抜け出した?理由は?」
「ん~、どうやら同僚の話では前々から約束があったらしいの。ただ飲み会が急遽入ったため一次会のみ参加する形になったとか。」
「約束って?誰かと会うとか?」
該当する文章をざっと確認する。
「なんか知り合いの男の人と約束があったんだって。」
「空ちゃん、情報は正しく伝えなくちゃダメよ。」
不意に後ろから声が聞こえるので振り返った。
「トラさん!」
「おねぇ様!」
誰も私をまともに呼んでくれないのか、とため息と共にスーツ姿のおねぇ様―白都蘭(しらとらん)が私たちの席の横に立った。

「正しくなかったですか?」
注文したホットミルクを飲んでいるおねぇ様に恐る恐る聞いてみる。席をりゅうちゃんの隣に移しておねぇ様は反対側、さっきまで私が座っていた席に座る。
「文章を読む際に割愛するのは分かるけど、時にその割愛が致命傷になるってことよ。」
すいません、としょんぼりとオレンジジュースを飲んだ。おねぇ様は我が推理研究会の初代部長であり創設者、今は警視庁捜査一課の刑事さんだ。
「懐かしいなこの事件。私がまだ推理研究会を創ったばっかりの時だったかしら。」
ノートを懐かしい目で見ながらめくっていく。そう、このノートに記されたものは全ておねぇ様が解決しようと集めた事件の情報だ。
「それで、何が正しくなかったんですか?」
いい加減痺れを切らしたようで、りゅうちゃんがおねぇ様に質問する。そうだったそうだった、と頷いてから私とりゅうちゃんを見て口火を切る。
「同僚の話だと伊織さんは『いつも通り』男関係で約束があったそうよ。」
「いつも通り?」
確かに私はその部分を省略したが、何がまずかったのか理解できない。
「成る程、全然印象が違いますね。まるで男遊びが激しい人みたいだ。」
うなずきながら同意するりゅうちゃん。確かに言われればそう取れる。
「えぇ、実際伊織さんの交友関係はお世辞にも慎ましいとは言えなかったらしいわ。特にナンパされた相手や出会い系で知り合った男性と良くあっていたらしいの。」
二人の仲の良さそうなやり取りを見ていると、なんだか悔しかった。
「ってことは警察はその相手が犯人だと?」
「うん。事件の翌週に発見はされたのよ。」
あるページをめくって私たちに開いて見せる。
「ただし、遺体でね。」
切り抜きがノートに貼ってあった。『OL殺人事件、犯人事故死か!?』という見出しと共に、怖い雰囲気の顔写真が印刷されている。『椎名梅夫(しいなうめお)』と書いてある。
「事故死?」
私は身を乗り出した。危うくジュースをこぼしてしまいそうになった。
「自宅のアパートで死んでいるのが見つかったの。死因は浴槽で溺死。泥酔時に風呂に入ったというのが警察の見解だった。」
直ぐさまりゅうちゃんが切り返す。
「その人が被害者を殺した証拠は出たんですか?あと被害者との接点とかも。」
「さすがりゅう君ね。」
ニッコリと笑いかけてノートを自分の方に向けるおねぇ様。
「椎名の携帯には伊織さんのアドレスが登録されていたし、メールを調べると二人の関係が出てきたのよ。予想通り椎名が伊織さんをナンパしたらしいわ。」
ページを一枚めくり続ける。
「殺人の証拠は部屋に残された凶器のロープと、被害者の爪から検出された肉片のDNAと傷口。」
おねぇ様は自分の右掌をパーにして指先を指す。
「肉片?」
「絞殺の場合多くの被害者は朦朧とする意識の中ロープを掻き毟ろうとするの。だからその際に犯人の手を傷つけたんだろうってこと。」
あぁ~、と私は相づちを打った。ふと隣のりゅうちゃんを見ると納得した様子がない。恐らく知っていた―いや、気づいたんだろう。
「だから日笠伊織を殺害したのはこの椎名梅夫で間違いないんだろうけど・・・。」
「動機・・・ですか?」
「そう、椎名に伊織さんを殺す動機がなかった。出会ってから一週間もたってなかったしね。」
殺人ほどの動機が一週間でできるとは考えにくいし、あれば警察が突き止めるはずよね、とおねぇ様は付け加えた。
「なんでりゅうちゃんわかったの?」
ブシュ
私の質問が終わるや否や頬っぺたにりゅうちゃんの右人差し指が突き刺さる。
「依頼された殺人と言ったのはお前だろ。ってことは動機がない相手を殺してもらうから成立するものだろう。」
「にゃるほど。」
セリフが頬のせいで少しおかしくなった。
「本当に二人は仲がいいねぇ~。」
そんな私たちをおねぇ様が茶化す。

「そう、りゅう君の言うとおり。椎名には動機がない。警察で捜索を続けても見つからず、犯人の事故死として片付けられたの。それでもやっぱり私は納得のいかない不可解な点がいくつかあったの。だからこう思った。『この事件にはまだ何か裏がある』と。」
「それで『殺人依頼』ですか。不可解な点とは?」
おねぇ様は人差し指を立てる。
「まず一つ目。椎名が伊織さんに接触した理由よ。」
「理由?理由もなにもナンパ目的だったんでしょ?」
「これを見てもそれが言える?」
そう言って開かれたノートには写真が何枚か貼られていた。棚の隣にあるテーブルに広げられた物を撮った写真。プリントアウトされた画像付きの資料や写真、びっちりと書き込まれた紙まである。
「これ、何ですか?」
「叔父が寝ている間に失敬した、椎名の家から発見されたもの。」
本当はまずいんだけどね、と舌を出したおねぇ様。
「確かに、疑いたくなりますね。」
「?何で何で?」
「よく見てみろよ、写真の被写体は全部同じだけど隠し撮りみたいだろ。」
そう言われてみれば写真の写真なのでぼやけているがそう見えなくもない。
「そんでもってこっちがおそらくレイアウトからブログを印刷したもの、文章がぎっちりなのは・・・。」
りゅうちゃんは人差し指で文章の下らへんを指す。
「『興信所』って書いてあるだろ。探偵の調査書だよ。」
「ご名答。」
立てた人差し指をりゅうちゃんに向ける。
「印刷された日付や撮影日時、依頼日はすべて事件の二週間前以前、つまり椎名は付き合う前から伊織さんを調べたいたってこと。」
「二週間前?」
私でも不思議に思った。だって二人がであったのは事件の一週間前だ。それより前に調べているのは確かにおかしい。
「それで?他には何ですか?」
「・・・あまり被害者の秘密を暴露したくないけど、同僚に聞いたところによると・・・。」
ゴクン
三人が顔を合わせて固唾を飲んだ。
「どうやら彼女は不倫をしていたらしいの。しかも会社の上司と。」
大人の世界は怖い。

私は門限が近く、おねぇ様は仕事に戻らないといけないので仕方なく解散した。
「明日までに集められるだけ情報を集めておくから、考えておいてくれないかな。」というおねぇ様の提案に二つ返事で答えて、ノートのコピーをりゅうちゃんに渡した。
大昭大学の近くのファミレスから私たちが住んでいる代曲市(しろまがりし)までは電車で30分のところにある半分都会半分田舎の街だ。駅から出て直ぐのスーパーで私はお使い、りゅうちゃんは晩御飯の食材を買っていったが、終始考え事をしていた。恐らく事件のことについて考えていたのだろう。
「でも不思議な話だね。」
「あぁ。」
買い物も済んで駅前から家に向かう大通り。
「被害者の日笠さんははっきりと『上司と不倫している』と同僚に打ち明けたにも関わらず、既婚者の上司がいなかったとは。」
私はおねぇ様の会話を思い出した。

「それが不思議なことに、当時彼女の上司で既婚者はいなかったのよ。」
おねぇ様が困った様な顔をした。
「?それって不倫が成立しないんじゃ?」
何が何だか分からなくなってきた。一方りゅうちゃんは黙って聞いていた。
「うん、だから当時の警察もこのことについては気に留めなかったみたい。結局事件は伊織さんを殺したのは椎名で、動機はストーカー殺人ということで片付けられたのよ。」
確かにさっきの写真もそれで納得がいかないことも無い。
「・・・例えばもうすでに離婚したり結婚とまでいかないでも付き合ってた人もいないんですか?」
黙っていたりゅうちゃんがとっさに質問する。そうか、浮気のことを不倫という人もいるか。
「う~ん、勿論嘘をつかれたりしてたらそれを確かめる術も理由もなかったからなんとも言えないけど・・・。ただ彼女の部署は人数が少なく女性が多い部署だったので、もし男女の関係があれば普通誰かの目にはついただろう、という見解らしい。」
沈黙になる三人。だから警察も当時のおねぇ様もこの事件は諦めたんだ。

「あぁ~!私こんがらがってきた!!」
買い物袋を持っていない方の手で頭を掻き毟る。
「そうだな、これは複雑すぎる。確かにトラさんの言うとおり、不可解な点を総合すると『不倫相手が椎名に殺人を依頼し実行、その後殺した』ように見えなくも無い。」
下調べをしていたこと、不倫相手がいたこと、そして殺す動機が見つからないこと。確かにそういう裏があってもおかしくないよね。
「ただ引っかかるんだ。なぜ椎名が殺人を引き受けたのか?」
「う~ん・・・お金とか?」
「その金があれば日笠と不倫相手の縁がきれたかもしれない。」
言われれば反論できない。
「殺人っていうのは一種の賭けだ。それをするハードルが低い人は確かにいる。ただ椎名はそういう人間では無い気がする。ましてやあんな殺し方はしない気がするんだ。」
「なんで?」
なぜりゅうちゃんがそこまで確証を持てたのか気になった。
「あの写真だよ。」
持った荷物を落とさないようにカバンからコピーを取り出す。
「わざわざこれから殺す相手のことを興信所を雇って、さらにはブログまで見て調べてるんだぞ。そんな慎重なやつが自分の形跡を残す可能性のあるホテルでの殺人なんかするか?死体を早く発見されたがっているようなもんだ。」
ホテルなら必ずベットメイキングがあるからな、と付け足す。
「だからホテルで殺す理由があった。それが同時に殺しを犯す賭けの代償にもなったと俺は考えているんだ。」
やっぱりりゅうちゃんは凄い。あれだけの少ない情報量で(本当かどうかは分からないけど)納得のいく答えを導き出してる。
そして同時に私は違うことを考えていた。これ程までにりゅうちゃんが輝いているのは、輝けているのは多分初めて見た。それはきっと・・・
「ねぇ、りゅうちゃん。」
「ん?何だよ?」
おねぇ様のおかげなんだよね。
「あのね、私やっぱりりゅうちゃんの役に立ててないよね?私なんておねぇ様の代わりにもなれてないよね。」
そう、おねぇ様がりゅうちゃんに向けている視線。それは好意の、異性に対する好意の視線だと女の感でわかった。
「・・・代わり?」
「そう。だからね、わた―」
「そうか!代わりだ!」
ガシッと両肩を掴まれた。思わず何が起こったのか分からない。
「えっ?何何?」
「殺人を代わりにしてもらったんだよ!」
「でも依頼を受けるはずないってさっき―」
「依頼は『殺人』と『対価』を交換するだろ。違う。代わりにってことは『殺人』と『殺人』を交換するってこと。」
つまりそれは俗にいう、
「交換殺人?」
大きく頷くりゅうちゃん。その目はキラキラと輝いている。まるで宝探しをしている途中の子供のようだ。

Side B

「交換・・・殺人?」
土曜の昼のいつものファミレス。私はオウム返す。
「そうです、ミステリーでよくあるやつ。」
まっすぐと私の目を見る二人の顔を見る。昨日と同じで私から見てりゅう君は右に、空ちゃんは左に座る。
「そんなことありえるの?・・・っていうか、どうしてそんなこと思いついたの?」
「昨日の帰りのこいつの言葉がヒントになったんです。」
右の親指で空ちゃんを指す。
「・・・そっかそっか、それでそれで?どんな内容なの?」
私は少しだけ空ちゃんに嫉妬した。それでもやはり事件の内容が気になる。
「はい。とりあえず簡単に説明します。」
少し赤くなった空ちゃんの横でりゅう君は説明を始めてくれた。

椎名の家から発見された伊織さんを調べるための資料。それらから考えられる椎名の性格。それは慎重でかつ殺人に伴うリスクを犯さないだろうという事。しかしその対価が『殺人』、つまり交換殺人ならその性格でも納得いくものだろうという事

「それだとやはり・・・私の読み通り?」
説明を終えたりゅう君の顔を見る。空ちゃんは隣でノートを取っていた。
「はい。おそらく日笠の不倫相手と椎名が何かしらの手段で知り合い、あるいはあらかじめ知っている中でお互いに殺したい相手を交換したんでしょう。」
フンフン、と空ちゃんが大きく頭を降る。

しかしそうなるとやはり行き着く問題は『不倫相手』の存在。私が解決済み事件の調査書からメモできた内容―せいぜい名前と当時の連絡先ぐらいだったが―それを二人に簡単に説明した。やはり事件の情報はノートの内容ぐらいしかないということも。

「そして追加で新たな問題がでてきたわね。」
「もう一人の登場人物、つまり椎名が殺したかった相手ですね。そしてその人は果たして日笠より先に殺されたのか後に殺されたのかってことですか。」
「それって何か問題なの?」
空ちゃんがりゅう君の顔に覗き込む。
「何を言っている、大問題―」
「ご注文のハンバーグセットのお客様。」
不意にウエイトレスさんが頼んだ品を持ってきた。
「・・・とりあえず先に食べちゃいましょうか。」
「さんせ~。」
ちょうど注文した品が全て出来上がったようで、次々と運ばれてくる食べ物で私たちは土曜の昼の空腹を満たした。

「それでどこまで話したっけ?」
食後のホットミルクを飲んでいる私にりゅう君が聞いてくる。空ちゃんもデザートのパフェを平らげかけていたようだが、再びノートにメモをとる体勢になっていた。
「椎名が殺したい相手が誰でその人がどうなったかっていう話よ。」
私も食後のアイスを食べ終わった。りゅう君は食後に甘いものを食べないらしい。相変わらずブラックコーヒーを飲んでいた。
「つまり日笠殺しが先か後か、これが結構大事なんだよ。そして恐らくだけどこれは後だ。」
私たちを見ながらコーヒーカップをおいたりゅう君が話し始める。確信をもったはきはきとした言葉だ。
「でもでも、なんでそう言えるの?」
空ちゃんがパフェを食べるためのスプーンを咥えたまま首を傾げる。私はりゅう君の言わんとしていることを察して代わりに答えた。
「慎重で計画的な性格を考えて、ということでしょ。」
「う~ん?」
りゅう君はうなずいてくれているが、空ちゃんは理解できていないようだ。
「先に椎名の要求を呑んだからこそ、あれだけ周到に準備をかけたんだろう。」
あぁ~と納得したようだ。確かにそう考えれば納得がいく。
「でもやっぱり問題になるのは、どこの誰がどこの誰を殺す代わりに椎名に伊織さん殺害を依頼したかってことね。それがわからないと始まらないしね。」
なんか混乱してきた~、と空ちゃんが唸る。
「確かに登場人物が多すぎるわね。」
「つまりこういうことだよ。」
りゅう君がノートの空いてるページに何やら描き始めた。
「図で表すと・・・。」
今回の事件の犯人―つまり伊織さんの不倫相手をA、日笠をB、椎名をC、椎名が殺したい相手をDとしたようだ。四つの丸が正方形を描かれた。
「まずAが殺したい相手がB、Cが殺したい相手がD。」
AからB、CからDに矢印が引かれた。『殺意』と括弧書きも加えられた。
「そしてAとCが手を組んだ。結果殺害を行うのはシャッフルされる。AがDを、CがBを殺すことになる。」
矢印がAとB、AとD、CとBの間をつないだ。
「そこで考えなくちゃいけないのはAとDが誰かってことになる。」
「ただし持っている情報を考えるとやはり・・・。」
私は身を乗り出してそのうちの一つ、Aを指差す。
「こいつが誰なのかを突き詰める他なさそうね。しかもこの当時伊織さんと同じ部署だった人達の簡単な調査記録から。なかなか骨が折れるわね。」
資料を一枚二人に差し出す。
「すごいすごい、警察の資料だ!よくこんなもの持ってこれましたね。バレたらやばいんじゃないですか?」
ざっと目を通しながら空ちゃんが感心してくれる。
「いくら昔の資料でも大丈夫なんですか?」
「そうね・・・。まぁもう既に解決済みになった事件だし、個人情報というほど詳しく書いてないからなんとか大丈夫かな。」
バレたら減俸は免れないけど、と言いかけて辞める。これはあくまで自分から行動したことだ。彼らに迷惑はもちろん、心配すらかけたくない。
「それよりこの部署、本当に男性少なかったみたいね。15人中5人しかいなかったみたい。」
「年齢は・・・え~っと・・・。」
「19歳、21歳、21歳、24歳、25歳。まぁ確かに結婚している人はいなさそうだけど恋人ぐらいはいそうだよね。」
二人で一つの紙を顔を近づけて見ている様子はなんとも微笑ましかった。それでいて同時に妬ましくも思えた。
「でもそもそも問題が歳だ。日笠は25歳、同僚はいても先輩はいないぞ。」
おー、という顔をする空ちゃん。そう、男性の先輩すらいなかったのだ。そこで私は頼まれていた件を思い出した。
「そうだったそうだった、りゅう君に頼まれていた伊織さんと同僚との会話の記録が残っていたよ。」
「ありがとうございます。」
手帳をパラパラとめくっていく。あったあった。
「話を聞いていたのは伊織さんと同じ部署の井上さんよ。」
二人はリストを確認する。確か伊織さんより一つ年上の先輩だったはずだ。

「ある時二人でご飯を食べていた時に結婚の話になった。男関係で困っていない伊織さんに、井上さんがイヤミをいったらこう返したそうよ。『でも本命は難しいんだよね・・・』って。色々と聞いていくと相手は同じ部署の上司で不倫だという事がわかったそうよ。」
「なんで同じ部署の先輩だと?」
私は手帳の文章に目線を落とす。
「このあとすぐにその不倫相手から呼び出しがあったらしいの。」
「でもそれだったら他の部署の人間かもしれないじゃないですか?」
「その日は休日で、伊織さんの部署だけ特別出勤だったらしいわ。」
そう、彼女たちの部署は特別で時には休日に部署全体で出勤せざるを得ない状況も多々あったようだ。その時の話だったので特に印象が残っている、と井上さんは供述したと書いてある。
「他には何かないですか?」
「どうやら相手には子供がいるみたいね。そこから不倫と察したみたい。」
私は再び書き写してきた文章を読み上げる。
「具体的には?」
「『一緒になりたいけど子供たちもいるし、両親とか周りの目とかもねぇ。』と。」
「なんかやっぱり不倫ぽいね~。」
空ちゃんが相槌を打つ。確かにこの長所を読めば10人中10人が不倫だと思うだろう。
「これ以上は井上さんも聞けなかったみたね。彼女いわく、伊織さんも本気で悩んでいたみたいだし。」
三人の間にどんよりとした空気が立ち込める。
「なんか八方塞がりって感じだな。」
「左に同じ。」
私も全くの同意見だ。
「だからと言ってD、つまり椎名が殺したい相手も皆目見当がつかなかったわ。プライベートでも全く周りと交流が無かったそうよ。」
「上下も囲まれた!?」
空ちゃんがわかりやすく混乱している。確かに八方どころか、情報量的にも身動き一つできない状況だ。
「わかんないですね~。」
「どうかなりゅう君、何か分かりそう?」
ジー
私たち二人の目線がりゅう君に集まる。
「・・・わかんない。」
三者三様の同様の意見と沈黙。

「ん~・・・。」
「何やってるの、空ちゃん?」
もう明らかにまったりムードになった私たち。不意に携帯を弄って唸っていた空ちゃんに話しかける。
「いや~、最近部長としての威厳を保つためにヒラメキクイズを解いてるんです。」
「偉いわね。どんな問題?」
「えっとですね・・・。」

父親とその息子がドライブに出かけました。二人はドライブの途中で事故にあいました。父親は即死でしたが、息子は近くの病院に担ぎこまれました。その子を担当することになった外科医が「この子は自分の息子です」と言いました。

「さてこの二人の関係はなんでしょう、って問題です。」
う~ん、なかなか難しいわね。義理の親子?それともおじいちゃんと孫?
「難しいですね。ねぇねぇりゅうちゃん。」
隣のずっと俯いて考え続けているりゅう君に話しかける。
「ん?」
「この問題解ける?」
「解けたよ。」
「「!?」」
私たちの目線がりゅう君に集まる。当のりゅう君は継続して俯いたまま考え続けている。
「なんでなんで!?」
「なんでと言われても。」
「どうしてどうして!?」
「どうしてもなにも。」
私たちの追求にしびれを切らして顔をあげる
「このクイズで必要なのは『先入観の排除』だよ。二人共ある先入観に囚われてるんだよ。つまりそれは・・・。」
りゅう君の動きが止まる。
「・・・そうか、そういうことか。それだったら説明がつく。でもそれだとしてもまだ問題が・・・。」
ブツブツと呟き始める。
「ちょっ、りゅう君。いきなりどうし―」
「あぁおねぇ様、こうなるとりゅうちゃん帰ってこないですよ。」
両手を広げてお手上げポーズをとる。さすが幼馴染み。そこに私が入る隙はない。
「二人ってさぁ。」
私はりゅう君に聞こえないようにテーブルに身を乗り出して小さく呟く。空ちゃんも同じように身を乗り出した。
「付き合ってんの?」
「なっ・・・いや・・・そんなんじゃない・・・です・・・。」
顔を真っ赤にしながら両手をブンブン振る。
「へぇ~、じゃあ私が付き合ってもいいんだ。」
我ながら意地悪な女だ。半分冗談、そして半分本気。しかしその言葉をうけた空ちゃんの目は本気だった。
「・・・困ります。」
それは覚悟を決めた目線。こちらも覚悟を決めないと失礼だ。
「じゃあ私も本気で行くね。」
無言でにらめ合う二人。しかしほぼ同時に吹き出してしまった。
「負けないですよ。」
「望むところだ。三角関係だね。」
笑い合う二人。完璧にもう一人の人物を忘れていた。
「三角・・・関係?」
「「!?」」
呟いた先には私たちを見るりゅう君。まずいまずいまずい。
「あのねりゅう君、これはね―」
「りゅうちゃん、別に私たちの関係じゃ―」
「そうか!三角関係だ!」
その目は爛々と輝いていた。

Side C

「三角・・・関係?」
土曜の夕方のいつものファミレス。二人はオウム返す。
「そう、それがこの事件をとくための鍵だったんだ。」
まだ二人の?は消えない。そりゃそうか、それだけ話しても伝わるはずもない。順をおって説明せねば。
「まず最初に気になったのは『なぜ交換殺人をしたのか』と言うことです。」
「それは・・・捕まりたくないからじゃないの?」
空は自信なさげに即答した。
「そうだ。交換殺人のメリットは自分のアリバイを作れることだ。じゃあデメリットは?」
「自分も殺人を犯さなくちゃいけないことね。」
すかさずトラさんも返してくれる。希望通りの正解だ。
「そう、しかもそれが顔見知らない可能性もある。今回の犯人、Aはそれを最初にしなくちゃいけなかった。でも、それだと一つ気になることが出てくるんです。なぜCまで殺したのか、ということ。」
AはDを殺すだけではなく、C―椎名も殺している。
「これだとすごく非効率的だと思いませんか?だって殺すほど憎んでいる相手を一人殺す代わりに、無関係の二人を殺すんですよ。」
「「確かに・・・。」」
椎名が生きていればこんな違和感がなかった。しかし明らかに椎名は殺されている。

「だからずっと考えていた。『一人を殺す代わりに二人を殺すメリット』を・・・。」
やっとここまできた。やっと説明できる。
「だから二人の会話の三角関係で思いついたんだ。」
「でもでも、それでもやっぱりわけわかんないよ・・・。」
ノートのページ、交換殺人の図を二人に見えるように開く。
「だから。このDは―」
黒く塗りつぶす。
「最初からいなかった。つまりAからBへの殺意、CからBへの殺人、そしてCからAへの殺意。これで完成だったんです。」
二人が無言でノートを凝視した。

「これだと結果的にAはC、つまり椎名を殺すだけでいい。」
「でも、そんなのおかしくない?殺したい相手に交換殺人持ちかけるなんて・・・。」
もっともの質問だ。しかしありえないこともない。
「ネットを介したものなら他人のフリもできるだろ。」
実際椎名は日笠のブログもチェックしていた。ネットに関して最低限かじる程度はしていたのだろう。
「でもでも、それだと何で椎名はAが死んだと錯覚していたの?そんな都合のいい・・・。」
「もちろん実際に生きている人間を死んだつもりにするのは難しいです。でも自分への工作なら簡単です。血のりで演出した写真だって撮れるし、悲鳴や断末魔だって録音できる。会社だって休んでも問題ないでしょ。」
「つまり偽装をすることで椎名に殺人を仕向けた、とうことね。」
となりでフンフンと頷く空。
「まぁもちろん、椎名の性格やAと日笠の関係を想像した上でのこじつけです。でもこのこじつけだと全てが納得いくんです。」
「・・・ん?でもそれだと、日笠さんの部署の先輩が犯人ってこと?でも不倫相手になるような対象いないよね?」
そう、空の言うとおりこう考えてももう一つだけ問題が残る。Aが誰なのかということ。
「それも二人の会話で分かった。空、さっきのクイズってなんだっけ?」
「クイズ?・・・あぁ~あれね。えーっとねぇ~、
『父親とその息子がドライブに出かけました。二人はドライブの途中で事故にあいました。父親は即死でしたが、息子は近くの病院に担ぎこまれました。その子を担当することになった外科医が「この子は自分の息子です」と言いました。この二人の関係は?』
だよ。でもこれが何か?」
まだ二人は答えが分かっていないようだ。
「この答えがすべての答えです。これにはさっき言ったように二人の認識の中に『先入観』があるんです。」
「先入観?」
まだ?が抜けない二人。しょうがない、答えるか。
「そう、『医者が男』だという先入観。」
あぁ~、と二人が納得する。そう、このクイズの答えは『医者は息子の母親』だ。今でこそ女医がテレビ番組や本をだしているが、とっさに『外科医』と言われると男をイメージしてしまう人も多いはずだ。
「え!?ってことはまさか―。」
「そう、日笠伊織の不倫相手は女性だったんです。」

「女性が不倫相手!?」
ムニュ
声を張り上げる空を黙らせるために両頬を右手で掴む。
「そう、俺達はこのリストを見たとき必ずといって良いほど男性ばかり見ていた。でもこれも先入観、別に女性同士愛し合うのもおかしくないでしょ。」
「でもでも、男遊びがどうのこうのって―」
「それはカモフラージュかもしれない。あるいは男性と女性、その両方に愛情を注げる人かも知れない。どちらにしても不倫相手が女性でありえない理由にはならないよ。」
「じゃあこの中に犯人が?」
トラさんがテーブルの資料を指差す。さっき見せてもらった人名の資料だ。
「はい、情報は二つ。一つ、家族を持っている先輩女性。二つ、事件当日しっかりとアリバイを作っていた人物。それらに該当するのは一人だけ。」
該当する人物の名前を指差す。
「遠藤愛子(えんどうあいこ)、彼女が犯人Aです。」

「つまり状況を整理するとこうです。A―遠藤はB―日笠との関係を清算したかったか、あるいは他の理由で殺意を抱いていた。そこで自分のことを恨んでいるC―椎名を利用した。恐らく恨んでいることから事前に関係があったんでしょう。そこで自分が死んだように見せかけて日笠殺しを椎名に依頼、既に遠藤が殺されたと思い込んでいる椎名は後にも引けず日笠を殺害。その後泥酔させられて風呂で溺死させられた、ってとこでしょう。女性でも酔った男なら風呂に押し付けるのは簡単です。」
ノートのそれぞれの人物を指差しながら一気にまくし立てる。
「なるほど一理あるな。まだこの事件は時効前だから事情聴取ぐらいできる。ちょっと電話してくるね。」
携帯を取り出しながらトラさんは立ち上がってファミレスの外へ。
「でも遠藤さんと椎名はどこで知り合ったのかな?」
当然の疑問を俺に投げかける。
「そんなのわかんないよ。だけど泥酔させられたってことは、遠藤は相当椎名のことを知っていたんじゃないか?親しい関係だったんじゃない。」
そう、既に死んでしまったものとした遠藤は椎名に会えない。でもその椎名を酔わせて殺そうと思ったら椎名がウィスキー好きだと知らないとだから。
「なんでウィスキー好きってわかるの?」
「椎名の部屋の写真見てみろよ。棚の中に色んな国のウィスキーの瓶が結構写ってる。だから恐らくお酒、特にウィスキー好きだろって思っただけ。」
空がジーっと写真を見た。確かに目を凝らさないとわからないか。
「だから珍しいウィスキーでも送ったんだろう。まぁそれこそ、こじつけでしかないけど―」
ハァハァハァ
外からいきなりトラさんが走ってきた。
「え、遠藤愛子は・・・交通事故で死んだそうだ。」


「結局わかんなかったね。」
二人の帰り道。俺は少し安心した。俺のこじつけは物事を納得いくためだけに使えればいい。未解決の事件を解決することは性分に合わない。
「わかんないといえば・・・。」
不意に立ち止まり右斜め前を見る。振り返る空。
「三角関係ってなんの会話?」
「・・・教えない。」
・・・女はわからん・・・。

contrast~triangle~

多少無理くりなところもありますが多めに見てやってください。

contrast~triangle~

前回に引き続き推理小説のようなものです。暖かい目で見てください。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-23

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted