St.V.D
Before the V.D
今まで、バレンタインなんて関係ない人だった。
料理は得意じゃないし、前の彼氏は甘いもの好きじゃなかったし。
でも、
今年はバレンタインやってみるのもいいかもしれない。
私はさっそく24時間営業のスーパーに向かった。
「んで、いきなり電話してきたと思ったらなんだこのザマはー!!」
深夜の電話で突然呼び出された楓が怒るのも無理は無かった。
一人暮らしの広くない部屋にはチョコレートの甘ったるい匂いがたちこめ、キッチンには残骸と化した茶色い塊と焦げた鍋。
失敗の二文字が小躍りしているような状況に思わず頭を抱えた。
「ひとりでまともに料理もできないのになんでいきなり…」
「だってー彼氏いるんだし、バレンタイン明日だし?」
「あんたが彼氏のためにチョコレート作るような女だったら今頃ひとりで包丁握れるようになってるわよ。どうせドラマの影響でしょー?感化されすぎ」
塔子の好きな俳優が出てる恋愛ドラマは時期もあってかバレンタインの話だった。ヒロインが手作りチョコを渡して主人公と付き合えることになり…なんてベタ甘展開だったけど。
ものの見事に塔子の言い分を一刀両断した楓はキッチンの片付けにかかった。
「一度言い出したら聞かないあんたのことだから、やりたいんでしょ?ドラマとおんなじ生チョコ作り。手伝うわ」
「…ありがとう楓!やっぱ持つべきものは料理上手の親友ね!」
「はいはいどうも」
かくして、深夜の生チョコ作りがスタートした。
St.Valentine Day
バレンタインデー。
一年で唯一、タダでお菓子がもらえる日。チョコレート系に限るけど。
甘い物好きの俺にとってこんなにおいしいイベントはない。
なのに、
「こんなに憂鬱なバレンタイン、俺初めてです」
研究室の机にしなだれながら、圭はつぶやいた。
「なんで?お前彼女いるじゃん」
タバコをふかしながらニヤついているのは圭の先輩、飯田である。
「そこが問題なんです!春休み中だからゼミの子からはもらえないし、サークルも無いしバイト休みだし。頼みの綱の彼女は料理ができないときたらもう、チョコ貰えないバレンタインなんて初めてですよー」
「お前…彼女いる分際でその発言は全国の義理ですらチョコレート貰えない男から制裁が下るぞ」
「はー最悪だー」
「そんなに喰いたきゃ自分で買って来いよ」
「タダで貰うことに意義があるんです!」
「めんどくせー野郎だな、お前」
言いつつ飯田は冷蔵庫から可愛らしくラッピングされた箱を取り出しうやうやしく圭の前に置いた。
「あぁ!先輩ズルい!誰からですか!!」
「ん?秘密ー」
箱の中身を取り出し、口に運ぶ。
「ブラウニーだーいいなー。先輩、半分ちょーだい」
「うっせーな。気長に待ってりゃもらえんじゃねーのー?」
「これからデートだってのに誰がくれるんですか」
「誰だろーねー」
ニヤニヤしたままの顔で飯田は残りのブラウニーを食べながらコーヒーを煎れるべく立ちあがった。仕方が無いから圭の分と、二つカップを出す。
「こんなんだったら塔子ちゃんに料理教えとくんだった」
「お前らいっつもどーしてんの?塔子一人暮らしだろ」
「俺が毎日ごはんつくってる!」
「家政婦か!お前は」
「俺の作ったごはんをね、そりゃもう美味しそうにたべてくれるんですよ。それがもうかわいくてかわいくて」
「ノロけるなら帰れ」
つっこみつつも圭にコーヒーを渡したところで豪快にドアが開いた。
圭の正面、ドアを背にして立っていた飯田を押しのけものすごい勢いで女は言った。
「いったい何分待たせるつもりだこのバカ!」
「塔子ちゃん!!」
豪快にドアを開けたのは圭の彼女、塔子だった。
ちなみに押しのけられた飯田はその拍子に足の小指が机の脚にクリティカルヒットさせ悶絶中である。
「せっかくコレ渡そうと思って早く行ったのに圭いないんだもん」
「まだ時間大丈夫かなーと思って飯田先輩とお茶してた。ごめんね」
「まぁ、いいけど。それよりコレ!」
圭は塔子から赤いリボンのついた小さな包みを渡された。透明の包みからのぞく茶色の物体…
「バレンタインのチョコレートです!手作りなの!すごくない?」
「うそ…塔子ちゃんが作ったの?すごいよ塔子ちゃん!」
「でしょ?食べてみて!早く!」
包みを開きチョコレートを口にする圭。
「すっごくおいしいよ塔子ちゃん!ありがとう」
貰えるはずがないと思っていたチョコレートを貰えて嬉しいのか、食べる手を止めず、圭は空いた左手で塔子の頭をポンポン撫でた。
「良かったー。圭甘いもの好きでしょ?せっかくだから手作りでチョコあげたくって、楓に手伝ってもらったの。こんなに喜んでくれて私も嬉しい」
ベタ甘な空気が二人を包む中、いたたまれなくなった飯田はそっと研究室を抜け出した。
なにはともあれ、ハッピーバレンタイン。
After the V.D
飯田先輩の策略通り、私は研究室で圭くんと二人きりになっていた。
冷蔵庫に入れていたブラウニーを勝手に食べておいてちょっと早いバレンタインのお返しだと圭くんを呼び出し、飯田先輩はひとりで帰った。『告白がんばれ』という台詞を残して。
「昨日、塔子からチョコもらえた?」
「うん。まさかの手作りもらえた。相川さんが手伝ってくれんでしょう?ありがとう」
「夜中に泣きながら電話かけてきたからね。塔子と料理って一番危険な組み合わせだと思う」
「それ俺も同感」
「おいしかった?」
「そりゃ、もちろん。塔子ちゃんからもらえるなら何だって嬉しいんだろうけどね、俺は」
昨日まで赤やピンクのハートマークが街に氾濫し、そこかしこでチョコレートの匂いが立ち込めていたのは昨日までの話。
義理や友情や愛情の形をとって渡されたであろうチョコレートたちは割引シールが貼られ、ワゴンで叩き売りされている。
私の想いも叩き売りされてくれはしないだろうか。
叶わぬ想いはどこにもっていけば…
…どうすれば消化できるんだろうか。
私は、親友の彼氏に恋をしてしまった。
いや、この言い方は正しくない。
私が好きになった人は、親友の彼氏になってしまった。
もう、かれこれ半年。
新しい恋をするわけでも、早く別れろと思うわけでもなく、ただ、なんとなくずっと、彼を好きだという気持ちだけが私の中で燻っている。
話題を変えたくて、私は冷蔵庫から飯田先輩が食べなかった方の箱を取り出し圭くんに渡した。
「はい、これ。一日遅くなったけど」
きょとんとした顔で箱を受け取る圭くん。
「あ、コレ昨日飯田先輩が食べてた」
「本当は圭くんと塔子にあげる予定だったんだけど、飯田先輩が片方勝手にたべちゃったみたいで。塔子と分けて」
「ありがとう。友チョコってやつ?」
「そうだね。友チョコ、だね」
叶わないのはわかってる。だから、友情のままでいいんだ。
塔子の話をしてる圭くんは本当に楽しそうで、
私はずっと彼を見ていたから、私が入り込む余地なんてないくらい圭くんは本当に塔子が好きなんだなってわかるからよけいにつらくて。
だったらやめとけばいいのに、そんなまっすぐな人だから私の好きはずっと消えない。
この状況全部わかってるくせに、それでも私に告白しろだなんて、飯田先輩のお返しは惨い。惨すぎる。しかも『どっちかというと圭のタイプは塔子より相川なんだよな』だなんてちょっと期待持たせやがって。
圭くんと私の共通の話題は塔子だからか、会話の内容は自然と彼らののろけ話になる。
「昨日さ、チョコくれたときに塔子ちゃんが言ってくれたんだ。俺が甘いものすきだから、手作りでチョコあげたくてがんばったって。そんなこと言われたらさ、嬉しくてたまんなかったよ。相川さん本当にありがとう」
いつも通りののろけ話が右から左に抜けて行かなかった。
塔子がついた少しの嘘と、飯田先輩のせいだ。
気づけば、言わずに溜めてた言葉がするっと口から出ていた。
「それ、本命って言ったらどうする?」
「えっ…」
「私、圭くんのこと、ずっとそういう風に見てた」
「そういう風って、」
「塔子がチョコ作るって言い出したの、ドラマの影響だから」
「あ、そうなの…」
「塔子はバレンタインには手を出さないと思ってたけど誤算だったわ。バレンタインなら勝てると思ったんだけど」
告白の台詞はいつのまにか塔子を貶める台詞へ、そして自分を貶める台詞へと変わって行った。結局、私は圭くんが好きで、彼を傷つけたくはないのだ。
圭くんはずっとぽかんとした顔で、これが鳩に豆鉄砲を食らったような顔なのかな、と思った。
「忘れてとはいわないけど、塔子には言わないでおいてくれると嬉しい」
「忘れられないし、塔子ちゃんにも言えない」
「そっか。そうだよね」
「俺、相川さんと友達になれるかな?」
「難しいかな。だってやっぱり、圭くんのこと、好き、だし」
あらためて言葉にすると、ちょっと腰が引けた。今更だけど。
「親友の彼氏としてなら、多分、仲良くできると思う」
「そっか。じゃあ、彼女の親友として、これからもよろしく」
「うん。じゃあ、私、先帰るね」
一人で残ると侘しさを覚えそうで、私は圭くんを残して早々に研究室を出た。
ドアを出た所に、帰ったはずの飯田先輩が居た。
「おつかれー」
「居たんですか。趣味悪過ぎです」
「そんな事言わないでよ。慰めてあげようと思ってたのに」
「頼んでません」
「まぁまぁ。女の恋は上書き保存っていうらしいよ?新しい恋でもしなさいよ。試しに俺とか」
「絶対嫌です。断固拒否します」
来年は、友情の形で、彼にチョコレートを渡したい。飯田先輩と並んで歩く帰り道、ふとそう思った。
St.V.D