Magic Story

序章

ある国に、それは美しい少年が居た。

ピアノを愛し繊細かつ大胆な演奏は、 聴く者を酔わせていった。

けれどそんな彼は生活には困って居ないが其ほど裕福でも ない、そんな家から出たことがなく。 籠の中の鳥の様な生活に何も見出だせなくなっていたのだ 。

そんな下らない毎日の中、その日は雨。 彼は自分の好きな天気の日に失踪した。

家に戻るつもりもなく、行く宛てもなく。 ただ死んでやろうと。

林の中を走り抜いた彼は崖に辿り着いた。 見下ろせば荒れた海が見えるから、 このまま死ねるのではないか。

暫く濡れた服を重く感じながらそんな事を考えていた。

出会い

「死ねないわよ」

ふと聞こえた鈴の音の様な凛とした声に彼は振り向いた。

「…え?」

そこにいたのは彼と同じ年くらいの女の子。
息をする度に揺れる長いミルクココア色の髪にワンピース。
大きな茶色い瞳がと白い傘が印象的で。

「死ぬつもりなのでしょう?
なら死ねないわ、此処はそこまで高い崖ではないしね。
嵐の海に睡眠薬飲んで飛び込むなら別の話だけれど。」

勝ち気で挑発的な喋り方は癖なのだろう。
ただ、彼は図星を指されたばつの悪そうな顔で彼女を見つめた。

「…君は?」

「人に物を尋ねる時は自分からが常識じゃないかしら?
まぁいいわ、私はリア」

真っ直ぐに見詰めてくるリアに彼は目を逸らせなかった。
やはり挑発的な彼女に底知れぬ魅力の様なものを感じたのだ。
初めての世界で初めての人に出会えば誰だって興味が湧くのであろうが、それとはまた違う。

ただただ知りたいと思ったのだ。

彼の回りの雨がぴたりと止んだ。
だが音はずっと続いている。

見惚れて居たようで気が付けば彼女が目の前まで近付いて、白い傘を彼が雨に濡れない様に掲げていたのだ。

「あ…」

「風邪を引くわよ、私の家へいらっしゃいな。
御茶くらい馳走するわ」

そう言うとリアは彼の隣に立ち歩き始める。
立ち止まれば濡れて仕舞うから彼も共に歩みを進めた。

「あ、あの…」

「何?」

呼べばエメラルドグリーンの瞳を向けて来た為に、彼は一瞬胸が高鳴った。

「…ありがとう」

御礼を告げると余程照れ臭かったのかリアは頬を染めて顔を背ける。

「当たり前の事をしてるだけよ」

それから幾分程歩いたのだろう。
大きな屋敷の前に来たのは暫く経ってからだった。

「此処よ」

「随分大きな家だね」

「そうかしら」

単調なやり取りをするとリアは歩きながら傘をたたむ。
彼も続いて屋敷の中に入ると、其処は彼の屋敷の半分程有る玄関ホールだった。
あまり生活感の無い物寂しい空間に忘れられた様に佇むグランドピアノが目に留まる。

「此処で待ってなさい、タオルを持ってくるわ」

「あ…ねぇ、御両親は?」

その問いにリアは足を止めて考える様に突っ伏した。
そして彼女から出た言葉は、

「居ないわよ、そんなもの」

それだけだった。
冷たすぎるその台詞に彼が何も言えないで居ると、リアは屋敷の中へと歩みを進めた。

ピアノ

一人きりの時間が続く。

一体リアは何処まで行ったんだろう。

そう思って探そうと足を踏み出すが直ぐに止めた。

勝手に入っていいのだろうか。

そんな時再び目に留まったのはグランドピアノ。
駄目だと解ってはいるが、彼はピアノの前の椅子に座り鍵盤に手を置いた。

其処から流れる様な演奏が始まる。
ピアノを見れば嫌な家の事も思い出すけれど、やはり弾くのは彼にとって生き甲斐だった。
何にも代えられぬ存在。

――パチパチ。

演奏が終わる頃、そんな拍手の音が聞こえた。
幻聴かとも思ったがどうやら違うらしい。
いつの間にか戻ってきたリアだった。

「リア…! ご、ごめん…」

「何故謝るのよ。
素敵な演奏を聴かせてくれたんだから、
こっちは御礼をいいたいくらいなのに」

意外だった。
彼女からそんな台詞が出るとは。

「何て顔してるのよ?
ほら、タオル」

ぼけっとしている間に差し出されたふわふわのタオルを恐る恐る受け取り、再びリアの顔を見た。
どうやら怒ってはいないらしい。

一安心しながらタオルで濡れた髪を拭いていると不意にリアが言った。

「ねぇ、貴方何処から来たの?」

「え…と、解らない」

「記憶喪失?」

「そう言う訳じゃ無いけど…」

「じゃあ名前は?」

「郁」

そう答えると郁は自分の総てを話そうと決め、リアに向かい合った。

魔法

あの日から何れだけの日数が経ったのだろう。
家に帰れないからと新たに二人で暮らし始めた。

あの家に居た頃は毎日がつまらなかったけれど、
彼女の前でだけは素直に笑えて。

そして 僕 は 、 恋 を した 。

可笑しな 魔法を 掛けられ て。

「リア」

郁は呼ぶ。
愛しい愛しい彼女の名前を。

呼べばリアはこちらを向いてくれたから、初めに口付けをしたのは郁からだった。

「愛してる」

リアはただにこりと笑い、僕を見て。

そして彼女が郁を屋敷から追い出したのは翌日の突然の事であった。

Magic Story

Magic Story

ねぇリア、僕は君だけを愛していたよ。 ねぇ郁、貴方の幸は私と居ない事だったのよ。 愛しい故に狂おしい二人へ 魔法は何をもたらすのか

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-20

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  1. 序章
  2. 出会い
  3. ピアノ
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