夏が終わる
「それで、けっきょく」
耐えきれなくなって、とうとう口を開いてしまった。
部屋の中には沈黙が満ちていて、蝉の声だけがいやに大きく響いて聞こえる。
「それは何だったんだ?」
僕は無意識につばを飲み込もうとしたが、喉がからからに乾いて、うまくいかない。八月も終わろうというのに、外は蝉時雨。降りそそぐ蝉の鳴き声をたくさん含んだ空気は、いやというほどの熱を湛えていた。
僕は彼が話の先を続けるのを待つ。汗が滴となって背中を流れ伝ったが、それは暑さのためだけではないように思われた。
彼はなんだか少し困ったような顔をして何事か考えている。こんどは胸を伝って汗が流れ落ちた。ちくしょう、なんでこんな日に限ってエアコンが故障なんてするんだ。
真昼の暑い盛りだというのに、部屋のなかはいやに暗く、そのくせ風の通りが悪いのか熱がこもって不快な空気が澱んでいた。なにもかもがじめじめと湿っているような気すらしてきた。
いよいよ我慢ならなくなって、もうだめだ、督促しようと考えたとき、とうとう彼が口を開いた。
そうして、重苦しい口調でこう言った。
「それで、って―――そのまま逃げてきちゃったからわからないよ。
ただ何か、ヘンなものを見た、ってだけさ」
それきりで、彼の話は唐突に幕を閉じた。
それだけ? と催促しても、頷きすらせずに下を向いて黙っている。
思わずため息が漏れた。どうやら僕が期待したような怪談話ではなかったようだ。
そう思った刹那、さっきまでおどろおどろしく見えていた周りの景色が、いっきに普段通りの色を取り戻す。やけに暗かった部屋の中にも西日が差し込んできて、よけい暑苦しくなった。
そしてその後には、ありふれた退屈な日常だけがいつも通りの姿で残されていた。
蝉の声は相変わらず弾幕のように容赦なく注いでいる。僕はさっきよりうんざりした気分になって、もう1度ため息をついた。
「面白い話って、どこかに転がってないものかね」
「ないよ、そんなの」
窓の外の猛暑を見ながら、多分そうなのだろうと僕は思った。
夏が終わる