ゼロの可能性

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RION

序章


『考えれば考えるほど、優しくしてあげたいって思う。でも僕にはそれが出来ない。そうすることがエリコさんを傷つけるって分かるから。』



イライラする。
期待した自分にも、裏切ってくれたアイツにも。
こんなに考えて、こんなに想って、なんとか立ち振舞ってきてる私が
どうしてこんなに苛立って、どうしてこんなに傷つかなきゃいけないんだろう。

何が悲しいって結局いつも傷つくのは私なのだ。
最後に泣いているのはいつも私で、そんなことにすら気づかないアイツは
容赦なく私を突き放していく。


私はここ最近、定期的にこの「イライラ」に遭遇する。
いつも原因やきっかけは同じで、だからこそ避けられるはずのこの「イライラ」は
もうあの人と出会って何十回遭遇しただろうか。

人や物事に対して、そこまで起伏激しく苛立つタイプではないはずの私が
あの人を前にするとこてんぱんにやられてしまう。
こうなる原因は何で、どうするべきなのか。
いつもそうやって冷静に、理性的に考えてやってきたはずなのになんで同じことを繰り返すのか、
私は毎回考えて、毎回同じ答えにたどり着き、その答えに沿えなくて現実逃避をしてしまう。


私だってたまにはそういうこともしたい。
何もなかったふり、何も気付かなかった振りを。


「何が傷つけるよ、とっくにボロボロなのよこっちは。少しは優しくしなさいよね・・・」

第一章

「エリってさ、俺のこと本気で好き?」

「・・・は?」


唐突に発された質問に私は少し遅れて反応した。
私はこの質問が大嫌いだ。


「なんで聞くの。そんなこと」

「だって付き合ってるのに、なんか冷めてるから。俺ら付き合って半年経つのに、全然イチャイチャしてないじゃん。」


何を言ってるんだこの人は。しかもこんなところで。

「人前でベタベタするのが苦手なだけだよ。ちゃんと好きだよ?」

顔に張り付いて離れなくなった笑顔を、隣の席の彼に向けるとやっと少し安堵した表情になった。


学校のお昼休み。
私たちは中庭で昼食を摂っているところだった。
隣のベンチには私たちとは似つかない位の至近距離でベタベタとじゃれ合っているカップルがいる。

呆れた。今後ろを校長先生が通ったことに気づかないでいたのだろうか。
人目のつくところでキスなんかしないでいただきたいものだ。


そんな右隣のカップルをなんだか羨ましげに見ている私の彼氏は
私の二つ年上の高校三年生だ。

付き合い当初は受験に専念するとか意気込んでいたのに、そしてそんな彼を尊敬し惹かれていたのに
半年もするとこんな状態だ。

今月末はセンター試験と聞いていたけど、こんなに緩いものなのだろうか。


同じ塾に通っていてお互い中学生の頃から顔見知りではあったし、
彼の成績優秀さはそのときから知っていたけど、これで志望校に落ちたりしたら笑い者だ。



「じゃ私次の授業の用意があるから、教室もどるね」

「えっ!エリ、もう戻るの?まだ20分も時間あるのに・・・」

「五分後に先生に呼ばれてるんだ。放送で名前呼ばれるの恥ずかしいから、行かなきゃ。ね?」

捨てられた子犬みたいに立ち上がった私を上目遣いで見つめる彼になんだか吐き気を催しつつ
お得意の笑顔で「受験勉強頑張ってね」とだけ言うと私は速やかに校舎に戻った。




「あっ、エリコおかえり~。彼、寂しそうにしてたでしょ」

教室に戻ると幼馴染のリナがケタケタと笑いながら私を迎えてくれた。

「寂しそう?え、なんでよ」

少しだけグッタリした私が自分の席につくとリナは廊下の窓を指さしながら私の机に腰掛けた。

「あそこの窓からバッチリ見えた。エリコ作り笑いしすぎだからね?超不自然だった~」

なおも楽しげに笑うリナを横目に私は小さくため息をついた。


ほんと。付き合う前の方がよっぽど自然に仲良く話してたよなぁ・・・。
中庭に出てる時に付いたのか、紅葉したもみじの葉が肩に付いているのをそっと取った。


「・・・もう秋か。」


誰にも聞こえないくらいの小さな声は休み時間の生徒たちの楽しそうな話し声の中に静かに消えていった。


* *



その数週間後、私は彼の大学合格の報告を聞いた直後に別れを切り出した。


「かっわいそうだよねぇ、彼。」
「ん・・・」

日曜のとあるファーストフード店にて。カウンター席に座る女子高生二人が空になったオレンジジュース片手に話していた。

「ようやく受験も終わって地元離れるまでの間エリコと遊びたかっただろうねぇ?」

私の様子を試すように聞いてくるリナがなんだかニクイけど、彼女のそんな態度にももう慣れた。

「うーん・・・」

「っもう!エリコ反応つまらなすぎ!なんで別れたか弁解くらいしなさいよ!」

私の背中まで伸びた髪の毛でみつあみをしながらしびれを切らしたようにそう言うリナに
私は決まって「なんか疲れただけ。」と返すのがお決まりだった。

「ゲームじゃないんだぞ~?恋愛はさ。」

毎度のとおり呆れたように言うリナを横目に「うーん・・・」と生返事を繰り返す私。



彼氏に繰り返される浮気に目を瞑って、その度に傷ついてボロボロになるリナより
私はずっと利口だと思う・・・なんて口が裂けても言えないけれど。

恋愛をゲームだなんて思ったことはない。
そんな感覚で恋をしてたことなんて無い、絶対。

ただリナがこうも呆れるのは、私の今までの恋愛を見てきたから、というのもあながち嘘ではない。

いつも片想いの時はすごく燃え上がって相手を振り向かせることに一生懸命になるのに
やっと両思いになったかというころには、私の恋心の炎は少しずつ消えようとしていたりもする。


そして私は第一、少し男がニガテだ。

二人きりになるのも甘えたりイチャイチャするのも頼るのも、
総じて隙を見せるのがあまり得意ではなかったりもする。

そんな態度で居ると、先日の彼みたいになってしまって、結果気疲れして別れるというパターンを踏んでしまう。


「今、女の子の方がまだ好きって思ってたでしょ。」

にやっと笑って言うリナにじとーっと睨みをきかせても、ケタケタと楽しそうに笑うばかりだ。

「当たりか!」

私の反応になんだか嬉しそうにそう返すリナ。

「まあ、女の子の方が優しいし、緊張しないし、柔らかいし、いい匂いする・・・痛。なんで蹴るの。」

私が蹴られた左足をこれみよがしに摩るとリナは「今後ろのサラリーマンこっち見てた」と小声で言った。
今更なんだ、やましいことなんてしてないし、人に聞かれて恥ずかしい話ではないはずなのに。


「リナがそんなこと言うなんて珍しいじゃない?中学の時はすごい私のこと好きだったのにね?」

私の言葉にリナは少し顔を赤らめた。


中学時代、リナとエリコは付き合っているという噂が女子の間でにわかに広がった。
家が近所で、部活も一緒で、親同士も仲良しで、出会ったのは中学からだから幼馴染ではないけど
仲がいいのもまあ、事実だった。

それにプラス、エリコがリナを女として好きだったのも間違いではなかったのだ。


「好きだったって、なに。今も好きだよ?」

リナはもじもじしながら空になったオレンジジュースのストローを吸った。
ズズズズー・・・という音が小さく響く。

「男選んだくせに?」

私が少し意地悪に言うとリナはほんの少しだけ困ったような泣きそうな顔をした。
私は中学のときから、リナのこの表情が凄まじく好きだった。ドキドキした。

「・・・だって、それは・・!」

リナが何かをもごもご言おうとしながら言葉にならないそんなモヤモヤした顔をすると
私は今までの漂っていたあまり良くない雰囲気を壊す位の笑顔で言った。


「冗談だよ。リナは私とは違うもんね。あの時はお互い”好き”の意味履き違えてただけだし」

そう言ってリナの反応を見る前に追加オーダーをするために席を立った。
「作り笑い私にはしなかったじゃん。なんで笑うのよ」って小さく呟くリナを背に。



小学生の頃から、女の子扱いされるのが嫌だった。エリコちゃんってちゃん付されるの嫌いだった。
可愛いよりも格好いいって言われるのが嬉しかった。

テストの点数も運動会の徒競争も体育のサッカーもライバルはいつも男の子だった。
時には隣の席の男の子とジャージが被ることもあれば、男の子より短い髪型だったこともあったし
一時期は「俺」と言ってたことだってあった。

好きな男の子に「お前のこと、男友達としか見てない」なんて言われて喜ぶくらいだった。

女の子って陰湿だし、面倒くさいし、建前ばっかりで、そんなの窮屈だ。
そんなグループに入るくらいなら自分は男でいい。男に見られたい。

そんな野望は中学に入学してもひそかに残っていて、中学三年間、いわゆる女子にモテる
ボーイッシュな女子だった。制服のセーラー服がいつも少しイライラしてた。

中学に入ってから、女の子に告白されることも経験して、私の恋愛対象にはずっと女子しか入らなかった。


そんなときに一番仲良かったのがリナだった。

初めから席が近くて部活も一緒で帰り道も一緒だったおかげで仲良くなる機会が多かったのだ。

それから、リナが他の友達と喋ってたり、好きな男の子の話をしたりするのを聞いてると
一人前にヤキモチを妬くようにもなっていた。


子供の癖に、独占したいなんて思っていた。


そんな時リナの目立つ容姿か何かをきっかけにちょっとしたイジメが始まって
そこで私が仲介に入ったのをきっかけに私たちは友達から親友くらいのランクにアップした。
依存気質なリナと独占したがりな私が組むと依存し合って、もう間には誰もいれなかった。
少なくとも、アンナことするまでは。



席に戻るとリナが忙しくスマートフォンで文章を作成しているようだった。

「また彼氏?返事待ってたらいいのに。はい、カルピス」

リナの前に置いたカルピスに目もくれず「あー。うん」とだけ返事すると
また右手が画面を踊るように舞っていた。



「あー・・・私も本気になりたいなぁ」


ふと小さくつぶやいた私のひとりごとにリナはピタっと一瞬動きを止めた。
そのままメールの作業を続けると「なぁーに、それ」と少し笑う。


「んー。取り繕うことをしないで人と付き合ってみたいわ。周りに馬鹿にされるくらいね」

窓の向こうの銀杏の葉が風に吹かれている。

「ふっ、なにそれ。馬鹿にされるって」

吹き出すようにリナは言うけれど、あなたのことよ、とは言えなかった。


「まっすぐにぶつかりたいってことだよ。気持ちのままに?みたいな」

「おー、野心家だね。応援する。でもエリコ出来なさそう。」

やっと携帯を置いたリナはカルピスを飲みながらそう言った。

「え、なんでよ?可能性くらい私にはあるでしょ」


時間が経ってしなびたポテトを食べながら尋ねる。どうやらもう後ろにはサラリーマンどころか
ほとんどの客が居ないみたいだった。



「だってエリコ、自分が傷つかないように守ることに必死じゃん。」



窓の向こうではまだ銀杏の葉が風に揺れていた。

ゼロの可能性

最後までご愛読ありがとうございました。

ゼロの可能性

「好きな人に『好き』って言われるだけで奇跡的じゃない。」 「100%」や「0%」、「絶対なんて言葉は無いんだと育ってきた。 その言葉だけが私の唯一の救いで、その可能性だけが私の希望だった。 「絶対なんかない」と信じてきた私が目の当たりにする今ここに在る「絶対」。 可能性なんかないのに、それでも期待して、傷つくの分かってても近づいてしまう。 私にとってあなたってなんなんだろう。 友達や親友、先輩や恋人、人と人の関係性にはいつも何かラベルがあるけど 私は今でもあなたとの間にあるはずのラベルが分からずにいる。 それがいつか分かる時、その時もやっぱり私は傷つくのかな。

  • 小説
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  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-19

CC BY-ND
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