山崎和久君の華麗なる部活人生
「帰宅部」の意味を、もう一度考え直していただければ。
僕は生粋の帰宅部である。
初めて部活動というものに出会ったのは僕の記憶が確かならば、確か中学生の時だ。
目の前で繰り広げられる華やかな部活紹介の世界に僕はついていけなかった。
というより興味がなかった。
僕は帰宅部なのだ。
帰宅部の中の帰宅部であるし、自分が帰宅部であることに誇りをもっている。
高校に入って、僕は変わった。
何故か。
徒歩通学になった…いや、正確には、徒歩通学にしたというべきか。
今僕は、毎日3時間かけて下校している。
登校はどうしているかって…?
電車通学に決まってるじゃないか☆
そう…僕は今、「スーパー帰宅部」に所属しているのだ。
スーパー帰宅部…
それは、帰宅部の中でも限られた者だけしか所属していない崇高な部活である。
帰宅をいかにスリリングかつエキサイティングに富んだものに出来るかに魂をささげるという、青春をかけてぶつかるに値するすばらしい部活だ。
ただ、部活動の主な活動が「帰宅」であるゆえに、テスト前の部活動禁止期間は帰宅できず、学校に泊り込んで勉強することになるというデメリットはあるが。
しかしそこは、スーパー帰宅部恒例の合宿としての働きを伴い、どんな素晴らしい楽しみ方をしているかを語り合ったり、よりいっそうの遊びの研究に励んだりしている。
もちろん先生の監視下なので勉強もはかどり、そのおかげでスーパー帰宅部所属の生徒達には成績優秀者が多いと好評だ。
その素晴らしい部活としての活動内容を、受験の時に調査書に上手く書けないというのは大いに残念だがな。
さあ、楽しみだ。
今日も部活の時間がやってきた。
石蹴り
今日の部活は石蹴りだ。
小学生を主体とし、全国的に広まっているこの遊び。
スーパー帰宅部の部活内容としては十分ふさわしい遊びであろう。
ここで、ルールを確認しよう。
①適度な大きさの石を用意しましょう。なるべく蹴りやすいものがいいですね。初心者ならば丸い石、上級者なら、動きの読めないゴツゴツとした石が良いでしょう。
②その石を、いかに自宅まで長く蹴り続けられるかを楽しみましょう。
この遊びで重要になってくるのが、いわゆる「自分ルール」である。
自分ルールがある故に自らのオリジナリティーを編み出し、部活を最高潮まで盛り上げることが出来るのである。
「石がドブに落ちたりして蹴れなくなるとゲームオーバー」というルールが一般的なようだが、僕の場合は違う。
僕の自分ルールでは自分のLIFEを100と設定し、そこから石を落としたり手を使ったりすると徐々にLIFEが減ってゆき、0になるともう一歩も歩けないというルールだ。
まあ、0まで下がってしまうような事態にはまだ1度も遭遇したことがないので、かなりゆるいルールと言えよう。
まずは石選びから始まる。どれにするか…
こういう時は、考え抜いて選んではいけない。
一目見て感じる運命が大切なのだから、下手に運命を捻じ曲げてはいけないのだ。
どんな石でも柔軟に対応できるだけのテクニックを、既に僕は身に着けている。
…お前が良い。
その艶やかな表面、美しい灰色、丸すぎず、かといってゴツゴツしすぎている訳でもない。
試しに蹴ってみると、その石はまるで僕を待ちあぐねていたかのようにしっくりと靴に馴染み、程よく跳ねて飛んでいった。
よし。
今日はお前を、家まで連れて帰ってやろう。
そうだ。いいぞ。なんて素晴らしいんだ。
4分の1程道を進んだが、未だにLIFEは100のままだ。
今までなら、ここまでに何度か軌道を修正するために手を使わねばならなかった。
第一の難関である橋もらくらくとクリアし、今こうして最初の石を蹴り続けている。
橋…それは、石蹴りをする者にとっては厄介なものである。
幅が狭い上に、力加減をミスするとすぐに川に落ちてしまうという非常に危険な場所なのだ。
僕も昔は、橋に大いに苦労させられた。
今でも、橋の前に来ると思わず身構えてしまう程だ。
その橋を通過した今の僕に何も怖いものなんて無い。
もし、この石を落としてしまうようなことがあれば、LIFEは-50だ。
はっはっはっはっは…。……………
山崎和久は、石を田んぼに落としてしまった!!!
和久は50のダメージ!!!
…迂闊だった。
回想に浸っていたせいで、一般的な障害の一つである田んぼを見落としてしまうなんて…
なんて馬鹿なんだろう。
ああ、まだまだスーパー帰宅部熟練者への道は長く険しいのか…
いや、ここで諦めてはいけない!!!
まだまだやり直せる。新しい石を見つけなければ。
…これにしよう。
前回の石より黒っぽく、ゴツゴツしていてどこに飛ぶか予想がつきにくい。
今度こそ、上級者の技を見せつけてやる。
第二の難関が現れた。そう…坂道である。
坂道は進行方向に石が進んでくれることが非常に珍しい。
下手をすれば他の家の庭や脇の溝に入り込んでしまう為、一見簡単そうに見えて実はとても難しいコースなのだ。
先ほどはうっかり油断してしまったが、ここは上級者でも難しいコースである。
油断は禁物。慎重に進まねばいけない。
しかし、あまりに慎重になりすぎて足ですこしずつずらして上がるなんていうのはご法度である。
これはあくまで「石蹴り」なのだ。
石ずらしではない。
蹴らないという行為は、自分のスーパー帰宅部としてのプライドが許さない。
そうっとそうっと…だが、着実に石を蹴ってゆく。
右に左に転がる石を慎重に慎重に…
…ぐはッ
溝に入りこんでしまった!!!
何ということだ…
またしても、手を使うようなミスを犯してしまうとは…
和久は10のダメージ!!!
しかしせめてもの救いは、今度こそ石を落とさなかったことだ。
ここで石を落としてしまったりしたら、スーパー帰宅部の面目丸つぶれだ。
1度のミスで、坂道という難題はクリアできた。
しかし、この後は最大の難関が待っている。
石を落としてしまったら50のダメージと決めてしまった以上、この石を落とす訳にはいかない。
最後の難関は、自宅から700メートルほどのところにある大きな交差点だ。
ここは、車通りも当然多く、トラックなども沢山通る。
おまけに人通りも多いので、石を蹴って進むのは至難の業だ。
僕もいつもライフを減らしながら、この交差点だけは石を持って渡っていた。
…やるか。
今日はライフも50を切っている。
ここはチャレンジするしかないだろう。
この交差点を、手を使わず乗り切ってみせる…!!!
信号が青になった。車が来ない変わりたてがチャンスだ!!!!
一気に遠くまで蹴り、それに向かって走ってゆくのが一番の方法!!!
さあ、一気に蹴っておいて、そこまで走って…
…!!!!
何ということだ…
走ってきたトラックのタイヤに石をさらわれてしまった…
とぼとぼと横断歩道を渡る。
ああ、どうしよう。歩いて帰れない。
ライフがゼロになったのに歩いて帰るなんて、スーパー帰宅部の名が泣く。
油断大敵。このような事態に陥ってしまうとは…
このあと歩けなくなってしまった僕が、恥を耐え、残りの体力を振り絞り制服を土でドロドロにしながら、ほふく前進で家に帰ったことは言うまでも無い。
テスト休み
年に数回の、スーパー帰宅部恒例のイベントがやってきた。
そう。巷では「恐怖の1週間」と呼ばれている、テスト前休みというものだ。
基本的に部活が禁止になるこの時期、スーパー帰宅部は合宿を開催する。
授業が終わってからはクーラーや暖房の効いた図書室などで勉強に励む。
夜は夜でひとしきりの勉強を終えた後、スーパー帰宅部同士で単語帳を片手に部活内容を語り合う。
ああ…何て素晴らしいひと時なんだろう。
キーンコーンカーンコーン…
さあ、今日から合宿が始まる。
いつものように、図書室に向かう。
この時間も、いつもは部活を大いに楽しんでいると思うと少々寂しい気もするが、それは仕方ない。
学生の本分はあくまで勉学に励むことであり、部活に没頭することではないのだ。
僕の指定席は、図書室の隅にある小さな机。
冷暖房も当たりすぎず、近くに魅惑的な本も無いという極めて良い位置にあるこの机は、本棚の影にあるため一部の生徒しか知らない秘密スポットなのだ。
さあ、今日もここで勉学に励…
…何ということだ。
あの場所が、僕のとっておきの指定席が、1年男子に取られてしまっている。
いや、わがままを言うな。
あの机は本来誰が使ってもいい机であり、けっして僕の私物ではないのだ。
落ち着け。あの席が空くまで、他の席で勉強すればいいことだ。
あの席が見える位置に座り、空けばすかさずその席に座るという戦法だ。
計画は完璧。
やっぱり、この空気は良い。
程よく引き締められた雰囲気と、心地よい室内温度。
分からない箇所を、真剣に友に教えてもらったりしている姿はもはや風物詩なあの生徒。
問題集を解いている生徒もいるし、単語を覚えている生徒もいる。
眠気覚ましにクイズの本を読んでいる生徒がいるのもご愛嬌。
思わず机に突っ伏して寝てしまう生徒なんていうのも微笑まし…くない!!!
あいつ…僕のとっておきの席を奪い取っておきながら、堂々と居眠りしてやがる…
こら!!そんなに気持ちよさそうな顔をして寝るんじゃない!!!
ちくしょう…
こんなに悔しいのに、何も手出しできない自分が歯がゆい。
おい!!起きろ!!起きるんだ!!!
いや、待てよ。
僕はスーパー帰宅部であり、今日からは学校で合宿なのだ。
僕より長く学校にいる人など、この図書館にはいないはずだ。
はっはっはっはっは。
…zzzはっ。
僕とあろう者が、眠ってしまうなんて…
あいつは、さすがに帰っただろう…ッまだいるなんて!!!
どういうことだ!!
外はもう薄暗いというのに、まだ勉強するというのか…
そんなに真面目な風には見えないが…いや!!そんな風に決め付けてはいけない。
実は見かけによらず、とても頭の良い好青年かもしれないじゃないか☆
さて、仕方ない。そろそろ夕食にするか。
ポンと肩を叩かれて振り向くと、そこには物凄い形相の3年生の…先輩…
「お前…よくも俺の指定席で居眠りなんかしやがったな…お前、スーパー帰宅部だろ。合宿中、たっぷりしごいてやるからな…」
…この人、去年から目をつけられていたスーパー帰宅部の先輩だ。
やばい…どうしよう。
のろのろと食堂に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「先輩ッ!!今から食事っすか?俺、最近スーパー帰宅部になったんすよ☆よろしくお願いしまっす☆」
こいつ…僕の指定席を奪った奴だ。
まさか後輩だったなんて…
「俺スーパー帰宅部の割に勉強全く出来ないんすよね~♪よろしくお願いしますよ先輩☆」
僕は軽いめまいを感じた。
僕は…この合宿を…乗り切れるのだろうかっ!!
人間観察
僕たちスーパー帰宅部にも、引退というものは存在する。
やはり一般の生徒と同じように、僕らの前にも大学受験という壁が存在するのだ。
三年生になると、殆どの生徒は引退してしまう。
普段が個人での活動であるとはいえ、やはり引退していくのは寂しい。
僕も例に漏れずスーパー帰宅部を1ヶ月前に引退し、夢と野望に向かって勉学に励んでいるのだが…
勉強にストレスはつきものだ。
よし。
引退してからというもの毎日電車で登下校しているのだが…
電車に乗っているときくらい、部活をしても許されるだろう。
プアーン…
電車がやってきた。さあ、今日も久々に部活だ。
人間観察と一言で言っても、2パターンあるのを皆さんはご存知だろうか。
一つは、オーソドックスに可笑しな行動をしている人を見つけて観察すること。
この方法の欠点は、わが町は過疎化が進んでおり、電車を利用する人が少ないことだ。
人が少ないと、可笑しな行動をする人も必然的に少なくなってくる。
しかしこの方法で行くと、思わぬ可笑しな行動を取る人間を発見出来るのだ。
二つ目は、入ってすぐにターゲットを決め、たとえ面白うとそうでなかろうと電車を降りるまでその人を観察しつづける方法だ。
この方法は人間の素朴な面白さを観察できる方法であり、激しい笑いを好まない部員には密かに人気のある方法である。
しかし、ターゲットの設定を誤ると全く面白くない方法となってしまう。
一度この方法を試したときに、運悪く観察相手が次の駅で眠ってしまい、何回頭が揺れるかを数えていた。
今日はどちらの方法にしよう。
この時間帯は、学生ばかりであまり面白い人は乗ってこない。
学生にも面白い人はたくさんいるのだが、あまりジロジロ見ていると変態だと思われてしまうというデメリットがあるのだ。
スーパー帰宅部の名にかけて、変態というレッテルを貼られてはいけないのだ。
以前、変態と言われかけたこともあった。
あの時は本当に焦ったが、その人に虫がとまっているのを発見し、その虫を上手く逃がしたことで助かったのだが。
それ以来、このゲームはが学生相手には絶対にしないようにしている。
今日はこの男にしよう。
スーツをなかなかに格好良く着こなし、青いネクタイを締めたサラリーマン風の男。
丁度立っているから、座ることもないだろう。
そうでなくても、僕は家まで時間が無いんだ。
しかし、大して可笑しなこともしないな…
よほど暇なんだろう。ボーダーネクタイの線なんか数えたりして…
そして、かなり眠そうだ。さっきから、うつらうつらしている。
たくさんの人が電車から降りてゆくようだ。
そういえば、ここは乗り降りの激しい駅…
…まてよ、と、い、う、こ、と、は……
あのサラリーマン!!!座っているじゃないか!!!
眠そうだ!!すごく眠そうだ!!!
どうするか!!スーパー帰宅部山崎和久!!!
このままでは以前の二の舞だ。寝ている奴を眺め続けるなんていうのはとてもつまらない。
ターゲットを変えるか。
それはいけない。人間観察のルールに反する。
ずっと観察していれば、面白いことだってあるじゃないか。
そうだ。最後まで希望を捨ててはいけない。
しかし、ダンディーなサラリーマンだ。
スーツの着こなし方といい、ネクタイの締め方といい…
男の僕も、お手本にしたいくらいだ。
ロマンスグレーというのだろうか。美しい白髪だ。
ああ、そろそろ降りなければならない駅だ。
特にこれといった収穫は無かったが、そこそこ楽しませてはもらった。
スーパー帰宅部の活動としてはまずまずといったところか。
ありがとう。もう既に熟睡体制に入っている素敵なサラリーマン。
もう一度、見ておこう。
もう二度とあわないであろうサラリーマンを。
…何ということだ。僕は見てしまった。あれほど素敵な人が、何てことだ。
僕は決心した。絶対に毛根は大切にしようと。
…彼はヅラだった。
4月
桜の花びら舞う季節、僕は無事、志望大学に合格した。
目を閉じて思い出すのは、高校時代の楽しかった部活のこと。
あの素晴らしかった日々。
必死で乗り越えた、高2時代の合宿。
がむしゃらにほふく前進をしたあの日。
日本中のどこを探しても、僕より輝く青春時代をすごしていた学生はいないだろう。
…彼女はいたこと無かったがね!!
いいんだ!!!僕は部活を満喫したんだ!!!
ここまで来たのは、ほんの通過点でしかない。
僕の野望、それはスーパー帰宅部をもっともっと広めることだ。
あんな素晴らしい部活を、狭い範囲で留めておくのはもったいない。
そう。
僕が青春をかけて取り組んだ素晴らしい部活を、いずれは全国に広めるのだ。
この学校には、帰宅部は何人くらいいるのだろう。
そのうち何人がスーパー帰宅部に値する人物なのだろう。
キーンコーンカーンコーン…
チャイムが鳴る。
さあ、今日も時間だ。
桜吹雪の中をさっそうと歩く。
スーパー帰宅部顧問になるという野望を胸いっぱいに抱えた新人教師である僕は、新しい学校での生活に胸を躍らせながら職員室を目指した。
…ちなみに教科は世界史だ。
FIN
山崎和久君の華麗なる部活人生
バカなことを全力でやる人、大好きです。
和久君みたいなお隣さんが欲しかった。
兄とかだと、ちょっと鬱陶しそうだから。