人魚姫
姫シリーズ第2弾。
人魚姫をモチーフにしました。
「そういえばさ、里菜って、兄弟とかいるの?」
「あたしは一人っ子。お姉ちゃんとか妹とか、欲しかったな~」
私は日菜。里菜の双子の妹。
小さい頃に死んじゃって以来、ずっと里菜の守護霊みたいなのをやってる。
家にも仏壇とかは無いし、里菜の傍しかいる場所はないから。
あの時、海で死んじゃった時、私は里菜と一緒だった。
お父さんとお母さんに黙って2人で岩場に遊びに行ったんだっけ。
転んで頭を打ったのは覚えてるけど、それ以降の記憶は全く無し。
気が付いたら、病院の空中をふわふわ浮いてた。
ああ、私、死んだんだ。
真下では、自分とそっくりなお姉ちゃんが目を覚ましたところだった。
「あのね、里菜。日菜は天国に行っちゃったのよ」
「…お母さん、日菜って誰?」
何よりショックだったね。
誰よりも仲の良かったお姉ちゃんが、私のことなんか知らないって言うんだもん。
お医者さんが里菜に下した診断は記憶障害。
「妹さんとはかなり仲が良かったようですね。大好きだった妹さんの無残な死体を見て、脳が防衛反応を起こしたんでしょう。自分に妹なんていなかった。だから、妹の死体なんて見たことはない。と。」だって。
こんなこと言われて、私が安らかに天国に行けると思う?
冗談じゃない。私はもっと生きたかった。
運動会に出たかった。小学校に行きたかった。
もっともっと大きくなって、大好きな人と、大好きな絵本に出てくる人魚姫みたいな恋がしたかった。
そんな気持ちでいたら、なんだか成仏できなくってずっとそのまま。
佐久間里菜 16歳
佐久間日菜 人間歴5年とユーレイ歴11年
そんな見た目はそっくりの双子の片割れ、私、佐久間日菜は。
恋をしました。
里菜の高校の入学式。
桜の散る中、一人の男の子が声をかけてきた。
「ねえ!もしかして佐久間さん?俺のこと覚えてる?」
「えと…ごめん、誰かな?」
覚えてる!何で忘れちゃってるのお姉ちゃん!
幼稚園も小学校も一緒だった浅野直人君じゃない!私の初恋の相手だよ!?
「まあ、忘れてても無理ないけどね。浅野直人です。里菜さんでしょ?」
「あー!なおと君か!うん!覚えてる覚えてるよ!」
お姉ちゃん、忘れてたでしょ。
「嘘だ。絶対俺のこと忘れてた。」
「だって、あんまり話しなかったじゃん。忘れるよ。」
お姉ちゃん、それは酷いよ…そんなにハッキリ…
「逆にさ、なおと君は、何であたしのこと覚えてたの?普通忘れるでしょ。」
「それは…その…あれだよ。俺、記憶力良いから!いやそれよりさ、何組だったの!?」
「ん?あたしは2組。そっちは?」
「2組!?やった!俺も2組。案内してよ。」
「あたしだって場所分かんないし!」
何だかんだで一緒に歩いてる後ろを、私はふわふわと付いていく。
お姉ちゃんが見てない隙に直人君が見せた、ものすごく嬉しそうな顔。
ああ、多分お姉ちゃんのことが好きだったんだろう。多分、今でも。
だから覚えてたんだろうな。
ユーレイなんて人間観察が趣味みたいなものなんだから、大体の感情は読めちゃうよ?
特に、「恋」なんていう分かりやすい感情は。
いいな。いいな。
私だって、今の話に入りたかった。
里菜は私のことなんて忘れて、楽しそうに生きて。
羨ましい。
春が過ぎて、夏が過ぎて。
だんだんと2人は友達になって、直人君はお姉ちゃんのこと好きになって…
ねえ、直人君のこと好きになったのは私だよ?
ねえ、何で死んだのはお姉ちゃんじゃなかったの?
私だって、もっと生きたかった。
もっともっと楽しみたかった。
私なんて、存在すら認められない。恋も出来ない。
私はたしかに存在してるのに、気づかれない。
「そういえばさ、里菜って、兄弟とかいるの?」
秋口の教室で、お姉ちゃんと直人君が話してる。
直人君は覚えてるのかな。私のこと。
幼稚園のとき以来だけど、覚えてる?日菜のこと。
お姉ちゃんは、忘れてるだろうけどさ。
「あたしは一人っ子。お姉ちゃんとか妹とか、欲しかったな~」
…じゃあ忘れないでよ。
私のこと忘れないでよ。
忘れちゃうくらいなら代わってよ。
里菜が死ねばよかったのに。
顔は同じなんだから。私の方がずっとずっと生きたかった。
私なら、もっと直人君を大切にしてあげられる。
愛してあげられる。
…里菜なんか死ねばいい。
そう強く念じた瞬間、突然お姉ちゃんが苦しみ出した。
心臓を抑えて、意識を失ったようにその場に倒れ込む。
…お姉…ちゃん?
傍に寄っていくと、不意に私の目の前に天使が現れた。
白い羽、小さな体に純白の服。
その天使は、冷え切った目で私を…日菜を見ていた。
何年ぶりだろう。誰かと目を合わせたのは。
「…あなたは生きたいの?」
冷たい声で天使は囁く。
生きたいよ。生きたい。
「佐久間里菜は死んだわ。あなたはどうするの?」
どうするって…どういうこと?
「あなたたちは双子だから。抜けた魂は、元の自分の身体には決して戻れない。佐久間里菜の身体はからっぽよ。この意味分かる?」
つまり、私はお姉ちゃんの身体に入れるってこと?
「そういうこと。相当の覚悟が必要だけどね。」
覚悟って?
「この世での佐久間日菜はすでに死んでいる。それは変えられない事実。だからあなたが佐久間里菜の身体に入るのなら、あなた自身が佐久間里菜になる必要があるわ。」
私が…お姉ちゃんに?
「佐久間日菜という人格をすべて捨てて、あなたは佐久間里菜にならなくてはいけない。もしあなたが佐久間日菜だということを誰かに知られれば、あなた自身も消える。この世から、存在自体が消されるの。」
それでもいいよ。私はお姉ちゃんになる。佐久間里菜になる。
「…分かった。」
気が付くと、床に倒れていた。
心配そうに覗き込む直人君。
「おい里菜!大丈夫なのか!?一応救急車呼んだから!」
本物だ。
久しぶりの空気。久しぶりの人間。
「うん…大丈夫だよ、直人君。ちょっと立ちくらみしただけ。」
「でも、一応精密検査はしておいた方がいいから。」
そう促されて、とりあえず病院で精密検査。
偶然にも私…いや、日菜の死んだ病院だった。
「うん、今のところ異常も見つかりませんし大丈夫ですよ。それにしても、11年ぶり?かな。大きくなったね。」
担当医も当時と同じ。偶然てすごい。
「…先生、あの時私、記憶障害だったんですよね。今でも全然記憶が戻らないんです。変ですか?」
「変じゃない。大人だって、辛すぎることがあれば記憶障害になるし一生記憶が戻らないことだってある。君の記憶はきっと、思い出さない方がいいんだよ。」
…じゃあ、忘れられた方は?
私は、お姉ちゃんに日菜を覚えていて欲しかったよ?
次の日からの学校も、滞りなく進んでいく。
ただ違うのは、直人君が送り迎えしてくれるようになったこと。
また倒れたら大変だから…だって。
私は、せいいっぱい里菜になった。里菜を演じきった。
一緒にいたかったから。もっと好きになって欲しかったから。
内気で引っ込み思案な私と違ってお姉ちゃんは明るく活発な性格だったから、ちょっと大変だったけど。
何か月もそのままな日々が続いて、私たちは2年生になった。
教室は4階。すぐ裏の海がきれいに見渡せる。
自由な校風のおかげで、ベランダに出られることも気に入ってる。
放課後、ベランダで2人で喋ってるとき、思い切って聞いてみた。
「ねえ、直人君。あたしのことどう思ってる?」
「え!?いきなり何言い出すの、里菜。」
「だってあたしは直人君のこと好きだから。…異性として。」
「俺だって…里菜のことずっと好きだったよ。昔から。」
「ほんと!?ねえ…あたしのどこが好きなの?」
「え…と…。明るくて、何事にも積極的で、リーダーシップがあるところとか。」
その一言で、私は分かってしまったんだ。
あの天使が、相当な覚悟が必要だと言っていた意味が。
直人君が見てるのは私じゃない。
直人君が好きなのは、私…日菜じゃなくて、里菜の方。
私が里菜である限り、永遠に日菜を見てはくれない。
そんなのやだ。やだよ。直人君だけは嫌。
わたしを…日菜自身を見て。
…そっかあ。簡単なことじゃない。
直人君が里菜と付き合うなんて許さない。
他の女の子と付き合うのも許さない。
「直人君…私のこと好き?」
「もちろん。さっき言ったし。」
「直人君。私は里菜じゃない。双子の妹の日菜だよ。」
言ってしまった。これで私の存在は消滅する。でもいいの。
「直人君?一緒に里菜のところ行こっか。」
直人君を抱きしめ、ベランダの低い手すりから一気に海に向かって飛び出す。
存在が消える?別にいいよ。
人魚姫だって、海の泡になっちゃったんだから。
でもね、私は王子様を助けてなんかあげないの。
生きるのも死ぬのも一緒。
それって、すごくロマンチックじゃない?
ほら、二人で海の泡になろう?
里菜のところになんか行かせない。
海の底には、人魚姫のお城があるからだいじょう…ぶ…だよね…
FIN
人魚姫