眠リ姫
大分前に書いたやつ。
記念すべき、姫シリーズ第1弾です。
「…っつ!!!」
はあはあと荒い呼吸をしながら、僕はベッドから飛び起きる。
何か悪い夢を見ていたようだ。
「お目覚めかい?昌くん。」
あ…きら?
それが…僕の名前?
「あの、とりあえず看病していただきありがとうございます。」
この人は誰だろう。
そう思いつつ、一応お礼は述べておかねばと思い軽く頭を下げた。
「君は、ずいぶん礼儀正しいんだね。家はどこだ?」
家…どこなんだろう。
何も思い出せない。
「…分かりません。ここはどこですか?」
「分からない…?俗にいう記憶喪失というやつか。」
こっちの言うことを無視してさらさらとノートに何かを書き込むそいつに、無性に腹が立った。
「すみません。ここはどこなんです?あなたは誰なんですか。」
「ここは藤堂家。私はこの家の主治医だ。名は柏原。私が今日この家に来ていたことに、感謝するんだね。君はこの家の前で倒れていた。名前はありあお嬢様が知っていた。以上だ。」
覚えてない。
全く記憶が無い。
倒れていた?いったい何故だ。
というより、これから僕はどこへ行けばいいのか。
「きみにはしばらくこの家に滞在してもらう。拒否権はない。藤堂家に入れた以上、君に自由は無い。ただで返す訳にはいかないからな。」
よし。解放されても行くとこ無いしラッキー…とか言ってる場合じゃないか。
「君の仕事は、ありあお嬢様の話相手だ。丁度同じ年頃の人が欲しかったところだからな。」
ありあ様か。
「では、お前の部屋とありあお嬢様の部屋に案内させよう。」
あ…ちゃんと自分の部屋もあるんだ。
「ありあお嬢様は難しいお方だ。せいぜい気に入られるように努力するんだな。」
一気に不安になってきたぞ。
「まあ、気に入られすぎるのも考え物だがな。」
…?
「お嬢様、昌をお連れいたしました。」
「そうか、ご苦労。そなたはもう下がってよい。昌、入れ。」
おずおずと部屋に入ると、ひとりの少女がベッドに座っていた。
「初めまして、ありあ様。昌でございます。」
「そんなことは知っている。本来、初めましてというのは初対面の人間にする挨拶ではないのか?私は昌を知っている。あの医者と話しただろう。」
「ですが、ぼ…私は初めてでございます。」
ずいぶん形式的な話し方をする娘だな。
「…先ほどから、なぜゆえ敬語なのだ?お前は私の話し相手なのだから、友に話すように話せばよかろう。」
「…ありあ様は、それでよいのですか?」
そういうありあ様も敬語口調なんだけどな…
自分で気づいてないのか?
「よいと言っているであろう!!私の命令が聞けぬのか!!」
いや、命令とか言っちゃってる時点で既にお嬢様だし…
「じゃあ…ありあ様」
「ありあ、でよい。」
「よろしく、ありあ。何かしたい遊びはある?」
「ない。お前は私の話相手だ。毎日、話し相手としてこの部屋に来い。それ以外は、私と一緒に家庭教師と勉強してもらう。何か入用のものはメイドに言え。」
人と話すの、慣れてないのかな。
それにしても、綺麗な人だ。
「ありあ様、昌様、お食事の時間でございます。」
もう既に窓の外は茜色。そんなに時間が経ってたのか。
「ご飯だって、ありあ。行こうよ」
「うむ。そうだな、昌。」
僕は自然にありあの手をとる。
だってありあは人形のように美しく、今にも折れそうな細い手足だったから。
あれ…?
この手の感じ、前にもあった気が…
パシッ!!
「誰の許しを得てそのように私に触れるのだ!!この無礼者!!!」
「ご…ごめん。嫌だったかな?」
「ああ、とても不愉快だ。…しかし、昌なら許してやろうか。」
…いわゆるツンデレか?って何自惚れてるんだろう自分!!
「お前の仕事を増やしてやる。これから毎日、夕食の席へ私をエスコートするのだ。」
え…いいのかな?
「何をしている!!さっさとエスコートしろ。私はお腹が空いているのだ。」
かわいいなあ、ありあ。
「それでは、お手をどうぞ。さあ行こう、ありあ。」
僕たちは同じテーブルに着いた。他に食べる人がいる気配はない。
「ねえ、ありあ。お父さんやお母さんはいないの?」
僕はやたらと量の多いレタスのサラダをムシャムシャとかじりつつ、素朴な疑問をぶつけてみた。
「…そんなものはいない。この家にいるのは、私とメイド達、そして昌だけだ。」
何だか深く聞いてはいけないような気がして、ただ「ふうん」とだけ答えて黙っていた。
「お前にはいたのか?その…父や母が。」
ありあの方から話題に食いついてくれるなんて、初めてのことだ。
「うん…と…記憶が無いから覚えてないけど、多分いたんじゃないかな?」
ありあは小さく「そうか。」とだけ言うと、もしゃもしゃと雑穀米を食べ始めた。
この家のご飯は、お金持ちという割には質素だ。
というか、健康的だと言った方がいいのかな?
「ごちそうさま。」
「あれ、ありあ。もう食べないの?」
「この位で十分だ。明日は10時から勉強だぞ。」
「分かったよ。ありあの部屋に行けばいいの?」
「私の部屋?図書室に決まっているだろう。頭の働かないやつめ。」
普通は家に図書室自体無いものだけどな…
「分かったよ。後で部屋に遊びに行こうか?」
「…私の睡眠の邪魔をする気なのか?」
寝るの早くない?何時に寝てるんだ。
「ううん、そんなつもりじゃないんだ。おやすみ、ありあ。」
「…おやすみ。」
再びサラダと格闘していると、メイドさんたちの声が聞こえてきた。
「ありあお嬢様、早くお休みになるみたいだけど今夜は大丈夫かしら。」
ありあは、寝相でも悪いんだろうか。
それとも、体がよくないのだろうか。
「あの…大丈夫って、どういう事ですか?」
「聞こえていたんですね。ありあお嬢様は、少々変わったお方ですので。」
「変わったって…普通のお嬢様じゃないんですか?」
「ええ…少しばかり。そうそう、ありあお嬢様は、昌様を気に入られたようですよ。」
「どうして分かるんですか?あんな態度なのに…」
「お嬢様は、気に入らない相手とは口もきかないようなお方です。明日の勉強時間まで知らせたということは、よほど気に入ったのでしょうね。」
そうか…良かった。
とりあえず、僕はここにずっと安心していられるということだ。
「僕も、もうお腹一杯ですよ。ごちそうさまでした。」
部屋に帰り、ベッドに仰向けに倒れこんで考える。
僕は、ありあとは初対面のはずなんだ。
それなのにどうして、僕はありあと手をつないだことがあると思ったのだろう。
ありあ…
まてよ、ありあは僕を知っていた。
どうして…?
メイドさんも、あまりにも早く気に入られたとは思わないのか?
途端に、ズキズキとした痛みが頭を襲う。
痛い…痛いイタイイタイ…
何だこれ…
痛みにのた打ち回りながら、その日僕は夢を見た。
ありあに話しかける僕。
いつものようにありあが答える。
でもありあは、僕が望むような答えを返してくれなくて。
僕は1人切なさに涙を流している。
ありあのようなお嬢様に僕はつりあわないと、どうにもならない思いを胸に抱えて。
はっと目を覚ますと、まだ外は暗い。
やけにリアルな夢だった。
でも、一つはっきりと思い出した。
僕はありあが好きだった。
世界で1番、いや、言葉に出来ないほど大好きだった。
そんなことを考えながら、僕は再び眠りについた。
「おはようございます、昌様。よくお眠りになられましたか?」
正直、あまり良く眠れなかった。
朝の8時。なんだかんだでよく眠ってたんだな。
「おはようございます。まあまあでしたよ。ありあはまだ眠ってるんですか?」
「はい…よくお休みでございます。」
どんだけ寝るんだ!!!
「とっ…とりあえず朝食にいたしましょう。洋食ですか?和食ですか?」
お決まりパターンの質問だ。
「じゃあ…和食で。」
出てきたご飯がまた絶品で、勉強の時間もまだ先だしとばかりに、朝食に優雅に舌鼓を打っていると…
9時30分
「いくらなんでも起きるだろ!!!」
1時間半も朝食を楽しんでいた僕もどうかと思うけどさ。
もう30分前だぞ!!
「ありあ!!ありあ朝だよ!!」
コンコンッとドアをノックしてみたが、返事は無い。
「あの…これ、入っても大丈夫なんでしょうか。」
「…恐らくは。私は何年かここで働いていますので、おおよその見当はついています。昌様には、少々刺激が強いかと。」
そんならなおさら心配だ。
どうせ記憶なんて無いんだ。新しい記憶は多い方がいい。
「入ります。ありあが心配なので。」
「それではどうぞ。私は主治医の柏原先生を呼んでまいります。」
どうして医者なんだろう。やっぱり、ありあはどこか悪いのだろうか。
「ありあっ!!!」
それは、昨日見たとおりのありあの部屋。
ベッドで眠るありあ。
美しいありあ。
変わったところはどこにも無いように見えるけど…
「ねえありあ、朝だよ。」
軽く揺すってみたけど、ありあは起きない。おかしいな。
「ねえ、ありあってば。…ありあっ!!!!!」
おかしい。こんなに揺すっているのに、こんなに大声を出しているのに、ありあは起きない。
ここで僕はやっと、この部屋の違和感に気づいた。
決して普通の部屋ではありえない事がこの部屋にはある。
昨日は緊張していて、気づかなかったんだ。
瓶…瓶…瓶…
おびただしい数の茶色い薬瓶が壁一面に並んでいる。
これは一体…何?
「またか。」
いきなり背後で声が聞こえ、びっくりして振り向くと柏原先生が立っていた。
「君にも説明してやろう。今日のお勉強は無理そうだから、彼女が起きるまで待っていなさい。」
「ありあは…大丈夫なんですか?」
「安心しろ、私は医者だ。何かあっても私が対応できる。…もっとも、何かあったからこうして呼ばれているのだがな。」
それもそうか。この人は、ありあの主治医なんだ。
ということは、昨日もありあの身に何かあったってことか?
「それとも何だ?小僧の癖に、私に愛するお姫様を任せるのがそんなに不安か?」
「そんなんじゃ…ないです。」
「では来い。それともお姫様の傍についているつもりか?」
「いえ、説明してください。」
僕と柏原先生は机に向かい合って座る。
「彼女には、自殺癖があるんだ。それも睡眠薬によるね。夜、睡眠薬を多量に飲んで眠りにつく。朝になっても目覚めずに、私が呼ばれるという訳だ。」
じゃあ、あの瓶は全部睡眠薬…?
「どうしてそんな事を…」
「彼女に言わせれば、年老いて死んだりするのは美しくないそうだ。このまま生き続けるよりは、最も美しい今、最も美しく、自分を傷つけることも無く、眠るように死んでゆく…。それが彼女の願いさ。まるで、死に取り憑かれた眠り姫のようにね。」
こっちはいい迷惑だ…とブツブツ言っている柏原先生を見ながら、僕の思考回路は止まっていた。
確かに、ありあは美しい。
でもだからって、年老いていくことをそんなに恐れなくてもいいじゃないか。
ありあ、僕がずっと傍にいる。
ありあがどんなに年老いても、どんなに醜くなってしまっても、ずっと傍にいる。
だからありあ。
僕を置いていかないで。
好きだよ、ありあ。
大好きだよ、ありあ。
僕を残して死なないで。
ありあ…・・・
彼女が眠り姫なら、僕のキスで呪いは解けないのか。
僕のような男が王子様では駄目なのか。
「なんだ、朝から騒々しいぞ。」
「…ッありあ!!!生きてる!?生きてるんだね!?」
「当たり前だろう。何だ、柏原も来ていたのか。」
「ありあお嬢様、何だではございません。すぐに診察に入りますよ。よろしいですね。」
「まあ、そういうな。私はお腹が空いているのだ。…どうしたのだ?昌。」
ありあ…ちゃんと生きてた。
良かった。
…というか、この会話調からしてこんなことは良くあることなのだろうか。
「朝食の前に、診察でございます。全く人騒がせな。」
「じゃあ、僕はありあの朝食の準備をしてくるよ。」
僕はそう言って、キッチンへと向かった。
その後ありあと共に、ありあは朝食、僕は昼食を取り、2人でありあの部屋にいた。
「なあ、昌。そなたは美しい顔をしているな。」
どう話を切り出していいか分からなかった僕に、不意にありあが話かけた。
「そう…なのかな。でも、ありあの方が綺麗な顔をしているよ。」
「当たり前だろう。私が美しいのは。」
「はは…そうだね。」
また会話が途切れてしまった。
人と話すことに慣れていないのは、お互い様みたいだな。
「昌は、私に訊かないのだな。あの瓶について。」
「さっき、柏原先生に少し聞いたから…」
「そうか。やっぱりあいつ、しゃべっていたか。」
「ねえ、ありあはどうして死にたいの?」
「ならば、昌はどうして生きたいのだ?」
逆に質問されて、戸惑ってしまう。
「それに、私は死にたいのではない。この美しさから、変わりたくないだけだ。美しさを永遠に変わらぬ物にし、眠るように死んでゆけたら、さぞ素敵だとは思わないか?」
僕は思わない。
ずっと永遠に、ありあと一緒にいたい。
「ありあ…僕はありあが好きだ。記憶を無くすずっと前からありあが好きだ。」
言った。言ってしまってから後悔した。
心に留めておかなくてはいけない想いだったのに。
「昌、そんなことはとっくの昔に知っている。」
ありあがかすかに笑い、目がまっすぐに僕を見る。
「…私には、もうお前しかいないのだ。お前さえいればいい。」
その会話の後、僕は何と言ったらいいのか分からなくて、気まずいまま夕食を取り、部屋に入った。
とは言っても気まずかったのは僕だけで、ありあはいつものように淡々と振舞ってはいたけれど。
もう、ありあには僕しかいない…か。
どうすればいいんだろう。
カラカラと戸を空け、ベランダから外を覗いて見る。
道の上には、たくさんの人…人…人…
僕さえいれば…なんて、ありあはいいっていうけど良い訳無いよな。
僕のありあ。
僕だけのありあ。
そんな事を押し付けてはいけない。
ありあには、もっとさまざまな幸せを味わってもらいたい。
たとえ、僕だけのありあでなくなったとしても。
「おはよう、ありあ。」
時刻は午前9時過ぎ。
昨日は、睡眠薬を飲まなかったようだ。
「昌か。おはよう。」
目覚めはあまり良くないようだ。
朝食をひとしきり食べ終えた所で、僕はありあに話しかける。
「ありあ、今日は勉強も無いし、部屋でちょっとおしゃべりでもしない?」
「…良い考えだな。後で私の部屋に来い。」
ありあに、僕の提案を話してみよう。
「ねえ、ありあ。外に出てみたいと思わない?」
ありあの部屋。ソファに腰かけ、2人で話すのも慣れてきた。
「外…?そんな必要がどこにあるのだ?」
「え…だって、友達がたくさんいれば、きっと楽しいよ。」
そう。ありあに幸せになって欲しい…
「友達…か。」
考え込むありあ。
そりゃそうだよね。今までずっと1人だったんだから。
勇気だっているだろうけど、ありあなら大丈夫…
「それは、昌は私から離れたいから、私に友達を作れということか?」
予期せぬ答えに驚いてありあを見ると、怒ったような泣きそうな、そんな目をしていた。
「え…そんなつもりじゃ…」
「そうなんだろう!!!言ったはずだ!!!私は昌さえいればいい!!!昌だってそうだろう!!!」
いきなり物凄い剣幕でしゃべりだしたありあに、僕は圧倒されていた。
「いつもいつもそうだ。最後には私を置いて行ってしまう。お前も以前そうだった。私だけを見てはくれなかった。どうして…」
ほろほろと頬を伝う、ありあの涙。
「ありあ、僕はありあが好きだ。この世の誰よりも好きだ。ずっと一緒にいる。」
涙を拭ってあげようとした手は、ありあの小さな手で弾かれた。
「お前は私以外を見ようとした。私の為だけに生きてくれようとはしなかった。裏切り者。」
「ありあ…僕は…ッ」
いきなりありあが僕に抱きついてきた。
「昌、好き。好き好き好き。だけど…」
首筋に何か細いものが刺さる。
だんだん意識が遠のいてゆく…
「私以外を見る昌はいらない。穢れた昌はいらない。記憶をなくす前のお前もそうだった。愛する私を置いて、私だけを見てはくれないで去っていった…」
ありあ…
「この死に損ないが。他の奴を見ようとしたお前だが、私と一緒に永久にいる権利をやろう。ずっと美しいままで、ずっと幸せなままで…」
ありあ…愛してる。
僕にはありあだけだった。
床が血で紅に染まって…
なんて美しいんだろう。
目の前の景色も、死に取り憑かれたありあの姿も。
ありあ、これで、ずっと一緒だね。
…嫌だよ。死にたくない。ありあの隣で、生き続けていたいよ。
ありあはいつものように薬を飲み、眠りについた。
そして永遠に、美しき眠リ姫が目覚めることは無かった。
FIN
眠リ姫
ヤンデレが好きなんです。地味に。
ありあちゃんは、ほんと大好きな子です。