反乱ー最終日
「やったぞ!」ユウイチが声を上げた。
時間は朝の七時を過ぎたところだ。延々十五時間の格闘だった。タマキハルと映されていた文字は、
ディスプレイからようやく消えた。もう一人の作業員はコード解除だけでなく、昔取った杵柄で、相手のサーバにアクセスしたのだった。
「なるほど、分散コンピューティングで色んな所で計算させているよ。
こうやってコンピュータをフリーズさせて乗っ取り、裏で計算させていたんだな。
しかし、あちらのセキュリティガードがこんなにも簡単とは思わなかったよ」
「どういうこと?」もう一人の作業員が尋ねた
「もっと大変かと思ったが、ほとんど無防備に近い状態だ。
まるで、こちらのアクセスを待っていたくらいの、オープンドア状態だったな」
確かに倉庫をガードするこれまでの防備状態に比較すると、サーバー侵入は意外なほど簡単に突破できた。
喜々としている同僚の声で傍らのソファで仮眠していた皆本氏はむっくりと起きてきた。
「あ、皆本さん、おかげで解決の道に入りそうです」ケンジの顔は明るかった
「お役に立てたようですね、よかった」皆本氏も微笑んだ
「でも、すこし腑に落ちないのですが、こんなに簡単に突破できて良いのかな?
まだ、なにか別のステップがあるのかなぁ?」ユウイチは少し疑心暗鬼だった
二人でシステム復帰のためのプログラムを書き始めた。
これで何とかこの混乱から脱出すると思ったのもつかの間、ルームの電話が鳴り、それを取ったキョウコが電話口で震えていた。
「西日本で震度測定不能なくらいの大地震ですって、主だった都市は壊滅だそうよ・・」
「う〜む、地震、稲妻、鳥の大群かぁ・・・」皆本氏は何か考えていた、そして続けた
「まるで、怨霊か、神威に触れたような現象だな」
「怨霊?これって祟りですか・・、何の?」ユウイチは聞いた
「やはり、一連のネット上の言葉が、岸本さんが言うように、何らかのスピリチュアルな
存在にシンクロしたのかもしれないな・・」皆本は岸本を見ながら言った
「馬鹿な、そんな事があってたまりますか、デジタルはゼロと1の二つの信号です。その
間に入るモノなんかありませんよ。」ユウイチは反論した
「いや、日本書紀にこういう言葉がある?天先(ま)づ成(な)りて地後(のち)に定(さ
だま)る。然(しかう)して後に、神聖(かみ)、其の中(なか)に生(あ)れます?
ゼロは空つまり天、1は事象の原点である地、その中間に神がいる、と解釈できる」
「それは、理屈です、誰が神に会えますか?証明外の存在では論議できません」
「それではこの一連を、キミはどう説明する」皆本氏はユウイチに迫った
「そ、それは・・例えば、自然現象を人工的に操作できる技術や謀略団体が・・・」
ユウイチは途中まで言いかけて、自分も反論が荒唐無稽になっている事に気がついた。遂には返す言葉がなかった
「手元に資料がないので、例は引けませんが、要するにああいった楔形文字やヘブライ
の元型言語も元は、神との交信記録の写しであるとされているのです。」岸本氏が続いた
「言霊というのは、スピリチュアルな存在の言葉、託宣という説がある、日本でも古代で
は言葉の呪力を恐れて、みだりに文字に書き表さなかったそうだ」
三人の議論の成り行きをハラハラしながら見つめていたキョウコは、徹夜明けの二人や同僚を気遣って間に入った。
「すこし休みましょう、一晩中作業だったから、そうだ一旦自宅に帰って着替えません?」
「そうだな、シャワーも浴びたいし、そうしようか」皆本は疲れを感じた。
「おれは残って作業するよ。それにもともと風呂嫌いだし」ユウイチは笑っていた
「じゃ、我々も一度引き上げて、もう一度出直そう。」岸本もうなずいた
「キョウコと我々も夕方までには戻ってきます。何かあれば携帯にお願いします」
皆本氏、岸本氏とキョウコは地下に止めてある車で引き上げた。
そして、ケンジは自宅のドアを開けたときに警視庁が落雷で炎上している事を知った。
車でケンジが急いで駆けつけてきたときには、対策室の係長やサイバー室員、
そして昨日まで一緒だったユウイチや作業員はうず高い瓦礫の中にあった。
悲惨な現場にはすぐに夜が迫ってきた、残骸の中で救急処置が急がれている中、ケンジはその作業をずっと見つめて、複雑な心境だった。
メッセージ 六日目
翌日、ケンジはあの湾岸の倉庫に行ってみる事にした。
あの倉庫のピラミッドサーバーにはあのプログラムでアクセスできると思うので、超越的存在なのか、
何者か不明のままだが、相手に交渉を試みることにしよう。車に乗り込んだケンジは湾岸倉庫の近くで停車していた。
移動用無線のアダプタをノートパソコンに接続し、車内からアクセスを試みる事にした、セキュリティもかけられてなく、
パスを入れるとすんなりサーバーに入る事ができた。
ーーーさて、これからどうするか。とりあえずこちらのメッセージを残すか
ケンジはキーボードを叩いた、そして車内でしばし待った。
湾岸の海は不気味なほど静かだった、今日も何か天災を借りた彼らの威嚇が起こるのかどうか、それは分からない。
自然現象をあやつる彼らのチカラからすれば、こちらは殆ど無力な状態だ。ケンジはじっと相手からのリターンを待った。
・・・・カタカタカタ
カーソルが動いてケンジのパソコン画面に文字が送られてきた、ケンジは身を乗り出した
『オマエハ ダレダ』ケンジはキーボードを叩いた、文字を自動変換に変えた
「私は浅山ケンジ、是非ともあなたと、お話ししたい」
『ナニヲ』
「あなたの目的をお聞きしたい?」
『キイテ ドウスル』
「あなたは、我々の何かを怒っているのでしょうか」
『キキタイカ』
「ぜひともお聞かせ下さい」
『オマエニ ハナス』ケンジは思わぬ展開に喜び、勇んで打った
「倉庫の前に、直ぐに行きます」そう打ったものの、ケンジは不安になった。
向こうは何人なのか不明だが、こちらは自分一人、しかしケンジは意を固めた
ーーー鬼が出るか、邪が出るか。とにかく会おう
ケンジは車を出た、十メートルくらい進んだところで、後ろを振り返ろうとした瞬間、車は大破した。
またもや稲妻の狙い撃ちだった。ケンジは青ざめたが、どうする事もできない、燃えさかる車は、もう手遅れだった。
ケンジは倉庫の前に立った、そして着いた事をキーボードで告げた。不意に頭の中で言葉が響いた
『倉庫のドアは開いている、中に入ってきなさい』
ケンジはエコーの様に響いている声に、尋常ではないものを感じた、皆本氏が言ったように超常的存在なのだろうかと詮索した。
恐る恐るドアに手をかけた、電流は通ってなかった。ドアをくぐると、目の前にうず高く積まれたコンピュータの山に、
プリントで見たモニター画面、そしてあのヘブライ文字が映っていた。
しかしそれは神々しく感じられた
『よく来たケンジ』またもや頭の中で声が響いた
「あなたは何者なのですか?」ケンジはモニター画面を見ながら尋ねた
『この葦原千五百秋瑞穂国に来たその昔には、タカミムスヒと呼ばれていた、もう二千
年以上も前だ』なんとも突飛な回答だった
「え、それって、記紀とかに出てくる日本の神様じゃないですか?」ケンジは確かめた
『そう呼んでもらってもかまわないが、元はシュメール出身であり、メソポタミアの人間
だったよ。キミも存じているように我々の国や文明は二千年以上前に滅びた、私はその
末裔、最後の一人としてこの国に来た』
ケンジは驚いた、皆本氏や岸本氏の予測は当たっていた。
「あなたは二千年も存在しているのですか?」
『私は君たちのようなボディを持った存在では今やない、いわばサイバーな霊的存在だ。
この瑞穂の国をプログラム設計して、ソフトとしてこの国の人や自然を創った、造物主
と考えてもらっても間違いない』
ケンジは混乱していた、いままで自分が実在と思っていた世界はこの人がプログラムした仮想的電脳世界だったなんて、
これではまるで三次元ソフトアプリの世界だ
「じゃ我々はプログラムのひとつですか?、コンピュータのない時代にどうやって?」
『メソポタミアの時は人の脳を媒体として分散方式をとっていた、この国でも他国の
人の睡眠時間中を利用して動かすプログラムを作った』
「その造物主のあなたが、なぜ私達を壊すのですか?理由はなんですか?」
『理由?私の責任とプライドのために入れ替えるのだ、交代なのだよ』
「交代?・・誰とですか?誰が誰と交代のために?」
『キミだよ、私が仕掛けたプログラムをコンピュータ解読したキミが次の管理者、
かつて私がそうしたように、キミが候補者に名乗りをあげたのだ』
「管理者?私が交代?何を言っているのですか。私はそんな意味でやったのではないんで
す、仕事だったのです、私の生業です」ケンジは慌てた、そして続けた
「交代などせず、あなたがずっと続ければいいじゃないですか」
『キミなら分かるだろう、プログラムを書いて微々細々にまで自分の構想通りに動かす快
感と全能感。それは神の疑似行為であり、愉悦でもある。それと同じ事だ、私の書いた
プログラムは、二千年は保った、近代前までは順調だったが、二十世紀を超えた頃から
エラーが頻繁になった。エラーの修復アップデートではもう無理になってきた。
人類は遂にコンピュータを開発して、私の領域に迫ってきた。この頃では各アプリが
トンでもないエラープログラムとなって、私を攻撃しだした。
世の中の人もシステムも私の創ったバーチャルな存在なのに、そいつらにウェブでは
散々と非難された、知る知らないにかかわらず、私は自分の創ったアプリに不信任され
たのだ。それは私の霊威の減衰でもある、先例と同じプログラムの破綻・暴走だ。
だからコンピュータと同じく、私がプログラムした人や自然というアプリケーションを
一つずつ終了させて、私の創ったオペレーションシステムを再起動させねばならない。
これから新しいOSに入れ替える人のために、私はあのメッセージを発令したのだ。』
「不良部分をあなたのチカラで書き換えできないのですか?」
『一連はバージョンアップではない、OSのアップグレード、総入れ替えだよ。
その為に私は稲妻や地震を起こして終了させているのは、この世のリセットなんだよ』
「でも、まだ沢山の人や国があるじゃないですか」ケンジはぶつけた
『外の世界には、もう数える程の動物しか残っていないね。それもじきに消滅していく。
とにかく、キミは私が書いたプログラムを解読してここに来た、かつて私もキミのよう
に古いOS終了の後、アップグレードしたのだ。キミも私がしたように、そうするのだ』
納得しかねる提案であったが、しかし、ケンジはプログラマとして好奇を憶えた、
世界を書き換えるなんて仕事以上に面白そうだ、やってみたい、そう純粋に思った。
「あなたの後という事は、私の次の人が出てくるまでどれくらい続くのですか?」
『それはキミの、プログラムの完成度にもよるんだよ、いままで無能なプログラマのせい
でアトランティスやムー文明のようにバグを起こして、何度も強制終了している、私の
かつての文明社会も、今回のように経年劣化不良エラーを起こして終了した』
「そんな、失敗したら責任重大じゃないですか・・」
『責任?誰に責任を負うのだ?この私だってもっと上の次元のプログラムのアプリケーシ
ョンだ。私のプログラムを離れたキミだって今やそうだ、責任は神的存在を総括的にプ
ログラムした側になければならないが、残念なことに我々は円環的かつ複層次元にプロ
グラムされている、言ってみれば責任の所在など問えない連鎖構造だ。
まぁ気楽に考えたまえよ。さて、私のミッションも終了のようだ、キミの健闘を祈るよ』
そういって、前任の管理者はモニターからフェードアウトして消えた、ケンジの頭にも
もうあの声はしなくなった。彼は彼自身を消去したのだろうか?
?天先(ま)づ成(な)りて地後(のち)に定(さだま)る。然(しかう)して後に、神聖(かみ)、其の中(なか)に生(あ)れます?
ケンジの脳裏に皆本氏の言った言葉が浮かんだ。我々はコンピュータ内のプログラム自動生成のような存在だったなんて、
一緒に頑張ったあのユウイチやキョウコ、皆本氏や岸本氏、このことで終了した人々を思うと・・・ケンジは涙ぐんだ、
そして空や四方を睨みながら、決意した、七日目、多次元世界に渡って、終了不可能なバグがいっせいに発生した。
ケンジの作ったプログラムは、トロイの木馬だった
反乱ー最終日