六月誕生感謝祭
六月といって思いつくもの。
梅雨、紫陽花、花嫁、かたつむり、六月は祝日がない、それからそれから・・・あ、私の誕生日。
始め、トオルくんとてっちゃんが誕生日パーティーをやってくれると言ったとき、私は断った。
誕生日なんて毎年来るものだし、それに私は三人の中で一番年下とはいえ、もう、誕生日を祝ってもらうような年齢じゃないから。
と言いつつも、あの二人がそんな理由で誕生日パーティーを断念するとはちっとも思っていなかったんだけれど。
「ハコちゃん、入るよ」
トオルくんの声で目が覚めた。
重い目蓋を持ち上げると部屋の玄関にトオルくんが立っていた。
「やっほートオルくん」
私は力なくトオルくんに手を振る。
靴を脱いだトオルくんが心配そうな面持ちで私に近づいてきた。
「寝てたの?ハコちゃん具合悪いの?」
「ちょっと・・・お腹痛くてね」
「お腹?どの辺?」
トオルくんが私のお腹を擦ってやろうとでも思ったのか、手を伸ばしてきた。
「触らないで」
ぴしゃりと言い放つと、トオルくんは一瞬怯えたように肩をすくめ、すぐに「ああ、」とひとりごちる。
「お客さんか」
「そういうこと言うと、女の子にもてないよ」
「いいよ。僕にはハコちゃんがいるもの」
自分でも顔が赤くなるのがわかった。
トオルくんは恥ずかしい人だ。でも私は、トオルくんのそんなところが好きなんだよね。
「てっちゃんが、雨降りそうだからハコちゃんの部屋でパーティーしようって。今、ケーキ買いに行ってる」
「やっぱりやるんだね」
「嫌だ?」
「とんでもない。嬉しいしありがたいよ」
ただ、なんとなく、気恥ずかしいなーなんて。
「ハコちゃんの誕生日だもん。ちゃんとお祝いしなきゃ」
「でも、来年も再来年も、ずっとその先の未来も、私が生きているかぎり私の誕生日は必ずやってくるんだよ?」
「それなら、来年も再来年も、それからずっと先の未来の誕生日も、来るたびに祝えばいいじゃない」
トオルくんと正式にお付き合いを始めてから2か月たつけど、もしかしてこれって、遠回しにプロポーズされてるのかな?ちょっと気が早過ぎるんじゃないかな?
「昔の人が言ったって。誕生日はその人が生まれてきてくれたことに感謝をする日、いわば感謝祭なんだって」
トオルくんはやんわりとした口調で言った。
「昔の人って誰?」
「それは解らない」
「それって本当の話?」
「それもどうだか」
いい加減だ、トオルくんは。
「でも、僕はその話信じるよ。ハコちゃんが生まれてきてくれたこと、ハコちゃんに出会えたこと、ハコちゃんが今僕の側にいてくれること、僕はすごく嬉しいから」
トオルくんが、寝ている私の顔を覗き込む。
「ありがとう、ハコちゃん」
そう言い、トオルくんは顔を近付けると、そのままなんのためらいもなくキスをした。
「これは僕から、ハコちゃんへ、感謝の気持ちを表したプレゼントね」
突然のことに呆気に取られている私をよそに、トオルくんはいつもと同じやんわりとした口調で
「誕生日おめでとう」
と言って、照れたように笑った。
《FIN》
六月誕生感謝祭