もしもあの日…
それは昨日の夜、部屋でマンガを読んでいると突然ケータイにメールが届いた。
知らないメールアドレスからだった。
『やぁ、神崎君。元気にしてるかい? もう、恋い抱くクラスメイトの大島由実には告白しただろうか?』
「は? なっんで知ってんだよ。誰だよ」
思わず声に出てしまった。
『何で知ってるかは後々気づくだろう。それより明日の放課後、君の大好きな大島由実は図書館前の横断歩道で車に轢かれて死んでしまう…』
「はぁ? ちょっとタチ悪すぎ…」
それでも、メールが気になり読み続けた。
『今読んだ事を信じるか信じないかは君しだいだが、出来れば信じて欲しい。そして大島由実を助けてあげて欲しい。しかし、過去を変えるという事は未来が変わり、変えられた過去が元に戻ろうと彼女を殺しに追いかけて来るだろう。ずっとね。それでも彼女が好きなら大罪を犯す覚悟を決めて彼女を助けてあげて欲しい』
僕はそのメールアドレスに『誰だよ? あんた』と返信してみたが、返って来る事は無かった。
そして、今朝またあいつからメールが届いた。
『覚悟は決めただろうか? 助けられるのに助けず目の前で好きな人を失うか、助けるかは君しだいだ』
クソッ…。
高校に着いてから、僕は一日中ずっとドキドキそわそわしながら、いつ僕の前の席に座る大島由実に話しかけようか悩んでいた。
大島由実は誰からも好かれる娘で、笑うとえくぼの出来る娘で、いつも良い匂いがして…。
僕にとって大島由実は特別で、ずっと片想いの相手で…。
結局やっと声を掛けれたのは放課後になってからだった。
「あの大島さん」
「何? 神崎君」
と振り返った大島由実はいつものように笑んでいて、一瞬見とれてしまった。
やっぱり可愛い…。
「あっのさ、大島さんの家って隣町だよね」
「うん」
「一緒に帰らない? って言うか隣町の本屋に行きたいんだけど、案内してくれない?」
場所何て何処でも良かった。とにかく図書館から遠い場所を選んでいた。
「あぁ、うん。良いけど…」
良かった…。これで大島由実は死なずにすむんだよな…。
僕達は大島由実がいつも乗るという隣町行きのバスに乗り、僕は出来るだけ大島由実を飽きさせないようにくだらない話を喋り続けた。バスから降りると目の前に大きな本屋が待っていた。
「何だ。こんなに分かりやすかったんだ」
「だから、言ったでしょう」
と大島由実は僕にだけあの笑顔をくれた。
「あっそういえば、今日用事あった?」
もし、あれが本当なら…。
「用事って言うか、図書館に行こうと思ってたんだけどね…。でも本屋さんにも行きたかったし、ちょうど良いかなって」
本当だったんだ…。
「そっか、悪いね」
「ううん…」
と大島由実は屈託の無い顔で笑った。
僕達は本屋に入って、それぞれの好きな本や雑誌の話をしながら一時間程本屋にいた。
これってデートだよな…と思いながら僕は浮かれていた。
大島由実はケータイの時間表示を覗きながら「六時過ぎたし、そろそろ私帰るけど…」「じゃ俺も帰るよ」と返し本屋を出て直ぐ、ケータイが震えた。
あっメール、あいつからだ…。
僕はメールを開き、読んだ。
『隣町の本屋にいるね。場所を変えたくらいじゃ運命は変わらない…。六時十八分頃、目の前の横断歩道でトラックに撥ねられ彼女は死ぬ…』
なっんだよ…場所変えたくらいじゃ運命変わらないのかよ…。
ケータイの時間を一瞥し横断歩道手前で僕の前を歩く大島由実の腕を掴んだ。
「ちょっと待って」
「え?」
「だから、その…」
横断歩道の青ランプが点滅し始めた。
「ちょうどバス来てるし、今信号渡っちゃえばバス乗れるよ」
「うん、分かってる。でももう少しだけ待って」
「何で?」
「いいからッ」
叫んだ後、急に信号無視のトラックが目の前の横断歩道を突っ切抜け停車中のバスに突っ込んだ。
表現しづらい程物凄い騒音と共に二台の原型を留めない大型車がそこにあった。
ケガ人もかなりいるだろうが、殆ど死者かもしれない…。
大島由実は目の前で起きた事故を呆然と見つめながら、掴んでる僕の手をギュッと掴んだ。
酷く震えていた。
これが運命を変えるという事…。
かえる、変える、換える…、置き換える。
大島由実の死を誰かの死と換えてしまったんだ…。
もしこれで本当に死人が出れば、俺が殺したも同然じゃないか…。
「もし、私達渡ってたら轢かれてた?」
「たぶん…」
誰かが救急車を呼んだらしく遠くでサイレンの音が聞こえて来た。
「ねぇ分かってたの?」
「うん…」
大島由実は振り返り今までに見た事の無い顔でじっと僕を見つめ「え?」とゆっくり僕の手に触れるのを止めた。
いつの間にか僕らの周りにもドッとやじ馬が群がり始め僕は大島由実の腕を離し、じっと潤んだ瞳で僕を見つめる大島由実と目を合わせた。
「…僕は君が好きです。だからどんな大罪を犯しても君を守ると決めたんだ…」
「何を言ってるの神崎君。意味が分からないよ」
「今は良いよ。分からなくて…じゃまた明日…」
僕は手を挙げ、やじ馬の輪から無理矢理出た。
大島由実が必死に僕の名前を呼ぶのが分かったが、追いかけて来れないようだ。
僕は少し歩いたところでケータイを開きメールを打った。
『信じられないけど、あんた俺だろ? 決めたよ。俺は大島由実を死なせない』
僕は未来の自分にメールを送信したが、返事は返って来なかった。
* * * *
高三の冬、僕がずっと片想い中だったクラスメイトの大島由実が交通事故で亡くなった…。
あの日、僕は図書館で大島由実と出会し少しの会話と沈黙を繰り返した。
そんな時間を僕は心の底から楽しんでいた。「じゃ私帰るけど…」「じゃ俺も帰るよ」と僕らは図書館を出て少しだけ会話をし「じゃまた明日」と笑み国道に面してる横断歩道を渡る彼女の後ろ姿を僕は見送った。
横断してる最中、彼女は猛スピードで突っ込んで来た車に撥ねられ宙を舞った…。
えっ? はぁ?
駆け寄り震える手で仰向けで道路に横たわる彼女に触れた。
生暖かくてヌルッとした血が手を赤く染め、何処から血が出ているのかも良く分からない程彼女は傷だらけだった。
「おッ大島さん、いッ今、きゅッ救急車呼ぶからッ」
僕は血が付いた手でケータイの番号を押そうとするが震えて『1』『1』『9』と上手く押せなくて、そんな何もできない、何もしてあげられない自分が情けなくて、僕は泣いていた…。
「ごめん、ごめん…」
そんな時彼女の手が僕の頬に触れ、消え入りそうな声で彼女は「わたし、死ぬ、の?」と言い残し目を閉じた。
目の前で好きな人が血を流して苦しんでいるのに僕は何も出来なかった…。
悲しみと悔しさに堪え高校を卒業し、社会人になり、色々な女性とも出合ったが、それでも大島由実を忘れる事が出来なかった。
何で彼女は死ななければならなかったんだろう…。
もし過去の自分が未来を変えてくれればと淡い思いを託し、僕は『過去人』への干渉を禁じる『時間管理法』を犯し高三の自分に時間を越える『タイムメール』を送った。
つまり過去の自分を共犯者にしてでも、僕は大島由実を助けたかったんだ…。
- end -
もしもあの日…