天国より地獄より君に辿り着きたい
DK 微シリアス
「今度、結婚することなったから。」
朝一のメンバーミーティング。事も無げに、まるで事務報告をするスタッフのように堕威は言い放った。
その言葉はメンバーのとりわけ俺の思考を一瞬停止させて粉々にするには十分なものだった。
「...え?」
まず最初に言葉を取り戻したのは敏弥で、順に京君、珍しく心夜まで堕威の席へと駆け寄る。
「いきなりじゃない?」
「んーちょっと前から付き合っとってんけど...。」
「なんでいきなり結婚すんの。」
「ま、大人の事情ってやつやな。」
「あ、堕威君、もしかしてデキちゃったの?」
「ちゃうわ。あほ。」
堕威のいきなりの結婚報告にメンバーもスタッフもお祝いムードになる。
「式とかあげんの。」
「相手一般人やし、ややこしなりそうやから入籍だけすんねん。」
「へぇ~。相手どんな人?」
「また今度紹介するわ。みんなもビックリすんで。」
そう笑いながらだいの視線が俺を探ってた。きっと酷い顔をしてる自分が怖くてまともに顔をあげれへん。
...だってそうやん。
視界が揺れる。脳みそが回ってる。指が小刻みに震える。
...だって昨日も一緒におって、飯食って、セックスして、さっきまで普通に...
男同士でメンバー同士の恋愛が普通なんかは俺にはもう分からへんけど、普通やったやん。
「堕威ちゃん...おめでとうな。」
俺はやっと蚊の泣くような声でそれだけ言うと、急いでミーティング室を出た。
顔を伏せて急に立ち上がった俺にびっくりした敏弥が声をかけてきたけど、生憎返事なんてできひん。
さっきまでの日常が足元から崩れてくみたいや。
視界が水彩画みたいにぼやけてくる。いっそ、全部滲んで見えんくなってまえばええのに。
この世で一番大切にしてた、だいの笑顔が、笑い声が俺の心臓に突き刺さるのがたまらなく苦しい。
息が詰まる。脳みそと直結しとるから、俺の目からは色んな想いが勝手に溢れてくる。
結婚。堕威が結婚する。
後ろ手に閉めたドアから堕威が悲しそうな目で俺の背中を追いかけてることなんて気づかずに
俺はいつもの機材室へ飛び込んだ。
朝の爆弾発言のせいで、午前中は全く作業が進まず。かといって、他のメンバーと話をする気分にもなれず
結局メンバー唯一の喫煙者になった俺は、ガラガラの喫煙室に引きこもることにした。
ここなら、メンバーは来ぉへんし、スタッフも仕事中で誰も来ない。
涙が張り付いて乾いた目元が少しだけ痛い。引き攣れた目元をこすると、煙がまた目にしみた。
先程から際限なく吸いまくってる煙草のおかげで、少しだけ、少なくとも平静を取り繕うことはできるようになった。
やから、だいと落ち着いて話さなあかん。いや、話し合うってか...
俺は堕威になんて言えばええんや
小指に嵌めたお揃いのリング。6年前の誕生日にあいつが「薫、結婚指輪の代わりやで。」って渡してきたリング。
あの時は照れてもうて、チェーンにかけて付けてたけど、いつの間にか小指に嵌めるようになって
気づいたらほんまの結婚指輪みたいになってて
...そんで...堕威が...嬉しそうに笑ってて...
俺の手握って...
「ずっと一緒におろな。」
って。俺、ちゃんと「うん。」って言ったよな。
「っ....!!」
手の中の空になった箱がぐしゃりと音を立てて潰れた。
床にぽたりと落ちた涙を見ながら、俺の心も音を立てて潰れた気がした。
結局喫煙室でサボってた俺は、井上に見つかってついでにチューさんにも見つかって
具合悪そうやから帰れと強制送還の命を下された。
実際何も手につかんかった俺はありがたく、その日の仕事を家でさせてもらえることになって早々に帰宅した。
リビングを素通りして、自分の部屋に引きこもる。
ギターを爪弾きながら、やっぱり今日は帰ってこんかったらよかったと思った。
自分の家やのに、そそくさと台所へ入り冷蔵庫の缶ビールを数本引っつかむと急いで部屋に引っ込む。
まるで泥棒みたいやけど、自分の部屋以外はどこにいても休まらない。自分の部屋でさえぎりぎりなのに
ここは...この家にはだいと過ごした場所と時間が多すぎて今の俺には耐えられへん。
堕威が買ってきたソファー。堕威のクッション。堕威が出しっぱなしにしてる雑誌。
だいが、だいの、だいと。
結婚なんて、今の日本で、できるわけない。
分かってた。ずっと一緒になんておれるわけない。
でもそんな無理なことも、堕威となら実現できる気がしてた。
堕威となら。
折角引っこんだ涙が、たった4%のアルコールでしゃしゃり出てきよる。
中途半端に飲むから感情が高ぶってまうんや。もっと強いそれこそ普段は飲まんようなヤツ呑んで...
なんて考えながら扉を開けると
玄関の鍵が開く音がした。
この家の合鍵を持ってる人間なんて一人しかおらん。
俺は慌てて扉を閉めると、ベッドの中に潜り込んで寝たふり。
こんな情緒不安定な状態で別れ話なんてできひん。
「別れ話」自分の言葉で傷ついたのには気づかないふりをして、息を殺す。
リビングに荷物を置いた音がして、そのあとすぐに、俺の部屋の扉が開く音。
「かおる...?」
遠慮がちに、でも俺が寝てないことは知ってる。
そらそうや、だって俺電気消し忘れてるもん。
ベッドの端に座って、いつもみたいに俺の頭を撫でるように布団をさする。
「薫、出てきてぇや。」
いつもみたいに優しい声で、あんまり優しい声で何にもなかったみたいに俺の名前を呼ぶから。
俺は絶対に顔を出さないと決めた。
こんなに優しい声で「別れよう」なんて言われたら俺はその場で死んでまうかもしれん。
「あんな、薫。俺な、朝のこと...本気やから。」
俺の心臓が止まる。
布団の中の世界が、そのまま視界を奪い去る。
みるみるうちに、水滴が枕に染み込む。
なぁ、堕威は今どんな顔してるん。どんな顔してそんなこと言うてるん...。
涙と呼吸のせいで息苦しくなる。このまま窒息したら笑えるな。
今度こそ決壊した俺の目からは次々と大きな粒があふれる。
「...っ....ふっ...」
堕威の手が布団から離れた瞬間、上半身のバネを最大限に使って布団もろとも堕威の体を突き飛ばして部屋を飛び出した。
今日の俺は飛び出してばっかやなんて頭の隅で考えながら、一直線にリビングを抜けて玄関を出る。
もう嫌や。
もう無理や。
堕威は
もう
俺の傍からいなくなる
無我夢中でそのままエントランスホールを抜けて、とにかく堕威のおらん所へ行きたかった。
あと一歩、踏み出せばマンションの敷地を超えるところで、
「....?!」
強い力で腕を掴まれた。そしてそのまま引き戻され硬いコンクリートの壁にしこたま背中を打ち付けた。
目の前には焦ったような、怒ったような堕威の顔。
こんなん反則やろ...今更なんやねん...。
「お前...結婚すんやろ。もう俺んとこ来んなや...っ」
「薫...っ」
「ええで、別れたるから!!やからもう俺んとこ来んなっ!!!!」
滅多に出さないような大声で精一杯の虚勢を張る。
そうでもせんと目の前の胸に泣いて縋ってまうから。
「薫...俺はお前のこと離さへんで。俺が結婚しても子どもできても、絶対に薫とは別れへん。」
「はぁ?! お前何考えとんねん!!」
あまりに身勝手な言い分に、顔面を殴りつける。
殴った拳も、心も殴られたみたいにイタイ。
なんで殴った俺が泣かなあかんねん。
「ふざけんなや!!! 可愛い嫁さんもらって、なんの不満があんねん!!!!」
「なんでもや!!!!」
堕威の拳が鈍い音を立ててコンクリートにぶつかる。
「そんでもな...俺はお前を離さんで。」
なにそれ。
なんなんそれ。俺めっちゃ都合のいい愛人やん...。
「お前が嫁さんと仲良くしとるの黙って見とけゆーんかっ‼」
ブチ切れて怒鳴りつける俺。
それ見て顔を歪めるお前。
なんでそんな酷いことしようとしてるお前が泣いてんねん
「なんでやねん...なんでなん...堕威...」
抱き止められた胸が詰まる。
今までないくらいに強く、強く、抱きしめられる。
「ごめんな...薫...ほんまに...ほんまにお前のこと愛してんねん。」
「ほんなら...なんでなん...なんでやぁ...」
掠れた俺の言葉を塞ぐように、唇を重ねる。
今までした中で、一番辛くて、一番長くて、一番気持ちの詰まったキスやった。
次の日の朝。堕威は最低限の荷物を持って家から出ていった。
天国より地獄より君に辿り着きたい