セカンドリアル・オンライン

現実の世界でゲームによく出てくるキャラクターやモンスターが出てきます。
主人公は栃木県足利市の中学生(架空の中学)の男の子です。
ゲーム用語や難しい言葉も出てくるかもしれませんができるだけ分かりやすく面白い作品にしたいと思っていますのでよろしくお願いします。
この物語の軸になるゲームのルールなどもしっかり設定していきたいと思いますので気長におつきあいください。

序章

 携帯電話を探してみたが見つからない。

当たり前だ!頑丈な鎧の何処に携帯電話をしまったというのだろう。そもそもこの世界に携帯電話というアイテムは存在しない。

 ここは栃木県足利市の一区画だ。渡良瀬川をまたぐ中橋で戦闘を終えたばかりの賢壱は荒い息をしながら落ち着こうと腰を落とす。さっきのダークコボルトは思ったより強敵だった、まさか三体同時に相手にすることになるとは思わなかった。βテストの時はもう少しゆるいモンスターの配置だったはずなんだが調整されたのだろう。
「まったく開発者もマメだよな。まさかこんな短期間に細かい調整をするんだから。」
小言を呟きながら賢壱は失った体力の回復のために小瓶に入っている緑色の液体を一気に飲み干す。

『この世界は誰もが知っていて誰もが知らない世界だ』

これが賢壱が夢中になってプレイしているMMO型バーチャルゲームのキャッチコピーだ。
西暦二千五十五年 発売してから四年が経過した仮想空間提供型ゲーム機【ソーシャルコンソール】の最新ゲーム【セカンド・リアル・オンライン(SRO)】は6ヶ月前にβテストを千人集め3ヶ月のテスト期間を終え現在正式サービスを行い始めたところだ。現時点の参加人数は約三千人。日本国内だけの提供という事と提供エリアが限定的なことが参加人数の少なさの理由だ。

「それにしても大作ソフトの【ダンジョン&ダークネス】じゃなくてマイナーな【SRO】をプレイしてる俺らも物好きだよな」
後ろから急に声をかけられて賢壱は驚いて振り返る。
「木戸か・・・・君もダイブしてたのか?」
 木戸明。
 正式版リリース後に参加した同じ年のプレーヤーだ。この【SRO】では実名登録と全身トレースが参加条件になっているので性別や年令のごまかしは効かない。木戸がモンスターに囲まれているのを助けてから2回ほどパーティを組んで遊んだことがある。数少ないフレンドリストにも登録してある。賢壱はゲームのプレイ時間に縛られるのが嫌なのであまりフレンドを増やすのは好きじゃない。
「ダイブ・・・・?ああ、ゲームに入り込んでいたって意味か?相変わらずゲーム用語を標準語のように使う奴だな。そうだよ、お前が入る1時間くらい前から探索してたよ。まぁ旧日赤病院の中を探索してたら一人じゃ危なくなったんで逃げ出したんだけどな。」
 旧日赤病院とは二千年頃まで足利市の重要な総合病院として機能していた場所なのだが移転してしまい現在は別の施設になっている。しかしゲーム内では放置された廃病院として扱われている。そのほうがゲームが盛り上がるだろうという製作者の遊び心だろう。実際に人気のゲーム内スポットで他県からダイブしてきた者達もよく訪れている。
「木戸はレベルいくつ?旧日赤病院はレベル20は無いとソロプレイは無理だよ。」
木戸は大きくため息をつく。
「やっぱりそうだよな・・・・俺、今はレベル18だけど2階に上がった所でチェーンソウ持ったモンスターが出てきて全く敵わなかったからな。」
呆れた顔をしながら賢壱は木戸を見上げる。
「チェーンデーモンが旧日赤で出たのか?あのモンスターはソロプレイじゃ勝てないよ。僕はこの間レベル30の魔術師とパーティーを組んで何とか倒せたくらいだから・・・・」
「まじかよ!どうりで一撃で瀕死にされたわけだ。」
木戸は大げさによろめきながら額の汗を拭うような仕草をする。もちろん仮想空間の為、実際の汗などは出ない。この世界はリアルに作られているので感情表現は顔で表せるが汗や匂いは再現されていない。ただ空腹、睡魔などはリアルに再現されている。これらは製作者の趣味なのか現実とかわりなく再現されている。再現されなくてよかったのは排泄だ。さすがにこれはリアルに再現されても喜ぶのは一部マニアだけだろう。
「一撃でログアウトにされなかっただけマシだよ。さすがは体力だけが取り柄の重戦士だね。」
この【SRO】にはゲームプレイ開始時に自分のベースとなるクラスを選ぶシステムが有る。
 最初に選べるのは

【軽戦士】片手剣と盾をベースにバランスの良いクラス。色々と応用が効く。
【重戦士】両手剣や斧を扱い攻撃特化型。うまくアイテムを使わないと詰まりやすいクラス。
【魔術士】体力はないが様々な魔法を扱えるので人気の高いクラス。
【弓使い】遠距離からモンスターを攻撃できる。アイテムの調合スキルを最初から持っているのも便利。
【回復士】ソロプレイには向かないがパーティーには必ず欲しがられるクラス。
【盗賊】 モンスターやプレーヤーからアイテムを盗める。変わったスキルが多く戦闘も苦手ではない。

【SRO】で最初に選べるクラスは以上の6つだ。賢壱はβテストの時は【重戦士】を選んでいたのだが3ヶ月のプレイを行い、どうも戦闘が単調になり面白みにかけると判断して正式版でのクラスは【軽戦士】を選んだ。

「え?何?このゲームって殺されるとログアウトになるの?」
木戸はどうやら【SRO】でまだ一度も死んだことがないようだ。
「そうだよ。【SRO】ではモンスターやトラップで体力が0になったら強制ログアウトになって24時間はダイブできなくなるんだ。説明書やチュートリアルにあっただろ?」
「・・・・まぁ、そうだったな」
木戸が説明書もチュートリアルもまともに頭に入れてないのは解りきっていたがあえて皮肉で聞いただけだ。

 ため息をつきながら賢壱は立ち上がる。
「せっかく会ったんだしパーティ組む?足利学校で儒教の書物を手に入れたいんだ。協力してくれよ。」
「儒教の書物?なんだそれ・・・武器?」
木戸の問いは無視してパーティ設定の処理を済ませて歩き出す賢壱。

 最近の仮想空間ゲームでは技術の進化なのかキャラクターをリアルにするために自身の顔や体格を最初にトレースしてゲーム内に反映させるタイプが多くなってきている。もちろん【SRO】も顔や髪型や体格を正確にトレースする。ソフトと同梱で付属されている専用スキャナーで全身を撮影する。そのデータをゲームに反映する仕組みだ。トレースするときは衣服着用はエラーになるので正直恥ずかしいのだがリアルを追求するこのゲームをプレイするためには仕方ない使用だと思う。
「おい!賢壱。あそこ・・・・女の子が絡まれてるぜ。お約束的なイベントじゃねぇか?」
木戸が指さしたのは丁度交差点の手前、みずほ銀行の入口付近だ。確かに自分たちと同じ年頃の女の子が高校生くらいの2人組プレーヤーに絡まれている。

ああ。お約束のように面倒事が用意されている。

赤い大剣の女の子

「いいじゃねぇーかぁ。どうせ一人で遊んでて行き詰まってるんだろぉ?俺達とパーティー組めばぁもっと楽しめるってぇ。」
 ガタイのいい男(見るからに重戦士)が女の子の手を無理やり引っ張っている。女の子は明らかに嫌そうな顔をしている。
「あたしは一人でのんびりプレイするのが好きなの!それに組むならもっとカッコイイ人を自分で選ぶわ。」
 女の子もかなり強気で応戦している。木戸は思い切り関わりたがっているが正直気が進まない・・・この手のトラブルは避けておくのが一番だ。匿名のゲームではないので厄介事に巻き込まれると現実の世界でも影響が出ることがあるからだ。そんなことも考えずに行動してしまう奴は馬鹿か現実とゲームの区別が出来ない奴だ。
「おい!こらぁぁ女の子が困ってるだろ!その手を離せ。」

 馬鹿が側にいた。

 外野から声をかけられて明らかに怒りの表情でこちらを睨む男達。木戸は一瞬怯んだがすぐに真顔に戻って高校生を睨む。
「その娘はパーティを組むのは好きじゃないと言っているんだから無理に誘うのはやめろよ。」
 男の一人が近づいてくる。細身のにやけた顔をしている男のほうだ。腰に短剣と革製の動きやすそうな防具を見る限りクラスは【盗賊】のようだ。
「ねぇ?君たち中学生かな?いくら年齢制限が設けられていないからってこんな時間にこんな遊びしてちゃまずいんじゃないのかい?僕達みたいな怖いお兄さんがいっぱいいる時間だよ。」
 細身の男は凄みを利かせた顔を木戸の顔の側まで近づける。あまりのリアルな迫力に混乱したのか木戸は細身の男めがけて大剣を振るう。細身の男はあっさり攻撃を屈んでかわすと木戸の足に短剣を突き刺す。
 木戸の体力が少し削られた。パーティーを組んでいる間はメンバーの体力値と名前だけ確認できる仕様になっている。
「本気で戦うつもりか?俺達はレベル30でカンストしているコンビなんだぞ。お前らみたいなガキなんか簡単にログアウトさせられるんだぞ。」
 このゲームの概要を良く理解している賢壱からするとレベルの上限を迎えた事を自慢している時点で大したプレーヤーではないと解るのだが・・・・木戸には効果的なセリフだったようだ。
 強気なセリフを吐かれて呆けている木戸に耳打ちする
「カンストの意味がわからないんだろ。この段階では最高レベルでカウントストップしているって意味だよ。」
 意味の解った木戸は青ざめる。【SRO】ではプレーヤーキル(PK)が行える。倒されたプレーヤーは強制ログアウトとアイテムをランダムで一つ相手に奪われる。
「ど、どうしよ?俺・・・・余計なことした?」
 慌てている木戸の事は無視して賢壱は冷静に考えを巡らせる。相手は確かに自分と同じレベルだが全く負ける気がしない。
「かかってこなくてもこっちから行くぜ。」
 細身の男が賢壱をターゲットにして短剣のスキル『マーキングレイ』を放ってくる。相手の急所を確実に狙いクリティカルヒットを確定させる特殊スキルだ。伊達にレベルが高いわけではないようだ。
「まったく。面倒事は嫌いなのに。」
 何もせずにやられるわけにも行かないので応戦することに決めた。最近取得した剣スキル『リバーシブルカウンター』を発動する。このスキルは相手の攻撃は確実に受けるが代わりに 通常攻撃よりも大きなダメージを相手に確実に返すという技だ。
「がっ!」
『リバーシブルカウンター』を受けて細身の男は顔を歪める。この【SRO】には痛みの概念は無いが予想外の反撃を受けたので思わず声を出してしまったのだろう。
「てめぇ!初心者じゃねぇな。そのスキルは軽戦士のレベル30で取得できる奴だろ。β経験者か?」
「正式版リリース2ヶ月も経過してればβ経験者なんて関係ないと思うけど・・・。」
 あえて余裕の態度を見せて敵の戦意を奪おうと思ったが、そううまくは事は運ばないらしい。
「いや!突然の戦闘にそれだけ冷静に適切なスキル対応が出来る奴は限られている。そもそも正式版から始めた奴が2ヶ月でカンスト迎えられるわけねぇんだよ。このゲームの経験値稼ぎは単純じゃねぇからな。」
 細身の男の言うとおりで【SRO】ではモンスターを倒して得られる経験値は微々たるものでゲームマスターが用意するミッションの攻略や隠しダンジョンの攻略をする事で大きな経験値を得られてレベル上げをするのだ。
「あなたたちもβ経験者ってことですか?。」
 賢壱の言葉に細身の男は苦笑いをする。
「いいや。俺らは正式版からのプレーヤーだ。」
「言ってることが矛盾してるんじゃないですか?。」
 細身の男は苦笑いのまま答える。
「高校のダチにβ経験者がいる。そいつらにこのゲームのコツと基本を無理やり聴きだした。もちろんゲーム機もソフトもそのダチのやつを借りてプレイしている。」
 最悪だ。こいつら現実世界でもまともな奴らじゃない。最初は乗り気じゃなかったけど拳に力が入る。この二人はこのゲームを純粋に楽しんでいるのではなく弱いものをいたぶって遊んでいるだけだ。本気で打ち負かしたいと思うけどレベル30の相手二人を木戸とのコンビで倒せるとは思えない。一人ならレベルの話ではなくプレーヤーとしての経験で何とかなりそうなんだけど・・・・・
「俺が足手まといなんだな・・・悪いな余計な事して。」
 木戸が馬鹿正直に謝る。こいつは馬鹿だけど素直で真っ直ぐで好感が持てる。だから数少ないフレンドリストに名前を登録したのだ。そんなことを考えている時に細身の男の背後で爆発音がした。みずほ銀行の入り口前、女の子とガタイの良い男のいた場所だ。
「ど、どういうことだ?」
 細身の男が振り返り固まっている。
「・・・エクスプロージョン?炎火の剣・・・・なんで、そんなレアアイテムを・・・」
 ガタイの良い男の姿はなく炎の柱の横で赤い大剣を構えたままの女の子がこちらを見ている。
「こちらはもう済んだけど、手を貸しましょうか?」
 女の子が優しく賢壱の方を見ながら声をかけてくる。
 どうやら手にしている炎火の剣でガタイの良い男を瞬殺したようだ。炎火の剣から消耗アイテム『魔石』を利用して放たれるエクスプロージョンは単体にしか効果は出ないがこのバージョンでのプレーヤーではなんの対策も無しに耐えることは出来ないだろう。レベル30の【重戦士】でも一撃でログアウトさせられる。
「何なんだよ?お前のその剣・・・・そんな武器・・反則じゃねーか。」
 細身の男は先程までの威勢を失い近づいてくる女の子を警戒している。
「こっちを向いてください!あなたは今は俺と戦っている最中でしょ?」
 賢壱が声をかけると細身の男は怒りの形相で振り向き短剣を振りかざしてくる。賢壱はその攻撃を綺麗に捌き【軽戦士】の大技『クラックシュート』(体を大きく捻り回転して上段から剣を振り下ろす)で細身の男の体を一閃する。
「な・・・何なんだ・・・お前ら・・・ガキのくせに・・・」
 細身の男はさえない捨て台詞を吐きながらゲームから退場した。

 女の子が目の前まで来ていた。

赤い剣の女の子2

「何かっこつけてんの?さっきの男があたしを見てる間に後ろから攻撃すればスキル使うこともなかったのに。あんた馬鹿?」
 賢壱の顔をジロジロ見ながら女の子が悪態をつく。
肩にかかるくらいの黒髪で整った顔をしている細身の体型だがおそらく【重戦士】なのだろう。守備力の高そうな変わった胸当てをを着こなし炎火の剣を背中の鞘にしまっている。
「堂々と戦って勝たなきゃ意味が無いんですよ。さっきみたいやヤツには特にね。」
 確かに戦闘中によそ見をしてる奴が悪いのだから女の子の言うとおりなのだが。
「私は片葉舞羽。必要はなかったけど助けてくれたお礼は言わせてもらうわ。ありがと。」
黒髪の女の子は笑顔もなく賢壱と木戸に軽く頭を下げた。
そのままこの場を立ち去ろうとする舞羽を木戸が呼び止める。
「なぁ、まだゲームプレイするなら一緒に足利学校に行かないか?一人よりはパーティを組んだほうが楽しいと思うぜ。」
「あたしはソロプレイが好きなの。それにあたしはこれから織姫神社に向かうの。目的が違うんだからパーティは組めないわ。」

織姫神社
1200年以上の伝統と歴史をもつ足利織物の守り神であり織姫山の中腹に建つ朱塗りの美しい神殿は足利名勝のひとつともなっている。
2010年より実施されている「萌えおこし」というアニメ好きな者達が集まる「あしかがひめたま」は現在も人気のイベントだ。

「だったら俺らも織姫神社に目的を変更しようぜ。いいだろ!賢壱。」
木戸が目を輝かせながら聞いてくる。なんで元々パーティを組んでいる俺より初めて会ったプレーヤーに合わせなきゃならないのか理解に苦しむ。
「俺は反対だよ。βテストの時に織姫神社には火竜が配置されていて誰も倒すことが出来なかった。正式版だからそんな無茶はないと思うけどあそこは絶対に特別なモンスターが配置されてるはずなんだ。この時間で死亡ログアウトすると明日はプレイできなくなるから嫌だよ。」
 舞羽が初めて笑顔になって賢壱を見ている。明らかに馬鹿にしている表情だ。
「何あんた、プレイ時間を親に制限されているの?お子様ね。」
 賢壱は現実の世界でも女の子が苦手だ。もともとコミュニケーションを取るのが苦手な賢壱は学校のクラブ活動にも参加しないで自宅に帰るとパソコンでネットを閲覧したりソーシャルコンソールでゲームに没頭する毎日を過ごしている。女の子に興味が無いわけではないのだが何を話していいのかわからないし必ずつるんで行動して無駄なおしゃべりが多い女の子の行動が理解できない。
「君も同じくらいの年に見えるけど普通は時間制限あるほうが自然でしょ?今は22時だからこの後ゲームオーバーになると明日はダイブ出来たとしても少ししかプレイできなくなる。」

 2055年 バーチャルコンソールを介した仮想現実ゲームは年令によるプレイ時間の規制は無いが最近になって子供が深夜に遊んでいる環境が良くないと問題視され始めている。しかしバーチャルコンソールは基本的に自宅で遊ぶ端末なので親の監督責任問題だとされている。その為現時点では国が規制をかけるのはおかしいと言う事になっている。

「ゲームに1日入れないくらいどって事無いだろ?それにそんなこと言ってたらゲーム楽しめないだろ?」
 木戸はあくまで織姫神社に行きたいらしい。賢壱としては足利学校のアイテムはどうしても欲しいものではないので後回しにしても構わないのだが舞羽とパーティを組むのが気に入らない。だが、舞羽の持っている炎火の剣は興味深いし仲間になれば心強い。
「何処で手に入れたの?その炎火の剣・・・・課金アイテムで1万円はするはずだけど。まさか自分で買ったんじゃないよね?」
 賢壱は今一番気になっていたことを素直に聞いてみた。
「あなた・・・・やっぱり詳しいね・・・このゲームの事。」
 舞羽は再び賢壱の側まで来ると全身を舐めまわすかのように見定める。その仕草が少女なのに妙に色っぽく見えてしまった。
「そこそこのレアソードに通常の武具店で置いてあるライトアーマー。特別変わったアクセサリも付けていない。髪型も黒髪の短髪でオシャレ度も低い・・・・でもさっきの戦いやあたしの装備品に関する知識・・・興味深いわね。」
 こちらの質問に全く答える気のない舞羽から少し距離をとり再び問う。
「僕の質問に答えてもらえませんか。その剣は何処で手に入れたんですか?」
 舞羽はニヤニヤしながら髪の毛を左手でかき上げ余裕の顔で賢壱を眺め続けている。相変わらず年齢に似合わず色っぽい。本人は意識していないのだろうけど男性が好む仕草というのを自然とわきまえているのかもしれない。
「この剣はもらい物よ。それ以上は答える気ないから詮索しても無意味よ。」
 女の子は話は終わりという感じで賢壱と木戸を一瞥すると織姫神社がある織姫山の方に歩き出した。
「さっきも言ったように織姫山には協力なモンスターが配置されている可能性が高い、なんで危険を犯してまで1人で行きたいの?」
 余計なお世話と思われるのは解りきっていたが賢壱は聞かずにはいられなかった。舞羽は再び歩みを止めて振り返る。
「織姫神社の階段の上から眺められる景色が好きなの。この仮想空間でもその景色が再現されてるのか興味があるの。理由はそれだけだけどいけない?」
「景色を見たいって・・・・それだけの理由で危険なところに行くの。」
「危険と言ったってゲームの中での話でしょ。それにゲームの楽しみ方は人それぞれなんだからいいじゃない。」
 舞羽は賢壱の目を真っ直ぐ見ている。賢壱は舞羽の力強く美しい瞳に見入ってしまい何も言えなくなり口ごもる。
「それにあたし・・・・・強いし。」
 舞羽が自信を持って言うようにレアアイテムの炎火の剣は圧倒的に強い武器で鉄よりも硬い鱗で覆われている強靭な守備力を誇るドラゴンでも手痛いダメージを追わせることが出来るだろう。その上、舞羽は【重戦士】として攻撃力だけ特化させる変わった成長をさせているようだ。
 この【SRO】では武器や防具を装備するのに規定数値を超えていないといけないのだ。もちろん強力な武器である「炎火の剣」は高い腕力パラメータが必要になる。
「そういうことだからあなた達は危険の少ない場所で楽しく遊んでればいいんじゃない。」
 再び歩き出そうとした舞羽の手首を賢壱が強く掴みその歩みを止める。あまりにも急な大胆な行動だったので舞羽は大きく美しい整った瞳を一度は見開きそのまま細めて賢壱の右手におとしそのままゆっくり上昇させ賢壱の顔を睨む。
「まだ何か用?」
 賢壱は舞羽の手首を握っていた手を大げさに離すと申し訳なさそうに一歩下がる。
「やっぱりパーティーを組もう。君は回復アイテムのたぐいを持ち合わせていないだろう?戦闘を補助できる仲間がいたほうが安心して遊べると思うけど・・・」
 賢壱の提案を聞いて木戸も無言で頷いている。どうやら木戸は自分は余分なことを言わないほうがこの場はスムーズに話が進むと考えているようだ。実際その選択は正しい。
 舞羽はしばらく顎に右手を添えて考え込んでいるようだ。木戸と賢壱を見比べるような仕草を繰り返し納得したように何度か小さく首を縦にふる。
「いいわ。そっちのとんがり頭は役に立たないだろうけどあなたは使えそうね。一時的だけどパーティを組んであげる。」
 役立たずと言われて落ち込む木戸を脇目に賢壱が答える。
「じゃあ、パーティー編成サインを出すから承諾して。」
 賢壱が人差し指を伸ばし右手を真正面に突き出してそのまま水平に腕を右に動かす。すると指のラインに複数のアイコンの様なものが浮かび上がる。賢壱はそのアイコンの一つをタップすると手慣れた感じで次々と出てくるアイコンをタップする。
「あんた馬鹿?何勝手にパーティ編成を行おうとしてんのよ。」
 舞羽が必要以上に大きな声で文句を言い出す。
「パーティ・・・組むのを承諾してくれたものだと思ったんだけど・・・。」
 舞羽が呆れた顔をして賢壱を見ている。舞羽からこの後に発せられる言葉を聞いた賢壱は自分の今回の選択は間違っていたと確信させてくれた。

「あたしがリーダーに決っているでしょ。」

織姫神社と黒い法衣の男

 辺りは暗く月の明かりで道がほどよく照らされている中、北関東を流れる利根川水系利根川支流の一級河川である渡良瀬川を横目に若い3人組は歩いている。先頭を歩く女の子は艶のある黒髪で目が大きく可愛らしい顔立ちをしている。しかし淡いピンクのインナーの上には頑丈そうな胸当てをし短い赤いスカートの下には動きやすそうな黒のロングパンツをはいている。靴も丈夫そうな革製のブーツだが動きやすそうだ。背中に背負っている大きな剣がやけに目立つ。
「さっきのコボルト(犬の頭の人型亜人)との戦いでなに苦戦してんのよ!とんがり頭。」
 とんがり頭と言われた少年はバツが悪そうに頭を掻きながら苦笑いをする。
「悪かったよ・・・・まさかコボルトが魔法使ってくるとは思わなかったから。」
 こちらの少年は非常に重そうなシルバーの全身鎧で身を固めている。見るからにRPGの戦士といった風貌だ。黒髪の女の子と同じように幅広の大剣を背中に背負っている。
「あんた馬鹿?そういう舐めたプレイしているから成長が遅いのよ。」
 2人のやり取りを少し間を開けて傍観している少年は幼さが残るが整った顔立ちをしている。肌の色もやけに白いので一見女の子に見えなくもない。黒髪の女の子と同じように胸当てをしているがこちらは肩当てが付いている。女の子の装備よりも守備力は高そうだ。ズボンの上にも丈夫そうなプレートの腰当てを着用している。武器はといえば先の2人に比べ控えめな細身の長剣を腰に携えている。
「木戸はまだプレイ時間が少ないんだからきつく言わないであげてよ。」
「あたしは別に1人でもいいところ付きあわせてあげてるんだから役に立たない仲間は要らないの!あたしに貶されるのが嫌ならさっさとパーティ解除すればいいんじゃない?」
 舞羽を前にするとかなりの男子がその可愛い容姿に好感を持つだろう。そして実際に話をすればほとんどの男子が幻滅するだろう。
「いいんだ賢壱。俺だけレベルが低くて2人のお荷物になってるのは間違いないんだからさ。それに舞羽ちゃんにきつく言われるの嫌じゃないし。」
 木戸は賢壱に気を使ってるわけでは無く本気で舞羽に罵られるのを楽しんでいるようだ。賢壱には馬鹿にされて喜んでいる木戸の気が知れないが本人がいいと言うのであればこれ以上舞羽に文句を言うわけにもいかない。

20分ほど町中を歩くと織姫神社のある織姫山の入口である階段前に到着する。

「へぇ。この階段の上に神社があるんだ。」
 この街の住人でない木戸が目を輝かせながら舞羽に声をかける。
「気持ち悪い目であたしを見ないでよ。階段が珍しい訳じゃないでしょ。」
 入り口の鳥居の先には石で綺麗に整った階段がありその脇に赤く綺麗な手すりが添えてある。手入れがよくされているようで赤い手すりは艶を持っていてとても鮮やかに見える。舞羽が最初に階段を登り始め手すりの手をかけると階段の脇にある灯籠の明かりが強くなり足元が見えやすくなった。
「すげぇー。手すりと連動してるんだ。」
 木戸にとっては何もが新鮮なようだが足利市に住んでいる賢壱と舞羽に取っては見慣れたものなので特に気にする所ではない。むしろ現実と余りにもそっくりなのでこの仮想空間を作っている制作会社に感心する。
 
 この【SRO】の仮想空間はゲーム制作会社ではなく日本でも再王手の電子地図制作会社エヴァーマップが協力して作り上げているそうなので町並みはもちろん細かいところまで再現されている。街の建物は完全再現されており建物の中は一部は現実のものと全く同じで個人の家などは概観や寸法で計算され自動生成されたものになっている。30年ほど前までは平面的な地図と建物の概観を3Dマップにする技術しかなかったのだがどんどん技術が進歩して現在は建物の傷まで完全にトレースされた状態で電子地図にアップされるようになった。

「結構階段登るんだなぁぁ。賢壱も舞羽ちゃんも現実ではよく来るの?」
 木戸が汗が出ているわけではないのに額を腕で拭いながら話しかけてくる。
「僕は滅多に来ないよ。住んでいる場所は川南だからここまではあまり来ないよ。以前に来たのは2年前かな?あんまり覚えていないけど・・・・」
「あたしはここに近い所に住んでるからよく来るよ。ふーーーん!賢壱は川南なんだ。」
 先頭を歩く舞羽が振り返り賢壱を見下ろす。
「なんか舞羽ちゃんって賢壱には関心持ってるよね。」
 舞羽の歩みが止まる。
「はぁぁぁぁ?馬鹿?なんであたしがこんなガキに感心持つのよ!」
「え?い、いや。そんなに怒らなくても・・・・」
 舞羽のすごい剣幕に木戸は階段を3段ほど後ずさる。
「僕がガキなら君もガキだろ?」
 表情も変えずに賢壱は舞羽の横を通り過ぎ先頭になる。出会ってからずっとこんな調子で進んできたがそろそろ慣れてきた。

 目の前に赤色を主とした神社がある。存在感のある立派な建築物だ。京都府宇治市にある平等院をモデルに建てられたらしい。1880年に火事で焼失して依頼ししばらくは仮宮だったが1937年に現在の社殿が建ってからはその姿を変えること無く現在までその美しさを維持している。この建物も現実の世界のものを忠実に再現されているようで賢壱も舞羽もしばらくじっくり眺めていた。

「ほんとに驚くことばかり。正規版は足利市だけとはいえここまで全ての物が忠実に再現できるなんて・・・・。」
 黒髪の女の子、舞羽が素直な感想を漏らす。
「今回のバージョンではこのゲームの総責任者の夜来刻人が足利市の出身と言うこともあってかなりこだわって作ったらしいからね。」
「ああ、だからこの街が舞台なんだ・・・・でもβ版の時は函館と鎌倉も用意されてたんだろ。ここまでしっかり町並みは再現されてなかったらしいけど。」
 β版未体験の木戸は経験者の二人の顔を交互に見ながら答えを待っている。
「そうだよ。β版の時に鎌倉にも何回かダイブしたけど建物の中には一部しか入れなかったからね。今回みたいに民家の中なんて全く入れなかったし。」
 賢壱がまじめに答える。舞羽は木戸とは会話する気はないらしく勝手に辺りを見て回っている。
「すごーーーい。ここから見える風景が本物をほとんど一緒じゃない。賢壱も来なさいよ!川南の明かりもそのままじゃない?」
 足利市の町並みがよく見える階段の手前から舞羽が興奮した声で賢壱を手招きしている。自分と同じ街で生活する賢壱にも感想を聞きたいのだろう。
 3人が登ってきた階段の最上段の辺りから南を見ると渡良瀬川の方向になるのだが、綺麗な景色が見える。
「確かに凄い再現度だよね。中橋の明かりもそのままだしミヤコホテルや足利市駅の明かりも本物とそっくりだ。」
「よそ者の俺には解らないけど二人の興奮している姿を見ると実際すごいことなんだな。いいよなぁ二人で楽しくゲームの再現度の話ができてさ。」
 木戸はこの場から見える風景で共感しあっている二人に嫉妬している。
 
 そんな木戸を賢壱は気遣おうと声をかけようとしたが織姫神社の社殿の脇の小道から人が1人ゆっくりとこちらに向かって来るのが見えたのでそちらに意識を集中する。フードを深く被り遠目では顔は全く見えない。鎧や剣などの重装備ではなく赤いラインが入った黒い法衣をまとっているの。【魔術師】か【回復師】なのだろうか。体格から見て女性ではなく男性のようだ。
「なんか不気味ね・・・・・先に仕掛ける?」
 舞羽が物騒なことを言い出す。モンスターには見えないけれど先ほどの高校生のように友好的ではないプレーヤーの可能性もある。だがそれならこんなに堂々と近づいては来ないだろう。
「様子を見よう。こちらに危害を加えるつもりなら正面からは来ないよ。」
 賢壱は落ちついた声で舞羽に言葉を返す。
「こんばんはー。1人で遊んでるんすかー?」
 こういう状況で何も考えずに行動できる木戸が羨ましく思える。
「こんばんは。見ての通り1人ですよ。君たちはパーティを組んでいるようだね?」
 普通に話しても声がよく聞き取れる距離までフードの男は近づいてきた。しかし顔はこの距離でもフードの影に隠れよく見えず、綺麗に整った口元だけがよく見える。どうやら年齢は賢壱たちよりも一回り上のようだ。声や雰囲気がそれを感じさせる。
「一時的にパーティを組んだだけですぐに解散するけどね。」
 舞羽は真面目な顔でフードの男に言葉を返す。
「重戦士2人に軽戦士1人か・・・・・たしかにバランスは悪そうだね。」
 法衣の男性はうっすらと見える口元をゆるめ舞羽を見ているようだ。顔が見えないので何を見ているのかははっきりと解らない。
「私は立石輔導(たていしほどう) クラスは【回復士】。完全なソロプレーヤーだ。仕事終わりに少しダイブして遊んでいる程度のプレーヤーだよ。歩いているだけでも楽しいからね。」
 顔は見せないが自ら名乗り友好的な態度を示す法衣の男。しかし、賢壱は男の言葉と姿に違和感を感じる。
 確かにこの【SRO】ではアイテムやモンスターを倒す楽しみ方以外に街を見たりプレーヤー同士のコミュニケーションを楽しむだけという人も少数ではあるがいる。しかし、立石と名乗った男の装備品はどう考えても良すぎる。歩いているだけで手に入るものとは思えない。
「僕は賢壱。【軽戦士】でこっちは木戸【重戦士】です。女の子は・・・・・。」
 賢一が話をしている途中で舞羽が割り込んでくる。
「勝手にあたしの紹介しないでよ。そんなに仲良くなったつもり無いけど。」
 賢壱は紹介するくらいいいじゃないかと思ったが、何を言っても口論になりそうなので口を謹んだ。やはり舞羽とは今回限りのパーティとしよう。
「僕らもそろそろログアウトする時間なので今回は挨拶だけで。」
 そう言って握手を求めた賢壱に自然に手を差し出し応じる立石。
「・・・・・」
 握った手をすぐに離さない賢壱。
「どうかしたかな?私の手袋が珍しいかい。」
「はい。見たことのないグローブですね。守備力も高そうだし。」
 立石はバツの悪そうな笑みを浮かべると静かに賢壱から手を引く。
「君は戦士だからグローブの価値はよく解らないだろう?見た目が派手なだけで大した物じゃないよ。」
 賢壱はある特殊なアイテムのお陰で立石の話がほとんど嘘だというのが解っている。問題はそれを立石に指摘するかどうかだ。どう考えても賢壱と比べ、はるかに高い冒険者レベルに装備だ。戦いになれば一撃でログアウトさせられる。
 それに問題なのは立石のクラスだ・・・・・聞いたことが無いぞ・・・・

 【竜使い(ドラゴンテイマー)】

セカンドリアル・オンライン

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仮想空間冒険ゲームの舞台を現実の世界にしたら面白いんじゃないかと思い作品を作り始めました。 ビルや神社がある舞台にファンタジー物の定番キャラクターであるゴブリンやドラゴンが登場したり自宅の付近で強力な武器を扱う武具店があったり、ドキドキするようなシチュエーションを用意していきたいと思います。 冒険は主人公が住む町、栃木県足利市から始まります。 『この世界は誰もが知っていて誰もが知らない世界だ』 リアルなゲームの世界へようこそ。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-15

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 序章
  2. 赤い大剣の女の子
  3. 赤い剣の女の子2
  4. 織姫神社と黒い法衣の男