空

空という名前をつけた両親を恨んでいた。顔も覚えていない相手だったので、
変に気に病む必要も無かった。聞いた話によると、空のように人に見上げられる存在に
なるようにという意味があるらしい。生まれてからもう二十年と少したったが、
未だに人から尊敬されたこともなければ羨ましがられたこともない。
今ではそれでもいいと思えるが、頑なな頃もあった。

いつでも空に見下されている気がした。もちろん物理的でなく感覚的なものだ。
空はいつでも広く大きく、見上げる人の気持ちを受け入れていた。
まだ幼少の頃はよかった。むしろ本当に空のようになりたいと思っていたし、同じ名前だということが誇らしかった。
しかし、小学校高学年から中学と年を重ねる度に、自分の無力さを知った。
空のように広く大きくみんなを守るのだと息巻いていた自分が恥ずかしくなった。
10歳の時、いじめられていた友人を見て見ぬ振りをした。
13歳の時、いじめのことを先生に相談したが相手にされなかった。
14歳の時、いじめを止めに入ると自分が次のターゲットになった。
15歳の時、周りには誰もいなかった。

空になろうとした結果がこれか。

僕は空を見なくなった。ただ前を向き、自分を守るため他人と接する時は一定の距離をとった。
それが楽だったし、自分に一番あっている気がした。
しかし、空はずっと僕の上にいた。
ふと、圧迫感が襲うことがあった。どうせお前は空にはなれないと言われている気がした。息が詰まっていた。
そんな時、目の前にいた先輩に全て吐き出した。
もう誰でもよかった。誰かに聞いて欲しかった。空から解放されたかった。

「ねぇ、私の下の名前知ってる?」
西日の差し込む生徒会室で、僕の話を聞き終えた先輩が言った。
生徒配布用冊子にホッチキスをとめる手を休めることはない。僕もそれに習う。
「ええ、なないろですよね」
「そう。漢字でどう書くと思う?」
「七つの色じゃないんですか」
「違うのよ」
先輩は少し得意気に笑った。
視線を感じ顔をあげると、僕を見つめる生徒会長と目があった。その瞳の静けさに思わず目をそらした。
「虹よ。虹と書いてなないろと読むの」
「虹は空がないと存在さえ許されないの」
「みんなを守る必要はないのよ」
「あなたの手の届く範囲の人を大切にすればいいのよ」
「とりあえず今は、わたしのために存在しなさい」
そう夕日を背負い断言した言葉には一つの嘘もなくて、
僕は本当にそれだけでいいと思った。
世界の見方が変わった高校一年生の冬だった。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-15

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