マジカル☆シュガー

 俺がバイト先のコンビニでレジに立っていると、挙動不審な中学生位の男子二人組が店内に入ってきた。二人は手に持ったカゴにお菓子や弁当を次々と入れると、俺が立っているレジの前を素通りし、そのまま外へと駆け出した。
 俺はすぐさまレジを飛び越え、そいつらを追いかけた。今月に入って三回目。きっと同じ万引き犯に違いない。店から出てすぐの路上で俺は万引き犯の一人のジャンパーを後ろからつかんだ。が、振り向きざまに殴られ、俺はその場に倒れた。その隙に二人に逃げられてしまった。結局、万引きされたカゴ一杯の品物の中から取り返すことができたのは、俺を殴るときに万引き犯が落としていった『幕の内弁当』一つだけだった。地面に落ちた『幕の内弁当』を拾い上げると、俺はとぼとぼと店に戻った。
「あれだけ不良中学生の万引きに注意しろって言ったのにもかかわらず、まんまとやられるとはどういうことだ。しかも、包装がこんなに傷ついた幕の内弁当一つ取り戻したって、もう売り物にはならないだろう!」
 店長が幕の内弁当を事務所のテーブル上に放り投げた。
「桂木! お前、今年でいくつになる!」
「二十九歳になります」
「二十九歳にもなって、ここで稼いだバイト代の大半を、オタクアニメや秋原あみみとかいうアイドルに突っ込む様な生活をしているから、あんなガキどもにもナメられるんだよ」
 俺は思わずムッとして言い返した。
「お言葉ですが、店長!」
「なんだ?」
「俺から萌えアニメとあみみLOVEを取ったら、いったい何が残るというんですか!」
「んなもん、知らねーよっ! 桂木、そこに正座しろ!」
 俺はプライベートも含めて店長にこっぴどくしかられた。

 夕方四時過ぎにコンビニのバイトが終わり、裏側から店を出た。空は薄暗くなり、小雪が舞っている。大きな白いため息を一つ吐く。店長にしかられ、俺の心は重く沈んでいた。
 俺はロングダウンコートのポケットに両手を突っ込み、冷たい風に身をすくめながら、アパートまでの道のりを歩いた。
 小さな公園の前を通りかかった時だった。浅黒い肌をし、頭に白いターバンを巻き、ランニングシャツに白いブリーフ姿で、公園のベンチで寒風に一人震えるインド人の男の姿が目に入った。はっきり言って意味不明である。俺はそのあまりに理解不能な光景から目を背け、あえて見ないふりをして素通りしようと思った……が、このまま通り過ぎるのもなんだか気が引けた。かといって、自分が着ているダウンコートをあのインド人に貸せば、今度は自分が寒い思いをするのは確実だ。それに、こんな冬の公園で、下着姿でベンチに一人座るインド人男とかかわるのは正直言って恐い。もしかしたら彼の趣味である、スペシャル放置プレイの時間を邪魔してしまう可能性だってある。俺はいろいろ考えた末、とりあえず見ないふりをして公園の前を通り過ぎた。
 が、五分ほどして考え直し、ダッシュでインド人のもとに戻った。
「このダウンコート、貸してやるよ!」
 俺は自分が着ているダウンコートを脱いでインド人の男に着せた。
 インド人の男は涙を流して何度も俺に頭を下げた。
 良いことをした……俺はそう思い、小雪舞う冷たい風に吹かれながら、アパートまでの道のりをダッシュで帰った。

 その日の夜、ぼんやりとアパートの部屋でテレビを観ていると、玄関のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、そこにはなぜかとんがり帽子に緑のローブを身にまとった、魔法使いのような格好をした十二、三歳位の女の子が立っていた。
「あの、何かご用でしょうか?」
 俺がそうたずねると少女はにっこり笑って言った
「私は夕方、公園であなたに助けていただいたインド人です。恩返しにやって来ました」
「…………」
 イマイチ事情が飲み込めないので、俺はとりあえずその魔法少女を部屋に入れた。
「あの、コーヒーでいいですか?」
 俺はインスタントコーヒーを手に取り、恐る恐るたずねた。
「はい、ジョッキで」
「あの、ジョッキはないんですが」
「じゃあ、どんぶりで。あ、どんぶりに半分くらいでいいです。あと、砂糖をたくさん」
 俺は生まれて初めてどんぶりにコーヒーを入れ、魔法少女に差し出した。彼女は頭にかぶったとんがり帽子と右手に持った小さな杖を床に置き、コーヒーの入ったどんぶりにシュガーポットの砂糖を全部入れると、スプーンでぐりぐりとかき回し、一気に飲み干し、大声をあげた。
「あまーい!」
 そりゃ甘いわ。
「私、魔法使い妖精学校の生徒なんです。魔法の修行で人間界にやってきて、百八人の人間に変身して、百八の良い事をしなければいけない魔法実習中で。それで今日、七十八人目であるインド人の男に変身して、公園で恵まれない人達にカレーパンを配っていたら、突然、不良中学生達に囲まれて、インド人狩りにあって身ぐるみ剥がされてしまって」
 あのガキども、人間どころか魔法使いにまで悪さしやがって。
「それで私、寒くなると精神が集中できなくなって魔法が使えなくなるんです。あんな寒空の下でインド人の格好でランニングシャツにブリーフ姿でいたら、誰も助けてくれなくて……。そこへ、あなたがこのロングダウンコートを貸してくれたので、おかげで魔法が使えるようになって、元の姿に戻ることができました。しかもこんなにおいしいコーヒーまでご馳走してくださって。あ、このコート、お返しします。本当にありがとうございました」
 そう言うと魔法少女はぺこりと頭を下げた。
「で、さっそく本題なんですが、助けてくださった恩返しをしたいんです」
「恩返し?」
「はい。私、まだ変身魔法しかできないので、あなたが望む人に変身して、あなたの願い事……つまり、あなたにとって良い事を一つだけしてあげます」
「え? どんな人にでも、変身できるの?」
「はい、写真とか素材があれば、そっくりに変身できます」
「マジで?」
「はい」
「それで、変身した後には、その変身した姿で俺の願い事をかなえてくれると?」
「はい、私にできる範囲でかなえます。それが私の恩返しです」
 天が、俺に人生最大の贈り物を与えたもうた瞬間だった。俺はクリスチャンでもないのに思わず胸の前で十字を切り、両手を組み、涙を流して天に向かって感謝した。
「私は今日まで生きてきました。時には誰かの力を借りて。この素晴らしき天からの贈り物に心から感謝し、二度とないであろうチャンスを最大限に活かします、アーメン」
 天に向かって祈りをささげると、俺はすぐさまパソコンを立ち上げた。
「い、今からさ、君に変身してもらいたい女の子の画像データとコスチュームと願い事のシチュエーションとセリフとシナリオを資料にまとめて、プリンターで印刷するから十分位待ってもらえるかな。いい? いいよね!」
「いいですよ。じゃ、その間にコーヒーのお代わりしても、いいですか?」
「もちろん。台所にコーヒーセットがあるから好きなだけどうぞ!」
 俺はパソコンに向かって音速の壁を越えるような速さでマウスを動かし、激しくキーボードを叩き始めた。
 台所では魔法少女がなぜか土鍋にコーヒーを作り、砂糖をざぶざぶと入れ、りんごやらみかんやらを勝手に入れてコトコト煮込んでいる。
 時折、台所から「メガあまーい!」とか、「テラあまーい!」とか聞こえてきたが、俺は無視してパソコンに向かい、急いで資料をまとめた。
「資料できたよ!」
 俺は台所を振り返った。
 すると、土鍋からコーヒーをお玉ですくい、ガブガブ飲んでいた魔法少女が叫んだ。
「あまーい! 南米の安物のチョコレートくらい超甘ーい!」
「あの、わかったから、これに目を通してくれ」
「あ、すいません。あまりにもおいしい煮込みコーヒーだったもので……」
 魔法少女が俺の前にてろてろと戻ってきた。
「えーっと、じゃあ、この写真のアイドルの女の子に変身すればいいんですね?」
「そうそう、俺が超ファンの秋葉原のコスプレアイドル・秋原あみみちゃん! 年齢が十七歳、おとめ座のA型、好きな食べ物はカルボナーラ、好きな色は純情ピンク、いつもメガネとメイド服、そしてツインテールの髪型とピンクのランドセルがチャームポイントの最強萌え系コスプレアイドルなんだよ!」
「はぁ……」
「で、これが全身の写真、そしてこれがライブの時のメイド服スペシャルコスチュームの資料。よく目を通して!」
「はいはい、OKです。じゃあ、さっそくこの姿に変身しますね」
 そう言うと魔法少女は床に置いたとんがり帽子を深くかぶり、静かに目を閉じ、右手に持った小さなステッキを宙に振りかざして呪文を唱えた。
「エコエコキュウザク、ゲルグググ♪」
 すると魔法少女はまばゆい光に包まれ、あっという間に俺が超ファンのアイドル、秋原あみみに変身した。俺は真っ赤な部屋に監禁された闘牛のごとくものすごく興奮した。
「おぉ、すげー! あみみちゃんそのものだー。そのメガネにツインテールにメイド服。しかも純情ピンクのランドセル。マジ、ハンパねえ!」
 あみみ姿に変身した魔法少女は俺が作った資料に目を通していた。
「えーと、この姿に変身して、あみみの新曲『カルボナーラになるなーら♪』を歌えばいいんですね? 振り付けが、この資料で、はいはい、大丈夫、できそうです。では、曲、お願いします」
 俺はすぐさま秋原あみみの新曲『カルボナーラになるなーら♪』ライブバージョンのCDを大音量でかけた。頭にピンクのあみみはちまきを巻き、親衛隊のピンクのロングはっぴも身にまとった。
 あみみ姿の魔法少女は、つま先でリズムをとりながら可愛らしく右目の上でピースサインの決めポーズを作った。
「じゃ、みんなー、いっくよー♪ あ、ワン・ツー・ワン・ツー・スリー♪」
「フォー! オー、あみみ! あみみ! ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ!」
 俺は両手を大きく広げ、激しく上下に振り、声を張り上げた。あみみの歌に捧げる神聖な踊り。俺の踊りはあみみの歌とともに加速する。
「マジカルクリーミィーカルボナーラー♪ もしもあなたがカルボナーラになるなーらー♪ 私はゆであげパスタになりたいのー♪」
「なりたいなりたい、一緒になりたい!」
「あなたのクリームソースに包まれてー♪  私はいつでも食べごろアルデンテー♪」
「デンテデンテ! 湯でごろ食べごろ出来心!」
「二人で食べましょカルボナーラ♪  一緒に食べましょイタリアーン♪」
「アンアンアン! とっても大好き! あみみ様っ!」
「あなたのいない日々はー♪ カルボナーラのないお店と一緒なのー♪ この違いがわかる男はーあなただけー♪」
「わかるわかる! 違いがわかる男のゴールドブレンド! ウーッ、ハッ!」
「カルボナーラでハッピーウェディングー♪  るるらら私はハッピネース♪ カルボナーラになるなーらー♪ るるららーら♪  カルボナーラになるなーLa♪」
「ウーッ、ハッ! あみみ、あみみ! 僕らの女神、今降臨! 最高、最高、超最高ーっ! フォーッ!」
 俺はトランス状態で大声を上げ、天に向かって拳を突き上げた。
 我が生涯に一片の悔いなし!
 時計は午後十一時を過ぎていた。
「みんなー、応援ありがとー!」
 魔法少女は完璧な振り付けと歌声で、俺が超ファンのアイドル秋原あみみの新曲を歌いきった。俺も完璧な応援で熱狂的な一あみみファンとしての役目をまっとうした。 途中、何度か両隣の住人から、「うるさい!」と怒鳴られ、壁を叩かれたが、それに負け時と俺が、「あみみ、超LOVE!」と大声で叫びながらそれぞれの壁を蹴ったら、すぐに静かになった。
「じゃあ、これで私の恩返しは終わりです。私は元の姿に戻りますね。エコエコシャアザク、ゲル……」
「おい、ちょっと待った」
「はい?」
「まだ、まだ続きがあるだろ。ほら、この資料、今の歌の後に続きが」
「え? どれどれ……新曲『カルボナーラになるなーら♪』を振り付きでライブバージョンで歌う、で、振り付けの資料があって……これで全部じゃないんですか?」
「いや、あの、その裏にまだ続きが……」
 俺が頬を赤らめ、少しはにかみながらそう言うと、魔法少女は手渡した資料の裏面をめくった。
「裏って、これですか? えっと、歌い終わった後に握手会、水着撮影会、その後、一緒にお風呂に入って、一緒に布団に……え、あぁ? そ、そこまでする気ですか? え、うわぁ、これって、マジ?」
「もちろん」
 俺は何度も力強くうなずいた。
「あの、私いちおー、変身前の実年齢は十三歳で未成年ど真ん中なんですけど」
「大丈夫、変身後は十七歳だから」
「それでも人間界ではマズイんじゃ……」
「法律なんて、警察にバレなきゃあってないようなものさ!」
 俺は親指をビシッと立ててウィンクした。
 魔法少女はあきれたようにため息をついた。
「あのー、私、あなたの望みどおりのアイドルに変身して、コスプレして、振りつけまでして歌ったので、私の恩返しというか、私的な魔法実技は一つクリアーしたので、これで終わりなんですが……私、元の姿に戻ってもいいですか?」
 俺は力強く首を横に振った。
 魔法少女はさらに大きなため息を吐き、しょうがないなー、という感じで胸元から一枚の契約書を取り出した。
「あのですねー、私が魔法経験を積むための訓練を越える範囲で、変身魔法を使って人間の望みをかなえる場合、それ相応の代償が相手にも必要になってくるんです」
「え、代償?」
「そうです、代償です。もし、歌以上のことをさらにあなたが望むのであれば、今、ここに取り出したこの契約書に自分の血でサインしてください」
 俺は魔法少女に差し出された薄汚れた茶色の契約書を手に取り、目を通した。そこには今まで見たこともないような、おどろおどろしい文字やらドクロのマークやらがたくさん書かれていた。それは、小学生が見ても絶対にサインしてはいけないたぐいの書類に見えた。
「あなたが憧れの秋原あみみ姿の私と一夜を過ごすには、代償としてあなたの魂が必要です」
「魂?」
「あなたの魂、つまりはあなたの命と引き換えになります」
「そんな……!」
「憧れの女にそっくりな偽者とたった一夜、たった一夜を過ごすために自分の命をかけるだなんて、すごいバカげているでしょ?」
 魔法少女が穏やかな口調で、遠くを見つめるようなまなざしで言った。
「もちろん、私だって別の女性に変身しているとはいえ、行きずりの男に身体を許すだなんて、絶対に嫌ですよ。でも……でも、この契約書にサインをするなら話は別です。あなたが自分の魂を、命を賭けてもいいほどの大きな願い事を、私が変身魔法でかなえたとなると、私にとっては変身魔法実技訓練三十回分、人間界での良い事三十回分のキャリアが得られます。まあ、それならイヤな事だけども、何とか、何とか我慢します。昔、おばあちゃんが言っていました。好きでもない男の人と一緒の布団に入ったら、しっかりと目を閉じて『だるまさんが転んだ』と心の中で百回唱えていればいいんだよ、って」
「…………」
「でも、まあ、きっとあなたはできないでしょうね。外見だけが好きな女に似ているだけの偽者の女と一夜を過ごすために、自分の命を賭けるだなんて。そんなバカげたこと、できっこないはず。人間の男なんて、所詮、打算だけで生きているくだらない生き物だって、私、おばあちゃんに聞いていますから。自分の命を賭けてまで、そんなバカげたこと……」
「ほら、書いたぞ、俺の名前!」
 俺は指先を噛み、そこから出た血で契約書に自分の名前を書き、魔法少女に突き出した。
 魔法少女が目を丸くして驚いていた。
「あ、うそ。あなたバカでしょ!」
「いや、俺はバカなんかじゃない……大バカだ!」
 俺は胸の前で右の拳を力強く握り締めた。
「バカ! なに格好つけているんですか!」
「いいか、よく聞け、小娘! 男はな、人生において一度は大きな決断の時がおとずれる。それが今なんだよ。俺は今、この瞬間に、あみみと共に生きる!」
「あーん、バカバカバカ。なんで先にサインするんですか。ここに先にサインしたら、意味がないじゃないですか!」
「えっ?」
「この契約書に自分の血でサインしたら、サインした人の身体から魂は一分で抜け出ちゃうんですよ!」
「ん? って、ことは?」
「一分後にあなたは死ぬんですよ。それに、たった一分じゃ、何もできやしないじゃないですか!」
 俺は思った。
 一分か……惜しい、あと三十秒あれば俺の男としての本能と持ちタイムで願い事を充分にかなえる自信はあるのだが……。
「って、いや、そうじゃなくって! 俺、このまま死ぬんすか? 童貞のまま死ぬんすか? イヤだー、絶対にイヤだー! 絶対にカッコ悪いー!」
 俺の背中からシュー、シュー、と音を立てて白い煙のようなものが出始めていた。全身から一気に力が抜け、俺はその場にバタンと倒れた。
 魔法少女はパニックになっていた。
「あー! どうしよう、どうしよう! このままこの人の願い事をかなえずに魂だけ奪ったら、命を奪っちゃったら私、魔法使いクラスから悪魔クラスに強制転入されちゃうー! イヤーッ、それだけは絶対イヤーッ! 絶対にいじめられるー! 絶対にマワされるー!」
「あ、死んだおじいちゃんが迎えにきた……」
「死んじゃだめー! イヤーッ! 私のハッピーキャンパスライフを奪わないでー! 私の青春の全ページを黒く塗りつぶさないでー!」
「あみみのライブ、もう一度……行きたかった……な………」
「あーん、バカバカバカ! んもう! んっもーっ! しょうがない!」
 そう言うと魔法少女は胸元から純白の別の契約書を取り出し、自分の指先を強く噛み、その血で何やらサインをし、大声で呪文を唱えた。
「エコエコザクザク、ニュータイプー!」
 そう呪文を唱えた瞬間、神々しい真っ白い光のカーテンが天井から降りそそぎ、倒れている俺の全身を大きく包みこんだ。俺の身体の上で可愛らしい天使二人が透き通るような音色のラッパを吹き、やがて光のカーテンと共に消えた。
 気がつくと、俺の背中から聞こえていたシューシューという魂が抜け出る音が消えていた。
 俺が身体を起こすと目の前には元の魔法使いの姿に戻った少女がわんわん泣いていた。
「えーん。最高レベル魔法契約書のエンジェルアライブを使っちゃったよー! 今まで人間界で貯めた七十七回分の魔法実技キャリアと良い事キャリアが全部吸い取られてパーになっちゃったよー! また一から魔法修行やり直しだよー! えーん、えーん……!」
「…………」
 俺は何も言わず台所に行くと大量のコーヒーを作り、どんぶりにそそぎ、砂糖袋を持って魔法少女の前に置いた。
「飲んで、忘れろ」
 魔法少女はローブの袖で涙をぬぐい、どんぶりのコーヒーに山盛りの砂糖を入れると、スプーンでガシガシかき混ぜ一気飲み干した。
「あっまーい。国会議員のスピード違反に対する警察の対応くらい激甘ーい!」
 俺は魔法少女にさとすように言った。
「いいかい、ガール。イイ女ってのはな、過去を振り返らないで今を大切に生きるもんなんだよ」
「っていうか、あなたのせいですからね。私が今まで人間界で貯めた魔法キャリアが全部パーになったのは!」
「そんなこと言われてもなぁ……あれがあみみに対する俺の純愛だから」
「んもう! どうしてくれるんですか、責任取ってくださいよー!」
「責任って言われてもなぁ。あ、君、人間界でどうやって暮らしているの? 住む所はあるの?」
 何を突然、というような表情で魔法少女が首をかしげた。
「いや、ほら、その元の姿が子供だから、働く所ないだろうし、ホテルやネットカフェにだって泊れないだろうな、と思って」
「あー、はい。変身して大人の姿をしているときは、お金があればネットカフェには泊れますが、リーマンショック以降は日雇い派遣の仕事が少なくて、なかなかお金が稼げないんですよ」
「ほうほう」
「で、この実年齢の元の姿に戻ると、どこにも泊れないので基本的には野宿です、はい」
「じゃあさ、人間界で魔法修行している間、ここに居候しないか?」
「えっ……?」
「いや、ほら、せっかく七十七回分も貯めた魔法キャリアとかを、俺の命を救うためにパーにしちゃったわけだし、それぐらいは面倒みたいなー、と思って。今は物置に使っている上のロフトを片付ければ、君が寝るスペースくらいはあるし。それによくあるじゃん、異世界の女の子が、主人公の家に当たり前のように居候する展開って」
 俺がそう言うと、魔法少女はうつむいて何やらもじもじしていた。
「どうしたの?」
「いや、あのー……」
「ん?」
「ここに居候したら私、あなたから無理やりものすごいことされて、ネット上にその画像とか流されて、身勝手な男の小遣い稼ぎの道具としてゴミのように扱われたあげくに最後は闇社会のブローカーに売られちゃったりするんじゃ……コンビニの本でそういうの読みましたよ」
「ダークな都市伝説の本を子供が読むんじゃありません! 俺はね、命を救ってくれた君に恩返しをしたいだけなんだよ」
「本当ですか? 下心ないんですか? 信じてもいいんですか?」
「ああ、大丈夫、信じていいよ。これが俺なりの命を救ってくれた君への恩返しだから。それに俺、基本的に三次元はあみみしか興味ないし」
 俺がそう言って指差す方向には、あみみグッズ以外、アニメの女の子のフィギュアか、大量の萌え漫画しか並んでいなかった。魔法少女はその光景を見て苦笑いしていた。
「とりあえず、俺から君への恩返しとして、魔法実習で人間界にいる間、この部屋のロフトに居候&大好きなコーヒー飲み放題&砂糖入れ放題をつけよう。どうかな?」
 魔法少女は胸の前に両手を組み、目をきらきらと輝かせて喜んだ。
「コーヒー飲み放題、砂糖入れ放題、それって本当ですか!」
「俺、コンビニ店員。コンビニ店員、うそつかない」
「じゃあ、私、魔法修行期間中、この部屋に居候させていただきまーす!」
 魔法少女がとんがり帽子を脱いで正座をし、ぺこりと頭を下げた。
 俺も同じく正座をし、頭を下げると、お互いに目を合わせ、にっこりと微笑んだ。その瞬間、俺と魔法少女の心の距離が一気にぐんと縮まったような気がした。
「あ、ところで、お互い名前をまだ言っていなかったね」
「あ、そう言えばそうですね」
「俺、桂木珊馬。みんなからは赤い彗星のサンバって呼ばれている、よろしく」
「私、魔法使い妖精学校魔法使い科一年生のルンバって言います。どうぞよろしく」
「コーヒー好きのルンバちゃんね、よろしく」
「赤い彗星のサンバさんですね、よろしく。ちなみに、なぜ赤い彗星と呼ばれているんですか?」
「それはね、あみみのライブとコミケに行くと俺、いつもより動きが三倍速くなるんだ」
 ルンバは首を傾げていた。
 まあ、君の世代ではわからない話だろう。
「けどさ、ほーんと、おっかしな話だよなぁー」
「何がですか?」
「いや、ほら、夕方に助けたインド人の男がさ、夜になって魔法使いの女の子になって恩返しにくるだなんて、考えてみると、ほーんとおかしな話だよなー、あはは」
「そういえば、そうですよねー。インド人の男が女の子に、しかも魔法使いの女の子になって恩返しにくるだなんて、普通じゃありえない話ですよねー。魔法使いの私が言うのもなんですけど」
 ルンバが口元に手を寄せて、くすくすと笑っていた。
「まったく、日本昔話のパロディじゃあるまいし」
「ほーんと、同人誌レベルのネタですよねー」
「っていうか、絶対に信じる方がおかしいだろー」
「とか言いながら信じたせいで……」
「俺、一度死にかけちゃってるしー」
 俺とルンバは顔を見合わせ、笑った。
「でもさ、こーんな変テコな恩返しの話、もう絶対にありっこないよなー」
「そうですよねー。次にあったら絶対に詐欺か悪徳セールスか」
「自分の心が病んでいるとしか思えないよなー」
「あはは、病んでる、病んでる、絶対に病んでる」
「あはは」
 俺とルンバは大笑いしていた。
 すると突然、アパートの玄関のドアがバン! と開き、身を刺すような冷気と猛吹雪が俺達のいる部屋の中に吹き込んできた。
 俺とルンバが玄関の方を見ると、そこには雪のように真っ白い着物に身を包んだ美しい女性が一人立っていた。その姿は、どう見ても昔話に出てくる雪女の姿にしか見えなかった。
 俺とルンバは顔を見合わせ、一緒に恐る恐るたずねた。
「あ、あの、あなたは?」
 すると、白い着物姿の美しい女性がにっこり微笑んで俺に言った。
「私は、恩返しにやってきました」
「恩返し!」
「はい、私は昼間、あなたに助けていただいた……」
「……?」
「幕の内弁当です」
 俺とルンバは阿吽の呼吸で玄関先にダッシュすると叩きつけるように渾身の力でドアを閉め、何も見なかったことにした。



END

マジカル☆シュガー

ラノベ初挑戦の作品です。
キャラの造形が浅くて甘々です。
でも、この作品の劇中歌「カルボナーラになるな~ら♪」はお気に入りの曲です。

マジカル☆シュガー

俺こと、桂木珊馬(かつらぎ さんば)は29歳のオタク系コンビニ店員。 ある冬の寒い日。コンビニのバイト中に万引き犯から殴られ、店長から叱られ、散々な目に遭う。 気持ちが沈みっぱなしの帰り道、小雪が舞う冬の寒空の公園のベンチで、頭に白いターバンを巻き、 ランニングシャツに白いブリーフ姿で震える謎のインド人の男を目撃する。 彼に自分の着ているダウンコートを貸した俺のアパートを夜、なぜか魔法少女が訪ねてきた。 「私は夕方、公園であなたに助けていただいたインド人です。恩返しにやって来ました」と魔法少女。 こうして夜の小さなアパートの部屋でドタバタ劇が始まる。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2010-07-28

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