電車の花子さん 01
ゴトンゴトン、と電車が大きな音を立てて走ってくる。
電車が止まると、僕は人ごみに押されて車内に放り込まれた。
サラリーマンやOL、学生たちが電車の中をぎゅうぎゅうに圧迫している。
通勤ラッシュって、こんなもんだ。
しばらく経って、高校の最寄駅が迫ってくる。
あとちょっと、というところで僕は周りに押され、ふらついてしまった。
隣には女子学生もいる。掴まったりしたら、チカン扱いかな。
僕は焦って足を踏ん張った。すると、
パキ、と嫌な音がする。足の下に硬い感触。
恐る恐る足元を見ると、僕の靴の下で手鏡が割れていた。
「……あ」
思わず呟いた。朝っぱらから、何てことをしてしまったんだ。
…誰のだろう。謝らなきゃ。
顔を上げると、無関心に押し合う人々をよそに、
割れた手鏡をじっと見つめる少女がいた。
さっき見た女子学生だ。
今時珍しい、おかっぱ。
…花子さんだ。
僕は、かつて友達と騒いでいた、
花子さんの噂を思い出していた。
…そんなこと考えてる場合じゃない。
どうしよう。とりあえず、鏡を拾おう。
僕がかがむと、その少女もしゃがんで鏡の破片を拾い始めた。
僕は聞いた。
「ねえ…この手鏡って、君の?」
彼女は一瞬顔を上げたけれど、またすぐ鏡を拾い始める。
ちょっと困るなあ。ふと周りを見てみると、人々がぞろぞろと動いている。
…そうだ。僕はこの駅で降りないといけないんだった。
さっきの彼女も同じだったようで、急いで駆けていってしまった。
「あ、ま、待ってよ!」
僕はその後を慌てて追いかけた。
彼女はベンチに座って、鏡の破片を丁寧にカバンにしまっていた。
僕は自分の拾った分の破片を彼女に差し出した。
彼女は僕の顔を見上げると、その破片も丁寧にしまった。
僕は勇気を出してもう一度聞いてみた。
「…ねえ、その…この手鏡…って、君のかな?」
すると、彼女は僕の目をじっと見つめてきた。無言で。
「な……なに?」
思わず聞いたけれど、その返事はない。
存分に見つめ合ったあとに、彼女がぼそりと呟いた。
「…うん。この手鏡、私の」
やっぱりそうだ。よくわかんない子だけど、
僕が酷いことをしてしまったのに変わりはない。
「あの…ごめんなさい。わざとじゃないんだ。
言い訳するつもりじゃないんだけど…。べ、弁償した方がいいかな」
ぺこりと頭を下げる。
すると、少女は表情を変えずに呟く。
「別にいいよ。手鏡一つくらい、何てことないし…
それより、手切ってない?さっき拾ったとき…」
鏡を割ってしまったというのに、僕の手の心配をしてくれた。
案外優しい子なのかもしれない。
なんだか凄く申し訳なくなってきた。
でも、それは彼女が打ち破ってくれた。
「じゃあ、代わりに私の友達になってくれない?」
「え、どういうこと?」
僕はうろたえた。どうして、友達に?
「友達になってほしいの。…藤谷くん」
…どうして僕の名前を!?
僕が驚いていると、彼女がくすりと笑う。
「名札に書いてあるよ」
ああ…そういうことか。驚き損だ。
彼女は今までと違って微笑みを浮かべている。
いたずらっ子みたいだ。
「…でも、どうして友達になってほしい、なんて…」
僕が聞くと、彼女の顔に陰りが見えた。
「…私、友達いないし」
彼女はつまらなさそうに足を伸ばしてみせる。
…そうなんだ。僕も、友達が特別多いわけじゃないけど……
同情するつもりはないけれど、何だか可哀想だ。
「…いいよ」
僕は答えた。
すると、彼女はにこりと笑顔を見せてくれた。
…かわいい。
僕がちょっと見惚れていると、彼女はまたいたずらっ子のように
くすくすと笑い始めた。
「藤谷くん。…そろそろ学校、行かないと」
「あっ!」
そうだった。彼女と喋っていて、時間を忘れてしまった。
「藤谷くんって、周りが見えなくなっちゃうタイプなのかな」
彼女が笑う。
僕はそれどころではない。
「…あ、じゃあ、僕もう行くから!さよなら」
出口へ急ぐ。今日は近道をして行こう。
…すると、後ろから声がかかった。
「今日は楽しかったよ。ありがとう…またね、藤谷誠一、くん」
…どうして、下の名前まで知っているんだ!?
名札には苗字しか書いていないのに……
僕は、そんなことを気にも留めず駆けていった。
電車の花子さん 01