夜哭く狐を抱く者は。

夜哭く狐を抱く者は。

『いつわりびと空』二次創作作品。空さんを巡るこの5人で言えばカップリングというよりもう五人夫婦という単位がいいんじゃないかなという妄想。馬・猫・兎・鰯×狐。いわゆる『腐向け』な内容ですので、腐向けがダメ、単語の意味が判らないという方はスルーして下さいませ。

 お伽話の尻尾を追って、西へ東へと縦横無尽に駆け巡って来た空一行だったが、多くの秘密を抱えた元宝の番人が口をつぐむ今、『ここのつ』最後の宝の行方だけは杳として知れぬまま。
 闇雲に移動を繰り返してもしょうがないと、彼らは中規模な町に宿を構え、しばらくはそこを拠点に手分けして文献を探す事になった。
「たでーまー」
 とっぷりと夜も更けた頃、ようように帰還した蝶左は、ぐったりと疲れた声をあげて、半ば倒れ込むように上がりかまちに腰をおろした。
 長逗留前提の為、宿と言っても一軒ずつ独立した離れのようなものを借りている為、他の宿泊客の邪魔になるような事は無い。
「すまなかったな、引きずり回しちまって」
 女性のように綺麗な顔立ちながら、体格では勝る蝶左より余程頑健に出来ているのか、まだ元気を残している薬馬はへにょっと眉を下げる。
 日によって出歩く組み合わせは違うが、今日の蝶左の同行者は薬馬だった。
「いや、別にぃ。病気の治療法探すのも、お前の目的なワケだし……」
 風の噂で『ここのつ』に関する文献がある、と聞いた隣の里の、更に山一つ超えた村。そこでは胸を患う病が流行っているという。薬馬が医者であると知った里の者から頼まれ、わざわざ足を伸ばして来たのだ。
「ほー、そんでこないな時間になったっちゅう訳か。んで、どうだったんや?」
 からかうような声音が気配もなく彼らの隣に忍び寄って来ていた。
 厄介事に巻込まれる予感しかしねえ、と蝶左はギクリと肩を強張らせたが、彼より余程酷い目に合わされ続けている筈の薬馬は、その声にのほほんとした笑顔を浮かべる。
「ああ、幸い難病って訳じゃなかった。咳が酷く出るタチの風邪だったみたいでな……」
 喉の炎症に効く薬と、衛生指導に少しの栄養剤で事足りた、と嬉しそうに報告する薬馬の隣にしゃがみ込み、珍しく機嫌良さ気に頷きながら「良かったのォ」などと返す特徴的な糸目の男。
 良い嘘で人を救う、という大義名分がすでにうさんくさい一行の中核、天邪狐 空。
 我が侭、乱暴、嘘つき、と三拍子揃ったろくでもない素行が素行なので実際に何度も人を救っているにも関わらず信頼しきれない。
 その割にやたらと人好きする不思議な男でもある。
「え……糸目、お前、どうしたんだ? いつもだったら『聞いたんは文献の方やー!』とか言って医者殴るじゃん」
「はぁ? 病気の奴がおって、それを薬馬が救ったったんやろ? 良かったとか思わん方がどうかしとるんとちゃいますかー。お前って酷い奴やなー」
(しまったー! 医者に向かない分、俺に矛先が!?)
「こら、空。めっ! お前の普段の行いのせいでもあるんだからな? でも……そんな風に言ってくれた事は嬉しいぜ」
 知能の割にしかけてくる口喧嘩は実年齢マイナス10才程の餓鬼レベルなので、空の相手は心底面倒臭いと思う蝶左は、薬馬の口出しにホッと胸を撫で下ろす。
 甘えたの割にひねくれ者の空には、薬馬のストレートに過ぎる親愛表現がひたすら気に障るらしく、これはいつもならば蹴りか、拳か、毒かの死亡フラグだ。
 まるで母親のように叱るところは叱り、褒める部分はすかさず褒め、鷹揚に微笑んでいる薬馬には悪いが、この余計な口添えのおかげで、ターゲットは蝶左から再び薬馬に移った筈。蝶左とて我が身は可愛いのだ。
 が、今夜は本気でどうしたことか。ぶーっと頬を膨らませ拗ねてみせるのも一瞬、けろりと機嫌を直して、空は一枚の紙を差し出して来た。
「ほんなら今夜は、普段の行い、反省しとるとこ見せたるわ。頑張る薬馬君にワシからスペシャルなサービス、サービスゥ♪ どれがええ?」
「空、ありがとう……! お前だっていっつも頑張ってるじゃないか。気持ちだけで充分嬉しいんだがな……」
(いやいやいやいや! 怖ぇだろ、むしろ死ぬ程怖ぇよ! 嬉しがってる場合じゃ……)
 うかつに突っ込んで、またターゲットが入れ替わると困るので、蝶左は姑息にも台詞をぐっと飲み込み、薬馬がニコニコしながら空から受け取った紙を開くのを見守った。
 が、そこに羅列された内容に、あんぐりと口を開ける。
 空らしい、といえば空らしい。なるほど、上機嫌の理由はこれか、とも合点が行く。
 しかし、納得したかと問われれば答えは「NO!」だ、「NO」の三乗だ。

『飯 六百文』
『風呂 八百文』
『秘密のお楽しみ(はーとまーく) 十両』

「高ぇよ! こんな木賃宿の飯の相場なんて高くても二百文しねえだろ、つかそもそも自炊前提で材料費、姉ちゃんにまとめて渡してるだろ! 姉ちゃんはどうしたんだよ! んでもって風呂に金とる意味が判らねぇよ、最初から宿代に含まれてるじゃねえかよ! どういうサービスで八百文だよ、てめーは泡踊りの達人とでもいうつもりかよ、野郎の泡踊りとか最悪なワケ、想像させるんじゃねえよ! そもそも最後の項目、意味不明な上、ケタが違い過ぎんだろうがよ、十両ってお前! どこの高級娼……!」
 我を忘れた蝶左のツッコミが炸裂した。最後の一言だけは、生真面目な薬馬を慮って飲み込んだものの、ここまでワンブレスである。
 言い終えた後、酸欠でくらっとなったが、空がツラッとした表情で更にボケをかぶせてくるので蝶左は呼吸を整える暇もない。
「ねーちゃんは姫さんと風呂やー。ワシら、もう飯やら済ましたし、烏頭目とちびっ子は待ちくたびれて寝てもーたさかい、お前等帰って来たら世話してやってくれて頼まれてんねん」
「じゃー金取るな! 何するつもりだったワケ!?」
「ケチャップで焼き魚に『ご主人様、大好き』って書いたろかと……」
「どこの調味料だよ、時代背景考えろよ! あと焼き魚に合わないだろうがよ、嬉しくねぇし、高ぇよ!」
「そーゆーメタ発言、感心せんでえ?」
「言い出したのはお前なワケ! ……んで、風呂は!?」
「肩まで湯につかった瞬間から、すかさずきっちり百秒数えたる!」
「……最悪のぼったくりじゃねえか! まだ泡踊りの方がマシだったわ、せめて背中流すくらいしろよ、何様だ、てめぇは!」
「はぁ〜!? このワシの貴重な時間を、お前等ごときの行水に費やしてやるんやで? 一秒たったの八文や、格安中の格安やろが!」
(ダメだ、こいつ!)
 どーん! と押し出し満点。空の意味不明の自信と迫力だけですでに言い負かされそうな蝶左である。
 ぎすぎすと醜い口争いをする二人の傍らで、眉をひそめ文字に見入っていた薬馬が、ようやく口を挟んだ。
「空、この最後の項目だが……」
「おう、言ってやれ、言ってやれ、医者!」
「なんや、お前までこのどケチみたいに高いとか抜かすんやないやろな? ビタ一文まかる気はないで!」
「いや、逆だ。五両上乗せする。……代わりに三文字書き加えていいか?」
「五両か……シケとるのォ。ま、ええわ、特別に認めたる」
「医者、お前、正気ぃ!?」
 字は体を表す、と言うが。
 異国帰り故、未だに『筆』に慣れず、多少乱暴なのはご愛嬌。蝶左の制止を他所に、黒々と太く描かれた文字は男らしく、薬馬らしい実直なものだ。
 ただしその内容は『性的な』という三文字だ。
 全文を挙げるとこうなる。

『秘密の【性的な】お楽しみ(はーとまーく)』

 正々堂々、男らしいだけに、むしろ最悪の改変であった。
 空と蝶左はまじまじと紙に見入って、互いの顔を見合わせ、いい仕事をしたとばかりに満足げな薬馬の顔を見、もう一度紙を見直した。
「……えっ?」
 完全に虚を突かれた表情で目をぱちくりさせる空と、再びツッコミを炸裂させる蝶左。
「って、じゃー元々十両払っても『性的な』サービスじゃなかったってことなのかよ!?」
「あー、この手、前にもくらったからな。一も二もなく飛びついたら単なる肩たたきだった。けど、同じ手でくるってことは対抗策を講じてもいいって意味だろ? だから」
「飛びついただあ!? いや、それ以前に医者、こいつを性的にどうこうしたいワケ!?」
「あのなあ、蝶左、俺だって健康な男なんだぞ? 賢者タイム以外は割と二十四時間考えてるに決まってるだろ」

 決 ま っ て る ん で す か 。

「聞きたくなかった、賢者タイムとか生々しい単語! つか、えっ? 糸目だぞ?」
 まあ、顔立ち自体は見れない事もないが。だが、そもそもどうしようもなく、疑いようもなく性別は『男』なワケで。
 チラッと空を見やると、先ほどの驚愕はどこへやら、むしろ白けたような曖昧な表情で、子供の様に足を投げ出しぺったり座り込んでいる。
(あー、こいつ、判りにくいけどこういうのすっげ苦手だよな……)
 一見余裕があるように見えるが、違う。むしろ固まって動けない、が正解だ。
 性的な会話も苦手そうだが、そもそも普段はあれだけ他者の好意に甘えて傍若無人に振る舞うくせに、薬馬や、同行している少女達が真直ぐ向けて来る過剰なまでの、剥き出しの愛情を浴びせられるのは酷く弱い。
 本気の好意は、受け止め方も、対応の仕方もいまだに考えあぐねてしまうのだろう。
「いや、でも俺が言うのもなんだけど『仲間』なワケだろ? そういう相手の体を金払って好きに扱うってのはさ……」
「俺は空を好きだし、抱きたいと思ってるし、空だって馬鹿じゃない。こういう条件つけてきたってことは金で好きにしていいってことだ。なら俺は払う覚悟があるし、十五両なら安い」
「医者、その男らしさ、今はいらねぇ!」
(ちっ、だいたいなんで俺が糸目かばうような真似……!)
 そもそも当事者の空が何も言わないのが悪いのだ。こっから先は自分でなんとかしろと言おうと蝶左が振り向いた時、ドタドタドタと騒がしい足音が廊下から響いて来る。
 ガラッ!
 襖を勢い良く押し開いたのは、薄紅色の濡れ髪から雫を滴らせ、浴衣もいい加減にまとっただけの少女。余程急いだのか、湯上がりのせいというだけでなく頬を染め、肩で息をしている。
「空さんの性的なサービスと聞いて!」
「地獄耳か!」
 目の据わった閨は蝶左の視線もツッコミも届かない様子で、つかつかと歩み寄って来ると薬馬の前に正座するなり、毅然とした表情で片手を差し出した。
「その権利、私がじ……十……十六両で買い取りますわ!」
「十六両かー。よし、売ったわ」
 渡りに船、とばかりにあっさり了承してしまう空。まあ、同じ男である薬馬に抱かれるよりは、自分を好きだと公言してはばからない少女の相手の方が心の傷も少ないだろう。
 若干割り切れない部分も残るが、きっかけはどうあれ、納まるべきところに納まることになったということだ。
 何がしかホッとした蝶左がこの隙に場を離脱しようとした時、薬馬が普段の彼らしからぬ、冷徹な声で告げた。
「十七両」
(そこは譲ったれや、医者あああああ!!?)
「じ、十七両と二十五匁!」
「十八」
 そもそも島流し上がりの罪人だった少女と、都の御典医では経済基盤がまるで違う。値を釣り上げられればどうしたって閨が苦しい。
「十八両と千文……いいえ、二十! 二十両出しますわ!」
 それはおそらく全財産。必死の形相に、さしもの薬馬も折れたか、と思われたが。
 伏兵はまだ潜んでいたのだ。
「あらん……ねえやんとは正々堂々、女の魅力で勝負するつもりでしたのにん。結局一番つまらない方法で決着つけることにしましたのん?」
 足指の先まで完璧な造形美を誇る、真っ白な脚がニュッと空の肩越しに伸びてくる。風呂上がりのケアも完璧な岩清は婉然と微笑みながら、つうっと、空の頬を桜貝のような爪先で愛撫するように撫で下ろし、すす、と足の裏をその胸に滑らせ。
 ダァン!
 グッと力を込めるなり、床に叩き付ける様にして空を踏みつけた。
「!!??」
 普段から未来の夫だの旦那様だのとちやほやしてくれる相手からの無体極まり無い仕打ちに、空の硬直はとけるどころではない。きょとんとされるがままに横たわっている。
 踏みつけられるまま、動こうともしないのは見上げた先が男であればこれ以上望むべくも無い絶景が広がっているせいもあるだろうか。
「これでも由緒正しき媼の里の継承者ですのよん。お金で決着を望まれるのでしたら不本意ながら受けて立ちますわん……百だろうと千だろうと払う用意はありますのよん!」
 たおやかかつ雅な立ち姿で、岩清はオーッホッホッホ! と高笑いを挙げた。普段は見せないセレブオーラ全開である。文句があるなら媼の里と書いてベルサイユと読むにいらっしゃい、と書き文字が見える程度の本気であった。
 他の追随を許さぬ迫力はまさしく咲き誇る大輪の薔薇、獲物を捕らえた雌豹、生粋の女王様。
「トリくん達布団に運び終わったよー……って、何なに? みんな怖い顔しちゃって」
 遅れてひょっこり顔を出した弐猫は、一触即発の雰囲気にんー? と首を傾げた。
(よっしゃ、ナイスタイミング、猫目! これで……!)
 離脱し損ねたまま、最早口すら挟めずに強制傍観させられていた蝶左は、初めて弐猫の存在に感謝した。……もちろん、直後に後悔した。

「なるほどねー。姫さんの覚悟はカッコイーけどさあ、結局一晩だけのことでしょ? 大事な里の復興資金、そんな事に使っちゃ勿体無いよ」
「空様にはそれだけの価値があると妾は信じてますのにん……」
「いやいや、だからさ。俺、五両なら出せるんだけどー……四人で割り勘したらお得じゃない。みんなで空くん、輪姦(まわ)しちゃうのってどお?」
 さりげなく、空が起き上がれないように肘の上に膝を乗せて押さえつけつつ、飲み屋の勘定を払うかのような気軽さで、あっけらかんと、最低最悪の提案をしてのけた。
「弐猫、お前……っ!」
 血相を変えて薬馬が、弐猫に掴み掛かる、と思いきや、これ以上ない位の息の合い様で、もう片方の空の肩にぐっとのしかかり更に身動き取れなくする。
「いいな、それ!」
(何、そのこなれた連携プレー!?)
「そうねぇん。空様を楽しませて差し上げられるなら妾も構わないわん♪」
 踏みつけていた足を離し、ふわりと柔らかな尻を降ろした先は空の片足。その様をぷるぷる震えながら見守る閨は、真剣に空を好きだったはず。
 彼女が止めに入るなら、不本意ながら自分も助太刀してやらねば、と蝶左は立ち上がりかけたが。
「私も……まだ一対一じゃ緊張して失敗しそうですもの、ご一緒できたら嬉しいですわー!」
 きゃー、空さん、失礼しまーす、などと黄色い声をあげて、残された片足をそっと押さえつけにかかってしまったので、立ち上がり損だった。
(何、その花見の席取りみたいな軽いノリ!?)
 最終的に、全員に裏切られた形になり、大きく目を見開いた空は、チラッと立ちすくむ蝶左に視線を向ける。
(こっち見んな! 助けねーよ!? お前が自分で蒔いた種じゃん!)
 内心の声が届いた訳ではないだろうが、聡い空には表情だけで充分通じたようだ。あきらめたように目を閉じ、全身の力を抜いてくたりとなる。
「あのなー、お前等、やるのはええけど、床の上とか痛いわ! せめて布団にせえよ」
「そ、そうですわね……。お部屋、どこが良いかしら」
「一番奥はトリくん達が寝ててー、その隣はぽちが寝てるよー。声が届かないっていったら、この部屋が一番なんだけどなあ」
「じゃあ、後で布団運んでくるか……そうすると、次は順番だよな。悪いけど、俺は早い方がありがたいな……待ってる間に寝ちまいそうだ」
「控、薬馬殴れ」
「りょうかーい♪」
(そこは言う事聞くのかよ!?)
 バキッといい音を立てて拳が薬馬の顔面にめり込み、吹っ飛んだ。
「もー、お前等もどけどけ! 重いっちゅーねん!」
「えー?」
「いやーん!」
「空さん、もうちょっと、もうちょっとだけー!」
 拘束の一部が解けたのを良い事に、空はぐいぐいと残りの三人も押し退ける。逃げるならば最大のチャンスのはずだが、彼が向かったのは蝶左の目の前だった。
「おい、蝶左。……そこ、座れ」
「ああ!?」
「座れ。正座や」
 にいっと片頬釣り上げて嗤う、こめかみに青筋が浮いていた。助けなかった負い目と、凄まじい圧力に飲まれてついつい言われるがままに正座する蝶左。
 空は逃げるどころか、その膝を枕にごろっと横たわった。
「空様、膝枕でしたら妾がして差し上げますのにん」
「わっわっ、私もー! ずるいですわ、蝶左さん!」
「お前等ん中から選んだら不公平になるやろ。ほな、相談終わったら呼べやー」
「……だってさ、医者くん。俺、空くんに従っただけだしさー、仲良くしようよー」
「ああ……まあ、俺も空に失礼だったしな。で、結局どうするんだ?」
「全員で一度にしますのん? それとも一人ずつかしらん。ねえやんも不安そうだし、妾はねえやんとご一緒してもよろしくてよん」
「嬉しい! 実は私……空さんも好きですけど、姫さまのおっぱいも大好きですのー!」
「妾もよん。女の子同士も良いものよねん〜」
 きゃっきゃと手を取り合ってガールズトークのように盛り上がり始める女子二人。その光景は可愛らしいが、割と聞き捨てならない内容をさらっと口走っている。
「じゃ、ツーマンセルで交代制。チーム女子と男子って感じ? いーけど、俺としてはおっぱい要員一人欲しいなー。医者くんはどお?」
「嫌いな訳ないだろ? それに男女ペアの方がハメるのとハメられるの同時に出来て空もイイだろうし」
「あらん、結局、割といつもの組み分けになるのねん」
「そういえば、私、弐猫さんとはチーム組んだことありませんわ……」
「ダメ! 弐猫が性癖改めるか、閨がもっと経験値積むまでは絶対流血沙汰になるから、その組み合わせはまだ禁止!」
 全員、爽やかに和やかに談笑しているが、決して健全なスポーツの相談ではない。
(何、こいつら!? 想像以上にただれてんだけど!? これ以上聞きたくねー!)
 正直、後でどんな酷い目に合うにしろ、今すぐ膝の上を陣取っているお荷物を払い落として出て行ってしまいたい。が……。
 ダラダラと背中に冷や汗をかいている蝶左とは逆に、他人事の様に気のない顔で聞いていた空は、彼の膝の上でころりと向きを変え、仲間に背を向けると、ぎゅっと蝶左の着物の裾を心細そうに掴んだ。
(〜〜〜〜!! だからっ! そーゆー態度とるなら、なんで逃げねんだよ糸目!)
 別に若干細身ではあるものの、取り立てて顔がいい訳でもない普通の男の体だ。敢えて言うなら、折れそうな首筋のラインがやけに綺麗に見えるくらいか。
 薬馬達のフィーバーっぷりが蝶左には心底理解できない。
「……いいのかよ、糸目」
 声を潜めてぼそぼそと話しかける。味方する気はさらさら無い、無いが、放置して犯されるままにさせるのも後味が悪過ぎる。
「んー……別にぃ。減るもんでもないし、気持ちええこと好きやし。ワシなぁ」

 人がなんでワシとこーゆーのしたいんか、よう判らんねん。

「考えてもしゃーないなら、答え出るまでやってみるんもええやろ」
 カカカ、と笑う顔に曇りは一つもないけれど。肩が震えているのはそのせいだけか。
 ぽつりと呟かれた幼い子供の様な声音だけが、いつまでも蝶左の耳にこびりついて離れない。
 二人の会話は聞こえなかったのだろう、四人は四人で相変わらず盛り上がっている。
「酷いな、医者くんってば。まーでも順番なら、俺は姫さんが良ければ後攻がいいかなー。俺さあ、空イキしか出来なくなって苦しがって泣いてる空くんの顔、大好きなんだよねぇ」
「……ド変態が! 普通に楽しめよ、空が可哀想だろ!」
(違う。医者、論点違う! 四人でどうこうしようって時点ですでに可哀想だろ!)
「ところてんに育てた挙げ句、泣きわめくまで焦らす医者くんに言われたくありませーん」
「ち、違……っ! 確かに空のアノ顔は凄く可愛いけど、あれは意地悪でしてるんじゃなくて、空が将来早漏にならない為の訓練で……!! ねっ、閨も岩清も困るだろ? なっ?」
「私は今くらいでも構いませんけど……先攻で搾り取り過ぎて、姫さまが楽しめなくなるのは嫌ですわ……」
「ま、優しいのねん。でも、大丈夫よん、ちょっと待っててぇん」
 チュッ、と濡れた音をさせ、閨の頬に口付けた岩清は、いそいそと姿を消した。
「う・つ・ほ・さまぁん。はしたない女と思わないで頂きたいのだけどぉん、妾はにゃんにゃんのでも構わないのだけど……」
「あ〜、ええよ、ええよ。こんなん皆で楽しゅうせな意味無いし」
 背中を向けたまま鷹揚に手をひらひら振る空は気づいていないが、蝶左はうっかり戻って来た岩清の方を見てしまい凍り付いた。
 染み一つ無い、白桃のような形良い臀部に食い込む黒光りした牛革のボンテージ。出るところは出て、締まるところは締まった岩清の我が侭ボディにこれ以上無いくらい似合っていたが、問題なのは、その股間に禍々しくそそり立つ男根を模した張り型だ。
「替わりに空様は、妾が『コレ』で楽しませてあげますわん。空様は『される』方がお好きですものねん」
「きゃ〜っ、姫さま、ダイターン!」
(何、その勝負下着披露する程度の気軽さ!? つか、今更そこで恥じらう!?)
 両手を真っ赤になった頬に当て、閨が嫌々して恥じらう。が、蝶左は、さっき『絞り取る』とかとんでもなく生臭いことを口走っていたのを忘れてはいない。
 元から理解不能だった岩清はともかく閨は清純派の乙女と思っていただけに地味にダメージが大きかったのだ。
「えー、そんな立派なの、後々俺等が困るよー」
「俺は別に……ただ、道具系はどうしても固いから体に負担をかけやすい。実物大ってのは少なくとも初心者向けじゃねえな、後でサイズ見立ててやるから……」
「医者くんの見栄っ張りー」
「見栄は張ってねぇよ。俺のサイズ知ってるだろ!」
 男性陣のブーイングにもぞもぞと向きを変えた空だがうんともすんとも言わない。蝶左が見やれば判り易く真っ青になって固まっていた。
 やや細身、程度の体格だと思っていたが、意識してみれば、その腰も相当細い。尻の辺りが中性的な曲線を帯びているため、相対的に普通の男よりも細く見える。中性的、と言ったところで男の尻だ。小さい。少なくとも『アレ』は絶対無茶だ。
「あっ、じゃあ、薬馬さん、私の分も一緒に……」
「「「「「「100%流血沙汰になるから不許可!」」」」」」
 閨のおねだりに、計らずして全員の声がかぶった。
 私も空さんをあんあん言わせたいのに……と、しょんぼりしている閨を岩清が最初は妾で練習するといいわん、などと慰めているのを無理やり聞き流す。
「おい、糸目。……マジで、無茶すんな。逃げるなら味方してやっから」
「別にぃ。逃げるとかブザマやわ。……誰か選んで、誰かが居なくなるんも、嫌なんや……いまは、まだ、なあ。ワシは、まだ、こいつらと『家族』で居たいんやろなー」
 男やったら『家族』の無茶ぶりは体張ってでも受けとめたるもんやろ。

 多分、それは紛れも無く本音。
 相談が終わったと見てとって、起き上がり、んーっと伸びをする背中が。
 男ではなくて、ただただ家族との別離に怯える小さな子供にしか見えなくて。
(だあああああ! 畜生っ!!)
 甘やかすつもりもないし、味方する気もないし、自分の蒔いた種で痛い目をみるならざまあみろとしか思わないのに。
 だって。

 不安そうにしがみついてたじゃねえかよ。
 震えてたじゃねえかよ。
 青ざめてたじゃねえかよ。

「自分がやってるコトの意味も判ってねーよーな餓鬼に無茶させる『家族』なんてねえっつの! だったら、俺が……ま、守ってやるから」
「一両」
「……はい?」
「守るとか、何すかしたことゆーとるねん。ワシ、お前よりよっぽど強いんやで。薬馬ごときに遅れとるようなお前が何出来んねん。それでも、どーしてもっちゅーなら『守らせ賃』として一両払うんやったら、用心棒させてやらんこともない」
「……この後に及んで、なんでそんな偉そうにしてられんの、お前!?」
 いっそ凄い。清々しい。
 かかっているのは自分の貞操だというのにだ。
 本気で見捨ててやろうかと思うのに、どうしたって、最前までの時々見せていた怯えた顔が離れないのだ。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
 叩き付けるように、空の手の平に小判を置いた。
「お……?」
 本気で驚いたように目を丸くする空の顔に何がしかの溜飲を下げて、空一行に向き直る。全員それぞれ腕が立つ相手だが、最悪烏頭目さえ起こせばなんとかなる。
「こら、空! めっ! 何、蝶左から金取ってるんだ、返しなさい!」
「何なに? 毒爪くんも仲間に入るってこと?」
「ちっげーよ!! これは俺が払いたいから払ったワケ! だいたい、さっきからお前等、何の相談してんだよ。極悪非道と呼ばれてた黒羽一派だって、強姦だけは御法度だったんだぞ、それを……」
「いや、でも……なあ、空?」
 それなりに覚悟を決めて相対したというのに、あー、払っちゃったかー、自主的にかー、という憐れみの視線は想定外だ。
「まー、そやな。ワシ、そもそも『どれがええ?』って聞いただけで、ヤるとは一言もゆうてへんし」
 確認するように声をかけてくる薬馬に、空はけろりと返す。

「……………はい?」

「……だよなー?」
 耳を疑う蝶左をおいて、他の四人はどっと笑い声をあげた。
 知ってたー、判ってたーなどと、口々に言いながら、輪に入った空の頭をくしゃくしゃともみくちゃにしている。
「遅くなっちゃいましたけど、晩ご飯の準備しますわね」
「ねーちゃん、ワシもー。お前等の長話つきあっとったら、腹減ったわ」
「あら、じゃあもう少し作り足さなきゃ……」
「妾もお手伝いするわよん」
 先ほどの会話が無かったかのような和やかさである。いや、元々和やかだったのだが。
 だが、さらっと流していい内容では決して無かった筈だ。
 わいわいと整えられた遅い夕食の主菜は焼き魚。ご丁寧に宣言通りケチャップで『ご主人様、大好き』と書き添えられていた。ハートマークまで書いてあった。
 マズかった。
「医者、これよぉ……」
「空、わざわざケチャップ手に入れてくれてたんだな。やっぱり醤油より、ケチャップだよなあ!」
 隣で嬉しそうに薬馬がもりもり焼き魚のケチャップ付け合わせを食べていた。
(お前の味覚ぅ!!)
 いや、違う。そもそも、異国帰りの薬馬用に考えられたサービスだったのだ、これは。
 風呂に入れば、何か怪し気な踊りをきっちり百秒踊ってくれた。
「よお知らんけど、阿波踊りってこおやろ?」
 空なりに、何かしら気遣ってくれたらしい。無性に物悲しくなった。
 寝る前に、風呂上がりの薬馬とすれ違う。きゃーきゃー嬌声をあげている空を「寝かさないぞー」とか笑いながら肩に担ぎ上げて部屋に運んでいた。
 前二つのサービスを実行した、と言う事は、だ。

(……俺の一両……!)

「蝶左、どーしたんだよー。カビ生えちゃうぞー!」
「ご飯くらい、食べる。蝶左、体に良く無い……!」
 部屋の片隅で、体育座りをしたまま煤けた背中の蝶左を引っ張り出すのに、一行は、三日三晩を要した、という。

                                           <終>




→以降蛇足分




おまけ

 あれは何か悪い夢だったに違いない。
 懐からきっちり一両消えていることは無理やり忘れようとする蝶左だったが、やはり、どうしてもあの一件は割り切れずにわだかまっている。
 訊くなら薬馬か閨、できれば薬馬の方が良かったのだが、文献探し以外に医者としても活動している彼は忙しく、なかなか捕まらない。
 結局、先に捕まえられたのは閨の方だ。
「あー、なあ、姉ちゃん、聞きたいんだけどよー。こないだのアレ、何だった訳?」
 上から下まで冗談だったにしては、細部がやけに生々し過ぎた。
「ああ……アレ? 薬馬さん、羨ましいですわよねー。私も、早くお誘いいただきたいものですわ……」
 しまった、訊くんじゃなかった!
「異国の風習で、夜のお誘い用に『YES/NO』枕というものがあるそうなんですけど、私達みたいな旅暮らしじゃ枕なんて持ち運べませんでしょ? ですから、朝、空さんに白紙を渡しておいて、夜、何かしら書いて返してくれたらOKってことなんですのよ」
(医者〜! なんの風習教え込んでんだよおおおお!!!)
 ニコニコしながら、倫理観吹っ飛ばした事を説明してくれる閨。
 つまり、書いてある『内容』にまったく意味は無かった、ということか。全員、それを踏まえた上での悪ふざけだった、と。
「え……いや、あの、お前等の関係ってどうなってるワケ? あの相談って完全にふざけてただけ……だよなあ?」
「いやですわー、蝶左さんったら!」
「だよな、悪ぃ、変な事聞いちまった!」
 あはは、うふふ、と和やかに笑い合うことしばし。
「ふざけてたのはあの晩だけですわよ?」
 つるっと返って来た閨の台詞に、心が折れる音が響いた。
「でも、蝶左さんには感謝してますの。だって空さんが『今度から蝶左さんを倒した者勝ち』って言ってましたから、私にもチャンスが増えましたわ!」
 うふふ、負けませんわよー、と嬉しそうに微笑む少女の姿は大変に可憐だが、実はドジさえ踏まなければかなりのハイスペックな戦闘力を誇る。いや、閨など今だ実力の底を見ていない他三人に比べればまだ可愛いものだ。
 心が折れた音に続いて蝶左の脳裏に退路を力一杯分断された音が響き渡る。
 わざわざ一両払ってまで『用心棒』を買って出てしまった、アレをちゃらにする事はできない、ということか。
 本当に……本っ当に、訊くんじゃなかった!
 前髪に隠した目元に滲む涙は、蝶左以外誰も知る事はなかった、という。


                                       どっと払い。




おまけ 2

「あっ、蝶左! お前に伝えとかないとならないことがあるんだが、ちょっといいか?」
「……今、割とお前等全員と口聞きたくない気分なんだけど、一応、何?」
 よろよろと廊下を歩く蝶左を追ってきた薬馬は、真剣そのものの顔つきで『こちら』を向いて大変重要なお知らせを口にした。
「これは専門の医師の指導により、特別な訓練を受けた人間が完全なる合意の元に行っているプレイであり、衛生上、健康上の危険を伴うものではありません。ただし、一般の方が真似をするのはお避けくださ……」
「やかましいわーーーーーーっ!!!」

                                       終れ。

夜哭く狐を抱く者は。

夜哭く狐を抱く者は。

『いつわりびと空』二次創作作品。空さんを巡るこの5人で言えばカップリングというよりもう五人夫婦という単位がいいんじゃないかなという妄想。馬・猫・兎・鰯×狐。いわゆる『腐向け』な内容ですので、腐向けがダメ、単語の意味が判らないという方はスルーして下さいませ。

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  • 成人向け
更新日
登録日
2013-02-11

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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