ひみつの教室


あの子はみんなのことがだいすきで



この子はあの子のことがきらい



その子はこの子のことをこわがっている


わたしたちのひみつの関係。

あんこのひみつ

わたしはどちらかというと、人を疑わないタイプだと思う。
だから、今まで友達のことを信じない時なんてなかった。
これからも、きっと、ずっとそうだろう。


「あんこ、おはよ」
「おはようこのみちゃん」
教室に入ってきたこのみちゃんにいつもの様に挨拶をする。
萩原このみ、このみちゃんはとっても可愛い。
頭も良くて、何でも器用にこなせちゃうタイプなのだ。
わたしはそんなこのみちゃんと中二の今でも一緒にいる。
小学生からの付き合いで、こんなに仲良くしている子はこのみちゃんしかいない。
「あんこトイレ一緒にいこ」
鞄を机に置いてきたこのみちゃんが言う。
わたしはいつもこの言葉に戸惑ってしまう。
「わたしは今はお手洗い行かなくていいんだよねえ……」
「ええ?あんこってばわかってないなー。本当に女子なの?」
「……ご、ごめん」
「いーよ謝んなくて。その、一緒に行ってくれる?」
その、と呼ばれた子が振り返る。
野々宮園ちゃんは今年初めて同じクラスになった子だけど、元からこのみちゃんと仲が良かった。
委員会が同じだったらしく、そこで仲良くなったみたい。
まだ私は野々宮さんと仲良くなくて、このみちゃんと野々宮さんがいるところに入れないのだ。
野々宮さんと仲良くなればいいことなんだけど、そのちゃんはクールな子だからなあ……。
可愛いこのみちゃんと格好いい野々宮さんはとても似ていて、とても気が合う。
そんなグループに、地味でメガネの私が入れる訳ないもの。
ぼーっと考えているうちに、このみちゃんと野々宮さんはトイレに行ってしまったらしい。
ただ一人、わたしはぽつんと教室に居た。
「……さっきのこと、わたしが嘘ついてでもトイレに行く必要あったのかなあ」
トイレなんて教室の目の前にあるし、クラスで人気者の女子たちはトイレで話し込んでいるけど、あれってとても汚いと思うし……一緒に行くなんて、最近のみんなはおかしいんじゃないの?
それとも、わたしがおかしいの?
みんなに気を遣って接しなきゃいけないのかな?
このみちゃんも目立ちたがり屋で、本当は派手めな子と話したがってるみたいだし、もうわたしは必要ないのかな。
「野々宮さんも居るし……こんな地味なわたしとは居たくないんだろうな」
卑屈になっちゃだめだめ、と軽く頬を叩いて元気を出す。
わたしは、野々宮さんと仲良くなってみたいって思ってるし、何よりこのみちゃんのことが好きだ。
それだけでいい。
それだけでいいんだ。
さて、今日も一日頑張りますか。


「あんこ、これからそのも一緒のグループに入れていいかな?」
「宮田さん、良かったら一緒に居てもいいかな」
お昼休み、突然このみちゃんと野々宮さんが話しかけてきた。
「もちろんいいよ、おっけーだよっ」
「よかったあ~。さっすがあんこ!そのがさあ、シミに付きまとわれてたみたいでさ、カワイソーと思ってあたしらのグループに入れてあげようと思ったの」
「シミ……?]
[まさかあんた、シミも知らないの?うちのクラスの染田れみだよ。いっつもマスクしててわかんないけど、あたし見たもん」
話の内容がよくわからない。
とりあえず、クラスメイトの染田れみちゃんの話をしているようだ。
少し、悪口にも聞こえるのは、気のせい?
「見たって、何を?」
「もーわからずやだねっ。その、トイレいこっ」
「うんいいよこのみ」
わたしの質問にも答えず、このみちゃんと野々宮さんは行ってしまった。
またトイレか。
女子ってよくわからない。
その時、
「きったねえよこのシミ!!」
どん、と誰かがロッカーにぶつかる音がした。
驚いてロッカーを見ると、染田さんが床に倒れていた。
ロッカーにぶつかったのは染田さんらしい。
わたしは驚きのあまり、何も行動できなかった。
「ずーっと嫌がらせしてきたけど、あんた全然懲りないんだもん。つまんないからあたし、もう正々堂々あんたのこといじめるわ」
「……な、なんで私なの……?」
かすかに聞こえる染田さんの声は、震えていた。
「シミ田、あたしの彼氏奪ったんだってね?何でもあんたから誘惑したとか。シュウくんとあんたが隣の席になった途端、シュウくんあたしのことふったんだよ!?噂でも、あんたから告白したらしいし!」
「あ、あれはデマだよ……。深野くんが、何人女子を落とせるかって賭けしてたらしいし……」
「その賭けの一人があたしだって言うの!?馬鹿じゃないの、シュウくんはあたしのこと本気だったのに。シミ田がシュウくんを奪ったんだ!顔シミだらけでブッサイクのくせに、よくやるよ」
「……そっ、それは……」
身に着けているマスクの位置を調整する染田さん。
染田さんの目には、涙が溜まっている。
「ここで土下座してよ」
さっきから言い合いしている女子のボスの子が冷たい声で言う。
「土下座したらあたしたちの奴隷にして許してあげる。それとも、学年中からシカトされたい?」
「そ、それはいや……っ」
ガタガタ震える染田さんを見て、たまらずわたしは飛び出した。
「あのっ、次の授業英語だから準備した方がいいんじゃないかなっ?」
「は?」
「田中先生、今日宿題忘れた人は放課後補習だって言ってたよっ?わたし英語係だからわかるんだ、あは」
「まじで!?ヤバッ、早く誰か写させてよもう!」
染田さんの周りを囲んでいた人たちが散らばっていく。
苦し紛れの嘘だったけど、どうやらみんなは信じてくれたらしい。
「……あ、あの……宮田さ……」
「……保健室、いこっか?」
染田さんは驚いた顔をして、そして、悲しそうに笑った。


「宮田さんありがとう」
改まって染田さんはそう言った。
「いいよ、わたしこそごめんね。すぐ助けに行くことができなくて」
「いいの、はっきり言わない私も悪いから……」
保健室には誰もいなくて、わたしが染田さんを手当てした。
ロッカーにぶつかったとき、たんこぶができてしまったらしい。
染田さんは何も言わないけど、あれは間違いなくいじめだ。
「宮田さんは何も聞かないんだね・・・・・・・」
「なに、聞いて欲しいの?」
「ううん。ありがとう」
何度も何度もわたしに礼を言う染田さんをみて、胸が傷んだ。
身近なところにいじめがあったなんて知らなかった。
「・・・・・・なんでシミって呼ばれているかっていうとね・・・・・・顔に、やけどの痕があるからなんだ。みんなそれ見てシミだって言うの」
そう言って染田さんはマスクを外した。
右頬に広がる、痛々しいやけどの痕・・・・・・。
あまりに生々しくて、わたしは何も言えなかった。
「幼稚園のころやけどしちゃったから、あんまり覚えてないし、私自身気にしてなかったんだけど、中学になってからは嫌がらせとか、そういうのが多くなってね・・・・・・」
このみちゃんは悪口を言っていたんだ。
人の容姿のことをからかうだなんて、信じられない。
最低な人間だ。
「もう慣れたからいいの。宮田さんも、私に関わらないでね。傷つけたくないから・・・・・・」
きっとそれは本心ではないだろう。強がりのはずだ。
わたしに、本当はそばにいて欲しいのだろう。
わたしは何も言えなかった。
わたしだっていじめられるのは嫌だからだ。
いじめられている子の身代わりになるのは漫画の世界の話。わたしたちの世界では到底できないこと。
ごめんね染田さん。
そして、わたしたちは別々に教室に帰った。

ひみつの教室

ひみつの教室

儚くて、それでも繋がってたい。わたしたちのひみつの絆。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-09

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  1. あんこのひみつ