You think what you are think
『集成されたガラクタ――歩行者のための六つの命題』
歩いていた。誰が。哲夫だったかもしれない。哲夫でなければならない理由はない。武蔵小金井のイトーヨーカドーで一万円を受け取った男が、タウンアンドカントリーのジャケットを買い、ラングラーのジーンズを買い、二千円を残した。残った二千円は彼のものだったのか。それとも彼が二千円の所有物だったのか。所有という言葉を使うと、すでに警察が来ている。警察は来ていない。来ていないということは、警察が存在しないということではない。彼は歩いた。麻布まで歩こう。なぜ麻布なのか。麻布が彼を呼んだのか。呼んだという表現は擬人法である。擬人法はしばしば失業者の最後の財産になる。
母は化粧をしていないときのほうが美しかった。これは記憶である。記憶は証拠ではない。証拠は裁判所に提出される。母は裁判所にいなかった。母は台所にいた。ベーコンとピーマンを炒めていた。油が音を立てる。音は命題ではない。しかし音を聞いた者は、そこに意味を発見する。意味を発見した瞬間、意味は失われる。これは哲学ではない。夕食である。
二酸化炭素なんて古い事。ヨウ素とケイ素が蜜蜂を圧倒する瞬間にキス。蜜蜂はキスを理解しない。蜜蜂にとってキスは花粉の輸送経路の異常である。CNNは原発事故を報道する。報道は事故を説明する。説明は事故を終わらせない。放射線は見えない。見えないものを見えないと言うとき、われわれは何を見ているのか。哲夫は自分の身体を見た。身体はあった。あったということだけが確実だった。ところが翌朝、身体は起床を拒否した。
俺は指揮をしてほしくない。
この文章には主語がある。主語があるからといって主体が存在するとは限らない。指揮者がいないオーケストラは演奏できるか。演奏できる。演奏できない。問題は演奏という言葉の使用法にある。誰かがタクトを振る。誰かがそれを見ている。誰かが見ていない。見ていない者のために音楽は存在するのか。新日本プロレスのゴングが鳴る。審判は倒れている。観客は笑う。笑っているのは観客なのか、観客席なのか。
哲夫は麻布まで歩こうと考えた。考えたというより、考えが彼の頭部に侵入した。頭部には入口がある。入口にはドアがある。ドアには取っ手がある。取っ手には行政の許可が必要だった。申請書には職業を書く欄があった。無職と書いた。無職という職業は存在するのか。存在する。存在しない。彼は欄外に「歩行者」と書いた。窓口の女はそれを訂正した。歩行者は職業ではありません。では、歩くことをやめた人間は何になるのですか。女は答えなかった。答えないことは行政上の回答である。
二千円。二千円。二千円。金額を三回繰り返すと金額は呪文になる。呪文になると貨幣は物質から離れる。物質から離れた貨幣は空中を飛び、哲夫の顔面に衝突した。彼は倒れた。倒れたのは哲夫ではない。彼の信用だった。信用は立ち上がらない。立ち上がらないものを立ち上がらせようとするのが政治である。政治は演説する。演説は人間の口から出る。口は食べるためにある。食べるための口が国家を語る。国家は食べられない。国家を食べようとした男がいた。男は胃薬を買った。
そうだ!麻布まで歩こう!
その声はどこから来たのか。武蔵小金井か。母の台所か。テレビの内部か。過去の自分か。未来の自分か。未来の自分は現在の自分に借金をしている。返済期限はない。借金のない人間は存在しない。存在しない人間は借金をしない。したがって借金をしている人間は存在する。これは論理的に正しい。正しいことが救いになるとは限らない。
集成されたガラクタ。ガラクタは集成されると文化になる。文化は展示される。展示されると説明文が付く。説明文は作品を殺す。作品が死ぬと鑑賞者がやって来る。鑑賞者は死体の前で感想を述べる。「面白いですね」。面白いとは何か。面白いという言葉を使うことができる状況、それが面白いということなのか。哲夫は笑った。笑いは突然始まった。止まらなかった。止まらない笑いは病気と区別できない。病気は診断される。診断は名前を与える。名前を与えられた瞬間、病気は患者の所有物になる。
俺は指揮をしてほしくない。俺は指揮をしてほしくない。俺は指揮をしてほしくない。ニュース速報が入る。株価が下がる。蜜蜂が死ぬ。二酸化炭素が増える。誰かが一万円を渡す。誰かが二千円を残す。誰かが母を思い出す。誰かが母を忘れる。忘れたことを思い出す。思い出したことを忘れる。武蔵小金井、麻布、三鷹、喫茶店、サークルK、水道、満員電車、原発、パチンコ、万葉集、重曹、ドライヤー、ウグイス嬢、舌なめずり、利ザヤ、ムカデ、タウンアンドカントリー、ラングラー。
歩いていた。誰が。もう問わない。歩行は命題ではない。歩行は証明でもない。目的地に到着しなかったことは、失敗を意味しない。到着したことも成功を意味しない。麻布は遠い。遠いという言葉は距離を測る。距離を測る者は、まだ歩いている。
哲夫は立ち止まった。
立ち止まることも歩行の一部だった。
そして誰も指揮をしなかった。
You think what you are think