引っ越し

引っ越し

引っ越し

 引っ越しと言っても、人の引っ越しではない。約八年実家にいた飼い猫が、主に面倒を見ていた、ペット飼育可のマンションに居住している姉のところへ引っ越したのだ。

 実家に彼女がやってきたのは夏の暑い日だった。私は諸事情で家にいる時間もあまりなく、存在を知ったのはすでに彼女が家に居ついた段階であった。 
「うちに猫がいるの知ってる?」
「え?」
 初耳だった。それ以来、私は家にいる時間を長くして、どうにかして彼女と接触しようとした。彼女はすでに餌付けされており、さらに行動範囲が実家周辺になっていたため、接触は簡単にできた。しかし、飼い猫にするまでに時間がかかった。

 我が家は猫好きが揃っている。しばらく前までは、常に猫がいた。ただ、「家には上げない」という父親の鉄の掟があり、それゆえに命を落とした猫もいた。

 その掟は今も変わっていない。それゆえ、彼女は外での暮らしを余儀なくされた。

彼女はかつて交通事故にあった痕跡があると獣医は告げた。それゆえ、行動範囲が家の周り、絶対に道路に出ないという猫である。遠くに行くと危ない、このあたりにいればごはんが出てくると彼女は経験で分かっていたのだろう。遠くに行くことなく、彼女の仕事はまさに御庭番だった。庭に侵入する野良猫は容赦なく唸り、喧嘩し、追い払った。怪我をして、入院することすらあった。「お腹のあたりに怪我をしたということは、いい喧嘩をしたということですよ。負けてませんよ。喧嘩に負けた猫はお尻に怪我をします」と獣医は讃えた。

 さすがにその女傑、女王猫も持病と寄る年波には勝てないようだった。夜、雨の日、台風、雪の日などは玄関に入れ、家に上がってこないようにしていたが、気まぐれで家に入りたくなさそうにしている冬の寒い日などに無理に玄関に入れることがかわいそうに思えた一番の猫好きの姉が、とうとう実家に隣接して専用の小屋を建てた、もうその頃には無理して家の中に入ってくることもほぼなくなってきた。

 姉はすでに結婚して家を出ているが、彼女の世話をしにほぼ毎日実家に来て、必要があれば病院にも連れて行っていた。「父親の理解があれば家に入れてあげたいのに」と常に嘆いていた。私もそれは考えていたが、父親は頑として首を縦に振らなかった。

 そして、姉はとうとう彼女を自分の部屋へ連れて帰った。推定ではあるが、かなりの高齢にあたる彼女にとって環境の変化が心配だったが、冬の寒い屋外や電源のない小屋よりは良いのではないかと考えている。

 実家には、この夏に子猫が現れたそうだ。相変わらず方針は変えずに飼っているようだが、子猫であるがゆえに、心配も多い。

 どうか、彼女らが平和に毎日を過ごせますように。そう祈らざるを得ない。

引っ越し

引っ越し

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2013-02-08

Copyrighted
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