命日

 今日は「妻の祖母」の命日だ。

 いつものように過去帖をめくって確認する。毎日過去帖を見ながら、ご先祖に手を合わせるのは日課だ。

「今日、お婆ちゃんの命日だよ。」
「うん、そうだね。」

 妻はちゃんと暗記しているようだ。

「畑仕事、一通りやったら、お墓参りに行こうか。」
「そうね。じゃあお花、摘んでおくね。」
「うん。」


 車を走らせ、祖母のお墓へ向かう。お墓までは遠くない。十五分くらい。そう、すぐそこだ。

 近所の総合病院の前を通り過ぎた時、妻が言った。

「そういえば〇〇さん、病気なんだよね。」
「ああ、そう言ってたね。」
「△△ちゃんが、かわいそうって言ってたね。」
「うん、そう言ってたね。でもさ、あんまりかわいそうって思わないほうがいいと思うんだよね。」
「どうして?」
「うん、だって周りがそう言ったら、〇〇さん、本当にかわいそうな人になっちゃうでしょ?」
「あ、そうだね。」
「僕ね、何度も話してるけど、小さい頃に足が悪くて入院してさ、退院後も二年くらい松葉杖だったんだよね。」
「うん、知ってるよ。」
「しかもさ、松葉杖を卒業してからも、しばらくは走るの禁止だったんだよ。」
「そう言ってたね。」
「でもね、その時周りのみんなが、普通に接してくれたんだよね。」
「うん。」
「だからさ、僕はかわいそうな子にはならなくて済んだんだよね。」
「そうだったね。《英くん》でしょ?」
「そう、英くん。」

 この言葉で、久しぶりに幼いころのことを思い出した。
 
 英くん。僕の一つ年上の幼なじみだ。



 幼稚園の年少から年中に上がってほんの数日経った時、僕は両親に連れられて病院へ行った。
 大きな小児病院だった。
 
 ハッキリとは覚えていないが、足が痛いと両親に訴えていたようだ。
 両親は、地域の整形外科や接骨院など、いろいろ診察に行ってくれたのだが、どこへいっても医師から「問題ない。」と言われていたようだ。
 しかし、僕の足の痛みはおさまらない。
 
 そんな時にご近所の方が、この大きな小児病院を教えてくれたようだ。

 
 病院へ行った日、医師はこう言った。
「すぐに入院してください。」

 どうやら、あまり状態は良くないらしい。その日のうちに入院することが決まったと記憶している。

 初日は、3階の個室で母と一緒に泊まった。そこまでは良かったのだが、翌日には大部屋へ移ることになっていたのだ。

 僕を病室に残して、帰ろうとする母。その母に向かって泣き叫びながら言った。

「ちょっと待って!大事な話があるんだぁー!」

 母は振り返ろうとしたみたいだが、そのまま去って行った。

 後に聞いた話だが、母は看護師さんにこう言われたそうだ。

「お母さん、辛いでしょうが振り返らずに行ってください。」

 そんな僕だったが、人は環境に慣れてくるものだ。数日後にはもう泣くこともなく、現実を受け止めていた。


 入院して一ヶ月くらい経った頃だろうか…。どうしても眠れない夜、ベッドから起きてナースステーションへ向かった。
 看護師さんは二人いた。そして僕に気が付き、声をかけてくれた。

「どうしたの?眠れないの?」
「うん…。」
「じゃあ、ここで少しお話しようか。」
「いいの?」
「うん!」

 そう言って、温かく迎えてくれた。そしてコーヒー牛乳をくれた。
 その二人の看護師さん、顔も覚えていないし、年齢もわからない。
 ただ、僕の勝手な記憶の中では、今でも超絶美人の素敵な方ということになっている。
 その後、夜になると何回もナースステーションへ行ったことは、本当は内緒にしておきたい…。

 どのくらい入院していたのだろうか。きっと三ヶ月くらいだったのだろう。退院の日が来た。
 家に帰れる。そう思うとうれしいはずなのだが、ちょっと寂しい思いもあったことを覚えている。

 
 退院した、といっても左足が地面につかないように、ベルトで固定し、そして松葉杖で歩く。
 こういう生活が小学校に入学する直前まで続く。

 僕はもう幼稚園には行けなかった。そう、幼稚園を中退したのだ。
 そして、毎日松葉杖で外を歩いている。足は悪くとも、子どもだから遊びたいのだ。

 ある日、大きなお兄さんたちに絡まれた。小学四年生くらいだったのだろうか。幼児の僕からしたら、すごいお兄さんだ。

「お前さ、いつも松葉杖で歩いているよな。」
「幼稚園、行ってないのか?」
「何サボってるんだよ。」

 僕は逃げた。必死に逃げた。松葉杖を使って小さな柵を乗り越える。こういう使い方は、自分で考えた技だ。

 しかし、逃げ切れるわけはない。また捕まる。

「お前さ、そんなことが出来るなら、ちゃんと幼稚園行けよ。」
「そうだそうだ、何サボってんだよ。」

 そう言って松葉杖を取られた。
 僕はもう怖くて泣いた。だけど泣けば泣くほど、このお兄さんたちは、さらに詰め寄ってくる。

「なに泣いてんだよ。」
「そうだそうだ。」

 今思えば、昭和の頃って本当にこんな感じだ。まるでジャイアンとスネ夫だ。そして僕はのび太か?

 その時、僕は見た。
 通りの向こうに「英くん」がいる。そして、僕を見てる。

「英くん、助けてっ!」

 泣いている僕は、言葉には出せなかったが、心の中でそう思った。しかし英くんは走り去った。

 ああ、英くんにも見捨てられた…。どうしよう…。


 そんな時、母が駆けつけた。

「あんたたち、何やってるの!」

 こうして、僕はジャイアンとスネ夫から解放された。
 良かった…。いや、良くない。悔しい。悲しい。いろいろな思いが頭をよぎった。

 後で聞いた話だが、英くんは僕を見捨てたのではなく、僕の母の所へ走って行ったようだ。
 たかしが大きいお兄さんたちにいじめられてるよって伝えてくれたのだそう…。

 それはそうだろう。いくら僕の一つ年上でも、ジャイアンとスネ夫はさらに年上だ。英くんだって勝てる訳がない。

 ナイス、英くん。ありがとう。

 英くんの家は団地の三階、そして僕の家はその一階だった。
 同じ団地で生まれ、物心ついたときには既に近くにいる存在だった。

 ちなみに、このお兄さんたちは僕の母に説教され、とても反省してくれた。
 母は、お兄さんたちの親には、このことは言わなかったようだ。

「ごめんな。今度からお前に何かあったら助けるからな!」

 そう言ってくれた。
 実際その後、会うたびに笑顔で話しかけてくれ、小学校に入学した後も学校で何度も会った。
 いつの間にか、心強いお兄さんになったけど、僕はお兄さんたちの名前も知らない…。


 
 小学校へ入学する少し前、定期検診で病院へ行った。

「うん、もう松葉杖は使わなくていいよ。ベルトも外そう。今日からは歩いていいよ。」

 先生はそう言った。

「よし、歩いてごらん。」

 久しぶりに地面につける左足。
 ぎこちない…。ヨタヨタしながら一生懸命歩いた。そんな僕を見て、母も父もよろこんでくれた。

 
 歩くことは解禁されたが、走ることはまだ禁止されている。
 しかし遊びたい。走りたい。
 当時の子どもの遊びって、走ることがほとんどだ。
 野球、鬼ごっこから派生した様々な遊び…。僕は走れない。でも一緒に遊びたい…。

 その頃の僕の近所には、子どもたちがたくさんいた。そして、ほとんどみんな僕より一つ年上。そう、英くんと同い年だ。
 幼少期の一つ違いは随分と違う。出来ることも体格も。
 そしてなんと言っても僕は走れない。
 本当は、一緒に遊べる仲間ではなかったのだろうが、英くんはいつもそばにいてくれた。

「たかしには無理だよ。」
「そうそう、お前なんで来るんだよ。」

 みんなからそう言われた時、英くんが言った。

「たかしは走れないから、打った後は俺が走るよ。そうすれば一緒にできるだろ。」

 この一言は、僕の人生を大きく変えてくれたと思う。
 遊びが変わるたびに、「たかしルール」をみんなで考えてくれるようになった。

 しかし、英くんは特に僕に優しかったわけではない。怒るし泣かすし、結構ひどいことも言う。
 僕のことを「たぬきに似てる!」
 と言って、その後のあだ名が「たぬき」になったのも、英くんのせいだ。
 しかし、英くんが「たぬき」って呼んでくれるときは、なんか温かく、優しかった。たぬきも悪くない。

 いろいろ言ってくる一つ年上のみんなを説得して、出来る方法を考え、普通に一緒に遊んでくれた英くん。僕はこういう良い経験をさせてもらった。
 そう、かわいそうな子ではなく、みんなに普通に接してもらえたのだ。


 小学五年生に上がる時、僕はすぐ近くの団地に引っ越した。
 ところが、近くても隣の市になったので、僕は転校した。
 それからは英くんと会うことは、少なくなった。
 ただ、隣の市といっても本当に「すぐそこ」だ。
 それからも、スーパーで会ったり、自転車に乗ってて会ったり、特に約束をするようなことはなかったが、時々会うことはあった。


 高校三年生の卒業前、大学も無事に合格した僕は、自動車教習所に通い始めた。

「おう、たぬき、久しぶり。」
「あっ英くん、久しぶり。あのさ、そろそろその呼び方やめない?」
「まあいいじゃん。」

 相変わらず、英くんの声は優しい。

 英くんも同じ時期に、この教習所に通っていた。だから教習所ではその後も何度か会った。

 
 大学三年生の時、家の前を歩いていると、車から僕を呼ぶ声が聞こえる。

「おい、たぬきーっ!」
「おう、英くん!」

 もうこの世界に僕を「たぬき」と呼ぶのは、この名付け親だけだ。もう、やめろとは言わない…。

「何してるの?」
「学校の帰りだよ。」
「そうなんだ。久しぶりに家に寄ってく?」
「おっ、いいね!」

 こうして何年ぶりか、英くんは家へ来てくれた。

「おばさん、いないの?」
「そうみたいだね。」
「おじさんは元気?」
「うん、元気だよ。」

 そんな普通の会話から、ちょっとここでは言えないような話までして、久しぶりに英くんとの時間を楽しんだ。

「じゃあ、帰るよ。」
「うん、気をつけてね。」
「おう。あっ、おじさんとおばさんによろしく伝えて!」
「わかった。また遊びに来てよ。すぐ近くなんだからさ。」
「おう、たぬきもなっ!」

 こうして英くんは帰って行った。

 
 その三日後、英くんは交通事故でこの世を去った。運転中の事故だったらしい。

 お葬式へ行って、かつての友達と久しぶりに会う。彼らと会うのは本当に久しぶりだ。みんなで英くんの思い出話をする。涙を流しながら…。

 
 僕はオートバイをかっ飛ばした。そして、いつも行く飲み屋さんへ入る。

 飲んで泣いた。飲んだからもうオートバイには乗れない。でも飲んだ。そして店を出て、ブロック塀を殴り続けた。
 手が血だらけだ。飲み屋の仲間が止める。それを振り払って殴り続けた。
 そして目が覚めると、停めたオートバイの横にいた。
 通勤途中の人たちが、目を合わさないように見ながら通り過ぎる。それはそうだろう。オートバイの横で野宿している、拳が血だらけの奴。関わらないほうがいいと思って当然だ。


 数年前、ふとした瞬間に英くんのことを思い出した。
 なんとも言えない感じになり、僕は英くんの家に電話をかけた。

 英くんのお母さんは、数年前に亡くなったと聞いているが、お父さんはいるはずだ。引っ越したりしていなければ、まだあの団地にいる。
 スマホが主流のこの時代、果たして繋がるのか?ちなみに電話番号は覚えている。昔の家の電話番号とは四つ違いだから…。

 英くんのお父さんが電話に出た。

「あの、赤瀬川です。昔、その団地にいた…。」

 しばらく沈黙が流れる。それはそうだろう。電話するのは三十年ぶりくらいだから。

「あ、たかしくん?どうしたの?」
「おじさん、突然すみません。なんか、英くんのこと思い出して…。そうしたら、どうしても電話したくなっちゃったんですよ。」
「そうなんだ。ありがとう。思い出してくれてありがとう。」
「何言ってるんですか。僕、本当に英くんにお世話になったんですよ。」
「そうかい?でもいつも仲良くしてくれてたもんね。」
「仲良くしてくれたのは、英くんだよ。だってそれで僕、寂しくなかったんだよ。」
「そうかい、ありがとうね。明日は息子の命日だからね。本当にありがとうね。」

 少し鳥肌が立った。
 なんだって?明日、英くんの命日か…。
 そうか、英くん。お父さんのこと、気にかけてたんだね。やっぱり英くんは優しいね。

 そう思いながら、電話越しでおじさんと二人で泣いた。


 
 この経験は、何度も妻に話している。だから今日も幼少期の話になった時、「英くんのこと?」って言ってくれた。
 
 残念ながら、家の過去帖に英くんの名前はない。「その日」が正確に何月何日かも曖昧だ。
 その後、英くんのお父さんがどうされているのかも、もうわからない。

 

「あなた、本当に英くんがいてくれて良かったね。」
「うーん、そうだね。」
「今日もさ、ふと話が出たでしょ?」
「うん、なんでこの話になったんだっけ?」
「うーん、なんだっけ?」
「ああ、〇〇さんの…。」
「そうそう、でもね。思い出すって何かあるよね。そういうの…何かあるよね。」
「そうだよね。」
「英くんか。フルネームなんだっけ?」
「ん?英くんでいいんじゃない?」
「そうね。英くんだもんね。」



 お墓に到着した。
 
 そう、今日は「お婆ちゃん」の命日だ。
 
 

命日

命日

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-11-06

Copyrighted
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