信じる心


【自宅にて】

「明日、お墓参りに行こうよ。」
「うん?明日?いいよ、じゃあ行こっか。お花、どうする?」
「明日の朝、畑から摘んで行こうよ。」
「そうだね。じゃあそうしよう。」

 僕たち夫婦は、お墓参りにはよく行く方だと思う。東京には僕関連のお墓もあるが、山梨に住み始めてからは、妻関連のお墓が近くなったからとても行きやすい。しかも、畑にお花も植えているから、もう買わなくても良くなった。これはうれしい。
 ちなみに近くなったから数が増えたわけではない。東京に住んでいたころから、訪れる回数は変わっていない。最低でも年に四、五回は必ず行く。

「どこから回る?いつも通りでいい?」
「うん、そうしよう。でもはじめてあなたと山梨のお墓参りに来た時は、本当に不思議だったね。」
「またその話かい?まあ確かに大変だったよ…。」



【はじめてのお墓参り】

 はじめて妻(この時はまだ妻ではないが…)と山梨のお墓参りに来た時、不思議なことがあった。偶然と言われてしまえばそれまでだが、そうは思えない。
 
 山梨にはいくつか回るお墓がある。妻の両親のお墓があるお寺、そして、少し離れた集落の墓地に祖父母、曾祖父母のお墓、本家のお墓、総本家のお墓がある。それらを全て回る。
 この日僕たちは、まず妻の両親のお墓に行くことにしていた。

 高速道路のインターを降りて、お花を買うためにスーパーへ行く。そして、両親のお墓があるお寺に向かう。そこまでは良かった。お寺に到着し、車を降りてお墓へ向かうと、突然の大雨だ。

「えっ、今日って雨降るんだっけ?」
「いや、そんなこと聞いてないよ。」
「だよね、傘も持ってない。」
「ひとまず、車に戻ろう。」
「うん。」

 急いで車に戻ったが、ゲリラ豪雨のようで、二人ともずぶ濡れだった。

「まいったな…。どうしたんだろう。着替え、買わないとね。」
「うん……、順番間違えちゃったかな…。」
「えっ、どういうこと?」
「総本家から順番にお参りして来い!ってお父さんが言ってるような気がするんだよね…。」
「そうなの?でも、…そうか、そうだよね。じゃあ、やり直そうか。」
「そうね、やり直そう!」

 こうして、一旦車を走らせ、近くで簡単な着替えを買い、トイレで着替えて集落の墓地へと向かった。

「あっ、そこを曲がって。」
「ここかい?」
「そうそう、その先のお墓…。」
「ああ、あそこね。了解!」

「ねえ、見て。晴れてきたよ。」
「……本当だ…。」
「お父さんに怒られちゃったね。」
「そう…だね。」
「でも、やり直したからもう大丈夫だと思うよ。」
「そうかい?」
「うん。」
「あのさ、なんか、霊感とかそういうのあるの?」
「えっ、私?私は全くそういうのわからないよ。」
「そうなの?」
「でも、きっとそういうことだよ。」
「そうなのかなぁ…。」
「さあ、お参りしようよ。」
「うん、じゃあお花とお線香を準備するね。」
「ありがとう。」

 こうしてはじめての集落のお墓参りをして、その後あらためてお寺のお墓に到着した。
 この日、あのゲリラ豪雨のあとに雨が降ることはなかった。しかも、お寺に着いたころには晴天だ。

「ほら、もうお父さん怒ってないよ。よく来たねって言ってると思う!」
「そうなのかな…。そうだといいけど…。」

「はじめまして。この度は順番を間違えてしまって、すみませんでした。赤瀬川と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」

 こうして、山梨でのはじめてのお墓参りは、不思議な体験となった。

 

【東京にて】

 妻(この時もまだ妻ではない…)の長男が学校を卒業し、私たちの会社に入社していた。
 そして今日はリフォーム工事で公務員の宿舎に来ている。最近知り合った工務店さんの下請けで、はじめての仕事の依頼だった。
 もちろん長男も一緒だ。

「あれっ、ここって私知ってるんだけど…。」
「そうなの?」
「うん、間違いない。ここだよ。あっちに小学校があると思う…。」

僕は車のナビを見る。

「うん、あるよ。」
「そこ、私の入学した小学校だよ!」
「そうなの?」

 今の話を聞いていた現場監督さんが驚いている。

「えっ、山梨出身って言ってなかったっけ?」 
「そうなんですけど、小学校に上がる少し前から、父の転勤でここに住んでたんです。部屋番号までは覚えてないですけど…。」
「そうなの?それはすごい偶然だね。」
「そうですね。あー、何かすごく懐かしい…。忘れてたよ…。」

 こんなことがあった。
 この出来事をきっかけに、こちらの現場監督さんからの仕事は、少しずつ増えていった。
 そして僕はどんな現場にも長男を連れていった。
 長男は僕のことを親方と呼ぶ。

 そういえば、お義父さんは長男が生まれて五ヶ月後に亡くなったそうだ。


 ある日の昼休み、ご飯を食べながらこんな話をした。

「なあ…。」
「はい、親方。」
「お爺ちゃんのこと、知ってるか?」
「いえ、生まれてすぐ亡くなったから、全く覚えていません。」
「そうだよな。」
「お母さんに聞いたことあるか?」
「公務員だったっていうことは聞いてます。」
「そうか。俺が知る限り、お爺ちゃんすごい人だったみたいだぞ。」
「そうなんですか?」
「ああ。公務員って役職とかあるだろ?お爺ちゃんの役職知ってるか?山梨のお墓に刻まれてたろ。見たことないか?」
「そうなんですか、知りません。」
「そうか、今度行ったら見てみるといい。」

 こんな話をしている時、またしても現場監督さんが話に割って入ってきた。

「えっ、それって…。君、君のお爺ちゃん、親方が言うようにすごい人だよ。」
「そうなんですか…。」

 長男が少しうれしそうにしているように見える。僕は、自分のルーツを知るというのはとても大切なことだと思っている。しかも、血縁の身内から聞くよりもはるかに頭に入る。だから僕も少しうれしくなった。


 それから五年勤めて、長男は退職した。自分のやりたい仕事を見つけたからだ。よく五年も頑張った。
 この五年間、この現場監督さんからは本当にたくさんの仕事をいただいた。そう、公務員関係の入札工事も、宿舎も、お義父さんがいたと思われる建物工事もやらせていただいた。


 長男が退職してから、この工務店との取引は激減した。この工務店が入札工事から撤退したからだ。しかし、僕たちの会社は、おかげさまで元請けとして少しずつ力をつけていくことが出来たので、取引が減ってもなんとか持ちこたえることができた。

「あの子のこと、お父さんはしっかり見ててくれたのね。」
「そうだね。そうとしか考えられないよね。」
「うん。」
「でもさ、僕たちのことも見ててくれたと思うよ。」
「そうね。お父さん、ありがとうね。」
「本当に、ありがとうございます。」

 これは偶然だったのか。やはり不思議な体験だった。



【結婚して…】

「今日もいつもの所でいいよね。」
「うん、そうしよう。」
「前に来たのはいつだっけ?」
「春のお彼岸?いや、五月の連休にも来たよね。」
「そうそう、そうだったね。」

「入籍して、はじめてのお墓参りだね!」
「そうだね。ちゃんと順番、間違えないようにしないとね。」
「そうね。でも今回は、お父さんとお母さんのところが最初でいいんじゃない?」
「うん、僕もそう思っていたよ。」
「ふふふっ、どうなるかな?」
「また怒られちゃったら困るな。」
「大丈夫よ。」
「そうだよね。」

 僕たちはある年の六月に入籍した。そして入籍後のはじめてのお墓参りで、今は山梨に向かっている。いつもの所とは、宿泊もできる温泉施設のことだ。部屋の予約もできるが、大きな休憩室があって、部屋を予約しなくてもそこで宿泊ができる。だからいつも予約なしで行っている。
 この施設はとても良い。温泉もあるし、食事処も床屋さんもある。
 僕はこの施設に行く時には、床屋さんに行くことがお決まりになっていた。
 そして到着する。

「じゃあ、僕は床屋さんに行ってからお風呂に行くよ。」
「わかった。じゃあお風呂あがったらいつもの馬刺しの美味しいところに集合ね!」
「うん。じゃあ。」

 こうして僕は予約している床屋さんへ向かった。

 この施設は会員制だ。会員になっているのは妻だ。そして、その会員コードで飲食、床屋、マッサージなど全てが後精算で出来る。
 僕は床屋へ行き、バーコードを差し出す。そして散髪が始まった。
 途中で床屋のご主人が聞いてきた。お話するのは、はじめてだ。

「〇〇さん(妻の旧姓)は、どちらからいらしたのですか?」
「あ、東京です。」
「そうですか。東京には〇〇って苗字、結構いらっしゃるの?」
「いえいえ、東京ではこの苗字、聞いたことないです。〇〇は妻の旧姓です。妻は山梨の出身なので。」
「ああ、そうなんですか。私、ずいぶん昔、牧丘ってところで床屋をやってたんですけどね。」
「ああ、牧丘。知ってますよ。」
「その時の常連さんに、〇〇っていう方がいたんですよ。私の友達でね。」
「あ、そうなんですか。」
「そうそう、まあその人は公務員だったんですけどね。」
「えっ、もしかしてその〇〇さんって、〇〇□□さんですか?」
「そうそう。あ、ご存知?」
「その人、妻の父です。」
「ああ、そうなんですか。ねえ、山梨でも珍しい苗字だもんね。」

 僕はこの床屋さんを何回も利用させてもらっている。そしていつも予約しているから、予約の名前もわかっているはずだ。このご主人にも、以前も切ってもらったことがある。ちゃんと覚えている。


「ちょっと聞いて。今床屋さんでね…。」

 僕は少し興奮して、妻にそのことを話した。

「なんかね、やっとお義父さんに認めてもらえた気がする…。」
「そう?そう思うなら、きっとそうなんだよ。良かったね。」
「うん、本当に良かった。…気がする。」
「ふふふっ、じゃあ明日はしっかり報告しないとね。旦那さま。」
「ちょっと、そういうむず痒い呼び方、やめてよ。」
「ふふふっ、じゃあご飯食べよっか。」
「うん、そうしよう。」
「やっぱり馬刺しは食べようね。」
「そうだね。美味しいからね。」
「生ワインも飲もうよ。」
「いいね、飲もう飲もう!」


 翌朝、温泉施設を出発した。妻と決めていたとおり、まずは両親のお墓へ向かう。
「今日は、怒られないかな(笑)」
「うん大丈夫。昨日、もう認めてもらってるじゃない。あ、私その牧丘の床屋さん、多分知ってるよ。お父さん、甲府に引っ越してからも牧丘まで行ってたよ。」
「そうなんだ。って、それ昨日教えてよ。」
「ふふふっ、ほらっ、ちゃんと運転して(笑)」


「お義父さん、お義母さん、いつも見守っていてくださってありがとうございます。いろいろありましたが、入籍して夫婦となりました。これからあらためて、よろしくお願いいたします。」

 二人でしっかりと報告した。

 この日の天気は雲一つない快晴。八ヶ岳も南アルプスも富士山も、本当にきれいだった。



【そして】

「今日もお墓参りに行かれて良かったね。」
「うん、本当に良かった。ありがとうね、いつも付き合ってくれて。」
「ん?それは当たり前でしょ。一人で行かせたら、今度は僕の頭上だけゲリラ豪雨だよ。」
「ふふふっ、そうね。」
「でもさ、本当に不思議なことってあるよね。」
「不思議?そんなに不思議じゃないよ。」
「だって、そんなの偶然だって言う人、いるかもよ。」
「あら、そんなの言わせておけばいいじゃない。私たちは守られている。ただそれだけだよ。」
「そうだね。」

「そう、それが《信じる心》。」


 ん?今日、不思議だったって最初に言ったのは誰だっけ……?

 ほのぼのと穏やかに暮らしたい。そう思っている僕であった。

信じる心

信じる心

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-11-05

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