・・・イノリストの邂逅(祈徒の章)・・・


まさか神頼みや祈りというものが宇宙という壮大で見当もつかない世界の中で再び意味を持つことになろうとは、皆も思わなかった筈ですし私も今でも驚いて居ます。
祈ること。神様どうか、お願いします。
然うしたものは古くから宗教習慣という生活の中でただ純粋に行われてきたもので其の事実は何も責められなかったのですが、何れ現代と呼ばれる時代になると当然に人々から古臭い宗教行為か非科学的行為と捉えられ敬遠され軽蔑される風潮が主流となってしまったことです。
その行く果てでケシスタン達が再評価と呼べるような呼べないような形をしてまた願掛けや祈祷の重要性を説きはしました。しかしそれはただ文化的な映えを重視してのことですので誰ひとりとして本気で神に祈るなどはしなかったことでしょう。世界は宇宙は我々が然ういう宗教的行為をしようとも勝手に営まれ我々の運命も勝手に既に決まって居る。その上でそんなことをしても明らかに単なる宗教行為だからそれは認めようね?みんなでね?ということでした。
それもすべて、今では古い時代の話ですね。
宇宙に人類がこぼれ出るにつれ、ケシスタン達は宇宙とは何かとか宇宙はそもそも何故そこにここに在るのかを考えざるを得なかったというのですが。
そこで宇宙とはつまり、各ひとりひとりの意識が宇宙たらしめて居る宇宙であるという結論に至りました。
そしたらば、どうですか。
いわゆる「創造せし者」や「神」かそれらしきものが創造した宇宙というものの大きな括りの中に於て。
ポツリ新しくそこに「意識ある自分」というものが恰も別の宇宙であるかのように存在することとなります。その自分も自分以外の他者やモノから見れば創造者の創造した宇宙の一部に過ぎないのですが、自分にとっては途端に自分が自分の宇宙の創造者となる。
自分の宇宙はあくまでも自分の意識や行動次第でどのようにでも変ってしまう。ならばその中で思いつき行った一つの行為が神頼みや祈りであったというだけなのでは?
別物。まったく別物。俗に言われる宇宙の創造者と自分個人は全く以て別物である。そんな当り前のことにやっとこさ気づいたのです。
ケシスタンの呪縛から解き放たれよ。然うして目覚めた真の宇宙ケシスト達またの名を個人主義者たちが、さあその手を合せ祈りましたことでしょう。どうか。どうか。どうにかして下さりたい。お願いします。頼みますから。
祈徒。またの名をイノリストと呼ばれたい。

然うした者は皆、一つには失うと思っては居なかった家族や友人を失い、一つには自らの名声のすべてを象って居た大きく名高い基地共同体の内紛や爆散による突然の消滅に見舞われ、また一つには共同体側から前触れもなく今日から必要ないとして解雇放浪を言い渡されたりした者たちでした。宇宙各所へ向けて思えるところの丈を明かそうにも如何なる共同体の人類からも同情の念を述べられるだけで投稿主と視聴者という関係から発展することはなく、実際に或る基地へと足を運んでみては自己責任の負け犬はさっさと自然衛星の肉片か隕石にでもなれと突っぱねられ相手にされることなどなかったといいます。

それでも祈れるその者たちは、人類そのもののように宇宙からすれば些細な命であろうとも、宇宙を彷徨った人類のケシスト史に於ては比類なく劃期的な光となりました。
人種を出自を、肌の色を問いません。
醜きケシスト及びケシスタン達の文明の粋はつまるところに哀れで凄惨な人種間闘争へと高みを見出し、もはやどんな立派な旗の下の思想集団さえ差別を嫌い、それ故に自らも他を差別して遠ざけました。克服すべきが差別心そのものではなく人種間や属する景勝の差異への違和感であったという、極めて単純な答えに行き着きそして帰ってくるがいい。そこには疾うに優しい悟りを自ら啓いて天の銀河の何かしらの尊いものへと跪きただ只管に祈りへ明け暮れる祈徒たちが居りましょうね。
「神」への服従者か?いえ、その者たちはただ、この状況がどうにかなってくれることをお願いしてるだけなのです。

それがわからないのですか?

ケシスタン達が当然に見た目だけでは区別し得ずに様々な惑星や周回基地そして遭難船より祈徒たちを救助し匿うのですが、あくまでそれは将来性のあるケシスタン市民として期待してのものでした。
宇宙都市空間に恰もそこにあるかのように広がり生い茂る大深緑の中に仏寺あり祈堂あり教会ありときてまた或る湖の朝焼けを背にしては淡い色の鳥居がポツリ佇んで居ます。ケシスタンたるもの、その日常のすべてを巡り歩いて恰も仏を装うかのように座禅を組み、恰も神に平伏すかのように頭を地へつけ祈りを捧げ、恰も神を祝うかのように讃美歌を歌えというのです。その帰途にふと水面に揺れる鳥居を見つめれば思い出したかのように森のあちこちにひっそり根を張る数多の神社を訪れてみよというのです。それらは恰も敬虔なる者の行為かのようで、あくまで人類的な景勝を知る者として「映える」習慣をやってみせて居るに過ぎなかった、というのです。それで良し。深くても浅くても厄介だろう、というらしいのです。だから只々映えるようなことをして居ればそれで良かった、然うらしいのです。
そんなものだから、どこどこの浮遊基地や惑星都市で争いがあったり大勢の犠牲となる大事故があったりなどという情報が手に取るように耳に入るように目に見えるように齎されると突然に寺や祈りの場や教会や神社にて冗談ではないくらい心の底から涙を流しながら名前も知らない皆の無事を祈り祈り祈り尽す難民たちの姿が周囲から浮いて目立ちます。
おい何故そこまでして涙を流して居るのか?映えるためだな?ここがより美しい場所に見えてその祈祷行為がより美しい景勝的文化行為に見えるように只の文化戦略として然ういう涙を流して居るんだな?然うして周りのケシスタン達が問うて来るのですが無言を貫き餘計に祈りに没頭するものですから、挙句の果てには危険分子として拘束されました。
偶然であるとも然うでないとも言えませんが事実として、然うしたケシスタン達は誰も彼も同じ人種で、拘束される側のイノリスト達だけがその多数派とは異なる人種の人間でした。捕まえる側の言い分では人種ではなくケシスタンとしての神髄のみによって団結した集団としてのケシスタン共同体であるらしいのですが、それにしても餘りに肌の色が偏って居たのです。
言い分では、ケシスタンではないということは宇宙生活に於て大変危険であり且つ人間である以上は矯正が可能であるということでもある、のだそうなので。
訊問。罵倒。揺さぶり。拷問。宇宙基地秩序の平和のために野蛮な宗教心の臭いがプンプンする人間には仕方なく哀れな仕打ちをお見舞いするしかない。
それでも覚醒の道を拒み本当に宗教を信じて居るような心ある祈りに終始するイノリストが居れば、仕方ない。原始的に吊し上げるか磔とするの外はなし。
本当に神頼みをするかのように信心深く祈る真似をするような者は、そのような宗教臭い者は、必ずや自らや人類そのものの内にある差別心を克服できない。
ケシスタン達による評価といえばその程度のものだったといいます。
悪魔悪魔。
祈徒へ目がけて皆が呼びました。その様子からするにきっと信じて居るであろう宗教の伝統的な価値観に沿って、最も屈辱的なあだ名を晒しものの愚かなる者へと与えたのでした。宇宙都市の天望む広場や交通網の集合点や仮想空間上の話題の世界で誰にも見えるように縛られ吊るされ、手足を釘打たれたそのままにです。
由緒正しからぬあの差別主義民族の手先にしては兇暴性の見受けられない実に情けない腰抜けめがそれでも息をしようしようとするそうなので来る日も来る日も一人一人が合法的な罵声を浴びせ合法的且つ人道的な範囲内でその人格をこれでもかと否定しました。通信の共有されるすべての文明都市間で泣き叫び命を乞い自分のために正義などかなぐり捨てて呆気なくケシスタン達に寝返ろうとする架空の祈徒の姿形を生成し拡散しやっぱり人間はこの宇宙の彼方でも本来は優越感や差別心を克服できない生き物なのだと共感し合いましたならば、さて我らケシスタンの何とも正しく革新的な在り方が眩しく素晴らしい!という運びとはなります。そのような様相に振舞いに人類が当初に夢見たケシスタンの理想像はもはや跡形も窺えません。

浮遊都市の灯火の暮れた星空の時、奥行きも知れない闇間にポツリ手首を縛り吊るされた或る者を除いてはどの祈徒も何れ命を落したといいます。
救われし或るイノリストが遂にその祈りの実りを受け取ったかは定かではないのです。その縛りをほどき冷たい石畳の上に首を抱きながら助け出して差し上げたのは、地球でも宇宙でも悪魔と言われてしまえるかも知れない如何にも、人為的に生成されたかのような悪魔のような悪魔でした。
毛虫の肌をしたゲジゲジ人間の縮れた尻尾。燃え盛る角。鋭い鼻先。ひん曲がる牙。伸びすぎた爪。筋肉質の全裸の化け物。
それらがすべて苔どぶ色の腐ったような屍色に染め上げられたそれはそれは汚い色をして居ました。宇宙ではありつけないほどの生臭い生乾きのその臭いをしてありのままです。
宇宙の真理に問うてみたらば恐らくきっと悪魔でした。
祈徒の自由を取り戻すなり、説明もなく囁き始め呟くのです。
なんかよぉ。
どいつもコイツもよぉ、俺たちをょ悪魔悪魔って謂うんだけどよぉ、俺たちが何したってよぉ言うんだよぉってムカつくんでよぉ。情けねぇ気がしてくんでよぉ。
悪魔だからよぉ、人を欺くのだろうとかよぉ、人を何にせよ不幸に陥らせるんだろうとかよぉ、嫉妬深くて誰でもいいから殺してやりてぇって思ってるんだろうとかよぉ、どいつもコイツも決めつけて言ってくるんだけどよぉ。
悪魔ってのはよぉ、悪いことをする奴らじゃなくてよぉ、この宇宙の闇を生れた時から勝手に背負わされてるだけなんじゃねぇのかよぉ?
宇宙はよぉ、長いものと短いもの、重いものと軽いもの、あちぃものと冷てぇものとかが両方あって初めて宇宙なんだろうよぉ?
ってことはよぉ、宇宙ができた瞬間から運よく光に生れたものもあれば闇に生れたものもあるっちゅうことだろうがよぉ。
その闇がよぉ、悪魔なんだとしたらよぉ、そいつらって悪者なんじゃなくてよぉ、単に醜くて可哀そうな奴らなだけじゃねぇのかよぉ?
それをよぉ、どいつもコイツもよぉ、悪魔悪魔って謂うのかよぉ?
そんなことよぉ、言ってるそいつらこそ悪魔なんじゃねぇのかってよぉ、思えて思えてならねぇんだよぉ。
俺らはよぉ、あいつらをそりゃ懲らしめてぇんだよぉ。
でもそれってよぉ、俺が悪いからじゃなくてよぉ、謂れなく闇を背負わせてきた誰かそいつが悪いんじぇねぇのかよぉ?
悪魔ってよぉ、あいつらの勝利物語のいいダシにされるために用意されたもんじゃなくてよぉ、この宇宙のよぉ、宇宙がよぉ、今ここにあることと切っても切り離せないから悪魔なんだろうがよぉ、、、。
俺はよぉ、あいつらを懲らしめる時によぉ、あいつらみたいに何が良くて何が悪いなんていう差別なんてしねぇからよぉ、老いも若きも男も女も然うでない者もみんな平等に懲らしめるからよぉ、屈強なツワモノとか弱そうな幼い女の子を襲うばっかりじゃなくてよぉ、75歳くらいの臭くて汚ねぇジジイをちゃんと強姦したりもするからよぉ、俺らはただ直向きに生きてるだけなんだろうがよぉ。よし悪いことしてやろうと思ってよぉ、この体がよぉ、動いてるわけじゃねぇんだろうがよぉ、、、。
わかってくれるのかよぉ、、?
わかってくれねぇかよぉ、、、。
問いました。
悪魔はそのようにして問いました。イノリストはわかるのでしょうか。
暫くするに、イノリストは囁きました。
わかります。
あなたは宇宙の誕生そのものなんですね?
あなたが、宇宙なんですね!然うなのでしょう?然う、然う、然うなんだろうがよぉ!悪魔、悪魔とか軽率に言われ倒してるその悪魔ってやつをよぉ、お前わかるのかよぉ!マジかよ本当かよぉ。俺うれしいよぉ。おぉ。うれしいんだろうがよぉ、、。泣いちまうだろうがよぉ、、おぉ。泣いちまう。泣くだろうがよぉ。泣いてしまう。泣いてしまうのです。悪魔は然うして泣いてしまおうとするのでした。
ですがそして、聞いてください。
悪魔さん。あなたはそのようにして然うなのですからに。
もしあなたがとんでもなく善良なお方に今すぐにでもなってみたら、ひょっとして宇宙はどうなるのでしょうか?
悪魔さんが悪魔さんであられるのは、あなた自身がそれを受け入れて居るからですよね。今日までは分かりました、悪魔さんだったとしましょう。それではこれから、どうしますか?
どうしますかというのは、そもそも今この瞬間のあなた自身のなされた事をよく見つめてみましょうということでもあります。あなたは、今わたしを斯うして助けてくれました。斯うしてしまったあなたがどうしてこれからまた全くの悪魔で居られるというのですか?
今のあなたは更にその場にとても周囲の考える悪魔らしくなく泣き崩れて広い肩を震わせながら、またどんどん悪魔などではなくなっていったのでした。
両脇をしめて両手を揃えとても人には見せられないかのように其の悪魔らしい顔を覆って居ます。あなたは、あなたは今ではきっと悪魔と言うに心許ないあなたとなり宇宙もあなたを求めて居ます。あなたがこれからどう出るのかで宇宙が光と闇の置き場所を変えることでしょう。
さああなたも、自分自身が自分自身でありますように祈り続けてみるのです。自分じゃ宇宙を創造するだなんて想像し得ないし手に負えない。でもここに確実に自分という明らかな宇宙がある。これはもう、祈るしかない。宇宙で人類がしでかすすべての喧騒から逃れ放たれ、最も原始的で最も的を射たその在り方へと返るのです。

然うしてそこには見るからに光ではない黒一点のブラックホールが、小さな点が、近くの砂や石や岩や乗り物や基地や人そのものまでもを軈て吸い込むように誕生しました。
誕生したように、見えた。傍から見ればそこに黒いとんでもない一点が突如として現れたように見えたのでした。
またそして傍から見れば、イノリストが悪魔に呑み込まれたように見えたといいます。すると近くに存在するものそのすべて達が凄まじく宇宙的、なように思える黒一点の力に抗いきれずいとも簡単に次から次へと吸い込まれてゆく、ように見えたというのですね。
しかしこれらの現象は、この宇宙が闇黒側からによってのみ捲り返され、塗り替えられ得るということを示唆して居ました。
またこれらはケシスタン達によれば、ケシスタンならざる者、取分けその中でも白き超新卿とその落ちこぼれ同士が勝手に騒いで引き起す甚だ厄介で迷惑な超常現象、であるように見えるのだというのですから。

・・・イノリストの邂逅(祈徒の章)・・・

・・・イノリストの邂逅(祈徒の章)・・・

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2026-11-05

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