月曜日の拾得物
月曜日の朝、駅の階段に落ちていたのは、木曜日だった。
手のひらに乗るほどの小さな木箱で、蓋には「木」と彫ってある。
駅員の野崎は、それを拾得物係に届けた。
「またですか」
係員はため息をついた。
「また?」
「先週は火曜日でした」
「火曜日?」
「ええ。先々週は土曜日」
係員は棚から帳簿を取り出した。
《拾得物:曜日》
野崎は目を疑った。
「曜日って、落とすものなんですか」
「最近は、そういうこともあるようです」
係員は慣れた手つきで木箱を棚に並べた。
*
その日の午後、駅に一人の女性が駆け込んできた。
「木曜日、届いていませんか!」
係員は顔を上げた。
「お心当たりがおありですか」
「はい。私の木曜日なんです」
「特徴をお願いします」
「午前中は会議で、午後は歯医者の予約が入っています」
「ほかには?」
「夕方に母へ電話するつもりでした」
係員は帳簿を確認した。
「間違いありませんね」
木箱を差し出すと、女性はほっとした顔になった。
「良かった。これがないと、今週が水曜日の次に金曜日になってしまうところでした」
「お気をつけください」
「はい」
女性は木箱を鞄に入れ、急いで帰っていった。
*
翌週、野崎はまた曜日を拾った。
今度は日曜日だった。
小さな白い封筒に入っていた。
中には、朝寝坊と、洗濯物と、少し冷めたコーヒーの匂いがした。
「これ、どうやって持ち主を探すんです?」
野崎が尋ねると、係員は首を振った。
「日曜日は難しいんです」
「なぜ?」
「みなさん、なくしたことに気づかないまま月曜日を迎えますから」
「なるほど」
「それで、なんとなく疲れが取れないと言うんです」
野崎は封筒を見た。
確かに、どこか疲れたような日曜日だった。
*
その月の終わり、拾得物係の棚は曜日でいっぱいになった。
火曜日が三つ。
水曜日が一つ。
金曜日が二つ。
土曜日が四つ。
そして、日曜日が七つ。
「どうして日曜日ばかり?」
野崎が尋ねた。
係員は答えた。
「みなさん、日曜日を大事にしすぎるんです」
「大事にすると、落とすんですか」
「大事にしすぎて、予定を詰め込むんですよ」
野崎は棚を見た。
七つの日曜日は、どれも少しくたびれていた。
*
ある雨の日、老婆がやってきた。
「金曜日を落としたようなんですが」
「いつ頃ですか」
「四十年ほど前です」
係員の手が止まった。
「四十年前?」
「はい。夫と喧嘩した日です」
老婆は小さなハンカチを握っていた。
「次の日に謝ろうと思ったんですが、夫が急に入院してしまって」
係員は静かに聞いていた。
「それで、そのまま」
老婆は少し笑った。
「変でしょう。もう四十年も経つのに、あの日だけ、まだ金曜日のままなんです」
係員は古い帳簿を調べた。
何冊もめくった。
やがて、棚の奥から小さな紙包みを取り出した。
「こちらでしょうか」
包みには、日付が書かれていた。
四十年前の、ある金曜日。
老婆は震える手で包みを開いた。
中には、小さな夕焼けが入っていた。
赤く染まった台所。
流しに置かれた二つの茶碗。
背中を向けた夫。
そして、まだ言わなかった一言。
「ごめんなさい」
老婆は、ぽつりと呟いた。
紙包みの中の夕焼けが、ゆっくりと消えた。
*
「持って帰らなくていいんですか」
野崎が尋ねた。
老婆は首を振った。
「もう、いいんです」
「でも、せっかく見つかったのに」
「ええ。見つかったから、もういいんですよ」
老婆は深く頭を下げ、帰っていった。
係員は帳簿に記入した。
《金曜日 一件返還》
野崎は尋ねた。
「本当に返したんですか?」
係員はうなずいた。
「ええ。あの方の中に戻りました」
*
その日の勤務を終えた野崎は、駅の階段を下りていた。
ふと、足元に何かが落ちているのを見つけた。
小さな透明の袋だった。
中には、何も入っていない。
ただ、袋の端に文字が書いてあった。
《いつか》
野崎はそれを拾った。
拾得物係へ持っていくと、係員は少し困った顔をした。
「これは預かれませんね」
「なぜです?」
「持ち主が多すぎます」
野崎は袋を見つめた。
「じゃあ、どうすれば?」
係員は笑った。
「あなたが使ってしまえばいいんですよ」
*
翌朝、野崎は久しぶりに休暇を申請した。
何年も会っていなかった友人に電話をかけた。
「いつか会おうって言ってたよな」
「ああ、言ってたな」
「その、いつかなんだけど」
野崎は窓の外を見た。
「来週の水曜日にしないか」
電話の向こうで、友人が笑った。
「ずいぶん急だな」
「そうか?」
「いや、いいよ。ちょうど空いてる」
電話を切ると、野崎のポケットが軽くなっていた。
透明の袋は、いつの間にか消えていた。
その代わり、手帳の水曜日に、小さな丸印がついていた。
おしまい
月曜日の拾得物